学位論文要旨



No 115027
著者(漢字) 笹村,剛司
著者(英字)
著者(カナ) ササムラ,タケシ
標題(和) ショウジョウバエ神経系の形成にかかわる遺伝子soloの同定と機能解析
標題(洋)
報告番号 115027
報告番号 甲15027
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3791号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西郷,薫
 東京大学 教授 若林,健之
 東京大学 助教授 多羽田,哲也
 東京大学 助教授 飯野,雄一
 東京大学 助教授 能瀬,聡直
内容要旨

 ショウジョウバエの神経発生は表皮細胞から神経芽細胞と呼ばれる神経前駆細胞が陥入することから始まる。神経芽細胞は片体節あたり、約30個からなり、すべての細胞が決まった位置に決まった数が形成され、分子マーカなどによりすべて同定されている。神経芽細胞は分裂を繰り返し、その細胞のidentityに従った数の神経細胞を形作る。そして特定の方向に軸索を伸長し、決まった標的にシナプスを結合する。この神経芽細胞や、神経細胞のidentityを決定する分子が同定されつつあるが、神経細胞の分化を説明するにはまだ数多くの分子が未同定であると考えられる。また、神経軸索の伸長形成にかかわる分子も同定されているが、まだそれほど多くはなく、その機構もよく解明されていない。

 そこで神経細胞の分化や、神経軸索の伸長の機構を探るため、ショウジョウバエにおいてtau-lacZをレポーター遺伝子としたエンハンサートラップのスクリーニングを行った。約3000系統を作成し、神経細胞に発現のある約300系統を選んだ。さらに詳細に発現を観察し、発現のはっきりした12系統を選び、ホモ胚に表現型のある系統を探した。P因子をexcisionにより、神経軸索に異常のあるZ477系統を選び、solo(snapped outer longitudinals)と命名し、その機能を解明することにした。

 つぎにsoloのクローニングを行うことにした。soloのp因子挿入近傍のゲノムDNAをクローニングを行った。これを断片化し、プローブとして、胚におけるin situ hybridizationを行った結果、P因子のすぐ近傍に転写単位が存在し、Z477のtau-lacZと同様、神経系に強い発現が見られた。この部分のゲノムDNAをプローブとしてcDNAライブラリーを数回にわたってスクリーニングした結果、soloと考えられる、全長約5kbpのcDNAをクローニングした。もっとも長いORFを翻訳した結果、604アミノ酸からなるタンパク質をコードしていた。データベースサーチの結果、soloは新規遺伝子であることがわかった。そしてsoloはBTB/POZドメインを持つzinc fingerタンパクで、グリア細胞の分化に重要なtramtrackにもっとも類似していることが分かった。以上のことから、soloは新規の転写因子として神経細胞の分化に機能すると考えられた。

 soloの発現を胚におけるin situ hybridizationにより観察した。その結果、soloはSt12以降、すべてではないものの多くの神経細胞で発現があることがわかった。そしてその発現は特に一部の神経細胞で発現が強いことがわかった。

 つぎにSoloタンパク質の胚における発現をSolo抗体によって観察した。その結果、ほぼ mRNAと同様の発現を示すものの、発現の開始は遅れ、St14の初期に始めてみられる。またSt14における発現は比較的弱い。また、St15-16では、やはり一部の神経細胞に特に強く発現が見られた。以上のことから、Soloは、一部の神経細胞に強く発現することがわかった。また、染色は細胞核で観察され、Soloが核タンパクであることがわかった。

 soloの対立遺伝子に転写領域にP因子が挿入している系統solok13009があり、この系統とsoloを欠く欠失変異体Df(2)ast2のヘミ接合体で表現型を観察した。そして胚の中枢神経系(CNS)において縦方向の軸索を染色するFasIIに対する抗体で染色した結果、外側の軸索束が切れており、軸索が正常に形成されていないことが明らかにされた。また、末梢神経系(PNS)のすべての神経軸索および神経細胞体を染色する22C10抗体で染色を行ったところ、dbd neuronの軸索が間違った方向に伸長し、PNSにおいてもsoloは軸索の伸長に重要な働きをしていることが明らかなった。また、PNSではchordotonal neuronの形態に異常が見られることが明らかになった。

 つぎに、GAL4-UASシステムにより、soloを発現のまだ始まっていない、神経芽細胞にsca-GAL4により強制発現を行った。その結果CNSにおいては神経軸索の走行が大きく乱れ、またPNSにおいては、細胞体の形態に異常を生じることがわかった。

 以上のことからsoloはBTB/POZドメイン、zinc fingerを持った新規転写因子で、神経細胞の分化、特に軸索の伸長形成に必須であることを明らかにした。また、soloの機能は細胞接着分子を制御することであることが示唆された。

審査要旨

 本論文はショウジョウバエを用いて、二つの方向から神経発生のメカニズムを明らかにすることを試みたものであり、二章により構成される。

 第1章は、ショウジョウバエ低分子量Gタンパク質のクローニングおよびその解析について述べられている。8種類の低分子量Gタンパク質をクローニングし、3種類がrabファミリーに、5種類がrhoファミリーに属した。そのうち、Drac3は新規のracサブファミリーに属する遺伝子で、残りは、既知の哺乳類の遺伝子のホモローグであった。ノザンブロットの結果、すべての遺伝子は、胚から成虫のすべての時期に発現があった。胚に対するin situ hybridizationにより、Drab2、Drac1b、Drac3はそれぞれ、神経系、中胚葉、頭部中胚葉に強い発現あることを明らかにしている。頭部中胚葉からは、血球細胞が分化してくることが知られており、血球細胞のマーカーであるperoxidasinとDrac3の二重染色を行った。その結果、Drac3は血球細胞に発現していることが明らかにした。そしてDrac3を欠失する欠失変異体では、血球細胞の分化が開始されるものの、正常に血球細胞に分化できず、Drac3が血球細胞の分化にかかわっていることが示唆している。

 第2章ではエンハンサートラップ法により作製された系統のスクリーニングによって得られたsoloの機能の解析について述べられている。

 tau-lacZをレポーター遺伝子としたエンハンサートラップ約3000系統を作成し、lacZ染色によりスクリーニングを行った。そして、レポーター遺伝子が一部の神経細胞に強く発現している系統solo(snapped outer longitudinals)を選び出し、機能の解析を行った。

 まずsoloのP因子挿入近傍のゲノムDNAのクローニングを行った。そしてP因子のすぐ近傍に転写単位が存在することが明らかにし、この部分のゲノムDNAをプローブとしてcDNAライブラリーをスクリーニングした。全長約5kbpのcDNAをクローニングし、その塩基配列を決定した。その結果、soloはBTB/POZドメインを持つzinc fingerタンパクをコードする新規遺伝子であることが明らかにした。そしてsoloのアミノ酸配列は、グリア細胞の分化に重要なtramtrack(ttk)にもっとも類似していた。以上のことから、soloは新規の転写因子として神経細胞の分化に機能する可能性を示唆している。

 次にsoloの発現を胚におけるin situ hybridizationにより観察した。その結果、soloはSt12以降のほとんどの神経細胞で発現していることを明らかにした。つぎにSoloタンパクの胚における発現をSolo抗体によって観察した。その結果、ほぼmRNAの発現と同様の発現パターンを示した。また、Soloは、グリア細胞では発現が検出されなかった。Soloの染色は細胞の核で観察され、Soloが核タンパクであることを明らかにしている。

 次に、胚の中枢神経系(CNS)において縦方向の軸索を染色する抗FasII抗体で染色した結果、外側の軸索束の切断が観察され、solo突然変異体では軸索が正常に形成されていないことを明らかにした。また、末梢神経系(PNS)のすべての神経軸索および神経細胞体を染色する22C10抗体で染色を行い、dbd neuronの樹状突起が誤った方向に伸長し、PNSではsoloは樹状突起の伸長に重要な働きをしていることが示唆された。

 つぎに、GAL4-UASシステムにより、soloを発現がまだ始まっていない、神経芽細胞においてsoloの強制発現を行ってた。その結果CNSにおいては神経軸索の走行が大きく乱れ、またPNSにおいては、細胞体の形態に異常を生じることを示した。

 これらの事実からsoloが神経細胞分化に重要な役割を持つ新しい遺伝子であることを示した。

 なお本論文は、滝沢一永氏、堀田凱樹氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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