動物は一般にある種のアミノ酸、ビタミン類を合成できない。これらは摂食によって補われる。ところが、昆虫の中にはこれらに乏しい食物のみを摂取するものが少なくない。彼らは体内に共生する微生物からこれらの栄養素を提供されると考えられている。この共生関係は極めて緊密であり、共生体を除去した虫は生育できず、宿主虫から単離した共生体も増殖できないのが普通である。このような共生系は同翅目のアブラムシにおいて精力的に研究されてきた。アブラムシを含む同翅目昆虫のほとんどは植物師管液のみを摂取するが、師管液は糖分に富む反面、窒素分に乏しく、特にアミノ酸やビタミン類の組成が偏っている。アブラムシの細胞内共生細菌(Buchnera)は、宿主の主要窒素老廃物であるグルタミンを再利用して多くの必須アミノ酸やビタミンを宿主に供給することが証明されている。アブラムシの共生細菌は大腸菌に近縁で、その起源は2億年は遡ると推定されている。この間Buchneraは巌密に母系垂直伝播され、水平感染は生じなかったことなども明らかにされている。しかしながら、同翅目昆虫が保有する共生微生物は、アブラムシ、キジラミ、カイガラムシ、セミ、ヨコバイなどの分類群ごとに、またその中ですら多元・多様であり、ウンカのように真核性の酵母様共生体を持つものもいるが、アブラムシ-Buchnera以外の共生系に関する研究は進んでいない。 ウンカの酵母様共生体は特殊な細胞内に収納されており、母系垂直感染する。共生体を除去した虫は正常に発育せず、単離した共生体も継代培養できない。18SrDNAの配列に基づいた系統解析から,いわゆる冬虫夏草などの昆虫寄生菌で構成される、子嚢菌類・麦角(バッカク)菌目に属することが明らかにされている。また、ウンカはアブラムシとは異なり、多くの昆虫と同様にタンパク・核酸の老廃物として尿酸を合成するため、アブラムシ-Buchneraとは異なる共生系を進化させてきた可能性がある。 私はウンカが尿酸を介した窒素再利用を行っていることを証明するため、トビイロウンカ(Nilaparvata Iugens)を高温処理して共生体除去虫を作成し、アミノ酸含有量の異なる人工飼料を用いて飼育し、通常虫との比較実験を行った。ウンカは飼料中のアミノ酸濃度を高くすると成長率が上昇するが、ある程度以上には上昇しない。しかし体内の尿酸含量は、アミノ酸濃度に比例して上昇する。これは、ウンカが尿酸を窒素老廃物として合成するというよりも、余剰の窒素分を尿酸として蓄えることを示唆している。この見方は、ウンカがまったく尿酸を排泄しない事実によっても支持される。 通常のウンカでは、体内に蓄えられた尿酸は、アミノ酸濃度の低い飼料に移すと急激に減少する。一方、共生体除去虫では体内の尿酸濃度も通常虫より数倍高い上に、アミノ酸濃度の低い飼料に移してもほとんど量は変化しない。つまり、ウンカ自身は尿酸を分解できず、共生体が尿酸を分解するとしか考えられない。これは、ウリカーゼ活性が通常虫からのみ検出され、共生体除去虫からはされなかったという過去の報告とも符号する。また、体内の尿酸貯蓄量が高い通常虫は、アミノ酸の乏しい飼料に移してもある程度成長が維持されることと、排泄物中の必須アミノ酸が、共生体除去虫では著しく減少することから、図1のような、尿酸を介して窒素分を再利用するウンカー酵母様微生物の共生系があきらかになった。 陸生昆虫の多くは尿酸を最終窒素老廃物として排泄するため、尿酸を分解する必要がなく、ウリカーゼを進化過程で失ったものが多い。そのため虫自身は尿酸を利用できない。ウンカの場合も共生体のウリカーゼがあってはじめて図1のサイクルが回転する。いわば共生体ウリカーゼが共生系の鍵をにぎる酵素となっている。このように重要な役目を担った酵素が、共生系の進化過程で特殊な性質を獲得した可能性があると考え、酵母様共生体ウリカーゼの性状解析を試みた。共生体は前述の通り培養不能なため、大腸菌をもちいた大量発現系の構築が必要であった。そのためにまずウリカーゼ遺伝子のクローニングを行った。単離した共生体ゲノム上で、Aspergillus flavusのウリカーゼ遺伝子をプローブとしたサザンハイブリダイゼーションを行い、1コピー遺伝子であることを確認しつつ、シグナルの出た断片をサブクローニングして、スクリーニングを行い、7.2Kb断片の塩基配列を決定した。得られたウリカーゼ遺伝子(図2)は296アミノ酸をコードしており、予想アミノ酸配列は、A.flavusと62%、Candida utilisと47%、ラットと38%、Drosophilaと36%の相同性があった。既知のウリカーゼ共通領域をほとんど保存していたが、真核性ウリカーゼが保存するC最末端のペルオキシゾーム標的配列(PTS-1)を欠いていた。これは-Ser-basic-Leuの3アミノ酸残基で必要十分な局在シグナルで、特に3番目のロイシンが不可欠とされている。共生体ウリカーゼでは-Ser-Arg-Serとなっており、ウリカーゼの局在に興味がもたれた。ところが、私が配列を決定した昆虫寄生菌Tolypocladium niveumのウリカーゼもやはり-Ser-Arg-SerのC末をもっていたため、共生体独特の配列ではないことが判明した。ウリカーゼ以外のペルオキシゾーム酵素では、Yeastの仲間において、例外的な配列のPTSが発見されており、H2O2を生じるウリカーゼ反応の性質からいってペルオキシゾーム以外に局在することは考えにくいので、やはり一種のPTSである可能性が高いと考えられる。 図1 ウンカー酵母様共生体による尿酸を介した窒素再利用図2 酵母様共生体のウリカーゼ遺伝子 大腸菌でのウリカーゼ遺伝子発現には、N末にヒスチジンのタグを付加するpET16b(Novagen)を用い、ウリカーゼ発現ベクター、pETUO1を構築した。発現株にはBL21系のpLys-S株を用いた。25℃で8時間発現を誘導すると、相当量の可溶性目的タンパクの発現がみられた。これをニッケルカラムを用いて1ステップで精製し、性状実験にもちいた。精製したウリカーゼは、25℃が至適温度で、至適pHは9.2-9.5であった。25℃、pH9.5での活性は5.5U/mg proteinで、これは既知のウリカーゼの多くと同定度の値であったが、真菌類のそれと比べると,1/4程度であった。その他の性質は、銅が活性に不可欠ではない、など、既知の真菌類ウリカーゼの特徴を備えていたが、特に変わった性質はなかった。 酵母様共生体をもつ同翅目昆虫はほかにもいくつか知られているが、とりわけ興味深いのは、ツノアブラ族に所属するアブラムシである。同族のアブラムシの多くは他のアブラムシ同様,前述の細胞内共生細菌(Buchnera)をもつが、Tuberaphis,Cerataphis,Glyphinaphisの3属のアブラムシに限っては、例外的にBuchneraを持たず、代わりに酵母様共生体を細胞外に保有している。アブラムシとウンカは同翅目のなかでは系統的にかなり離れたグループであり、各々独立に酵母様共生体を獲得したと考えるのが合理的である。にもかかわらず、両者の共生体はかなり近縁であることが、18SrDNAを用いた系統解析で、過去に示唆されている。私はこれらのアブラムシと酵母様共生体の間にはどのような窒素代謝系が存在するのか興味をもったが、これらを人工飼料上で飼育することが困難であったため、未解明である。しかし、ウンカでみられるような尿酸を介した窒素再利用系をもつ可能性もあるので、Tuberaphisの一種ハクウンボクハナフシアブラムシ(T.styraci)を秩父一帯で採集し、ほかの同翅目昆虫数種とともに、体内の尿酸量を測定した。その結果、ヨコバイとウンカからは尿酸を検出できたが、カイガラムシと、ハクウンボクハナフシを含むアブラムシ類からは検出できなかった。アブラムシでは、卵・成虫からともに検出できず、一生を通じて共生体の種類を問わず検出可能量の尿酸を合成しないことがわかった。また、ハクウンボクハナフシからはウリカーゼ活性も検出されず、尿酸は利用されていないと考えられる。それではアブラムシ酵母様共生体のウリカーゼ遺伝子はどうなっているのだろうか。 ハクウンボクハナフシ酵母様共生体のゲノム上でウンカ共生体ウリカーゼ遺伝子をプローブとしたサザンハイブリダイゼーションを行うと、1コピーの同遺伝子が確認できた。さらに、RT-PCRを行うと転写産物も増幅できた。ところが、産物の配列を決定したところ、塩基レベルで、ウンカ共生体ウリカーゼと96%という非常に高い相同性をもっているにもかかわらず、フレームシフト変異を起こしていることが判明した。台湾で採集された他の2属(Cerataphis,Glyphinaphis)を含む数種類のアブラムシの酵母様共生体のサンプルを入手し、各々についてウリカーゼ遺伝子全長の配列を決定したところ、フレームシフト変異はTuberaphis属のみに共通して生じていたが、かわりにGlyphinaphis属ではナンセンス変異が2カ所生じていた。このことからアブラムシには尿酸を介した窒素再利用系が存在しないのは明らかだが、ウリカーゼが完全に不必要だったわけではないらしい。というのは、ウンカ類とアブラムシ類の酵母様共生体ウリカーゼ遺伝子の間で非同義・同義置換率(ds/dn)を算出すると、共通の変異を持つTuberaphis共生体間ではds/dnがほぼ1であるのに対し、TuberaphisとCerataphisの共生体間では8以上あり、ウンカ共生体間のそれに匹敵する。もし同遺伝子が不要であれば、ds/dnは理論的に1に近い値をとるはずであり、Cerataphis共生体のウリカーゼ遺伝子は自然選択を受けていることが示唆されるし、実際同遺伝子には、すくなくとも配列上致命的な変異はみられない。つまり、ウリカーゼの欠損はアブラムシ酵母様共生体にとってはやや不利益をもたらすものであったが、集団が小さく、毎世代瓶首効果がかかるうえ無性であるために、’Muller’s rachet’が生じて、機能を喪失させる変異が集団内に固定されたものと考えられる。 配列を決定したアブラムシ・ウンカの酵母様共生体ウリカーゼ遺伝子は系統解析においても興味深い結果をもたらした(図3)。同遺伝子とその周辺領域2016サイトを用いて、近隣結合法で系統樹を作成すると、ウンカ酵母様共生体とTuberaphis酵母様共生体が高いbootstrap値をもって姉妹群を形成する。最尤法を用いても同じ樹型が得られる。アブラムシ共生体間の系統は宿主の系統と一致するので、アブラムシにおいては、共通祖先で1度だけ酵母様共生体が獲得された可能性が高い。とすれば、アブラムシ共生体がウンカに水平感染したと考えざるをえない。Buchneraと異なり、酵母様共生体の寄生から共生への進化は比較的新しい時代の出来事と考えられるので、その当時には寄生菌としての性質を完全には失っておらず、水平伝播が可能だったのかもしれない。 図3 酵母様共生体ウリカーゼ遺伝子に基づいた系統関係 |