学位論文要旨



No 115055
著者(漢字) 本郷,裕一
著者(英字) Hongoh,Yuichi
著者(カナ) ホンゴウ,ユウイチ
標題(和) ウンカ酵母様共生体による窒素再利用と共生の起源に関する研究
標題(洋) Studies on Nitrogen Recycling by Fungal Endosymbionts of Planthoppers and Origin of their Symbiosis
報告番号 115055
報告番号 甲15055
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3819号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査 : 東京大学 教授 石川,統
 東京大学 教授 東江,昭夫
 東京大学 教授 松本,忠夫
 東京大学 助教授 平良,真規
 東京大学 助教授 藤原,晴彦
内容要旨

 動物は一般にある種のアミノ酸、ビタミン類を合成できない。これらは摂食によって補われる。ところが、昆虫の中にはこれらに乏しい食物のみを摂取するものが少なくない。彼らは体内に共生する微生物からこれらの栄養素を提供されると考えられている。この共生関係は極めて緊密であり、共生体を除去した虫は生育できず、宿主虫から単離した共生体も増殖できないのが普通である。このような共生系は同翅目のアブラムシにおいて精力的に研究されてきた。アブラムシを含む同翅目昆虫のほとんどは植物師管液のみを摂取するが、師管液は糖分に富む反面、窒素分に乏しく、特にアミノ酸やビタミン類の組成が偏っている。アブラムシの細胞内共生細菌(Buchnera)は、宿主の主要窒素老廃物であるグルタミンを再利用して多くの必須アミノ酸やビタミンを宿主に供給することが証明されている。アブラムシの共生細菌は大腸菌に近縁で、その起源は2億年は遡ると推定されている。この間Buchneraは巌密に母系垂直伝播され、水平感染は生じなかったことなども明らかにされている。しかしながら、同翅目昆虫が保有する共生微生物は、アブラムシ、キジラミ、カイガラムシ、セミ、ヨコバイなどの分類群ごとに、またその中ですら多元・多様であり、ウンカのように真核性の酵母様共生体を持つものもいるが、アブラムシ-Buchnera以外の共生系に関する研究は進んでいない。

 ウンカの酵母様共生体は特殊な細胞内に収納されており、母系垂直感染する。共生体を除去した虫は正常に発育せず、単離した共生体も継代培養できない。18SrDNAの配列に基づいた系統解析から,いわゆる冬虫夏草などの昆虫寄生菌で構成される、子嚢菌類・麦角(バッカク)菌目に属することが明らかにされている。また、ウンカはアブラムシとは異なり、多くの昆虫と同様にタンパク・核酸の老廃物として尿酸を合成するため、アブラムシ-Buchneraとは異なる共生系を進化させてきた可能性がある。

 私はウンカが尿酸を介した窒素再利用を行っていることを証明するため、トビイロウンカ(Nilaparvata Iugens)を高温処理して共生体除去虫を作成し、アミノ酸含有量の異なる人工飼料を用いて飼育し、通常虫との比較実験を行った。ウンカは飼料中のアミノ酸濃度を高くすると成長率が上昇するが、ある程度以上には上昇しない。しかし体内の尿酸含量は、アミノ酸濃度に比例して上昇する。これは、ウンカが尿酸を窒素老廃物として合成するというよりも、余剰の窒素分を尿酸として蓄えることを示唆している。この見方は、ウンカがまったく尿酸を排泄しない事実によっても支持される。

 通常のウンカでは、体内に蓄えられた尿酸は、アミノ酸濃度の低い飼料に移すと急激に減少する。一方、共生体除去虫では体内の尿酸濃度も通常虫より数倍高い上に、アミノ酸濃度の低い飼料に移してもほとんど量は変化しない。つまり、ウンカ自身は尿酸を分解できず、共生体が尿酸を分解するとしか考えられない。これは、ウリカーゼ活性が通常虫からのみ検出され、共生体除去虫からはされなかったという過去の報告とも符号する。また、体内の尿酸貯蓄量が高い通常虫は、アミノ酸の乏しい飼料に移してもある程度成長が維持されることと、排泄物中の必須アミノ酸が、共生体除去虫では著しく減少することから、図1のような、尿酸を介して窒素分を再利用するウンカー酵母様微生物の共生系があきらかになった。

 陸生昆虫の多くは尿酸を最終窒素老廃物として排泄するため、尿酸を分解する必要がなく、ウリカーゼを進化過程で失ったものが多い。そのため虫自身は尿酸を利用できない。ウンカの場合も共生体のウリカーゼがあってはじめて図1のサイクルが回転する。いわば共生体ウリカーゼが共生系の鍵をにぎる酵素となっている。このように重要な役目を担った酵素が、共生系の進化過程で特殊な性質を獲得した可能性があると考え、酵母様共生体ウリカーゼの性状解析を試みた。共生体は前述の通り培養不能なため、大腸菌をもちいた大量発現系の構築が必要であった。そのためにまずウリカーゼ遺伝子のクローニングを行った。単離した共生体ゲノム上で、Aspergillus flavusのウリカーゼ遺伝子をプローブとしたサザンハイブリダイゼーションを行い、1コピー遺伝子であることを確認しつつ、シグナルの出た断片をサブクローニングして、スクリーニングを行い、7.2Kb断片の塩基配列を決定した。得られたウリカーゼ遺伝子(図2)は296アミノ酸をコードしており、予想アミノ酸配列は、A.flavusと62%、Candida utilisと47%、ラットと38%、Drosophilaと36%の相同性があった。既知のウリカーゼ共通領域をほとんど保存していたが、真核性ウリカーゼが保存するC最末端のペルオキシゾーム標的配列(PTS-1)を欠いていた。これは-Ser-basic-Leuの3アミノ酸残基で必要十分な局在シグナルで、特に3番目のロイシンが不可欠とされている。共生体ウリカーゼでは-Ser-Arg-Serとなっており、ウリカーゼの局在に興味がもたれた。ところが、私が配列を決定した昆虫寄生菌Tolypocladium niveumのウリカーゼもやはり-Ser-Arg-SerのC末をもっていたため、共生体独特の配列ではないことが判明した。ウリカーゼ以外のペルオキシゾーム酵素では、Yeastの仲間において、例外的な配列のPTSが発見されており、H2O2を生じるウリカーゼ反応の性質からいってペルオキシゾーム以外に局在することは考えにくいので、やはり一種のPTSである可能性が高いと考えられる。

図1 ウンカー酵母様共生体による尿酸を介した窒素再利用図2 酵母様共生体のウリカーゼ遺伝子

 大腸菌でのウリカーゼ遺伝子発現には、N末にヒスチジンのタグを付加するpET16b(Novagen)を用い、ウリカーゼ発現ベクター、pETUO1を構築した。発現株にはBL21系のpLys-S株を用いた。25℃で8時間発現を誘導すると、相当量の可溶性目的タンパクの発現がみられた。これをニッケルカラムを用いて1ステップで精製し、性状実験にもちいた。精製したウリカーゼは、25℃が至適温度で、至適pHは9.2-9.5であった。25℃、pH9.5での活性は5.5U/mg proteinで、これは既知のウリカーゼの多くと同定度の値であったが、真菌類のそれと比べると,1/4程度であった。その他の性質は、銅が活性に不可欠ではない、など、既知の真菌類ウリカーゼの特徴を備えていたが、特に変わった性質はなかった。

 酵母様共生体をもつ同翅目昆虫はほかにもいくつか知られているが、とりわけ興味深いのは、ツノアブラ族に所属するアブラムシである。同族のアブラムシの多くは他のアブラムシ同様,前述の細胞内共生細菌(Buchnera)をもつが、Tuberaphis,Cerataphis,Glyphinaphisの3属のアブラムシに限っては、例外的にBuchneraを持たず、代わりに酵母様共生体を細胞外に保有している。アブラムシとウンカは同翅目のなかでは系統的にかなり離れたグループであり、各々独立に酵母様共生体を獲得したと考えるのが合理的である。にもかかわらず、両者の共生体はかなり近縁であることが、18SrDNAを用いた系統解析で、過去に示唆されている。私はこれらのアブラムシと酵母様共生体の間にはどのような窒素代謝系が存在するのか興味をもったが、これらを人工飼料上で飼育することが困難であったため、未解明である。しかし、ウンカでみられるような尿酸を介した窒素再利用系をもつ可能性もあるので、Tuberaphisの一種ハクウンボクハナフシアブラムシ(T.styraci)を秩父一帯で採集し、ほかの同翅目昆虫数種とともに、体内の尿酸量を測定した。その結果、ヨコバイとウンカからは尿酸を検出できたが、カイガラムシと、ハクウンボクハナフシを含むアブラムシ類からは検出できなかった。アブラムシでは、卵・成虫からともに検出できず、一生を通じて共生体の種類を問わず検出可能量の尿酸を合成しないことがわかった。また、ハクウンボクハナフシからはウリカーゼ活性も検出されず、尿酸は利用されていないと考えられる。それではアブラムシ酵母様共生体のウリカーゼ遺伝子はどうなっているのだろうか。

 ハクウンボクハナフシ酵母様共生体のゲノム上でウンカ共生体ウリカーゼ遺伝子をプローブとしたサザンハイブリダイゼーションを行うと、1コピーの同遺伝子が確認できた。さらに、RT-PCRを行うと転写産物も増幅できた。ところが、産物の配列を決定したところ、塩基レベルで、ウンカ共生体ウリカーゼと96%という非常に高い相同性をもっているにもかかわらず、フレームシフト変異を起こしていることが判明した。台湾で採集された他の2属(Cerataphis,Glyphinaphis)を含む数種類のアブラムシの酵母様共生体のサンプルを入手し、各々についてウリカーゼ遺伝子全長の配列を決定したところ、フレームシフト変異はTuberaphis属のみに共通して生じていたが、かわりにGlyphinaphis属ではナンセンス変異が2カ所生じていた。このことからアブラムシには尿酸を介した窒素再利用系が存在しないのは明らかだが、ウリカーゼが完全に不必要だったわけではないらしい。というのは、ウンカ類とアブラムシ類の酵母様共生体ウリカーゼ遺伝子の間で非同義・同義置換率(ds/dn)を算出すると、共通の変異を持つTuberaphis共生体間ではds/dnがほぼ1であるのに対し、TuberaphisとCerataphisの共生体間では8以上あり、ウンカ共生体間のそれに匹敵する。もし同遺伝子が不要であれば、ds/dnは理論的に1に近い値をとるはずであり、Cerataphis共生体のウリカーゼ遺伝子は自然選択を受けていることが示唆されるし、実際同遺伝子には、すくなくとも配列上致命的な変異はみられない。つまり、ウリカーゼの欠損はアブラムシ酵母様共生体にとってはやや不利益をもたらすものであったが、集団が小さく、毎世代瓶首効果がかかるうえ無性であるために、’Muller’s rachet’が生じて、機能を喪失させる変異が集団内に固定されたものと考えられる。

 配列を決定したアブラムシ・ウンカの酵母様共生体ウリカーゼ遺伝子は系統解析においても興味深い結果をもたらした(図3)。同遺伝子とその周辺領域2016サイトを用いて、近隣結合法で系統樹を作成すると、ウンカ酵母様共生体とTuberaphis酵母様共生体が高いbootstrap値をもって姉妹群を形成する。最尤法を用いても同じ樹型が得られる。アブラムシ共生体間の系統は宿主の系統と一致するので、アブラムシにおいては、共通祖先で1度だけ酵母様共生体が獲得された可能性が高い。とすれば、アブラムシ共生体がウンカに水平感染したと考えざるをえない。Buchneraと異なり、酵母様共生体の寄生から共生への進化は比較的新しい時代の出来事と考えられるので、その当時には寄生菌としての性質を完全には失っておらず、水平伝播が可能だったのかもしれない。

図3 酵母様共生体ウリカーゼ遺伝子に基づいた系統関係
審査要旨

 本論文は3章からなる。第1章は、ウンカの細胞内酵母様共生体(微生物)による、尿酸を介した窒素再利用を証明する生理学的実験、第2章は、その窒素再利用系に必要不可欠な共生体のウリカーゼ(尿酸酸化酵素)の遺伝子のクローニング、配列決定、大腸菌での発現と発現タンパクの性状に関する実験、第3章は、ウンカとアブラムシの酵母様共生体のウリカーゼ遺伝子の分子進化学的な解析について、それぞれ述べられている。

 第1章の生理学的実験では、アミノ酸濃度の異なる人工飼料と、高温処理により作成した共生体除去虫が用いられている。トビイロウンカは人工飼料中のアミノ酸濃度に比例して比成長率が上昇したが、ある濃度以上ではむしろ減少した。一方、体内の尿酸濃度はアミノ酸濃度に比例して上昇を続け、かつ全く排泄されなかった。これはウンカが他昆虫のように窒素老廃物として尿酸を合成するというより、余剰の窒素分を尿酸として体内に貯蔵することを示唆している。蓄えられた尿酸は、低アミノ酸濃度の飼料に移すと、排泄を伴わずに急激に減少する。しかし共生体除去虫では、同様の実験を行っても体内尿酸濃度はほとんど変化せず、その濃度自体通常虫の数倍も高くなっている。この実験により、宿主虫が貯蔵した尿酸を共生体が消費することが示唆された。また、尿酸貯蔵量の高い通常虫は低アミノ酸濃度の飼料に移しても高い成長率を維持できることと、共生体除去虫では排泄物中の必須アミノ酸濃度が著しく減少することから、共生体は宿主虫に、必須アミノ酸などの、昆虫が合成不能な窒素化合物を提供して、虫の成長を支えるものと考えられる。尿酸を介した昆虫一共生体の窒素再利用は、ウンカと系統の全く異なるゴキブリやシロアリで報告されてきた。ともに窒素分に乏しい餌を摂食することから、進化上で収斂が生じたと考えられる。一方、ウンカと同じ同翅目に属し、同様に植物師管液を摂食するアブラムシでは尿酸が検出されず、グルタミンを介した窒素再利用が行われており、なぜこのような違いが生じたのかという興味深い問題が提起された。

 第2章は、論文提出者は共生体のウリカーゼに注目している。ウンカを含む多くの昆虫はウリカーゼを持たないため、共生体のウリカーゼが尿酸を介した窒素再利用系の軸となっており、その性質の解明は重要である。そのためにまずサザンブロット解析によるウリカーゼ遺伝子の検出とクローニング・配列決定が行われ、ノーザンブロット解析による発現の確認、cDNA全長のクローニングも行われた。また共生体は培養不能とされており、実験に用いる十分量のタンパク質を調製するために、ウリカーゼcDNAの大腸菌での大量発現・精製が行われた。ウンカ共生体のウリカーゼ遺伝子配列は、子嚢菌類のものと最も高い相同性を示した。塩基配列から推定されたアミノ酸配列は既知のウリカーゼ共通配列のほとんどを保存しており、大腸菌で発現・精製されたウリカーゼも、至適pH、重金属による活性阻害などで、既知のウリカーゼと同様の性状を示した。しかし、C-最末端のSer-Lys-Leuのトリペプチドからなるペルオキシゾーム標的配列(PTS-1)を欠損し、C-最末端がSer-Arg-Serとなっているため、細胞内での局在部位に疑問が残された。

 第3章は、ウンカとアブラムシの酵母様共生体ウリカーゼを比較し、分子進化学的に解析された。アブラムシは一般にBuchneraという単系統の細胞内共生細菌を保有するが、ツノアブラ族中の3属のアブラムシだけは例外的にBuchneraを持たず、細胞外にウンカのものに近縁とされる酵母様共生体を保有する。状況証拠から、Buchneraをもつアブラムシが2次的に酵母様共生体を獲得したと考えられている。Buchneraを持つアブラムシは前述のようにグルタミンを介した窒素再利用を行っており、尿酸は利用していないが、酵母様共生体を保有するグループでは窒素代謝に関する実験は全く行われてこなかった。この章では、まず、酵母様共生体を持つハクウンボクハナフシアブラムシを採集し、尿酸含量とウリカーゼ活性を測定している。その結果いずれも検出されず、Buchneraを持つアブラムシ同様、尿酸を利用していないものと考えられる。しかし、サザンブロット解析によると、酵母様共生体ウリカーゼ遺伝子は存在しており、RT-PCRにより、転写産物も得られた。この配列を決定したところ、ウンカ酵母様共生体のウリカーゼと塩基レベルで96%という非常に高い相同性をもっていたが、フレームシフト変異を生じ、偽遺伝子化していることがわかった。さらに、酵母様共生体を持つ3属4種のアブラムシのDNAを入手し、ウリカーゼ遺伝子の全塩基配列を決定したところ、2属で、独立の致命的変異を生じていることがわかった。このことはアブラムシ-酵母様微生物共生系に、ウリカーゼが不要であることを示しており、一方、ウンカ-酵母様微生物共生系におけるウリカーゼの重要性を浮き彫りにしている。さらに、ウンカ3種と、酵母様共生体の起源とされる、いわゆる冬虫夏草を含む昆虫寄生菌3種のウリカーゼ遺伝子の配列を決定し、同遺伝子とその周辺領域2016サイトを用いて近隣結合法と最尤法による分子系統樹を作成したところ、ウンカ酵母様共生体はアブラムシ酵母様共生体の系統の中に組み込まれるかたちで、高い信頼度で姉妹群を形成することがわかった。これは、酵母様共生体の、比較的近年におけるアブラムシ系統からウンカ系統への水平感染を示唆する、重要なデータである。また、アブラムシ酵母様共生体と、昆虫寄生菌Tolypocladiumのウリカーゼがいずれもウンカ酵母様共生体同様Ser-Arg-SerのC-末端をもつことから、ウンカとの共生系に特有な変異ではなく、これらの共通祖先での、PTSの変異であることが示唆された。

 なお、本論文の第1,3章は石川統との、第2章は佐々木哲彦、石川統との共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって実験および考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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