学位論文要旨



No 115073
著者(漢字) 池田,進
著者(英字)
著者(カナ) イケダ,ススム
標題(和) 低メルト分率状態にある火成岩系での組織形成に関する実験的研究
標題(洋) Experimental studies on the textural development in igneous rock systems of low melt fractions
報告番号 115073
報告番号 甲15073
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3837号
研究科 理学系研究科
専攻 地質学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鳥海,光弘
 東京大学 教授 中田,節也
 東京大学 助教授 佐々木,晶
 東京大学 助教授 岩森,光
 東京大学 助教授 永原,裕子
内容要旨

 火成岩の組織は,地球内部で生成したマグマ(珪酸塩メルト)が冷却・結晶化することによって形成されるものであり,マグマの冷却プロセスに関する情報を含んでいる.よって,冷却プロセスと形成される組織との間の関係を実験的に明らかにすることは,天然のマグマの冷却プロセスを解明する上で重要である.マグマの冷却に伴う組織形成は,その初期段階(高温域,すなわち高メルト分率状態での組織形成)に関しては実験的に理解が進んでいるものの,後期段階(低温域,すなわち低メルト分率状態での組織形成)に関してはほとんど実験的に検討されていない.これは,メルトを実験可能な時間内で結晶化させようとすると,その後期段階において,粘性上昇に伴う物質移動速度の低下により急速不安低成長した組織が形成され,最終段階まで安定的に結晶成長を進行させるのが困難であるためである.本論文の第1章では,実験の出発物質としてメルト分率の小さい(20vol%程度)部分溶融サンプルを用い,低メルト分率状態を出発点とした実験を行うことで,組織形成過程の後期段階に起こる組織発展プロセスが考察された.実験は主にDiopside(Di;CaMgSi2O6)-Anorthite(An;CaAl2Si2O8)二成分系の合成物質Di90An20(wt%)を用い,各温度での等温加熱実験(平衡実験),1350℃からの冷却実験(冷却速度は0.5,0.05℃/min),更に1280℃からの昇温実験(昇温速度は0.5℃/min)が行われた、昇温実験は地球内部岩石が温度上昇等により部分溶融する過程の組織変化を考察するためのものである.

 1350℃からの冷却実験において,接し合った結晶の間のメルトが外に吐き出され,結晶はadcumulate状のクラスターを形成し,吐き出されたメルトは集積し,時には大きなメルトプールを形成した(図1),この現象を理解するため,界面エネルギーと固液二面角の概念が導入された.固液二面角は固液共存系の固相-液相-固相3重点に形成される角度で,固相が単一相で等方体の場合,固相-固相間の界面(粒界)エネルギーslならびに固相-液相間の界面エネルギーssとの間には単純な数学的関係

 

 が成立する.この関係に基づく理論的考察から,接触し合った結晶間にメルトが囲まれていて更にが60゜より大きい場合,メルトを外に吐き出して粒界に置き換えた方がエネルギー的により安定になり,結晶のクラスタリングやメルトの分離・集積が起こることが予測され,実験でも検証されている(e.g.Jurewicz & Watson,1985).本研究においても,図1の組織変化が起こった試料(1280℃にて急冷)の固液二面角をRiegger & Vlack(1960)の方法で測定すると60゜に達していることが確認され,界面エネルギーを減少させるための組織変化であることが推測された,

図1 Diopside-Anorthite系の冷却実験で観察された組織変化の模式図.出発物質はDi90An10(wt%).

 本研究で得られた最大の知見の一つは上記のような組織変化が冷却過程(結晶成長過程)という非平衡条件下で起こったことである.Jurewicz & Watson(1985)らの実験は等温実験(平衡実験)によるものであり,式(1)で示されるような界面エネルギー(界面張力)の理論を直接適用できるものであったが,本研究のような非平衡な条件下でも式(1)を基礎とした考察が適用できるという議論はかつてなかった.非平衡条件下における二面角(界面エネルギー比sl/ss)の挙動を更に知るため,等温実験,冷却実験,昇温実験によって得られた試料における固液二面角を測定し,図2のような結果を得た.等温(平衡)実験では,二面角は低温域で大きく高温域で小さくなり(図2a),メルトの化学組成との関係では,結晶と相対する端成分(Al2O3;An成分)がメルト中で富むほど二面角が大きくなる傾向が認められた(図2b).これは,金属などの様々な2成分系で認められている経験則と調和的である.また,このような,二面角が液相の組成に依存する傾向は,近年,熱力学的・統計力学的な理論的研究によっても検証されつつある.この等温実験による二面角(平衡値)を基準とすると,非平衡(冷却・昇温)状態における二面角は各温度における平衡値からずれる傾向が認められ,冷却過程では平衡値よりも大きく,昇温過程では小さくなった.冷却時の二面角の上昇は冷却速度が大きいほど大きく,最大で13°平衡値よりも大きくなった.このような非平衡状態における固液二面角の変化は,結晶成長あるいは溶解時に形成される結晶周りの境界層の影響によるものであることが,結晶表面近傍の化学分析結果に基づいて示された.すなわち,例えば冷却過程では,結晶が成長するため結晶表面近傍に,結晶に取り込まれにくい成分(すなわち固液界面エネルギーを上昇させる成分)が濃集した境界層が形成され,二面角が平衡値より上昇するものと考えられる.このような非平衡時,特に冷却過程における二面角の変化が,結晶表面でのメルト化学組成が平均メルト組成に対して10%以上変化した場合に起こると仮定すると,その条件は結晶成長ペクレ数(無次元数)を用い

 

 と計算される.ここで,Vは結晶成長速度,Dは着目成分のメルト中での拡散係数,Lは特徴的な長さである.先行研究によれば.地質学的に重要とされる固液共存系において,固液二面角が60゜を越えるような系は多くないが,冷却過程で式(2)の条件を満たすような場合には,二面角が平衡値よりも大きく上昇し,本研究で観察されたような結晶のクラスタリングやメルト分離を引き起こす可能性が十分ある.

図2 固液二面角の変化(Diopside-Anorthite系).冷却速度0.05℃/minのデータプロットは省略されている.

 以上のような冷却過程におけるクラスタリング現象は,火成岩の組織の多様性を生み出す大きな要因であると考えられる.冷却・結晶化過程では,温度が低下しメルトの化学組成が結晶の化学組成から遠ざかることによって(平衡状態であっても)固液二面角は上昇する傾向にあるであろう.また,冷却過程では結晶成長が進行するため,式(2)の条件を満たせば更に固液二直角は大きく上昇する.初期段階に晶出した鉱物の結晶がクラスタリングすれば,以降晶出する鉱物も結晶化する場所を制約されクラスタリングしやすくなるであろう.このような知見から天然の火成岩の組織を観察すると,様々なクラスタリングの組織が存在することに気づく.その一つは,火山岩中で斑晶がクラスターを形成している集斑状と呼ばれる組織である.また,深成岩においても,例えば花崗岩を構成している各鉱物に着目すると,鉱物ごとに結晶粒子がクラスタリングした空間分布を示す場合が多い.このような天然の火成岩に見られるクラスタリング組織は,上記のような組織発展プロセスで形成されたものと推測される(以上第1章).

 第1章で述べられた結晶のクラスタリング現象は,結晶集合体からのメルトの吐き出しという「メルトの短距離移動」によって引き起こされるが,それと同時にメルトの長距離移動が起こることも,第1章における実験で明らかになってきた.第2章では,このような部分溶融メルトが移動する環境が結晶の溶解や成長のカイネティクスに及ぼす影響が解析された.この研究の最大の特徴は,低メルト分率状態にあるメルトを流動させるために,高温の電気炉中で回転する坩堝の中で部分溶融試料を転がす「転動実験」を考案したことにある.作製した転動実験装置を用い,まず,転動によって部分溶融メルトが流動し,メルト中の物質移動を拡散係数で1桁程度上昇することが確認された.そして,このような部分溶融メルトが流動し物質移動が高速化される環境下では,結晶の溶解や成長が速くなることが観測された.結晶成長に関しては不明確な点が残ったが,溶解に関しては,物質移動速度と溶解速度との関係において理論と実験の結果がよく一致した(以上第2章).

 低メルト分率状態,すなわち部分溶融状態における組織の形成プロセスは,結晶やメルトの連結状態に影響を与え,それらの連結状態は,メルトの浸透,地震波速度,電気伝導度などのマクロな物性を大きく左右する.このような連結状態は2次元観察では正確には把握できず,3次元での観察・解析が不可欠である.第3章では,将来的にこのような問題にも取り組めるよう,X線CTと3次元画像解析技術を組み合わせて,部分溶融体中の結晶やメルトの3次元的な連結構造(ネットワーク)や3次元形状を解析できる技術が開発された.特に,3次元クラスタラベリングを用いた解析は,結晶やメルトの3次元的な連結状態の解析に有効である(以上第3章).

 本研究における低メルト分率状態をターゲットとした実験的研究により,マグマの冷却過程の後期段階,すなわち低メルト分率状態における界面エネルギー駆動の組織変化やメルト流動に伴う組織変化が,火成岩の組織形成にとって重要な役割を果たすことが明らかになってきた.今後は,3次元解析の技術等を向上させ,更に広い視野から詳細に,低メルト分率状態における組織形成を探究する必要がある(以上第4章).

審査要旨

 本論文は4章から構成される。第1章は本論文の骨格である結晶とメルトの間の2面角と温度および化学組成との関係を冷却実験、および加熱実験ではじめて明らかにした。第2章では、岩石の融解実験を回転するアセンブリで行い、流動の効果が顕著に拡散に影響することを示した。第3章では岩石の3次元的な組織構造をx線ct法を適用した方法を開発した。この方法により3次元的なメルトのネットワークを明らかにした。さらに4章では一般の火成岩の結晶組織についてのモデルを展開している。

 本論文で提出者は火山岩や火成岩の結晶がしばしばクラスタを形成していることに注目し、この構造をマグマと結晶との2面角が60度を越すときに起こる現象と考え、実験的に2面角の温度依存性を研究した。この結果、従来の等温実験では1200度以下ではじめて60度以上となっていたが、冷却実験、及び昇温実験では大きく変化して、前者では1300度ですでに60度付近に達することが示された。このことは冷却実験による結晶成長の周辺のマグマの拡散場の形成により、2面角が大きく変化することによると判断された。このことは温度を上昇させての融解実験の結果、反対に平衡から負のずれが確認されること、および、直接マグマの化学組成を測定することで証拠づけられた。

 以上の2面角の非平衡かの実験的研究は始めてであり、独創性の高い内容である。また、この結果、結晶の集合体からマグマが界面エネルギーを駆動力として放出される機構および逆に周囲からマグマをサクションする機構について定量的な理解が得られたことは本論文の内容が博士論文として十分な内容を持つものであることを示した。

 本論文はさらに岩石や実験試料の3次元的な構造を明らかにするためにx線ct法の適用を提案した。この方法は今後構造と物理量との間の関係を決定する上で重要なものとなる。

 なお本論文第2章は中島悟博士との共同研究、第3章は中野司博士、中島善人博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって、実験し、論証したもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク