本論文は7章からなる。第1章は序論であり、2つの典型的なシリコン表面、Si(001)2x1表面とSi(111)7x7表面の構造とその特徴、そしてその上に不飽和炭化水素分子、酸素分子を吸着させた表面吸着構造と電子状態を研究することの意義が述べられている。 第2章は実験の詳細が述べられている。本実験では、放射光を光源にした吸収端XAFS(NEXAFS)分光法と角度分解光電子分光(ARUPS)法が用いられており、これらから得られる情報について、また、利用したビームラインの性能評価について記述されている。 第3章ではアセチレンとエチレンの初期吸着状態研究の詳細が述べられている。Si(100)室温飽和吸着では、C-K NEXAFSから*軌道がSiのダングリングボンドとdi-結合を形成していること、C-C結合は基板表面に平行であること、C-C結合距離が大きく伸びていること(アセチレンでは1.36Å,エチレンは1.52Å)などを明らかにした。そして、ARUPSからは、ダングリングボンドによるピークの減少、新しく生成したdi-結合に由来するピークが出現することを示した。そして、空軌道の電子状態を現すNEXAFSスペクトルと占有軌道の電子状態を現す光電子分光スペクトルとを組み合わせることによって、これらの分子の化学吸着による電子状態の変化を詳細に観ることができることを提唱している。一方、60Kでの低温多層吸着から、昇温すると、70Kにおいて大半の物理吸着層は脱離するが、化学吸着分子と同数だけ残り、その分子配向が化学吸着と直交していることを明らかにした。化学吸着に移る前の前駆吸着状態の構造を初めて明らかにしたものである。さらに、昇温によって、脱離、解離が起こり、800KでSiCを生成し、1000KでSi清浄面に戻る過程を追跡している。 第4章ではベンゼンの吸着状態の研究結果について述べられている。NEXAFSとARUPSを組み合わせることによって、Si(001)面上ではベンゼンが1,4ジエン構造をとってSiと結合しており、Si(111)面上ではベンゼン環が傾いて結合していることを明らかにした。この違いはシリコンのダングリングボンドの相対位置関係によって起こることを示した。さらに、結合形成によって気相分子から電子状態がどのように変化するかを詳細に調べている。 第5章ではシリコン表面の初期酸化についてのNEXAFSによる研究結果を述べている。シリコン表面の初期酸化はSTM,UPS,HREELSなど様々な手法で調べられているが、酸素の分子状前駆体の存在とその寿命は現在も論争の的になっている。本章では、清浄なSi(111)面の酸素分子吸着を吸着量、基板温度を制御してO-K NEXAFS測定を行い、スペクトルの時間変化を詳細に調べている。その結果、100Kで酸素吸着させると物理吸着した酸素に比べてわずかに低エネルギー側に分子特有の*によるピークが出現すること、それが約15分で消滅することを示した。そして、これが酸素の分子状前駆体であることを明らかにした。さらに、低温(100K)で酸素吸着量を次第に増やしていき、O-K吸収端の高さ(酸素吸着量)と、*ピーク強度の関係を調べると、酸素が0.15ML付近まで吸着して初めて*ピークが出現すること、酸素吸着量と共にその寿命が長くなることを示した。このことは酸素が0.15MLまでの初期吸着ではすぐに解離し、Si-O-Si結合を形成する。そして酸素との結合によって電子が吸い取られたSi原子上に酸素分子が前駆体として比較的安定に存在すると考えた。さらに、*ピークの偏光依存性を測定し、前駆体が表面にほとんど平行に配向していることを明らかにした。 第6章はシリコン表面の分子状吸着種の電子状態、反応力学を金属表面吸着と比較しながら考察している。そして、第7章は結論と要約である。 本論文はダングリングボンドを異なる様式で持つSi(001)とSi(111)再構成表面において不飽和分子がどのように結合するかをNEXAFSとARUPSで明らかにしたこと、そして、これまで論争のあったシリコン初期酸化の過程において分子状酸素が前駆体として存在すること、その比較的長い寿命は解離した酸素によるものであることを明らかにしたものであり、シリコン表面界面の構造と反応性に関する新たな知見を与えるものとして、その価値は高い。 なお、本論文は太田俊明、H.W.Yeom、今西哲士、伊澤一也、雨宮健太、登野健介等との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験、解析、考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |