真核細胞の中で、mRNA分子は合成されてから機能を発現し分解されるまでに様々な転写後調節を受ける。この過程には、数多くのRNA結合タンパク質が関わっている。RNAは二次構造を形成し、さらに複雑な三次構造もとる。これまでにその認識機構が詳しく研究されたRNA結合タンパク質は、これらのRNA高次構造を認識するものがほとんどであった。しかし細胞内には塩基対を形成せず二次構造を持たない一本鎖RNAも多く存在し、それらを認識するRNA結合タンパク質も多数存在する。このような一本鎖RNAの配列特異的認識機構は長年の疑問であった。本研究ではショウジョウバエSex-lethal(Sxl)タンパク質とそのターゲットであるtransformer(tra)mRNA前駆体ポリピリミジン領域との複合体の立体構造をX線結晶解析により2.6Åの解像度で決定する事に成功し、これにより初めてタンパク質が長い一本鎖RNAを塩基配列特異的に認識する仕組みを解明した。 Sxlタンパク質は性決定カスケードにおいてtramRNA前駆体中のポリピリミジン領域に結合することによりその選択的スプライシングを調節する。Sxlタンパク質は短い連結部を介してタンデムに2つ連なるRNA結合ドメイン(RBD)をもつ。これは多くのタンパク質中に見いだされているRNA結合モジュールで,転写後調節を担う多数のタンパク質でRNA認識に関わっていると考えられている。RBDは約90アミノ酸残基から成り、よく保存された2つの短いモチーフ、RNP1とRNP2を有する。RBD単独の立体構造はSxlタンパク質を含む数種のタンパク質で決定されているが、それらは共通しての二次構造を持ち4本鎖の反平行シートを2つのヘリックスが裏打ちした立体構造をとっており、RNP1とRNP2モチーフは中央に位置する2つの鎖上にある。RBDとRNAの複合体の立体構造については、U1Aタンパク質やU1A類似のU2B"タンパク質のN末端側RBDとそれらのターゲットRNAの複合体の立体構造が決定されている。これらは単独のRBDでターゲットRNAを認識し、またターゲットRNAには分子内塩基対が存在してステム・ループの二次構造を形成しており、それがタンパク質によるRNAの認識に必須であることが明らかにされている。一方、Sxlタンパク質のタンデムに連なった2つのRBDは、U1AやU2B"とは異なる機構でRNAを認識している典型例である。RBDを持つタンパク質の多くがそうであるように、Sxlタンパク質は分子内に塩基対を持たない一本鎖RNAと結合する。 結晶化を行うにあたりSxlタンパク質RBD1-RBD2についてPhe166→Tyrの変異を加えた変異体を作成し溶解度をあげた。この変異体は、野生型と結合能に違いがないことがNMRの実験で確かめられている。RNA試料はtraのmRNA前駆体中のポリピリミジン領域から17ヌクレオチドの配列、UUUUUGUUGUUUUUUUUを用いた。得られた結晶は理学のX線発生装置を用い、回折強度測定装置RaxisIVにより反射データを収集した。結晶型は1222で、格子定数は、a=77.9Å、b=86.8Å、c=160.4Åであった。結晶は非対称単位あたり2つの複合体を含んでいた。5-ヨード化ウリジンを含むRNAを用いた共結晶や、セレノメチオニン、白金、ウランを用いた重原子置換体を使い、重原子同型置換法により位相計算を行った。ヨードの位置を参考に構造モデルの構築をし、さらに精密化を行った。 複合体中で2つのRBDは反平行シート面を向かい合わせにしてV字型の裂溝を作り、その間に引き延ばされたRNAを挟んでいた(図1)。17ヌクレオチドのRNAのうちはじめの5つのウリジンの電子密度が欠けており、ここでは12ヌクレオチドのRNA残基(GUUGUUUUUUUU)に1から12まで数字をふった。これによりUGUUUUUUU(U3-U11)の領域が連続してタンパク質と相互作用していることが初めて明らかになった。RNAの結合によってループ領域内の残基が固定されたりコンフォメーションが変化する事が明らかになったが、基本的に複合体中の2つのRBDのそれぞれの構造は先に決定されたRNAの結合していないときの個々のRBDの溶液構造とほぼ同じであった。複合体中で2つのRBD同志、さらにRBD2とドメイン間連結部は相互作用しており、またドメイン間連結部は短い変形した310ヘリックスを作っていた。最近決定されたRNA結合のないSxlRBD1-RBD2の結晶構造からはRNAが結合していないときは2つのRBD同志の接触はなく、またドメイン間連結部は柔軟性に富んでいることが示唆された。これらの結果から、RNAの結合する前はSxlタンパク質の2つのRBDは溶液中で柔軟性を持ってつながっているが、RNAの結合に際してRBD1、RBD2、ドメイン間連結部、RNAの間で相互作用し、2つのRBDはRNA結合に適した配置に固定されることが明らかになった。 図1 Sxlタンパク質複合体の全体構造a.タンパク質とRNAの構造をそれぞれribbonとball-and-stickで示した。b.Sxl表面の静電ポテンシャル分布について正と負に帯電した領域をそれぞれ青と赤で示した。RNAを黄色のball-and-stickで示した。 RNAの9ヌクレオチドの領域はSxlタンパク質の結合により塩基対を作らない独特の構造に固定された。U3-U11の部分は引き延ばされたコンフォメーションをとり、中央に折れ曲がりを有していた(図2)。U6周辺のRNA主鎖はターン構造をとり、これは2’-OHとリン酸基との間の3つのヌクレオチド間水素結合によって特徴づけられた(図2)。すなわち、U5とU6の2’-OH基がU8のリン酸基に、U7の2’-OH基がU5のリン酸基に水素結合していた。またこのターンは、U7とU8の間のただ一つの分子内塩基スタッキング相互作用によっても特徴づけられた。さらに特徴的なことに、多くのRNA残基でリボースのパッカリングはC2’-endoであった。RNA主鎖は2つのRBDのシート面と強く相互作用していた。長い範囲のRNA主鎖がRBD2のアミノ酸側鎖と相互作用し、3’末端領域の短い範囲のRNA主鎖がRBD1と相互作用していた(図3)。U3-U11の部分の全部で9つあるうちの6つの2’-OH基は、分子内あるいは分子間あるいはその両方の相互作用に関与していた。Sxlで見られたようなRNA主鎖が分子間・分子内水素結合を通じてRNAのコンフォメーションを固定する仕組みはU1Aでは見られなかった。 図2 複合体中のRNA。RNAを黄色のwire-loopで示した。RNAのターンを作る分子内水素結合を緑の点線で示した。RNA主鎖と相互作用するアミノ酸残基を緑色のball-and-stickで示した。分子間相互作用は赤の点線で示した。 SxlRBD1-RBD2はUGUUUUUUU(U3-U11)の領域の塩基をタンパク質表面にある別々の認識部位で塩基特異的に認識していた。UGUはRBD2によって、それに続くUUUUUUは主にRBD1によって認識され(図3)、しかもUGUUUUUUUは連続して認識されていた。SxlRBD1、SxlRBD2とU1Aの間で対応するアミノ酸残基のほとんどが特異的RNA認識に対して異なる役割を演じていた(図3)。Sxlのドメイン間連結部も塩基特異的認識に関わっており、U9塩基はRBD1とドメイン間連結部に、U10塩基はドメイン間連結部に特異的に認識されていた(図3)。このU9とU10の認識にはRBD2の助けが必要であり、RBD2のArg258(RNP1にある)の側鎖はU9-U10の糖リン酸主鎖に3つの水素結合を作っていた(図3)。SxlRBD1は特徴的なRNP2配列(コンセンサス配列は(L/l)-(Y/F)-(V/l)-X-X-LであるがSxlRBD1は127LIVNYLとなっている)を持ち、これによってRBD1上での長い範囲のRNA塩基特異的認識を可能にしていた。この特徴的RNP2配列はELAVファミリータンパク質で保存されている。ELAVファミリータンパク質は神経系の分化やmRNAの安定化に関わっている。 図3 SxlRBD1、2とU1ARBDのタンパク質-RNA相互作用。対応するアミノ酸残基を同一の行に並べ、相互作用の種類をその隣に(Hは水素結合または塩結合を、Sはスタッキング相互作用を含む疎水性相互作用を、一は相互作用のないことを表す)、相互作用するRNA残基をその隣に示した。アミノ酸またはRNAの表示が黒の斜体のものはその主鎖が、表示が青色のものはその側鎖あるいは塩基が相互作用していることを示す。 さらに最近、hnRNP A1 RBD1-RBD2と一本鎖テロメアDNA複合体、PABP RBD1-RBD2とポリA複合体の立体構造が決定された。個々のRBDのシート面上のRNAの配向や通る道筋は類似していたが、これらの2つのRBDはSxlのような立体配置をとらず、RNA認識に際してSxlで見られたようなRBD間の密な連携は見られなかった。 |