学位論文要旨



No 115033
著者(漢字) 石黒,啓一郎
著者(英字)
著者(カナ) イシグロ,ケイイチロウ
標題(和) V(D)J組換えにおけるRAG-RSS相互作用の解析
標題(洋)
報告番号 115033
報告番号 甲15033
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3797号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 坂野,仁
 東京大学 教授 大坪,栄一
 東京大学 助教授 小林,一三
 理化学研究所 主任研究員 柴田,武彦
 国立感染症研究所免疫部 部長 竹森,利忠
内容要旨

 免疫系の抗原受容体遺伝子に見られるV(D)J組換えは、遺伝子の多様化と活性化に重要な役割を担う。2つの組換え活性化遺伝子の産物RAG1及びRAG2蛋白質はV(D)J組換えに必須の組換え酵素構成因子であり、7mer配列(CACAGTG)と9mer配列(ACAAAAACC)で構成される組換えシグナル配列(recombination signal sequence:RSS)に特異的に結合した後、DNA二重鎖切断反応を開始する。本研究では、バキュロウイルスベクターを用いて共発現させた精製RAG1、RAG2蛋白質を用いて、RAG/RSS複合体の形成過程におけるRAG-RSS相互作用をヌクレオチドレベルで解析した。

(1)DNA二重鎖切断反応前に形成されるRAG/RSS一次複合体の解析

 DNAフットプリント法及び変異型RSSを用いた結合実験などを併せて検討した結果、DNA二重鎖切断反応前に形成されるRAG/RSS一次複合体では、RSSの9mer領域がRAG蛋白質との結合に直接関わることが明らかとなった。この9mer領域に対するフットプリントパターンは、RAG1+RAG2複合体及びRAG1単独のいずれの場合においても、基本的には同じで、リコンビナーゼのRSSに対する結合はRAG1蛋白質を介して生じていることが明かとなった。興味深いことにRAG1蛋白質中には、サルモネラ菌の抗原性変換を引起こすHinリコンビナーゼのDNA結合領域と相同性を示すホメオドメインが見出されており、このホメオドメイン相同領域が9merとの結合に十分であることが判明した。従ってRAG/RSS一次複合体の形成は、RAG1蛋白質中のHinホメオドメインとRSSの9merとの相互作用によって支えられていることが結論された(図1A)。一方、RAG/RSS一次複合体の形成過程における7merの役割について検討した結果、7merへの変異導入はRAG蛋白質によるDNA二重鎖切断反応を著しく阻害するものの、RSSに対するRAG蛋白質の結合自体には、ほとんど影響を与えないことが判明した。

(2)DNA二重鎖切断反応後に形成されるRAG/RSS高次複合体の解析

 単独のRSSに対するRAG1蛋白質の結合は、既に述べた様に、A/T richな9mer配列とHinホメオドメインとの相互作用によって支えられていた。V(D)J組換えが、他の組換え系やトランスポゾンと大きく異なる点は、新たなシグナル配列7merの存在と12/23bpスペーサールールと呼ばれる組換え法則による制約である。即ち7merと9merを隔てるスペーサーの長さが12bpの基質(12RSS)と23bpの基質(23RSS)との組合わせがV(D)J組換えを制約し、同じVセグメント同士や異なる染色体にまたがる組換えを未然に防ぐのである。(1)で上述したRAG/RSS一次複合体はRAG/RSS一次複合体は12/23ルールが確認される前の単独の基質に対するものであり、従って12/23ルールを満たすRAG/RSS高次複合体の単離と7mer配列の役割の解明が望まれていた。

 そこで新たに、ビオチン化DNA基質とストレプトアビジンでコートされた磁気ビーズを用いて、12/23組換えルールに則ったDNA二重鎖切断後のRAG/RSS高次複合体を単離精製し、フットプリント法等を用いてその相互作用を解析することに成功した。この高次複合体では、9mer領城に加え、これ迄検出できなかった7mer領域におけるRAG蛋白質との強い相互作用が確認され(図1B)、これが12/23ルールを順守する上での分子基盤であることが示唆された。さらに驚くべきことに、この高次複合体中では二重鎖切断端となる7mer配列の3’末端OH基がRAG蛋白質によりリン酸化修飾されていることが判明した(図2)。このリン酸化は、V(D)J組換えに伴って切り出された相反組換え産物がトランスポーズすることを妨げ、その結果、挿入変異の誘発を阻止する上での重要な役割を果たしていることが示唆された(図3)。免疫系におけるV(D)J組換えは、進化の過程で挿入されたトランスポゾンの切り出し反応を利用したものであると提唱されているが、本研究で得られた知見は、トランスポゾンの本来の機能であるトランスポジションというharmfulな側面を抑えながら、V(D)J組換え活性がどの様に脊椎動物の免疫機能に取り入れられてきたのかを明らかにした点で重要であると考えられる。

図1.RAG/RSS複合体のDNAフットプリントパターン(A)DNA切断前におけるRAG/RSS一次複合体のフットプリントパターン単独のRSSに対するRAG/RSS一次複合体の形成には、9mer領域とRAG蛋白質との相互作用が主要な役割を演じている。(B)12/23ルールを満たすRAG/RSS高次複合体のフットプリントパターンDNA切断後に形成される高次複合体、SE-complexでは、9mer領域に加え、7mer領域とRAG蛋白質との相互作用が複合体の維持に強く寄与している。図2.RAG-RSS高次複合体中に含まれるSE-DNAの3’末端解析(A)RAG-RSS高次複合体形成の反応液中に含まれるSE-DNAをP1ヌクレアーゼで限定消化し、その消化産物の3’末端を2次元薄層クロマトマトグラフィーにより解析した。RAG蛋白質およびMg存在下の反応液中において3’リン酸化ヌクレオチド5’-pGp-3’が見出された。(B)RAG-RSS高次複合体を磁気ビーズを用いて分離精製した後、(A)と同様の解析を行うと複合体を含む画分において、3’リン酸化ヌクレオチドが見出された。図3.3’末端リン酸化修飾によるSE-complexのDNA転移への抑制効果(A)3’-P型もしくは、3’-OH型のSE-DNAを用いて、Ca条件下で形成させたSE-complexをプラスミドDNAと共に反応させ、DNA転移活性を検定した。その結果、3’末端がOH基の場合はプラスミドに転移しているのに対し、3’末端のリン酸基はSE-complexのDNA転移能を阻害することが判明した。(B)MgまたはCa条件下のプレインキュベーションを行い、SE-complexを形成させ、そのDNA転移活性を検定した。その結果、Mg条件下で形成させたSE-complexのDNA転移が抑制されることが判明した。したがって、3’末端のリン酸化修飾はSE-complexのDNA転移活性を抑制することが示された。
審査要旨

 リンパ細胞に見られるV(D)J組み換えは、抗原受容体遺伝子の多様化と活性化に重要な役割を担う。この組み換えは、脊椎動物の進化の過程で抗原受容体遺伝子に偶然挿入されたトランスポゾンの切り出し反応を利用したものと考えられ、サルモネラ菌のHin/hixシステムや大腸菌Tn10トランスポゾン、レトロウイルスのインテグラーゼなどとの間に様々な類似点が見出される。本学位論文では、V(D)J組み換えの初期過程に形成されるRAGタンパク質と組み換えシグナル配列RSSとの複合体を様々な角度から解析した。

 本研究では先ず、DNA二重鎖切断前に形成される一次複合体について、そのRAG-RSS相互作用をDNAフットプリント法およびUVクロスリンク法などを用いて解析した。この問題については、他のグループが表面プラズモン共鳴解析および培養細胞を用いたone-hybrid法などの間接的手法を用いて解析したのに対し、本研究ではフットプリント法を用いてヌクレオチドレベルで解析した点高く評価される。その結果、RAG/RSS一次複合体の形成は、RAG1タンパク質のHinホメオドメインとRSSの9merとの相互作用によって演出されていることが結論された。

 本研究ではさらに、DNA二重鎖切断後のRAG/RSS高次複合体を単離精製し、その相互作用を解析した。この高次複合体では、7mer領域におけるRAGタンパク質との新たな相互作用が検出され、9mer領域における相互作用は12/23ルールを確認しながら二次的に生じることが示された。また、この高次複合体中では二重鎖切断端となる7mer配列の3’末端OH基がRAGタンパク質によりリン酸化修飾されていることが判明した。この3’末端でのリン酸化は、V(D)J組み換えに伴って切り出された相反組み換え産物がトランスポーズすることを妨げ、その結果、挿入変異の誘発を阻止する上で重要な役割を果たしていることが示唆された。

 本研究は要約すると、遺伝子再構成に関わる組み換え酵素と基質DNAの相互作用を生化学的に解析したものである。本論文は2つの部分からなり、初めにRAG-RSS一次複合体の解析、続いてRAG-RSS高次複合体の解析について述べている。前者はすでに米国学会誌に公表済みであり、後者については現在投稿中である。これらは共に複数の同僚との共同研究であるが、その主要部分は論文提出者が主体となって解析を進めた成果であり、その寄与は充分であると認められる。特に、本研究で示されたRAGタンパク質による3’リン酸化反応はこれ迄報告されていない新しい発見として特筆されるべきものである。

 審査会においては各委員から合計20項目以上の質問が出され、論文提出者は一つ一つ丁寧に対応した。この活発な質疑応答は、論文内容の質の高さと論文提出者の豊富な知識を示すものである。審査委員から出された意見や指示については論文の最終稿に反映されている。

 以上の様に、論文提出者の研究の内容及び審査会における対応から判断して、博士(理学)の学位を授与出来ると認める。

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