学位論文要旨



No 115024
著者(漢字) 山根,基
著者(英字)
著者(カナ) ヤマネ,モトキ
標題(和) アシル金属化合物を活用する有機合成反応の開発
標題(洋)
報告番号 115024
報告番号 甲15024
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3788号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 助教授 澤村,正也
 東京大学 助教授 尾中,篤
内容要旨 1)ジシリルケトンを用いる有機合成反応の開発

 ジシリルケトン1は,二つのシリル基とカルボニル基から構成される有機ケイ素化合物であり,その炭素類縁体であるジアルキルケトンとは異なるユニークな反応性を示すことが期待される。筆者は修士課程においてジシリルケトン1の効率的な合成方法を確立し,さらにこれがアルキンなどのジシリル化剤として利用できることを見出した(式1)。

 

 さらに博士課程において,ヨウ化サマリウム(II)を還元剤として用い,ジシリルケトン1からのケチルラジカルの生成とその電子不足アルケンへの付加について検討した。その結果,アルケンとしてアクリル酸誘導体を用いた場合に,良好な収率で付加体および付加環化体を得ることができた(式2)。ここで生成する付加体にフッ化テトラブチルアンモニウムを作用させると脱シリル化することができ,ジシリルケトン1がホルムアルデヒド等価体として利用できること明らかにした。

 

2)アシルクロマート錯体を用いる遷移金属アシル錯体の調製とアルケンのジアシル化反応

 遷移金属触媒を用いるアルケンやアルキンのカルボニル化は,有機合成化学において極めて重要な反応である。これらのカルボニル化反応の鍵中間体である遷移金属アシル錯体は,一般にハロゲン化アシルの低原子価遷移金属に対する酸化的付加反応あるいは遷移金属アルキル錯体への一酸化炭素の挿入の二つの方法によって生成され,単純ケトンの合成に利用されている。一方,アシル源としてアシルスズ化合物,アシル鉄化合物,アシルジルコニウム化合物などを用いて金属交換によるアシル金属種の生成についても研究されているが,これら化合物の取り扱いの難しさや反応性の低さなどから有機合成に利用することは難しい。そこで筆者は,安定で取り扱いやすいアシル金属化合物をアシル供与体とすることで,活性な遷移金属アシル錯体を生成する手法の開発を試みた。さらに,この手法を用いてこれまで困難であった炭素-炭素多重結合のジアシル化反応の開発を行った。

 アシルクロマート錯体はヘキサカルボニルクロムと有機リチウム試薬から容易に合成でき,安定で取り扱いやすい金属化合物である。そこで,アシル供与体としてアシルクロマート錯体を用い,アルケンのジアシル化を試みた。すなわち二価遷移金属錯体存在下,2倍モル量のクロマート錯体をノルボルネンに作用させたところ,パラジウム(II)錯体を用いた場合に-ジケトン4とともに2,3-ジアシルノルボルナン3が得られることがわかった。特にカチオン型パラジウム(II)錯体(5,Pd(CH3CN)4(BF4)2)を用いた場合には-ジケトン4の副生が抑えられ,目的とする1,4-ジケトン3が84%の収率で得られた。芳香族置換アシルクロマート錯体のみならず,アルキル置換アシルクロマート錯体でも同様にノルボルネンのジアシル化が進行することが明らかになった(式3)。

 

 そこで次にジアシル化反応におけるアルケンの適用範囲を調べたところ,単純アルケンでは水素脱離が起こるためモノアシル化しか進行しないが,ノルボルネン型のアルケンの場合は高収率でジアシル化が進行した。さらに,シリル基やスタンニル基を有するアルケンを用いると2’ジアシル化反応が進行することを見出した。

 次に反応機構の考察を目的に反応中間体の捕捉を試み,トリフェニルホスフィンを配位子として加え中間体を安定化させることによって,カチオン型アシルパラジウム(II)錯体6aや-ケトアルキルパラジウム(II)錯体7eを高収率で単離することができた(式4,5)。

 

 これらのことからジアシル化の反応機構は次のように考えられる(式6)。まず,二価パラジウム錯体5にアシルクロマート錯体2xがアシル供与体として作用してアシルパラジウム(II)錯体Aが生成する。これにアルケンが挿入して-ケトアルキルパラジウム(II)錯体Bが生成し,この錯体がアシルクロマート錯体2yによりアシル化て,アルキル(アシル)パラジウム錯体Bが生成し,1,4-ジケトンが還元的脱離する。

 

 式4,5に示したように,パラジウム(II)錯体と等モル量のアシノレクロマート錯体からアシルパラジウム中間体が定量的に生成することから,上述したジアシル化反応において二種類の異なるアシルクロマート錯体を順次作用されば,非対称ジアシル化付加体が得られると予想される。そこで,ノルボルネンの非対称ジアシル化について検討を行ったところ,目的とする非対称ジアシルノルボルナン3xyが好収率で得られることが明らかになった。いずれの反応でも後に加えたアシルクロマート錯体2y由来の対称ジアシル化体3yがわずかに副生するが,非対称ジケトン3xyが選択性良く生成する。

 

 また上記ジアシル化反応において単純アルケンはジアシル体を与えないが,ビニルシランやビニルスタンナン類ではジアシル化が進行する。これらのジアシル化の反応機構はノルボルネン型アルケンとは異なり,中間にビニルケトンが生成し,これにアシルクロマート錯体が1,4-付加していることが示唆された(式8)。

 

 以上のように筆者はアシルクロマート錯体2をアシル供与体として用いるアシルパラジウム錯体の調製法を開発し,従来の手法では困難なアルケンのジアシル化反応を開発することができた。

審査要旨

 本論文はアシル金属化合物を活用する有機合成反応の開発について、二章にわたって述べたものである。

 第一章では,これまでほとんど研究例のないジシリルケトンについて、その合成法と反応に関して検討した結果を述べている。

 通常有機ケイ素化合物の炭素-ケイ素結合は、結合エネルギーが非常に大きいため、その結合の切断は困難である。著者は、ジシリルケトンと低原子価遷移金属錯体の反応について検討を行い、ジシリルケトンのカルボニル炭素-ケイ素結合は、パラジウム化合物などの遷移金属錯体に容易に酸化的付加することを見出した。これを利用し、ジシリルケトンと触媒量のパラジウム錯体を用いる電子不足アルキンやアルケンのシスージシリル化法を開発している(式1)。

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 また,ジシリルケトンが還元されやすいことに着目し、ヨウ化サマリウムを用いるジシリルケトンのアルケンへの還元的ラジカル付加反応についても検討を行っている。ジシリルケトンにヨウ化サマリウムを作用させると,ジシリルケチルラジカルが生成し良好な収率で電子不足アルケンに付加することを明らかとしている(式2)。さらにこの還元的ラジカル付加反応で得られる付加環化体は、フッ化テトラブチルアンモニウムにより脱シリルすることができ、ジシリルケトンをホルムアルデヒド等価体として利用できることを示した。

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 第二章では,アシルクロマート錯体をアシル基供与体して用いる遷移金属アシル錯体の調製法とそれを用いるアルケンのジアシル化反応について述べている。

 遷移金属触媒を用いるアルケンのカルボニル化反応は遷移金属アシル錯体を鍵中間体として進行する。この遷移金属アシル錯体は、一般にハロゲン化アシルの低原子価遷移金属錯体への酸化的付加、あるいは遷移金属アルキル錯体への一酸化炭素の挿入の二つの方法により調製される。一方、金属交換による遷移金属アシル錯体の調製には良い方法が知られていなかった。

 著者は、合成が容易で安定で取り扱いやすいアシルクロマート錯体とカチオン型パラジウム(II)錯体との間で金属交換を行わせることによって、アシルパラジウム(II)錯体を調製する方法を開発した。すなわち、カチオン型パラジウム(II)錯体にアシルクロマート錯体を作用させると低温で効率よく金属交換が進行し、カチオン型アシルパラジウム(II)錯体が生成する。著者はリン配位子を用いてこれを安定化することでカチオン型アシルパラジウム(II)中間体を高収率で単離している。前周期遷移金属アシル錯体と高原子価後周期遷移金属錯体から後周期遷移金属アシル錯体が生成することを確認したはじめての例である。

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 またこのアシルパラジウム(II)錯体の調製法を応用してアルケンのジアシル化を開発した。すなわち、ノルボルネン型のアルケン存在下、パラジウム(II)錯体に2倍モル量のアシルクロマート錯体を加えると、1,4-ジケトンが高収率で得られる。このようなアルケンのジアシル化は他の手法では困難であり、著者の開発した金属交換による遷移金属アシル錯体の調製法が有機合成化学的にも有用であることを示している。

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 さらに、著者はジアシル化反応においてアシルパラジウム(II)中間体や-ケトアルキルパラジウム(II)中間体がほぼ定量的に生成していることに着目し、二種類のアシルクロマート錯体を用いることで、ノルボルネン型アルケンの非対称ジアシル化も達成している。

 このジアシル化反応は、ノルボルネン型アルケン以外のアルケンでは水素脱離が起こるためモノアシル化が進行するが、ビニルシランやビニルスタンナンを用いるとジアシル化生成物が得られることを見出した。この方法を用いれば、非対称1,4-ジケトン類を一挙に合成することができる。

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 以上述べた各種アシル金属種の調製法と反応に関する本研究業績は、有機合成化学や有機金属化学の分野に貢献するところ大である。なお、本研究は石橋雄一郎、櫻井英博、奈良坂紘一との共同研究であるが、論文提出者の寄与は十分であると判断される。従って、博士(理学)を授与できるものと認める。

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