リンパ細胞に見られるV(D)J組み換えは、抗原受容体遺伝子の多様化と活性化に重要な役割を担う。この組み換えは、脊椎動物の進化の過程で抗原受容体遺伝子に偶然挿入されたトランスポゾンの切り出し反応を利用したものと考えられ、サルモネラ菌のHin/hixシステムや大腸菌Tn10トランスポゾン、レトロウイルスのインテグラーゼなどとの間に様々な類似点が見出される。本学位論文では、V(D)J組み換えの初期過程に形成されるRAGタンパク質と組み換えシグナル配列RSSとの複合体を様々な角度から解析した。 本研究では先ず、DNA二重鎖切断前に形成される一次複合体について、そのRAG-RSS相互作用をDNAフットプリント法およびUVクロスリンク法などを用いて解析した。この問題については、他のグループが表面プラズモン共鳴解析および培養細胞を用いたone-hybrid法などの間接的手法を用いて解析したのに対し、本研究ではフットプリント法を用いてヌクレオチドレベルで解析した点高く評価される。その結果、RAG/RSS一次複合体の形成は、RAG1タンパク質のHinホメオドメインとRSSの9merとの相互作用によって演出されていることが結論された。 本研究ではさらに、DNA二重鎖切断後のRAG/RSS高次複合体を単離精製し、その相互作用を解析した。この高次複合体では、7mer領域におけるRAGタンパク質との新たな相互作用が検出され、9mer領域における相互作用は12/23ルールを確認しながら二次的に生じることが示された。また、この高次複合体中では二重鎖切断端となる7mer配列の3’末端OH基がRAGタンパク質によりリン酸化修飾されていることが判明した。この3’末端でのリン酸化は、V(D)J組み換えに伴って切り出された相反組み換え産物がトランスポーズすることを妨げ、その結果、挿入変異の誘発を阻止する上で重要な役割を果たしていることが示唆された。 本研究は要約すると、遺伝子再構成に関わる組み換え酵素と基質DNAの相互作用を生化学的に解析したものである。本論文は2つの部分からなり、初めにRAG-RSS一次複合体の解析、続いてRAG-RSS高次複合体の解析について述べている。前者はすでに米国学会誌に公表済みであり、後者については現在投稿中である。これらは共に複数の同僚との共同研究であるが、その主要部分は論文提出者が主体となって解析を進めた成果であり、その寄与は充分であると認められる。特に、本研究で示されたRAGタンパク質による3’リン酸化反応はこれ迄報告されていない新しい発見として特筆されるべきものである。 審査会においては各委員から合計20項目以上の質問が出され、論文提出者は一つ一つ丁寧に対応した。この活発な質疑応答は、論文内容の質の高さと論文提出者の豊富な知識を示すものである。審査委員から出された意見や指示については論文の最終稿に反映されている。 以上の様に、論文提出者の研究の内容及び審査会における対応から判断して、博士(理学)の学位を授与出来ると認める。 |