学位論文要旨



No 115023
著者(漢字) 山田,浩之
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ヒロユキ
標題(和) バナジウムブロンズAxV2O5(A=Na,Ag,Li,Cu)の合成・単結晶育成及び物性
標題(洋)
報告番号 115023
報告番号 甲15023
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3787号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上田,寛
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 小林,昭子
 東京大学 教授 斉木,幸一朗
 東京大学 助教授 田島,裕之
内容要旨

 高温超伝導のメカニズムは、現代物性物理の主要問題の一つである。その解明過程の中で、「強い電子相関」・「スピンの量子性」・「構造の低次元性」のもつ重要な役割が明らかにされてきた。一般式AxV2O5であらわされる、V4+-V5+混合原子価化合物バナジウムブロンズ系は、それらの要素を併せもつことから、近年盛んに研究されている。特に最近’-NaV2O5において見いだされた、電荷整列とスピンギャップ形成を伴う相転移は、低次元量子スピン系バナジウム酸化物が、従来の物理や化学での理解を超えた、全く新しい側面を含んでいることを示唆している。しかし、NaV2O5を含む多くのバナジウムブロンズは絶縁体であることもあり、低次元構造をもつバナジウム酸化物におけるスピン電荷物性に対する理解は、未だ十分であるとは言い難いのが実状である。バナジウムブロンズの中でも良好な電気伝導をもつものとしては、相ないしは’相化合物が以前より知られており、物性に関する研究例も多い。しかし、研究グループ間で結果が矛盾しているということが往々にしてあり、統一的な説明が与えられているとは言い難い。そこで筆者は相・’相化合物の物性を新しい視点から見直すことを目的に、合成・単結晶育成及びそのスピン電荷物性探索を系統的に行った。本研究では、-NaxV2O5(0.23<x<0.35)、-AgxV2O5(0.23<x<0.41)、-LixV2O5(0.24<x<0.38)、及び’-CuxV2O5(0.27<x<0.66)を中心に研究をおこなった。

(’)-AxV2O5の構造

 -AxV2O5(A=Na,Ag,Li,K,Ca,Sr,Pb)及び’-AxV2O5(A=Li,Cu)は、図1に示すようなV2O5フレームワーク構造をもち、そのトンネル位置をAカチオンが占めている。Vサイトは三種類あり、それぞれb軸方向に沿ってVO6またはVO5二重鎖を形成している。相と’相ではAイオンの占有位置が異なり(A or A’サイト)、同一トンネル内・同一ac面にある二つのサイトを同時に占めることは前者では不可能だが、後者では許される。その結果、相と’相の定比組成はそれぞれx=1/3(サイト占有率50%)、2(占有率100%)となり、不定比組成も両者に大きな違いが存在する。

図1 (’)-AxV2O5の構造
(’)-AxV2O5の合成

 試料の合成は固相反応法により行った。-AxV2O5(A=Na,Li,Ag)の多結晶試料は、AVO3,V2O3,V2O5の混合物を原料とし、ペレット状に整形した後石英ガラス管に真空封入して、600・Cで数日間焼成して得た。’-CuxV2O5の場合は、CuO,V2O3,V2O5の混合物を原料とし,同様の条件で作製した。

単結晶作製

 -AxV2O5の単結晶を育成するため、まずNa-V-O系の相関係を明らかにした。図2は還元雰囲気下でのNaVO3-Na0.33V2O5の擬二元系相図である。Na0.33V2O5は、還元雰囲気下では分解溶融し、融解するとともに高融点のバナジウム酸化物を生成するが、NaVO3側に移動するとともに液相のみとなる。したがって、abの間の組成をもつ融解体を作り、徐冷することにより、as-grownの単結晶としてNa0.33V2O5が得られる。包晶点bにおいて生じるは、Na0.33V2O5と反応することはなく、希塩酸によって容易にNa0.33V2O5と分離することができた。

図2 Na-V-O系の相図

 as-grown以外の組成をもつ試料については,as-grownの単結晶を,大量の-NaxV2O5粉末試料の中に埋没させて加熱処理することにより作製した。

 以上のような方法は、Ag,Li系にもほぼ同様に適用でき、これらの系については、ほぼ任意のxについて、3mm×0.4mm×0.2mm程度の単結晶を得ることが可能になった。また、’-CuxV2O5についても、self-flux法(原料はCu2O:V2O5:VO2=1:2:0.1混合物)と埋め焼きの組み合わせにより単結晶が作製できることを見いだした。

(’)-AxV2O5の物性

 <-Na0.33V2O5の物性>-Na0.33V2O5の電気抵抗の温度依存性を図3に示す。従来この系の電気伝導はバイボーラロンが担っているといわれ、一般には半導体であると考えられてきたが、b軸方向の電気伝導度は高温では金属的であった。一方a,c軸方向の電気伝導は半導体的であって、b軸方向のそれに比べ二桁ほど悪い。従って-Na0.33V2O5は擬一次元金属とみなすことができる。さらにこの物質はT1=136Kにおいて金属-絶縁体転移を起こすことがわかった。この相転移にともない比熱は型の異常を示す。一方帯磁率測定からは、TN=24Kにおいて磁気転移が観測された(図4)。51V-NMR測定からは、V由来のシグナルはT>T1で2種類、40K<T<T1で3種類、T<40Kで4種類観測されることが分かった。最低温で観測された四種類のスペクトルは、内部磁場をもたないVサイトおよび16,27,72kOeの内都磁場をもつVサイトにそれぞれ対応している。以上の結果から、-Na0.33V2O5の物性は、次のように解釈することができる。T>Ttでは電荷は特定のサイト内で混合原子価状態にあるが、金属-絶縁体転移において局在化してV4+とV5+に分離する。このときV4+は秩序構造を形成し、そのため24Kにおいてスピンが長距離秩序を示す。x=0.33のときは、バナジウムのちょうど1/6が四価になるから、V4+は三種類ある二重鎖のうちの一種類の半分を占有してlinear chainなどを形成している可能性がある,このようなスピンと電荷のorderingによると考えられる物性は,-Ag0.33V2O5-Li0.33V2O5でも見いだされた。

図表図3 -Na0.33V2O5の電気抵抗縦軸は(cm) / 図4 -Na0.33V2O5の帯磁率

 また200〜250Kの電気抵抗にはわずかなanomalyが見られるが、これは、二次の構造相転移に対応しており、この温度でb軸方向に2倍超周期が出現することがX線回折によりわかった。-Ag0.33V2O5でも同様な超周期が出現し、強度がNa系よりかなり強いことなどから、この相転移はAカチオンのorder-disorder transitionであると考えられる。

 -Na.033V2O5において見られたこれらの相転移は、xが0.33からずれると急速に消失し、相転移点は低下、つまり高温相が安定化された。しかも、高温相における金属的電気伝導は、x=0.33近傍でしか見られず、xが0.33からずれると高温相における電気伝導度は急激に低下した。上述の通りNaカチオンサイトはb軸方向にのびたトンネル内にある。サイト占有率が50%となるx=0.33のとき定比組成となり、カチオンはb軸方向に均一に分布していることになる。xが0.33からずれると、このようなイオンの分布に乱れが導入されることになる。このイオン系の乱れが、高温相の電気伝導を低下させ、電荷の秩序構造形成や磁気秩序形成をさまたげていると考えている。

 <’-CuxV2O5の物性>図5は’-CuxV2O5のb軸方向の電気伝導と低温構造をx-T相図という形でまとめたものである。’相と相ではイオンの入り方が異なるため、物性は相とは大きく異なることがわかった。

 xの増加とともに電気伝導度は単調に増加し、xc-0.60より金属的伝導を示すようになった。これは一種のFilling制御型の金属-絶縁体転移ともとれるが、’相の定比組成がx=2/3となることを考えあわせると、-NaxV2O5の場合と同様、定比組成からのずれが電気伝導度に影響を与えていると考える方が妥当であろう。また、x<0.43のとき、Tt〜200Kで二次の構造相転移をおこして不整合超周期が出現した。そしてその不整合超周期はTR〜180K、x〜0.40において一次転移的に整合相(1×3×1)へ変化した。それとともに電気抵抗は著しく増大した。これらの構造・物性異常は、Cu+とV4+のorderingの双方が起こったことによるものと考えている。

 金属的伝導をもつ’-Cu0.65V2O5は、-Na0.33V2O5とは異なり、低温まで絶縁体へ転移することはなかった(図6)。そして約4GPaの高圧下、5Kで超伝導転移を起こすことがわかった。これはバナジウム酸化物初の超伝導相であり、3d遷移金属酸化物としても銅酸化物以外では珍しいので、今後銅酸化物高温超伝導体の比較の対象として重要な役割を担うと期待される。

図表図5 ’-CuxV2O5の物性 / 図6 ’-Cu0.65V2O5の電気抵抗
まとめ

 低次元電気伝導性バナジウム酸化物である(’)-AxV2O5の物性を、組成および温度の関数として系統的に調べた。その結果、擬一次元金属的伝導や,磁気転移・金属-絶縁体転移といった興味深い相転移現象などを見いだした。これらの相転移はおもにスピン・電荷・イオンのorderingという観点から説明することができた。そしてこれらの現象が、特定の組成近傍においてしか見られなかったり、相と’相は、構造が似ているにもかかわらず異なる物性を示すことなどから、この系の物性には、単にV2O5フレームヮークにドーピングされた電荷の量だけではなく、Aカチオンの配列構造がきわめて重要な影響を及ぼすことがわかった。

審査要旨

 本論文は全五章からなり、第一章では研究の背景や動機について、第二章では試料合成法や実験方法について、第三章では-AxV2O5(A=Na,Ag,Li)の合成と単結晶育成そしてそれらの電気的・磁気的性質についての結果と考察について述べている。また、第四章では’-CuxV2O5の合成と単結晶育成および電気的・磁気的性質についての結果と考察について述べ、第五章では、本研究のまとめと得られた成果の意義および今後の課題について述べている。

 第一章では、高温超伝導発見から低次元量子スピン系の研究へという強相関電子系研究の流れに触れ、その中で、最近、低次元バナジウム酸化物において新奇な物性が見出されていて、(’)ブロンズと呼ばれるバナジウム酸化物においては伝導性も含めた電荷・スピン・格子に関わる新奇な物性が期待できることが述べられている。

 第三章では、はじめに、(’)ブロンズの結晶構造について触れ、その構造は結晶学的に異なる3種類のバナジウム原子(V1,V2,V3)と酸素よりなるV2O5フレームワークとそれが作るトンネル位置を占めるAカチオンより構成されていて、Aカチオンの占めるサイトの違いから定比組成は、相はx=1/3で’相ではx=2/3であること、また、その特徴的な構造から、従来、これらは擬一次元導体であると考えられ、伝導性や磁気挙動はバイポーラロンの形成とスピングラス的磁気秩序によって説明できるとされてきたが、結果や理解に研究者間で整合性がないことなどが述べられている。続いて、-AxV2O5(A=Na,Ag,Li)の高品質単結晶育成に成功し、それを使っての電磁気的性質の検討結果について述べている。その結果、これらの物質は単斜晶系のb軸方向に金属的な擬一次元伝導を示すこと、また、三つの相転移を示すことが述べられている。一つ目の転移はAカチオンの秩序-無秩序転移で、二つ目の転移はV2O5フレームワークにおける金属-絶縁体転移を伴う電荷秩序転移である。電荷秩序転移では、電子状態としては、三つのバナジウムサイトに電荷が一様に分布した混合原子価状態からV4+とV5+への電荷分離と電荷秩序が起こること、その結果、低温相は三つ目の転移である弱強磁性磁気秩序を示すことを述べている。これらの結果から、従来考えられていたバイポーラロン形成とスピングラス状態は否定され、電荷秩序転移とその結果起こる長距離磁気秩序状態(基底状態)が-AxV2O5(A=Na,Ag,Li)の本質であると述べている。磁気異方性から、スピン構造としてはa軸方向にスピンの向きを持つ反強磁性で、弱強磁性はb軸に沿ってのDzyaloshinsky-Moriya相互作用によるspin-cantingから生じると述べている。また、磁気構造や核磁気共鳴実験の結果から、電荷秩序としてはV1かV2サイトに一次元鎖状に磁性イオンV4+が配列した様式が有力であると述べている。擬一次元伝導性や電荷秩序転移は、Aカチオンの不定比性により急激に抑えられ、その金属伝導は、キャリアー制御やバンド充填の考えでは理解できず、擬一次元伝導方向(b軸)に整列したAカチオンの秩序度が重要であることも述べている。

 第四章では、研究例が少ない’-CuxV2O5について、単結晶育成と電磁気的性質について検討した結果、’-CuxV2O5においても格子と整合および不整合なX線超周期反射を伴う相転移を観測し、それらが、トンネル位置を占めるCu+イオンの秩序配列と電荷およびV2O5格子の協力現象による相転移であると述べている。また、最も定比組成に近い’-Cu0.65V2O5は擬一次元伝導を示し、低温まで金属的で、圧力下で超伝導転移を観測したことも述べている。これはバナジウム酸化物としては初めての超伝導の観測である。

 以上まとめると、本論文は、バナジウムブロンズ(’)-AxV2O5(A=Na,Ag,Li,Cu)について、組成xの良く制御された高品質単結晶育成を行い、それをもとに電磁気的性質を調べ、これらの物質が擬一次元導体であること、電荷秩序を伴う相転移や磁気秩序転移、Aカチオンの秩序-無秩序転移を示すことなどを見出すとともに、この系の擬一次元伝導はキャリアー数の変化としては理解できず、Aカチオンの秩序度と関係していることを明らかにし、また、’-Cu0.65V2O5において圧力誘起超伝導を見出すなど、従来の疑問を解決するとともに世界的な研究の先駆けとなり、この分野の発展に多大な貢献をした点において高く評価される。

 尚、第3章の大部分は既に学術雑誌として出版されたものであり、上田寛との共同研究であるが、試料作製、単結晶育成、電磁気物性測定、データ解析、考察等、論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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