学位論文要旨



No 115014
著者(漢字) 秋根,茂久
著者(英字) Akine,Shigehisa
著者(カナ) アキネ,シゲヒサ
標題(和) 配座の固定された新規な架橋カリックス[6]アレーンの合成、構造、および応用
標題(洋) Syntheses,Structures,and Applications of the Conformationally Frozen Isomers of Novel Bridged Calix[6]arenes
報告番号 115014
報告番号 甲15014
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3778号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 教授 西原,寛
内容要旨

 カリックスアレーンはp-置換フェノールから簡便に得られる大環状化合物であり,特に近年,環状四量体であるカリックス[4]アレーンを基本骨格とする機能性分子の合成研究が多く報告されている.一方,より大きな空孔をもち,多数の置換基を導入できるカリックス[6]アレーン誘導体に関しては,その配座を固定,制御することが困難であるなどの理由から,その応用面の研究は限られていた.当研究室では,m-キシレン架橋カリックス[6]アレーン1(R=t-Bu,X=Br,Y=H)のlower rimをベンジル化することにより,カリックス[6]アレーンの配座異性体を,相互変換のない形で分離することに成功している.従来の柔軟な骨格のカリックス[6]アレーンの場合,配座異性体の平衡混合物の性質しか調べられなかった.一方で,配座の固定された化合物の場合,複数の機能性部位を導入した際にそれらの間の位置関係を明確にできるという利点をもつ.また,配座異性体間の性質の違いについても興味がもたれる.

 

 筆者は博士課程において,架橋カリックス[6]アレーン1のlower rimのアリールメチル化を行い,生成する配座異性体の分布を決める要因について検討を行うとともに,それぞれの異性体の構造解析を行った.また,配座固定されたこの骨格を利用して,架橋部に酸化還元活性なキノン部位を導入した化合物を合成し,その電気化学的性質を検討したので報告する.

1.配座異性体の合成

 まず,架橋カリックス[6]アレーン1のアリールメチル化における異性体の生成比に関する検討を行った.この反応においては,橋頭部以外の四つのベンゼン環の配座が上向き,あるいは下向きに固定されるため,合計七種類の配座異性体が生成する可能性がある.

 実際に反応を行ったところ,このうちのcone型のa,a’,1,2,3-alternate型のb,およびpartial cone型のcの四種類の異性体が得られてきた.種々の反応条件,置換基について検討を行った結果,いずれの場合もcone型の異性体a,a’が主生成物となることが明らかとなった.ここで,異性体a,a’は架橋部の向きの上下の違いによる異性体であり,置換基Xが小さい場合はaが,大きい場合(X=C≡CPh,Se(n-Bu))はa’が得られた.また,lower rimに4-ピリジルメチル基をもつ化合物2(R=t-Bu,X=Br,Y=H,Ar=4-pyridyl)をモデル化合物とした分子力場計算の結果から,これらの異性体比は速度論支配により決定されていることが示唆された.

 一方,化合物1(R=t-Bu,X=Br,Y=H)のlower rimをより小さなエチル基で修飾した場合,生成物は熱力学的に安定な1,2,3-alternate型異性体bを主成分とする配座異性体の平衡混合物となることがわかった.

 

2.配座異性体の構造と性質

 アリールメチル化により得られた四種類の異性体(a,a’,b,およびc)の構造は1HNMRから推定できたが,最終的にはX線解析により決定した.Figure 1に四種類の異性体の結晶構造を示す.

Figure 1.X-ray structures of isomers a,a’,b,and c.

 また,カリックス[6]アレーンのlower rimを親水性の置換基で置換した水溶性化合物3(R=t-Bu,X=Br,Y=H,Ar=NMe3+Cl-に関しても,二つの異性体3a(cone)および3b(1,2,3-alternate)を合成した.カリックス[6]アレーンの場合,配座の柔軟性のために,凝集体の性質を単量体の構造により制御することは従来極めて困難であった.しかし,3aおよび3bの臨界ミセル濃度はそれぞれ1×10-5M,6×10-4Mと大きく異なっており,単量体の配座を制御することによって,凝集体の性質を変化させられることが実証された.

3.空孔内における酸化還元反応

 配座の固定された架橋カリックスアレーン誘導体の反応場としての応用として,空孔内に酸化還元活性なキノン部位をもつ化合物6を設計した.合成は,以下のように,cone型に固定されたp-ブロモアニソール誘導体4を原料として二段階の反応により行った.

 

 化合物6は淡黄色の結晶で,その結晶構造をFigure2に示す.キノン部分の上半分がcone型のカリックスアレーン部分に取り囲まれている様子がわかる.同様に下半分もlower rimのベンジルオキシ基によって覆われており,その二つの酸素原子とキノン部分のオレフィン炭素原子との間の距離が非常に近接していること(C2-O4:3.172(3)Å,C6-O7:3.218(3)Å)が明らかとなった.

 

 また,6は,IRスペクトルにおいてC=O伸縮振動が1653cm-1に観測された.これはカリックスアレーン骨格をもたない対照化合物7の1657cm-1とほぼ同じ値である.

 一方,電気化学的には,化合物6は特異な性質を示した.Figure3にそのサイクリックボルタモグラムを示す.化合物6は,通常の1,4-ベンゾキノン誘導体と同様,二段階の酸化還元過程を示したが,二段階目のピークがブロードになっている.

図表Figure 2.X-ray structure of 6.Solvent molecules and hydrogen atoms are omitted for clarity. / Figure 3.Cyclic voltammograms of 5×10-4 M6 and 7 in dichloromethane containing 0.1 M tetrabutylammonium perchlorate on a glassy carbon electrode.Reference electrode,Ag/Ag+,scan rate,100 mV・s-1.

 また化合物6の還元電位(E1/2red=-1.25V vs.Ag/Ag+(CH2Cl2))は,対照化合物7(E1/2red=-0.71V)と比較すると大きく負にシフトしている.その理由は,キノン部位の炭素C2,C6とその直上に位置している酸素原子O4,O7との間の空間的な相互作用によりキノン部位のLUMOの準位が上昇し,電子受容能が低下しているためと考えられる.

審査要旨

 本論文は5章から成っている。第1章は序論であり、第2-5章において、配座の固定された架橋カリックス[6]アレーンの合成と構造、またその骨格の特徴を活かしたさまざまな応用面の研究について述べている。

 第1章においては、近年著しい発展を遂げ、多くの化学者の興味を引きつけてきたカリックスアレーンのさまざまな応用面の研究を総括し、本研究の適切な位置づけを行っている。

 第2章では、本研究の基盤となる、架橋カリックス[6]アレーン骨格の配座の固定について、詳細に検討を行った結果を述べている。合成の容易なカリックスアレーン誘導体は機能性分子の基本骨格としても期待されていたが、これらは元来配座の自由度の高い大環状化合物であり、その機能化には配座の制御が必須であった。本研究における架橋カリックス[6]アレーンは、そのlower rimをアリールメチル化することにより容易に配座を固定でき、置換基・反応条件の違いによって4種類の配座異性体が得られることが分かった。

 115014f06.gif

 これらの異性体の生成比について、種々の反応条件、置換基について検討を行った結果、いずれの場合もcone型の異性体が主生成物となることが分かった。これらの4種類の異性体(a,a’,b,およびc)の構造は1H NMRから推定できたが、最終的にはX線解析により決定した。また、lower rimに4-ピリジルメチル基をもつ化合物をモデル化合物とした分子力場計算の結果から、これらの異性体比は速度論支配により決定されていることが示唆された。

 第3章においては、カリックス[6]アレーンのlower rimを親水性の置換基で置換した水溶性化合物3(R=t-Bu,X=Br,Y=H,Ar=115014f07.gifNMe3+Cl-)の二つの異性体3a(cone)および3b(1,2,3-alternate)を合成し、水溶液中における、凝集のしやすさについての検討を行った。カリックス[6]アレーンの場合、配座の柔軟性のために、凝集体の性質を単量体の構造により制御することは従来極めて困難であった。しかし、3aおよび3bの臨界ミセル濃度はそれぞれ1×10-5M,6×10-4Mと大きく異なっており、単量体の配座を制御することによって、凝集体の性質を変化させられることが実証された。

 第4章においては、cone型に配座の固定されたカリックス[6]アレーンのlower rimに配位部位となる3-ピリジルメチル基を導入した配位子4(R=t-Bu,X=Y=H,Ar=3-pyridyl)を合成し、それを用いた遷移金属錯体の合成について検討を行った。配位子4は銅(II)や白金(II)と安定な錯体を形成することが分かった。また、白金の場合には、白金源の当量により、単核錯体4・PtCl2と複核錯体4・Pt2Cl4を作り分けられることが分かった。

 第5章においては、配座の固定された架橋カリックスアレーン誘導体の反応場としての応用として、空孔内に酸化還元活性なキノン部位をもつ化合物6を設計し、その合成を行っている。合成は、以下のように、cone型に固定されたp-ブロモアニソール誘導体5を原料として二段階の反応により行った。

 115014f08.gif

 化合物6は淡黄色の結晶で、その結晶構造をFigure 2に示す。キノン部分の上半分がcone型のカリックスアレーン部分に取り囲まれている。同様に下半分もlower rimのベンジルオキシ基によって覆われており、その二つの酸素原子とキノン部分のオレフィン炭素原子との間の距離が非常に近接していることが明らかとなった。また、6は、IRスペクトルにおいてC=O伸縮振動が1653cm-1に観測された。これはカリックスアレーン骨格をもたない対照化合物7の1657cm-1とほぼ同じ値である。

 一方、電気化学的には、化合物6は特異な性質を示した。Figure 3にそのサイクリックボルタモグラムを示す。化合物6は、通常の1,4-ベンゾキノン誘導体と同様、二段階の酸化還元過程を示したが、二段階目のピークがブロードになっている。また化合物6の還元電位(E1/2red=-1.25V vs.Ag/Ag+(CH2Cl2))は、対照化合物7(E1/2red=-0.71V)と比較すると大きく負にシフトしていることが分かった。また、化合物6のアミン類との反応について検討を行った結果、キノン部位への付加よりも還元が進行しやすいという傾向があることが分かった。

図表Figure 2.,X-ray structure of 6.Solvent molecules and hydrogen atoms are omitted for clarity. / Figure 3.Cyclic voltammograms of 5×10-4M6 and 7 in dichloromethane containing 0.1 M tetrabutylammonium perchlorate on a glassy carbon electrode.Reference eletrode,Ag/Ag+,scan rate,100 mV・s-1.

 なお、本論文は、川島隆幸・岡崎廉治・後藤敬との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54776