学位論文要旨



No 115046
著者(漢字) 中村,正展
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,マサノブ
標題(和) 伸長成長に欠損のあるシロイヌナズナの新奇突然変異体の単離と解析
標題(洋)
報告番号 115046
報告番号 甲15046
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3810号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長田,敏行
 東京大学 教授 福田,裕穂
 東京大学 助教授 西田,生郎
 東京大学 助教授 高橋,陽介
 東京大学 助教授 園池,公毅
内容要旨 1.序論

 突然変異体を単離し、それを解析する事は生物の成長生理・形態形成を理解する上で一つの有効な手段となる。固着生活を送る植物にとって、伸長成長は単なる遺伝的プログラムによる形態形成現象のみならず、環境応答としての側面もあり、いままでに多くの生埋学的な解析が為されてきた。また近年は遺伝学的・逆遺伝的解析も行われるようになってきているが、いまだに解明されていない部分が多い。そこで本研究では、シロイヌナズナを用いて新奇の突然変異体を単離し、それを解析する事で、植物の伸長成長に関する新たな知見を得る事を目指した。

2.結果と考察2-1.形質転換シロイヌナズナの作出

 変異体の探索に当たって、近年開発された減圧浸潤法を用い、シロイヌナズナのT-DNA mutagenesisを行った。この処理によって得られたT1種子、約200万粒の中から、抗生物質Hyg耐性を指標に約2500の形質転換植物体を選抜した。これらから個別に種子を回収し、T2種子2500ラインを変異体選抜に供することにした。また、形質転換に用いたベクターはカリフラワーモザイクウイルスの35S転写エンハンサーをタンデムに4コピーもつpPCVICEn4HPT(図1)(Hayashi et.al.1992)で、これにより機能欠失型・機能獲得型の双方の変異体の出現を期待した。

2-2.花茎特異的な伸長抑制を示し、早期に老化する突然変異体fireworksの単離と解析

 シロイヌナズナのようなロゼット植物では、ロゼット葉を展開して節間成長を殆ど行わない栄養成長期と、茎生葉または花を付け花茎となる生殖成長期で、節間仲長の度合いに著しい差が認められる。本研究ではその制御機構を探るため、自ら作出したタグラインの中より花茎特異的な仲長抑制を示す変異体fireworks(fiw)を単離しその表現型を詳しく解析した。この変異体においては、栄養成長期には全く表現型が認められないのに対し、生殖成長期に入ると花茎の伸長が著しく抑制された(図2,表1)。

 まず、fiw変異体に関して遺伝学的解析を行った。この結果、fiwは一遺伝子座による劣性突然変異であることが確かめられた。またfiwはT-DNAタグラインの中から見出された変異体であるが、挿入T-DNAと変異は連鎖していなかった。そこでfiwの原因遺伝子を探る為に、遺伝マーカーを用いてマッピングを行った。その結果、4番染色体の下方に位置するマーカーJGB9とPG11との問の領域に位置することが分かった。fiwと類似する変異はこの領域にマップさておらず、遺伝学的解析からもfiwは新奇な突然変異体であることが示唆された。さらに、最近の塩基配列データーを元にマーカーを作出し、fiwのマップ位置を、約448kbpの領域にまで狭めた(図3)。引き続きfiw変異の原因遺伝子クローニングを進める予定である。

 fiwで見られた花茎の伸長抑制のメカニズムを探る為、花茎表皮の顕微鏡観察とジベレリン投与実験を行った。まず、花茎の上方に位置する表皮細胞を観察したところ、fiwでは細胞の長さが野生型の約1/10になっていた。この比率はfiw個体の矮性の度合いとほぼ相当する。したがって、fiwの花茎が示す矮性は細胞数の減少ではなく、細胞伸長の欠損が原因であると推察された。また、ジベレリンによりfiwの花茎の伸長は促進されたが、その度合いはほぼ野生型と等しく、表現型を回復するには至らなかった。ジベレリンを含め、ホルモンに関連する変異体の示す矮性の表現型は全て全身性のものであることを考え合わせ、fiwが単なるホルモンの欠損/非感受性によるものとは考えにくい。

 fiwの表現型をさらに詳しく解析するため、花茎の節間伸長・花原基の形成・腋芽の分化と伸長などについて、その時間経過を野生型と比較した。その結果、発達初期段階(発芽後25日目迄)においては野生型との間に大きな違いは認められなかった。しかしその後、節間伸長の急激な停止と花原基の形成の停止が観察された(図4)。さらに、葉腋から生じる花茎の伸長もほぼ同時に停止した。従って、fiw変異体においては、花茎の伸長と同時に茎頂の発達も停止すること、また、成長の停止は茎ごとにではなく全身で同時に起こることが分かった。

 シロイヌナズナのような一回結実性の植物において、花茎の伸長開始は生殖成長への転換を示し、また伸長停止は生殖成長の終末=個体の老化プログラム進行を意味している。実際、fiw変異体においては、ロゼット葉の早期の老化が観察された(図5)。そこでこの現象について定量的に調べたところ、葉の老化の指標であるクロロフィル含量が、fiwでは発芽後約30日目から急速に低下し、ほぼ一週間で半減した。一方野生型ではこの期間に含量の低下は僅かしか認められず、黄化は視認できなかった。花茎伸長の鈍化・停止を老化という側面から捉えると、ロゼット葉の老化も含め、fiw遺伝子産物が個体全体の主要老化調節因子である可能性も考えられる。

 これまでシロイヌナズナでは様々な矮性突然変異が報告されてきたが、特定の生育段階でのみ矮性を示すものはfiwが初めてである。ロゼット植物に特徴的な生育段階に応じた節間伸長の制御メカニズムを探る上で、遺伝子クローニングを含め、fiw変異の更なる解析が有益と考えている。さらに、花茎の伸長停止と老化の関係を探る上でもfiw変異体は大変に興味深い。

図表図1 過剰発現タギングベクター / 図2 発芽後30日目のfiwと野生型植物 / 図3 FIW遺伝子座のマッピング / 図4 花茎伸長と花芽形成の経時的観察 / 図5 早期に老化するfiwの表現型 / 表1 fiwと野生型との比較
2-3.ブラシノステロイドに関連した矮性変異体chibi(chi)の単離とその解析

 伸長成長の環境要因による制御に関して、最も解析が進んでいるのは胚軸である。特に光シグナルに対して鋭敏な応答をすることが明らかにされており、この性質を用いて突然変異体の単離と解析が数多くなされてきた。しかしながらこれらの多くは光非感受性、もしくは構成的光形態形成を示す変異体に関するものであった。そこで本研究では光高感受性を指標とし、伸長制御にかかわる新奇の変異体を選抜した。

 本研究で作出したタグラインの中から、弱い近赤外光下でより強い胚軸伸長抑制を示す突然変異体の選抜を行った。その結果、3系統の変異体を得、chibi 1,2,3と名付けた(図6)。これらの変異体では成熟個体でも強い矮性が認められた(図7にchi2の例を示す)。遺伝学的解析の結果、chi2は優性、それ以外は劣性の、それぞれ一遺伝子座による突然変異であることが分かった。優性変異は、本研究で用いた過剰発現型ベクターによって本来期待されるものである。そこで、chi2変異に関してさらに詳しく解析し、挿入T-DNAと変異の共分離を確認するとともに、chi2変異を1番染色体上方にマップした。

 続いて、T-DNA挿入位置近傍の塩基配列を決定したところ、挿入された35Sエンハンサー配列の下流、約1.3kbpに新奇のシトクロムP450遺伝子(CYP72C1)を見出した(図8)。さらに、chi2変異体でこの遺伝子が過剰発現している事をノザンプロットにより確認した(図9)。次にこの遺伝子が原因遺伝子であることを証明する目的で、35S::CYP72C1のコンストラクトを持つ形質転換植物を作製し、chi2変異体と同様の表現型を確認した(図10)。なお、野生型植物でのCYP72C1遺伝子の発現量は低く、ノザンプロットによって検出する事が出来なかった。微量な発現をも検出すべくRT-PCRを行っているが、シグナルは得られていないので、引き続き反応条件を検討中である。

 chi2変異体は植物体全体で矮性を示し、ロゼット葉は濃緑色で上偏成長して彎曲していた(図7)。その姿はシロイヌナズナの既知のブラシノステロイド欠損/非感受性突然変異体と極めて類似している。そこでchi2変異体がブラシノステロイドの代謝にどのように関わっているか、横田孝雄博士(帝京大・バイオサイエンス)と共同して解析を行った。まずブラシノステロイドの添加実験を行ったところ、chibi2変異体芽生えの伸長抑制は濃度依存的に回復し、0.01Mのブラシノステロイド存在下で完全に回復した(図11)。一方同様の方法でジベレリンを添加したところ、ジベレリンは胚軸伸長に影響を与えなかった。続いてブラシノステロイド合成の中間代謝産物の含量を測定したところ、6-deoxotyphasterol(typhasterol)とその下流の代謝産物がchi2において極端に減少していた。

図表図6 近赤外光高感受性変異体の選抜 / 図7 発芽後27日目のchi2と野生型植物 / 図8 chi2のT-DNA挿入領域 / 図9 CYP72C1の遺伝子発現 / 図10 35S::CYP72C1形質転換植物 / 図11 ブラシノステロイドに対する応答

 chi2と同様の表現型を示す変異体cpd/cbb3やdwf4がブラシノステロイド合成に関わるシトクロムP450遺伝子の欠損による事が示されているが、chi2のように内生遺伝子の過剰発現が原因となる矮性変異の報告はまだない。今後はin vitroでの代謝実験、CYP72C1遺伝子の発現解析などを通じブラシノステロイドを介した光シグナル伝達、細胞伸長の制御について明らかにしていきたい。

3.まとめ

 シロイヌナズナのT-DNAタグラインを独自に作出することで、伸長成長に関する新奇の突然変異体を複数単離する事が出来た。fiw変異体は生殖成長期特異的に伸長抑制を示す。これを解析する事で節間伸長の遺伝的プログラムに付いて新しい知見が得られると期待している。また、chi2は過剰発現タギング法を用いたことで得られた新奇の優性突然変異体である。野生型植物における原因遺伝子CYP72C1の機能はまだ不明であるが、さらに解析を進めてブラシノステロイドを介した植物細胞の伸長成長制御の一端を明らかにしていきたい。

審査要旨

 本論文は2章からなり、第1章は、"Identification and characterization of short inflorescence,early senescence mutant,fireworks(fiw)"(訳:花茎の短い突然変異体fireworksの単離・同定とその特徴)について、第2章は、"Identification and characterization of brassinosteroid-related dwarf mutants,chibi(chi)"(訳:ブラシノステロイド関連矮性突然変異株chibiの単離・同定とその特徴)について、述べられている。

 本研究では、モデル植物シロイヌナズナを用いて、植物の伸長成長に関する新奇の突然変異体を単離し、その解析により、植物の伸長成長に関する遺伝的プログラムのより深い理解を行なうべく研究が行われた。まず、形質転換シロイヌナズナの作出にあたり、減圧浸潤法の改良により形質転換効率の向上を図り、T-DNA挿入形質転換体約2500ヶを選抜した。得られた形質転換体は、カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーターの転写エンハンサーを4コピー含んでいるので、機能欠失型・獲得型の双方の変異体の出現が期待された。

 第一の突然変異体は、花茎特異的な伸長抑制を示す変異体を同定したが、その形態が花火に似ていることからfireworks(fiw)と名付けたが、この変異体は栄養成長期には特別な変異は見られず、特定の生育段階でのみ矮性を示した。遺伝学的解析から、fiwは挿入T-DNAと変異は連鎖しない劣性変異であり、その染色体上での変異の場所は、第44番染色体の下方の約448kbpの領域内であると同定した。続いて、fiwで見られた花茎の伸長抑制のメカニズムを探究したが、表皮細胞ではfiw個体の矮性の度合いとほぼ相当する細胞の伸長抑制が認められたが、ジベレリン投与によってはfiwの表現型は回復しなかった。従って、fiwの花茎が示す矮性は細胞伸長の欠損に由来するが、ジベレリン合成欠損がその原因ではないと判断した。

 第二の突然変異体は、胚軸の光シグナルの応答に関するもので、結果的にブラシノステロイド関連の変異体であった。作出されたタグラインから、弱い近赤外光下でより強い胚軸伸長抑制を示す三系統の変異体を得、これらにchibi 1、2、3と名付けた。これらは成熟個体でも強い矮性を示し、chi2は優性、それ以外は劣性の突然変異であった。優性変異は、過剰発現型ベクターによって本来期待され変異であるので、chi2変異に関して詳細に解析したところ、変異は第1番染色体上方にマップされ、chi2のT-DNA挿入位置の近傍に新奇のシトクロムP450遺伝子(CYP72C1)を見出された。この遺伝子がchi2変異体では過剰発現されていることを確認するとともに、CYP72C1を過剰発現する形質転換植物を作製することによっても、chi2変異体と同様の表現型を観察した。これらにより、CYP72C1がchi2変異の原因遺伝子と結論した。なお、chi2変異体の形態は、既知のブラシノステロイド欠損突然変異体と極めて類似しているので、ブラシノステロイドの添加実験を行ったところ、chibi2変異体芽生えの伸長抑制は濃度依存的に回復した。また、ブラシノステロイド合成の中間代謝産物の内生含量は、6-deoxotyphasterol(typhasterol)とその下流でchi2において極端に減少していた。これらの結果は、CYP72C1遺伝子産物が本来の合成反応とは異なる反応を触媒した為と考えられる。

 従って、本研究の二種類の突然変異体は新奇のものであり、いずれも植物の伸長成長の遺伝プログラムに関した新知見をもたらすものであると判断される。

 なお、本論文の第1章は、長谷あきら氏、望月伸悦氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究のデザインを計画し、遂行したので、論文提出者の寄与が十分であると評価する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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