学位論文要旨



No 115065
著者(漢字) 長野,美千代
著者(英字)
著者(カナ) ナガノ,ミチヨ
標題(和) アフリカツメガエル初期胚における転写抑制因子Dr1(NC2)のクローニングおよび機能解析
標題(洋) Cloning and Functional Analysis of the Transcriptional Repressor Dr1(NC2)in Xenopus Early Embryos
報告番号 115065
報告番号 甲15065
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3829号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩川,光一郎
 東京大学 教授 西郷,薫
 東京大学 教授 雨宮,昭南
 東京大学 助教授 広野,雅文
 東京大学 助教授 堀越,正美
内容要旨

 遺伝子の転写は、RNA polymerase、転写因子、その他種々の因子が相互に働いて起こる。Dr1(NC2)は基本転写因子であるTBP(TATA-binding protein)に結合し、RNApolymerascIIによる転写を強く抑制し、RNA polymerase IIIによる転写を弱く抑制する因子として報告されている。TBPはRNA polymerase I,II,IIIによる転写に必要な基本転写因子であり、RNA polymerase II系プロモーターにおいてはTATA boxに結合し転写を活性化する。

 アフリカツメガエルの初期発生過程においては、受精直後から胞胚中期の12回目の分裂の時期まで、接合核ゲノムからの転写はほとんど認められず、卵内に蓄積された母性のRNAが使用されているといわれている。この時期における転写制御機構については、これまでクロマチン構造およびTBPに関する研究が行われており、nonspecific DNAとTBPを共注入すると転写開始時期が早まるという結果も報告されている。また、受精卵にはアポトーシス・プログラムがセットされており、卵割中の細胞において発生上致命的な異常が起こると、このアポトーシス・プログラムが活性化され、初期嚢胚期に細胞死が起こるといわれている。-アマニチンはRNA polymerase IIによるRNA鎖伸長反応を特異的に阻害するが、受精卵にこれを注入すると胚は初期嚢胚期にアポトーシスを起こす。従って、胞胚中期における接合核ゲノムからの転写の活性化は初期発生にとって重要であると考えられる。このように、初期胚における転写の抑制機構の解明は重要であると考えられるが、これまでの研究では基本転写に関わる転写抑制因子の初期胚における挙動や機能についてはほとんど解明がなされていない。

 本研究では、ツメガエル初期胚における転写抑制因子Dr1の発現様式および機能を明らかにするため、第1部においてツメガエルDr1のcDNAクローニングを行いDr1 mRNAの初期胚での時間的発現様式を解析し、第2部においてはDr1 mRNAを初期胚に過剰発現させDr1の機能について解析を試みた。

第1部ツメガエルにおけるDr1のcDNAクローニングと初期胚における発現様式

 ヒトDr1のcDNAをプローブにしてツメガエル肝臓のcDNAライブラリーをスクリーニングし、175個のアミノ酸をコードする全長1986bpのツメガエルDr1 cDNAを単離した。ヒトDr1のアミノ酸配列と比較すると97%のidentityを示し、特にTBPとの結合に必要な領域は両者の間でアミノ酸配列が完全に一致した。従って、得られたクローンはツメガエルDr1のorthologであると考えられた。さらに初期発生過程におけるDr1 mRNAの時間的な発現様式を調べるために、各時期においてtotal RNAを抽出し、ツメガエルDr1のcDNAをプローブにしてNorthern blot hybridizationを行った。その結果、Dr1のmRNAは母性mRNAとして胞胚期以前から存在し、嚢胚期まで増加した後、神経胚期において減少し尾芽胚期から再び増加することが明らかとなった。同様にTBP mRNAの時間的発現様式を解析したところ、TBP mRNAも胞胚期以前に存在し、嚢胚期以降減少することが明らかとなった。

第2部ツメガエル初期胚におけるDr1の機能解析

 初期胚におけるDr1の機能について解析するため、Dr1 mRNAを過剰発現させる実験を行った。in vitroで合成したDr1 mRNA5ngを2細胞期胚の両側の割球に注入し、各時期においてtotal RNAを抽出しDr1のcDNAをプローブにしてNorthern blot hybridizationを行った。注入したDr1 mRNAの量は嚢胚期までほぼ一定であったが、神経胚期から尾芽胚期にかけて徐々に減少した。Dr1 mRNA注入胚に対しヒト抗Dr1抗体を用いてWestern blot hybridizationを行ったところ、19kDの位置にDr1のバンドが検出され、その量は神経胚期までほぼ一定であった。これらの結果から、注入Dr1 mRNAがタンパク質に翻訳されたことが確認された。

 次に、Dr1 mRNA5ngを2細胞期胚に注入し、桑実胚期および神経胚期においてtotal RNAを抽出しdot-blot bybridizationを行った。oligo(dT)をプローブにした場合、Dr1mRNAを注入した神経胚において対照胚に比べ弱いシグナルがみられ、Dr1注入によりpoly(A)+RNA合成が阻害されたと考えられた。tDNAMおよびrDNAをプローブにした場合、対照胚に比べ差はみられなかった。また、Dr1 mRNA注入後、中期胞胚期でアニマルキャップを切り出し神経胚期まで培養してoligo(dT)をプローブにして調べたところ、同様に対照胚に比べ弱いシグナルがみられた。

 Dr1 mRNA注入胚を胞胚期、嚢胚期、神経胚期で解離し、3H-ウリジンを一定時間取り込ませRNA合成パターンを調べた。胞胚期において6時間ラベルを行ったところ、不均一な分布を示すmRNA様RNA、tRNAおよびDNAが検出された。Dr1 mRNA注入胚において、ラベルされたtRNA量に差はみられなかったが、不均一なmRNA様RNAの量は対照胚に比べ減少していた。2.5時間のパルスラベルを行ったところ、不均一mRNA様RNAの量は対照胚に比べ60%減少していた。2.5時間ラベルにおいてもtRNA量は対照胚に比べ差はみられなかった。これらの結果から、中期胞胚期から後期胞胚期の間では、Dr1過剰発現胚において mRNA合成が阻害されていると考えられた。次に、嚢胚期においてDr1過剰発現胚を解離し、5時間ラベルを行ったところ、40S,28S,18SrRNAを示すピークが検出された。Dr1 mRNA注入胚では、ラベルされた40S,28S,18SrRNA、tRNAおよびDNAの量は対照胚に比べ差はなかったが、不均一mRNA様RNAの量は対照胚に比べ減少していた。2時間のパルスラベルを行ったところ、mRNA様RNAの合成が対照胚に比べ50%減少していた。これらの結果から、初期嚢胚期から中期嚢胚期の間では、Dr1過剰発現胚においてmRNA合成が阻害されていると考えられた。さらに、神経胚期においてDr1過剰発現胚を解離し4時間ラベルを行ったところ、Dr1 mRNA注入胚において、ラベルされた40S,28S,18S rRNA、tRNAおよびDNAの量は対照胚に比べ差はなかったが、不均一mRNA様RNAの量は対照胚に比べ減少していた。1.5時間のパルスラベルを行いmRNA様RNAの量を測定したところ、対照胚に比べ50%減少していた。これらの結果から、神経胚期でもDr1過剰発現胚においてmRNA合成が阻害されていると考えられた。以上の結果から、胞胚期、嚢胚期、神経胚期のいずれの時期においてもDr1を過剰発現させると、tRNAおよびrRNAの合成は阻害されないが、不均一mRNA様RNAの合成が阻害されることが明らかとなった。

 胞胚期、嚢胚期、神経胚期、尾芽胚期においてDr1過剰発現胚からtotal RNAを抽出し、cytoskeletal actinのcDNAをプローブにしてNorthern blot hybridizationを行ったところ、Dr1 mRNA注入胚において対照胚に比べ、嚢胚期以降cytoskeletal actin mRNAの量が減少していた。同様にhistone H4 mRNAの量的変動を解析したところ、Dr1 mRNA注入胚において対照胚に比べ、嚢胚期以降histone H4 mRNAの量が減少していた。以上の結果から、Dr1を過剰発現させるとcytoskeletal actin mRNAおよびhistone H4 mRNAの合成が阻害されることが明らかとなった。

 本研究により、Dr1 mRNAが母性および新合成mRNAとしてツメガエル初期胚に存在していること、および後期胞胚期以降の初期胚においてDr1がmRNAの合成を特異的に阻害することが明らかとなった。

審査要旨

 本論文は2章からなり、第1章は、ツメガエルにおけるDr1のcDNAクローニングと初期胚における発現様式、第2章は、ツメガエル初期胚におけるDr1の機能解析について述べられている。

 Dr1(NC2)は基本転写因子であるTBP(TATA-binding protein)に結合し、RNA polymerase IIによる転写を強く抑制し、RNA polymerase IIIによる転写を弱く抑制する因子として報告されている。アフリカツメガエルの初期発生過程においては、受精直後から胞胚中期まで、接合核ゲノムからの転写はほとんど認められず、卵内に蓄積された母性のRNAが使用されているといわれている。申請者は、この時期における転写制御機構について調べるため、第1章においてツメガエルDr1のcDNAクローニングを行いDr1 mRNAの初期胚での時間的発現様式を解析し、第2章においてはDr1 mRNAを初期胚に過剰発現させDr1の機能について解析を試みた。

 ヒトDr1のcDNAをプローブにしてツメガエル肝臓のcDNAライブラリーをスクリーニングし、175個のアミノ酸をコードする全長1986bpのツメガエルDr1 cDNAを単離した。ヒトDr1のアミノ酸配列と比較すると97%のidentityを示し、特にTBPとの結合に必要な領域は両者の間でアミノ酸配列が完全に一致した。従って、得られたクローンはツメガエルDr1のorthologであると考えられた。各時期においてtotal RNAを抽出し、Northern blot hybridizationを行った結果、Dr1のmRNAは母性mRNAとして胞胚期以前から存在し、嚢胚期まで増加した後、神経胚期において減少し尾芽胚期から再び増加することが明らかとなった。

 初期胚におけるDr1の機能について解析するため、in vitroで合成したDr1 mRNA 5ngを2細胞期胚の両側の割球に注入し、total RNAを抽出しdot-blot hybridizationを行った。oligo(dT)をプローブにした場合、Dr1 mRNAを注入した神経胚において対照胚に比べ弱いシグナルがみられ、Dr1注入によりpoly(A)+RNA合成が阻害されたと考えられた。tDNAMおよびrDNAをプローブにした場合、対照胚に比べ差はみられなかった。Dr1 mRNA注入胚を胞胚期、嚢胚期、神経胚期で解離し、3H-ウリジンを一定時間取り込ませRNA合成パターンを調べた。胞胚期、嚢胚期、神経胚期のいずれの時期においてもDr1を過剰発現させると、tRNAおよびrRNAの合成は阻害されないが、不均一mRNA様RNAの合成が阻害されることが明らかとなった。

 胞胚期、嚢胚期、神経胚期、尾芽胚期においてDr1過剰発現胚からtotal RNAを抽出し、cytoskeletal actin cDNAとhistone H4 cDNAを用い、これらのmRNAの量的変動を解析したところ、Dr1を過剰発現させるとcytoskeletal actin mRNAおよびhistone H4 mRNAの合成が阻害されることが明らかとなった。

 本研究により、Dr1 mRNAが母性および新合成mRNAとしてツメガエル初期胚に存在していること、および後期胞胚期以降の初期胚においてDr1がmRNAの合成を特異的に阻害することが明らかとなった。

 なお、本論文第1章は、塩川光一郎、田代康介、九川文彦、古賀千恵の共同研究、また第2章は、塩川光一郎の共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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