学位論文要旨



No 115071
著者(漢字) 大野,希一
著者(英字)
著者(カナ) オオノ,マレカズ
標題(和) 降下火砕堆積物の解析から導かれる火山噴火のダイナミクスと破砕 : Pinatubo1991年噴火への応用
標題(洋) Dynamics and fragmentation of volcanic eruption deduced from analyses of tephra fall deposits. : Application to Pinatubo 1991 eruption
報告番号 115071
報告番号 甲15071
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3835号
研究科 理学系研究科
専攻 地質学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 小屋口,剛博
 東京大学 教授 藤井,敏嗣
 東京大学 教授 中田,節也
 群馬大学 助教授 早川,由紀夫
 東京大学 助教授 多田,隆治
内容要旨

 火山噴火のダイナミクスは現在の火山学における中心的課題であり,その理論的研究は定量的な尺度を用いた火山噴火の記述を可能にする.爆発的噴火を引き起こす主たる要因はマグマの持つ熱エネルギーである.破砕され,乱流状態で地表に噴出した火砕物は.即座に周囲の大気と混合する.混合した大気は火砕物によって熱せられ,急激に膨張する.この膨張によって周囲の大気より軽くなった火砕物と空気の混合体は浮力を得て,火山噴煙として高所に上昇していくことが出来る.このような火山噴火のダイナミクスを考える上で,火砕物の粒径分布は非常に重要である.まず火砕物の運搬堆積プロセスは火砕物の粒径に依存する.このことは逆に,堆積物の粒径分布から火砕物の運搬堆積メカニズムや,噴火のダイナミクスに関する情報が得られる事を意味する.またマグマの破砕によって生じた細粒火山灰の量は,火砕物と大気との間の熱交換の効率を左右する.このことは,マグマの破砕度もまた,火山噴火のダイナミクスと深く関わっていることを示唆する.従って,火山噴火のダイナミクスやマグマの破砕を考える上で,破砕された直後のマグマの粒径分布(以後これを"マグマの初生粒径分布"と呼ぶ)に関する研究は非常に重要な意味を持つことがわかる.この初生粒径分布に加え,実際にマグマの破砕によって生じた火砕物の形状を詳細に観察すれば,その破砕メカニズムに関する本質的な情報を得ることができると期待される.本研究の目的は,爆発的噴火によってもたらされた堆積物から導き出されるデータを用いて,火山噴煙のダイナミクスを復元する手法を論じ,またその手法を川いて,マグマの総噴出量や初生粒径分布,そしてその破砕メカニズムに関する制約を与えることである.

 爆発的な火山噴火では大量の細粒火山灰が形成されると考えられている.この細粒粒子は終端速度がきわめて小さいため,単独では地表に降下することが出来ず,大気中に飛散してしまうことが予想される.また,我々が入手できる火砕堆積物は,多かれ少なかれ運搬途中の淘汰の影響を受けている.従って,堆積物からマグマの初生粒径分布を求めるためには,大気中に飛散してしまうような極細粒子を含むマグマの総噴出量を求めることに加えて.運搬途中における火砕物の淘汰の影響を取り除く必要がある.

 これら2つの困難を克服するために,本研究では降下テフラの堆積モデルを降下火砕物に適用した.この降下テフラの堆積モデルは,定常的に拡大する噴煙の傘型領域の挙動を記述し.傘型噴煙の拡大率,火口上空における火砕物の粒径分布,そして飛散してしまうような極細粒子を含む火砕物の総噴出量を見積もることを可能にする.これらのうち,傘型噴煙の拡大率は火口におけるマグマの噴出率と密接に関わっている.火口上空における火砕物の粒径分布はガス推進領域の上昇速度と噴煙柱崩壊に関する情報を与える.そしてマグマの総噴出量とマグマ噴出率からは,火山噴火の実効的な継続時間を得ることが出来る.

 しかしながら,全ての火砕物がこの堆積モデルを満たすわけではない.そこで本研究では.火砕物を降下テフラの堆積モデルに従うもの(Class II fragments)と従わないもの(Class IおよびClass III fragments)に分類する(図1).これらの火砕物のうち,Class II fragmentsの量と粒径分布は降下テフラの堆積モデルから求めることが出来る.また,噴火の際に結晶が破砕されないと仮定した場合,Class II fragmentsに属するある結晶の総量もまた降下テフラの堆積モデルから見積もられる.ある結晶のマグマ中での割合は大きな軽石の鏡下観察から得られるので,ある結晶の総量をそのマグマ中での割合で割ることにより,極細粒な粒子を含む降下火砕物全体(つまりClass II+Class III fragments)の総量を求めることが出来る.よって,Class I fragmentsの量と粒径分布,そしてClass III fragmentsの粒径分布を独立に求め、これらを接合すれば,マグマの初生粒径分布を求めることが原理的に可能となる.

図1 Class I,Class II,Class III fragmentsの定義

 上記の手法をピナツボ火山1991年噴火で噴出した降下軽石層(C1層,C2層)に適用した.堆積物の粒径分布の変化から求めた傘型噴煙の拡大率は,噴火の最盛期に5〜9×1010m3/sであったものが,噴火の後期では2.0〜3.5×1010m3/sまで減少した.この見積もり値は人工衛星からの観測に基づく推定値(5〜10×1010m3/s)にほぼ一致する.またこの傘型噴煙の拡大率から,噴火の後期ではマグマの噴出率が6〜11×108kg/sから2.5〜4.3×108kg/sに減少したことがわかる.これは,噴火の後期に噴出した火砕物の火口上空における粒径分布が相対的に粗粒粒子に乏しいという結果や;噴火の後期に火砕流が発生したという観察事実と調和的である.

 飛散した細粒結晶を含む降下火砕物の総量は,下位のC1層で1.6〜4.9×1012kg,C2層で1.7〜5.2×1012kgと見積もられる.またClass III fragmentsの割合は66〜84wt.%に達し,大部分の火砕物が細粒火山灰となって飛散してしまったことが示唆される.この総噴出量と火口におけるマグマの噴出率から算出した噴火継続時間(およそ数時間)は,音波観測の結果から推定される噴火継続時間(約10時間)に比べて有意に短い.このような食い違いは,噴煙の頂部で生じた大気の取り込みに起因する傘型噴煙の拡大率の過剰見積もりが原因である可能性がある.

 飛散してしまうような細粒粒子の粒径分布を,雨と共に集合状態で降下堆積した細粒火山灰のそれで代表させた.そしてその粒径分布と,堆積モデルを用いて求めた火口上空の火砕物の粒径分布を接合し,降下火砕物全体、および斜長石結晶全体の粒径分布を求め.両者の破砕度を比較した.降下火砕物は.火口からの距離や層序に関わりなく特徴的に9.0より細粒粒子に乏しい.降下火砕物全体の最小粒径(10.5)は,斜長石結晶のそれ(7.5)に比べて小さく,またClass IIIfragmentsの割合は火砕物全体(66〜84wt.%)の方が斜長石(55〜78wt.%)に比べて系統的に高い.細粒火山灰のほとんどがガラスと斜長石遊離結晶からなることを考慮すれば,ガラスが斜長石に比べて強く破砕されたことが示唆される.降下火砕物全体に関する粒径分布の積算プロットは,斜長石結晶のそれに比べて系統的に緩やかな傾きを持つ.この差異は,気泡壁と結晶の形状の違いに起因する可能性がある.

 降下火砕物全体の粒径分布に火砕流堆積物(〜Class I fragments)の粒径分布を接合して求めたマグマの初生粒径分布(図2)は,2.0を中心にほぼ対称的な分布を示す.マグマの初生粒径分布の値(1.9〜3.2)は,これまで報告されてきた降下火砕物の初生粒径分布の値の範囲(1.9〜4.1)にほぼ等しいが.今回見積もった初生粒径分布は.飛散してしまうような細粒火山灰や同時に発生した火砕流堆積物の量と粒径分布をはじめて考慮したものであり,よりマグマの初生粒分布を適確に反映したものであるといえる.今後.火砕流に伴って発生した灰かぐらの量と粒径分布を考慮し,より信憑性の高いマグマの初生粒径分布を得ることが出来れば,物理モデルを組み合わせて更に高い次元でのマグマの破砕メカニズムが議論できるであろう.

図2 ピナツボ1991年C1層の初生粒径分布

 マグマの破砕メカニズムに関する情報を得るために、SEMおよび鏡下観察に基づいて軽石と細粒火山灰,および軽石中の斑晶鉱物と堆積物中の遊離結晶の形状を比較し,組織や形状の特徴から推定されるそれぞれの破砕メカニズムを考察した

 軽石は数10m程度の気泡を多量に含む.軽石内部の気泡壁の厚さはおよそ数mである.一方,細粒火山灰の多くは軽石中の気泡の形状を反映し,湾曲している.細粒火山灰の曲率直径から推定される気泡の大きさはおよそ数10m,また破断した気泡壁の厚さは数umであり,共に軽石内部の特徴的スケールに一致する.堆積物は気泡壁の平均的な厚さ(9.0)未満の細粒粒子に乏しいことを考慮すれば,ガラスの破砕は主にマグマの発泡に伴う気泡壁の破断によるものであり,気泡壁そのものの破砕はあまり起こらなかったと考えられる.

 軽石中の斑晶鉱物には様々な破砕組織が認められ,その破砕プロセスには少なくとも,1:メルトからのシアによる破砕,2:斑晶内部のガラス包有物の破裂による破砕,3:噴火の際の衝撃破砕,の3神類が考えられる.斑晶鉱物のうち,黒雲母斑晶はマトリックスガラスの流理の方向に調和的に,へき開に沿って割れており,メルトからのシアによって割れたことを示唆する.石英斑晶はもとの粒径や形状を保持したまま,ジグソー状に割れている.ジグソー状のクラックは斑晶内部のガラス包有物から放射状に伸びており,主にガラス包有物の破裂によって生成したと考えられる.これに対し,斜長石斑晶もジグソー状に割れているが,そのクラックはガラス包有物の存在とは対応しない.軽石中のジグソー状の斜長石斑晶はしばしばマトリックスガラスの流理の影響を受けてばらばらになっていること,そして堆積物中には軽石中の斜長石斑晶より細粒な破片状結晶が大量に含まれていることから判断すると,斜長石はマグマ中での破砕のみでなく、噴火の際の衝撃によってさらに破砕されたと推定される.

審査要旨

 本論文は,フィリピンピナッボ火山1991年噴火の降下軽石層を題材として,堆積物の粒径分布,構成粒子の形状から爆発的噴火のダイナミックスや爆発的噴火におけるマグマの破砕過程を考察したものである.本論文は2章からなる.第1章では,降下軽石層の粒径分布から噴火のダイナミックスの再現と総噴出量の推定を行った.第2章では,降下軽石の粒径分布と細粒火山灰の粒径分布を接合し,同噴火の火砕物全体およびその中の斜長石結晶の破砕直後の初生粒径分布を求めた.また,顕微鏡やSEMを用いて軽石と細粒火山灰,軽石中の斑晶鉱物と堆積物中の遊離結晶の形状の特徴を詳細に比較し,ガラスと結晶それぞれについての破砕メカニズムを議論した.これらの章で得られた成果の概要を以下にまとめる.

 第1章では,火口数十キロの範囲の堆積物に関する詳細なモード分析と降下テフラ堆積モデルを用いて,大気中に拡散し堆積物としては残らない極細粒粒子を含む降下火砕物の総噴出量を求めることに成功した.その結果,爆発的な噴火では,火砕物全体の7割以上,またマグマ中の結晶のおよそ6割が極細粒に破砕され,大気中に拡散してしまうという重要な知見を得た.この結果は,爆発的噴火の規模の見積もりに大きな制約条件を与えると同時に,噴火の際の気候へのインパクトなど,関連する様々な分野に影響を与える重要な結果である.また,この成果は爆発的噴火の総噴出量の見積もり手法としてもオリジナリティが高いものである.従来より広く受け入れられている総噴出量の見積もり方法では「マグマ中の結晶は噴火の際に強く破砕されない」ことを仮定して,マグマ中の結晶の割合と堆積物中の結晶の総量からマグマの総噴出量を求めていた.論文提出者は,この仮定を検証するために,細粒火山灰中の結晶の含有率を粉末X線回折計を用いた独自の方法で求め,さらに顕微鏡を用いて細粒火山灰中の結晶の形態を詳細に観察し,細粒火山灰中に破片状の遊離結晶が多量に含まれていることを見いだした.この観察事実に基づいて,噴火の際に結晶が破砕される効果を考慮に入れた降下火砕物の総噴出量の見積もり方法を考案し,総噴出量と同時に軽石中の結晶の含有率,地表に降下した火砕物中の結晶の含有率,そして細粒火山灰中の結晶の含有率を求めることに成功した.これらの手法および結論の正当性は,最新の火山噴煙のダイナミックスモデルに基づいてリモートセンシングなどの独立な観測量と比較され,注意深く検討がなされている.なお,本論文第1章は小屋口剛博氏との共同作業であるが,論文提出者が主体となって試料の分析,及びデータの解析と検証を行ったものであり,論文提出者の寄与が十分であると判断できる.

 第2章では,「マグマの破砕過程」というこれまで火山学的に十分な研究がなされていない分野に対する意欲的な研究が進められている.特筆されるべき成果は以下の3点である.1つ目はガラスと結晶の破砕度を系統的に比較した点である.論文提出者は,詳細な画像解析によって細粒火山灰中の斜長石結晶の粒径分布を求める手法を開発した.この画像解析による斜長石結晶全体の粒径分布は,従来より用いられているレーザー光の散乱による火砕物全体に関する粒径分布の分析結果と比較し得る精度を持っており,はじめて火砕物と結晶の破砕の程度を比較することが可能となっな.その結果,結晶片と基質ガラス破片では,最小粒径などの点で系統的に差があることが明らかとなった.2つ目は大気中に拡散してしまうような極細粒火山灰を含めてマグマ全体の初生粒径分布を求めた点である.従来報告されてきたマグマの初生粒径分布は,単に降下堆積物の粒径分布を積算したものが主であり,大気中に拡散してしまう極細粒粒子の粒径分布は考慮されていなかった.本論文では,先に述べた極細粒火山灰の粒径分布に加え,第1章での手法を有効に用いて極細粒火山灰が火砕物全体に占める割合を推定し,これまでより信頼性の高いマグマ全体の初生粒径分布を求める事に成功した.3つ目は,火砕物の詳細な形状観察に基づいて,ガラスおよび結晶の破砕メカニズムを明らかにした点である.具体的には,極細粒火山灰の粒径分布が軽石の気泡の大きさや気泡壁の厚さのスケールに影響を受けていることを見出し,極細粒火山灰を形成する破砕過程が主に気泡の破裂に因る可能性が高いことを示唆した.

 以上のように,本論文はマグマの総噴出量の見積もり手法や初生粒径分布,およびその破砕メカニズムに関して非常にオリジナリティの高い成果を含んでいる.また得られた結果は,地質学,特に火山学の分野において重要な意義をもっている.これらの理由により,この論文をもって,論文提出者に博士(理学)の学位を授与できるものと認める.

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