化石記録の証拠から顕生代を通じて大規模な絶滅を伴う様々なパターンの生物多様性変動の存在が認められている。これまでの地質学、古生物学的研究では、多様性変動をもたらした環境変動の証拠を見つけだすことに主眼がおかれていた。しかしながら、そのような多様性変動を生じた過去の生態系の中で何が起こっていたのかについてはほとんど明らかにされてこなかった。そこで本研究ではこのような大規模な多様性変動を引き起こした生態学的メカニズムを明らかにするための基礎研究として、進化する仮想的な生物群集における多様性変動の数値実験を行い、その挙動を進化生態学、数理生態学的視点から考察した。 第一部では相互作用網の観点から、進化する生物群集について解析を行った。この系の構成要素となる仮想的な種には、正の相互作用の指標(この値が大きいものは相手を利用しやすい)、負の相互作用の指標(この値が大きいものは相手に害を与えやすい)などのパラメータを与えた。ランダムに選ばれた系内の1種の一部が分離して新種となり、それに伴ってパラメーターの値を変化させることによって進化を表現した。系は100種からスタートさせ、相互作用行列を用いた生物量の増減の数値計算を行い、種の生物量がその種1個体分の生物量を下回ったときにその種は絶滅するとみなした。系全体の環境収容力としての閾値を設定し、系全体の生物量がこの閾値を上回った時は全体を均一に圧縮した(絶滅の判定は圧縮前に行う)。種間相互作用は、系内の仮想的な種の適応進化の結果として形成されるシステムを採用した。このような仮想的生物群集が共進化する系において、群集の多様性と種の存続時間に注目して解析を行った。 存続期間の長さが上位2%の種ついて、正と負の相互作用の指標の分布を見ると、負の指標は小さな値に分布が集中する傾向が見られたが、正の指標は試行毎に分布の中心の位置はばらついていた。最初100種から始まった系は、最初の100ステップまでに約20種程度まで多様性が減少する。その後は100種程度までゆっくりと増加するが、そのまま安定な状態を保つ場合(図1a)と、大規模で急激な多様性の減少が見られる場合(図1b)、両者の中間的な変化をする場合の3通りのパターンが認められた。絶滅を起こした全ての系で、絶滅後の多様性は低いレベルで激しく変動した。系に大量絶滅が起きた時、負の指標の小さなものが生き残る傾向があること、また、この時に生き残った種の正の指標の値が後の正の指標の分布の中心に対応していることがわかった。つまり相手からいかに利益を得るかではなく、むしろ相手にいかに被害を与えないかが、特に大量絶滅が起こる時に、種の存続期間に大きく影響することが明らかとなった。 図表Fig.1a 多様性の変化 / Fig.1b 多様性の変化 次に絶滅後の種の寿命の変動パターンを見てみると、どの実験においても大量絶滅を境として種の寿命は極端に短くなる傾向が認められた。大量絶滅前はお互いに相互作用しない種が多く共存していたが、大量絶滅後はほとんど全ての種がお互いに相互作用するようになっており、しかも大量絶滅後の系を構成するのはほとんどがお互いに近縁な種であった。また、この大量絶滅を生き延びた種について相互作用の変化を追跡すると、大量絶滅に近づくにつれて自分の子孫との相利共生を急激に発達させていることが明らかになった。 以上のことから、本研究で扱った系は、以下のような時間発展をすることが明らかとなった。最初100種から始まった系は、相互作用行列がランダム行列に近い状態であるために系全体が不安定となり、多様性を大幅に減少させる(Gardner & Ashby,1970;May,1972)。この時に生き残るものは内的自然増加率の大きなものが多く、相互作用の性質にはあまり関係がない。この時の系は多くのニッチが空白のまま残されているので、新規に加入した種が既存の種と相互作用をせずに安定に存在することが許され、多様性がだんだんと増加していく。この中で、相手に被害を与えにくい種は、自分と近縁な種同士の間で相利共生を少しずつ発展させていく。この現象が進行したものは高い増殖率を維持できるために絶滅する確率が低くなり、したがって長く存続することが可能になる。そのため、ますます種分化の機会が増えて自分の子孫との相利共生を強化し、増殖率で他の種を圧倒して駆逐することになり、大量絶滅を引き起こすのである。大量絶滅後の系は多様性が低く、しかも近縁種のみで構成されるため、ほとんど全ての種がお互いに相互作用し合うようになる。その後は自分の仲間との激しい軍拡競争をすることになり、種の存続期間が短くなる。つまり、相利共生は近縁種の多様性を増すが、それは全体としての多様性の増加をもたらさないのである。この時、ニッチ分割のような形式で、相手に迷惑をかけない、という条件を満たすことが出来た系統は、さらに長く存続することが出来るであろう。 また、初期の多様性の減少で残ったものの正の指標と負の指標の値を比較したところ、正の指標の方が大きなものが多く残った系は後に大量絶滅を起こす確率が高く、そうでないものは長く安定状態を保つ確率が高いことが明らかとなった。このことから、系の初期において相手から利益を得易いものがたまたま多く生き残ると、それらの中の一部が相利共生ネットワークを発達させ、それが資源を占有することによって他の種を絶滅に追い込む確率が高くなると考えられる。 これまで、環境変動と対応しない大量絶滅については単なる確率的な揺らぎによるものと考えられていた。しかし本研究の結果、揺らぎが大きな役割を果たすのは系の初期の絶滅時においてであり、その後は相互作用の性質が大きな影響を果たすようになることが明らかとなった。その結果、揺らぎが働く部分とそうでない部分を区別して理解することが可能になった。これは環境変動と対応しない大量絶滅の、少なくとも一部のメカニズムに関係するものと考えられる。 第二部では、多次元のLotka-Volterra方程式を用いて、環境変動がない条件下での進化する仮想的な食物網における多様性変動の数値実験を行った。実験は基本的には第一部と同様の方法で行った。すなわち種毎に固有の性質を与え、その性質によって相互作用をするかどうかの判定を第一部と同様の方法で行うことによって食物網を構築した。また、第一部では様々な相互作用を扱ったが、第二部では捕食-被食関係を中心として扱った点が第一部との大きな違いである。 食物網内に誕生した種の多くはその中に侵入することが出来ないが、餌となる種の数が多く、外敵となる種の数が少ない種は食物網内に定着することが出来た。しかし時間の経過とともに餌の種数の減少と外敵の種数の増加が見られ、ついには絶滅するという運命をたどった。同様の進化パターンは系統全体についても認められた。食物網内に現れた系統のほとんどは多様性を増加させることなく滅びたが、中には一つの系統内の多様性を5種以上に増加させるものもあった。多様性を増加させることに成功した系統は、失敗した系統と比較して餌の種数が有意に多かった(外敵の種数には有意差無し)。また、実験終了時に多様性が増加中であった系統を除く全ての系統において、多様性が一度増加した後、必ず減少するという共通したパターンが見られた。このような系統の中で、多様性の減少期に誕生した種は、増加期に誕生した種に比べて外敵の種数が有意に多くなっていた(餌の種数には有意差無し)。 以上の結果に基づいて系統の運命を支配する要因を、La,Lb,Lcという3つの系統を例にとって考察した。LbはLaを捕食し、LcはLbを捕食しているとする。Laの多様性が高いとそれを捕食するLbの多様性が増加する。その結果、LbによるLaへの捕食圧が高まり、Laは多様性を減少させていく。もしLbがLaしか捕食しないのであれば、餌の無くなったLbの多様性も減少する(図2)。Laが長く存続するとLbも長く存続することができる。長く存続する間に進化することによって、LbはLa以外の別の系統を捕食出来るようになり、Lbの多様性変動パターンは、Laの多様性変動のパターンには影響されなくなる。また、Laが長期間存続することは、Lb以外のLaを捕食する系統の侵入も同時に許すことになる。そのため、Laへの捕食圧は時間の経過と共に高くなり(図2)、Laは次第に多様性を減らしていくのである。この運命はLbにとっても同様に起こる。Lbが安定に存続することは、Lbの種を捕食するLcも安定に存続できることになる。Laが存続している間はLbはLcからの捕食圧を支えることが出来る。しかし、時間とともに餌の数は減り、捕食者の数が増えていく。自らの捕食によってLaが滅びてしまうと、LbはLcからの捕食圧を支えることができずに絶滅する。同様の傾向はLcにも認められる。 Fig.2 ある系統の多様性の変化と捕食者数 ある系統の多様性が時間の経過とともに次第に増加した後に減少する、という紡錘状のパターンは多くの分類群で見られ、このパターンを生み出す原因は偶然(Raup et al.,1973;1974)もしくは環境変動による(Kennedy,1977;House,1989;Elder,1989)と考えられていた。しかし本研究の結果は、多様性変動の紡錘状パターンが、進化する食物網において、環境変動無しに必然的に形成されることを示唆する。 |