本論文はショウジョウバエを用いて、二つの方向から神経発生のメカニズムを明らかにすることを試みたものであり、二章により構成される。 第1章は、ショウジョウバエ低分子量Gタンパク質のクローニングおよびその解析について述べられている。8種類の低分子量Gタンパク質をクローニングし、3種類がrabファミリーに、5種類がrhoファミリーに属した。そのうち、Drac3は新規のracサブファミリーに属する遺伝子で、残りは、既知の哺乳類の遺伝子のホモローグであった。ノザンブロットの結果、すべての遺伝子は、胚から成虫のすべての時期に発現があった。胚に対するin situ hybridizationにより、Drab2、Drac1b、Drac3はそれぞれ、神経系、中胚葉、頭部中胚葉に強い発現あることを明らかにしている。頭部中胚葉からは、血球細胞が分化してくることが知られており、血球細胞のマーカーであるperoxidasinとDrac3の二重染色を行った。その結果、Drac3は血球細胞に発現していることが明らかにした。そしてDrac3を欠失する欠失変異体では、血球細胞の分化が開始されるものの、正常に血球細胞に分化できず、Drac3が血球細胞の分化にかかわっていることが示唆している。 第2章ではエンハンサートラップ法により作製された系統のスクリーニングによって得られたsoloの機能の解析について述べられている。 tau-lacZをレポーター遺伝子としたエンハンサートラップ約3000系統を作成し、lacZ染色によりスクリーニングを行った。そして、レポーター遺伝子が一部の神経細胞に強く発現している系統solo(snapped outer longitudinals)を選び出し、機能の解析を行った。 まずsoloのP因子挿入近傍のゲノムDNAのクローニングを行った。そしてP因子のすぐ近傍に転写単位が存在することが明らかにし、この部分のゲノムDNAをプローブとしてcDNAライブラリーをスクリーニングした。全長約5kbpのcDNAをクローニングし、その塩基配列を決定した。その結果、soloはBTB/POZドメインを持つzinc fingerタンパクをコードする新規遺伝子であることが明らかにした。そしてsoloのアミノ酸配列は、グリア細胞の分化に重要なtramtrack(ttk)にもっとも類似していた。以上のことから、soloは新規の転写因子として神経細胞の分化に機能する可能性を示唆している。 次にsoloの発現を胚におけるin situ hybridizationにより観察した。その結果、soloはSt12以降のほとんどの神経細胞で発現していることを明らかにした。つぎにSoloタンパクの胚における発現をSolo抗体によって観察した。その結果、ほぼmRNAの発現と同様の発現パターンを示した。また、Soloは、グリア細胞では発現が検出されなかった。Soloの染色は細胞の核で観察され、Soloが核タンパクであることを明らかにしている。 次に、胚の中枢神経系(CNS)において縦方向の軸索を染色する抗FasII抗体で染色した結果、外側の軸索束の切断が観察され、solo突然変異体では軸索が正常に形成されていないことを明らかにした。また、末梢神経系(PNS)のすべての神経軸索および神経細胞体を染色する22C10抗体で染色を行い、dbd neuronの樹状突起が誤った方向に伸長し、PNSではsoloは樹状突起の伸長に重要な働きをしていることが示唆された。 つぎに、GAL4-UASシステムにより、soloを発現がまだ始まっていない、神経芽細胞においてsoloの強制発現を行ってた。その結果CNSにおいては神経軸索の走行が大きく乱れ、またPNSにおいては、細胞体の形態に異常を生じることを示した。 これらの事実からsoloが神経細胞分化に重要な役割を持つ新しい遺伝子であることを示した。 なお本論文は、滝沢一永氏、堀田凱樹氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |