学位論文要旨



No 115061
著者(漢字) 佐々木,研
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,タケシ
標題(和) 出芽酵母TOMIと相互作用するKRR1遺伝子の分子生物学的研究
標題(洋)
報告番号 115061
報告番号 甲15061
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3825号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 菊池,淑子
 東京大学 教授 黒岩,常祥
 東京大学 教授 東江,昭夫
 東京大学 助教授 高橋,陽介
 東京大学 講師 杉山,宗隆
内容要旨

 出芽酵母Saccharomyces cerevisaeの核小体では第12番染色体上に100-200コピー、タンデムに存在するrDNAより35S rRNA前駆体と5S rRNAが、それぞれRNA pol IまたはRNA pol IIIによって転写される。転写された35S rRNAには多数のリボソームタンパク質が会合し、rRNAの切断、修飾が規則正しく進み、最終的に40S,60Sリボソームサブユニットが完成する。この過程にはリボソーム以外の多くのタンパク質や低分子量RNAが必要である。

 出芽酵母TOM1はC末にhectドメインを持つユビキチンライゲースをコードする。tom1破壊株は高温下で増殖できず、STRE(STress-Responsive Element)やHSE(Heat-Shock Element)を介した熱ストレス応答の欠損、核小体の断片化や核膜の不定形化、mRNAの輸送の停止など、様々な核機能に異常が生じる。

 このTOM1と2-hybrid systemで相互作用する遺伝子としてKRR1遺伝子を単離した。さらにKRR1遺伝子の過剰発現はtom1破壊株の許容温度下での増殖を著しく阻害したことから、KRR1遺伝子は物理的、かつ遺伝学的にTOM1と関係があることが分かった。

 KRR1遺伝子は必須遺伝子である。その遺伝子産物は真核生物において高度に保存されており、ヒトの遺伝子産物であるhRip1(human Rev-interacting protein 1)と64.8%とという高い相同性を示す。またKH-domainとよばれるRNA結合ドメインを持つ。KH-domainは様々なタンパク質において発見されており、二つのGly残基と数個の疎水性残基であるLeu,Ile,Valが高度に保存されている。これらの保存された残基に点突然変異が生じた結果、RNA結合能が低下し、ヒトの病気や線虫の変異体の原因となるものも報告されている。このことからKrr1pはRNAと結合することにより、真核生物において高度に保存された生存に必須な細胞機能を担っていると推測される。

 本研究では機能未知であったKrr1pの局在や温度感受性変異株の解析から、Krr1pは核小体で40Sリボソームサブユニットの成熟に必須であることを発見した。また多コピーサブレッサーの単離から、Krr1pと機能的に関連する因子を単離した。これらの解析により核小体におけるリボソームサブユニットの成熟に関して、新しい分子機構を示すことができた。

結果と考察1)Krr1pの細胞内における局在の解析

 C末に5xHAをtaggingしたKrr1-5HApのみを発現する株を構築した。この株は野生株と同様に増殖したことからKrr1-5HApは機能を保持すると考えられた。間接蛍光抗体法で細胞内の局在を調べたところ、DAPIで薄く染まる領域が濃く染色されたこと、既知の核小体タンパク質であるNop1-GFPpと局在が一致したことから、Krr1pは核小体に局在することが判明した。次にKRR1とTOM1には2-hybridによる相互作用や、遺伝学的な関連があるので、tom1破壊株でKrr1pとNop1pの局在を調べた。制限温度下においてKrr1pは核小体から核質中へmis-localizeしていた。野生株ではこのような現象は観察されなかった。一方Nop1-GFPpはtom1破壊株でも核小体に局在した。これらの結果から、高温下でKrr1pが核小体に局在するにはTom1pの機能が必須であることが分かった。tom1破壊株はmRNAの輸送に欠損があるので、さらに他の核輸送変異株におけるKrr1pとNop1pの局在を調べた。mRNAの核外輸送に必須なGLE1や低分子量GTPaseであるRanのGAPをコードするRNA1の変異株を制限温度下で増殖させると核小体は断片化することが知られている。実際Nop1pは核内において数個の点状に局在したが、Krr1pはgle1変異株では核質中に均一に散在し、mal変異株では細胞質中にも拡散していた。この異なる局在分布は、核小体における両者の役割の違いを反映していると思われる。

2)krr1温度感受性変異株の作製と表現型の解析

 必須遺伝子であるKRR1の機能を調べるために温度感受性変異株をPCR法により作製した。許容温度下における増殖が野生株と同程度であること、変異部位が異なることからkrr1-17とkrr1-18の2種を選択し、その後の解析に用いた。シークエンスの結果、krr1-17はK20E,K66N,C162R,D261Aの4ケ所に変異を持ち、krr1-18ではF45L,L95S,R207Gの3ケ所に変異があった。多くの核小体タンパク質はリボソームの合成に関与しているので、KRR1の変異がリボソーム合成に影響するかどうかショ糖密度勾配遠心法を用いて調べた。制限温度下で増殖させた変異株では40Sサブユニットが完全に消失していた。またシクロヘキシミドを加えて翻訳中のリボソームをmRNA上で固定し、ポリソームを保持した状態で細胞抽出液を調整しても、変異株ではポリソームの分画が著しく減少し、さらにfreeの60Sサブユニットが過剰に蓄積していた。これは40Sサブユニットの消失により、mRNA上で40Sと60Sのサブユニットが会合できなくなったためと推測される。また、各株の25S&18S rRNAの量を比較したところ、制限温度下においてkrr1変異株の18S rRNAは大幅に減少していたが、25S rRNAの量は野生株と同じくらいだった。これらの結果からKrr1pは40Sサブユニットの形成に必須であると結論した。

3)Krr1pにおけるKH-domainの役割

 Krr1pのKH-domainに変異を導入し、RNA結合活性、および細胞増殖への影響があるかどうか調べた。各種のリボヌクレオチド重合体であるpoly(A)+、poly(U)+,poly(C)+,poly(G)+と野生型Krr1-5HApを発現した細胞の抽出液をインキュベートし、結合画分をウエスタンブロット法で検出した。その結果、野生型Krr1pはpoly(U)+,poly(C)+に強く結合した。次にKH-domainに変異を導入したkrr1L153Np,krr1G147DpのRNA結合活性を調べてみたところ、krr1G147Dpのpoly(C)+結合能は著しく低下していた。このことはKrr1pのKH-domainはRNA結合に関して重要な役割を果たしていることを示している。次にこれらのKH-domain変異遺伝子をkrr1破壊株に導入し細胞の増殖について調べた。驚いたことに、RNA結合能が低下したkrr1G147Dは野生型KRR1と同様に破壊株の致死性を相補し、温度感受性も示さなかった。このことはKrr1pのKH-domain機能は必須ではなく、基質RNAとの強力な結合は細胞の増殖に必要ないと推測される。

4)krr1温度感受性を抑圧する多コピーサブレッサーRPS14A

 Krr1pが機能的に相互作用しあう因子を同定する目的で、krr1-18株の温度感受性を多コピーで抑圧する遺伝子をスクリーニングしたところ、二つの遺伝子を単離した。一つは40Sリボソームタンパク質をコードするRPS14Aであり、もう一つは機能未知の新規遺伝子YNL308C(KRI1)であった。rpS14pは自身のC末を介して18s rRNAに結合し、そのC末の変異によって結合能が変化することが報告されている(Fewell SW,Woolford JLJr 1999)。そこでこのRNA結合能が抑圧能に必須であるかどうか調べるために、C末に変異を持つ2種類のrpS14pを作製した。一つはC末11アミノ酸を削ったrpS14-C11であり、もう一つはC末最後の1アミノ酸を削ったrpS14-CryRである。前者はRNA結合能が完全に消失し、後者は2倍になることが報告されている(同上)。これらを多コピーベクターに乗せkrr1-18株に導入したところ、rpS14-C11は抑圧能を完全に失った。よってrpS14pのC末を介したRNA結合能はkrr1温度感受性の抑圧にも必要であると推測される。一方rpS14-CryRは野生型と同じくらいの抑圧能であった。これらの結果からrpS14pはそのC末を介して18S rRNAと結合し、40Sリボソームサブユニットの形成を促進することにより、krr1-18株の温度感受性を抑圧すると推測される。

5)新規遺伝子KRI1(KRR1-Interact 1:YNL308C)とKRR1の機能的関連の解析。

 もう一つのサブレッサーであるKRI1はkrr1-18株だけでなくkrr1-17株の温度感受性も抑圧できた。間接蛍光抗体法により局在を調べたところ、Kri1pはKrr1p同様に核小体に局在した。両者は2-hybridにより相互作用したので、複合体を形成しているかどうか免疫沈降実験を行って調べたところ、両者は共沈した。また高温時にkrr1G147Dp,krr1-17p,& krr1-18pと共沈するKri1pの量はかなり減少した。krr1-17pのkri1Pとの結合能の低下はC162R変異一つだけで十分であった。G147DとC162RともKH-domain内の変異であることから、KH-domainはRNAだけでなくKri1pとの結合にも重要であることが分かった。しかしkrr1G147D株は高温下でも野生型と同じように増殖することから、krr1-17,krr1-18株の温度感受性はKri1pとの結合力の低下だけでなく、他の機能の欠損も原因であると考えられる。以上の結果からKrr1pとKri1pは核小体で複合体を形成し、40Sリボソームサブユニットの形成を促進していると推測される。

まとめ

 ヒトと酵母の間で高度に保存されたKrr1pはKH-domainを介したRNA結合能を持ち、核小体に存在した。種々の変異株における局在の違いにより主要な核小体タンパク質Nop1pとは異なる機能を持つことが分かった。温度感受性変異株の解析から、Krr1pは40Sリボソームの合成に必須なタンパク質であった。RPS14Aが多コピーサブレッサーとして単離されたこと、またそのC末を介した18S rRNAへの結合が抑圧に必要なこともこの結論を支持している。さらに核小体で40Sリボソームの成熟に関与するKrr1p-Kri1pという新しい複合体を見つけた。

審査要旨

 本論文は3章からなり、第1章は、出芽酵母tom1変異の復帰変異株の解析、第2章はTOM1遺伝子と遺伝的関連のあるKRR1遺伝子の分子遺伝学的解析、第3章は、KRR1関連遺伝子の単離と分子生物学的解析について述べられている。

 第1章では、出芽酵母ユビキチンライゲースをコードするTOM1遺伝子の欠損株の温度感受性を抑圧する変異株について解析した。復帰変異株では、ストレス応答の構成的発現が起こり、温度感受性を回避できることを発見した。

 第2章では、tom1変異株内で過剰発現すると増殖阻害を起こすKRR1遺伝子について、その温度感受性変異株を単離し、表現型を解析した。Krr1タンパクは核小体に局在し、40Sリボゾームサブユニットの合成に必須であることを始めて明らかにした。また、Krr1タンパクがもつKH-ドメインはRNA結合に関与することを明らかにした。

 第3章では、krr1変異株の温度感受性を抑圧するサブレッサーを2つ単離し、解析した。1つは40SリボゾームタンパクRps14Aであり、その抑圧にはC末端のRNA結合部位が必要であることが分かった。もう1つは新規の遺伝子で、KRI1(Krr1-Interact 1)と名ずけた。Kri1タンパクは2-hybrid法でも免疫沈降実験においてもKrr1タンパクと複合体を形成していることを発見した。KH-ドメインはこのKri1タンパクとの結合にも関与していることを明らかにした。

 なお、本論文は東江昭夫、菊池淑子との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験の立案、実行、まとめを行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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