学位論文要旨



No 115075
著者(漢字) 栗谷,豪
著者(英字) Kuritani,Takeshi
著者(カナ) クリタニ,タケシ
標題(和) マグマ溜まりの熱物質進化 : 火山噴出物からの微分的情報による制約
標題(洋) Thermal and Chemical Evolution of a Crustal Magma Chamber : Constraints from Differential Information on Erupted Materials
報告番号 115075
報告番号 甲15075
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3839号
研究科 理学系研究科
専攻 地質学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 永原,裕子
 岡山大学 教授 小澤,一仁
 東京大学 教授 中田,節也
 神戸大学 教授 佐藤,博明
 岡山大学 教授 中村,栄三
 東京大学 助教授 岩森,光
内容要旨

 地表に噴出したマグマは、我々が直接手に入れることのできない地下深部の地球化学的・物理的情報を保持しているため、地球内部の分化や物質循環を考える上でも非常に重要な手がかりを与える。マグマはその発生の場から地表に到達するまでのあいだに周囲のマントルや地殻と熱・物質のやりとりを行う。地殼内においてマグマが停留して形成されるマグマ溜まりは、マグマ発生当初の情報を最も失いやすい場である。マグマ溜まり内でのマグマ分化プロセスは、強い温度勾配に起因するマグマ中の固相-液相間の密度不安定に支配されるために複雑であり、火山岩から地球深部の情報を取り出すにはマグマ溜まりプロセスについての定量的理解が必要である。マグマ進化の定量化を図るにあたり様々な研究対象が考えられるが、そのなかで火山噴出物はマグマ溜まり内におけるマグマ進化プロセスについての微分的かつ即時的情報を与えることが期待される。これらの情報は、マグマの分化過程を定量化する際に非常に重要な制約条件を与え得る。本研究ではそういった視点に基づき、利尻火山の沓形溶岩流・種富溶岩流を詳細に調べて玄武岩質〜石英安山岩質マグマの分化メカニズムと分化を支配するパラメータを抽出し、それらに基づいてマグマ分化過程の定量的モデルの構築を行った。

 沓形溶岩流と種富溶岩流は利尻火山の西麓から噴出した第4紀のアルカリ玄武岩とトラカイト質安山岩である。沓形溶岩流は全岩化学組成に基づきNorth lava(SiO251.3-51.9wt.%)とSouth lava(52.1-53.2wt.%)に分けられ、種富溶岩流はLower lava(SiO258.4-59.8wt.%)とUpper lava(SiO259.9-65.1wt.%)に分けられる。これら沓形溶岩流と種畜溶岩流のマグマは地下7km付近に存在していたマグマ溜まりにおいて継続して組成進化したものであり、マグマ溜まり内で晶出した結晶の種類・鉱物組成・モード組成は全岩組成に対応して系統的に変化する。

 沓形溶岩流中には、全岩がアルカリ質であるにもかかわらず非常にCaに富む斜長石が存在する。その要因と斜長石の起源を明らかにするため、過去の多成分系での平衡実験のデータをコンパイルし、それらをAnorthite-Albite系に投影して相図を作成して斜長石と珪酸塩溶液間の平衡関係を検討した。その結果、マグマは平均として1100℃以上の温度を示すにもかかわらず、観察されるCaに富む斜長石が晶出するには低温で水に富む条件が必要であることが分かった。この斜長石は外来結晶とは考えられないことから、マグマ溜まり周縁部に発達する固液境界層が以上の条件を満たす場として考えられる。沓形溶岩流中のカンラン石にはNi量の低いものと高いものが存在するが、Ni量の低いカンラン石についても同様に固液境界層に由来するものであると考えられる。これらの情報からマグマ溜まり内の構造を推定すると、North lavaのマグマが停留していた際には、マグマ溜まり周縁部の固液境界層には斜長石とNi量の低いカンラン石が存在し、マグマ溜まり主要部にはほとんど結晶は存在していなかった(<0.3vol.%)。またSouth lavaの組成まで進化した際には、マグマ溜まり全体に斜長石・カンラン石・単斜輝石が存在していたが、マグマ溜まり主要部における結晶量は依然として低く、数%以下であった。同様に種富溶岩流の組成までマグマが進化した際、固液境界層にはCaに乏しい斜長石・角閃石・チタン磁鉄鉱が存在し、マグマ溜まり主要部のマグマ中はほとんど無斑晶であった。

 以上のことから、沓形溶岩流・種富溶岩流がマグマ溜まり内で停留していた際には、マグマ溜まり周縁部に固液境界層を発達させつつマグマ組成が進化していったことが明らかになった。そこで、固液境界層がマグマの組成進化に果たした役割についての検討を行った。溶岩流の全岩組成トレンドは、結晶の分別量とともに分別結晶の化学組成の情報も記録しているはずである。そこで沓形溶岩流と種富溶岩流のそれぞれについて、組成トレンドの形成に関わった結晶の分別量と分別結晶の組成を推定した。その結果、すべてのlavaにおいて、推定された結晶種・結晶組成が固液境界層中に由来した斑晶のそれと一致することがわかった。このことからマグマは、マグマ溜まり主要部に存在する結晶(liquidus phase)が沈降などで分別したのでなく、固液境界層中の結晶(sub-liquidus phase)が分別して分化が進行したと結論づけられた。具体的には、固液境界層中の結晶と共存する分化液が結晶及び主要部のマグマとの密度差で境界層から分離し、マグマ溜まり主要部のマグマと混ざるというメカニズム(boundary layer fractionation)でマグマの組成変化がもたらされたと考えられる。マグマの分化に関与した固液境界層からの平均的な分化液組成は、観察される直線的な全岩組成トレンドの延長上にあり、かつ推定された分別結晶と平衡共存していたはずである。このことを用いて分化液の組成や密度等の推定を行った。分化液の密度は共存する結晶やマグマ溜まり主要部のマグマよりも軽いため、マグマ溜まり底部の境界層が分化液の主な供給源あると考えられる。また分化液は、平均として固液境界層内の結晶量約30vol.%程度の場所から由来することがわかった。North lavaのマグマ溜まり主要部の温度は1100〜1110℃程度であるのに対し、分化液は平均約1020℃程度と推定された。同様に、Upper lavaのマグマ溜まり主要部の温度は950〜970℃程度であるのに対し、分化液の温度は900-920℃程度と推定された。

 沓形溶岩流〜種富溶岩流内で観察される同位体比組成・微量元素組成の変化から、マグマ溜まり内には地殻物質が混入していたことが示唆された。混入物質の微量元素濃度を検討した結果、花崗岩の部分溶融液に気相成分が大量に溶け込んでいる状態でマグマ溜まり中のマグマと混合したと考えられる。これら地殻物質の混入量は僅かであったため、同位体比組成や微量元素濃度には影響を与えたが、主要元素の濃度にはほとんど影響を及ぼさなかったと推定される。

 以上の観察事実を踏まえた上で、boundary layer fractionationを考慮したマグマ分化の定量モデルの構築を試みた。モデルはマグマ溜まり内におけるマグマと周囲の地殻との熱バランスを考慮し、またマグマ溜まりの熱構造と熱力学モデルを組み合わせることでマグマの組成構造の進化を組み込んでいる。熱対流がマグマの冷却に果たした役割を検討するため、熱対流の強度をパラメータとしてモデル内に組み込んだ。Boundary layer fractionationは、固液境界層内の結晶量12(1<2)の領域に存在するinterstitial meltが単位時間あたりVexの割合で抽出され、マグマ溜まり主要部(<2)のマグマに混ざるというモデル化を行った。このモデルを沓形溶岩流に適用した結果、組成トレンドはマグマ溜まりの厚さやVexの値に依存せず、12の値に大きく依存すること、また実際の組成トレンドは1=0.1、2=0.5の値でよく再現されることが分かった。この結果は、分化液が固液境界層内の平均30vol.%程度の場所に由来するという、観察から独立に得られた推定値と良い一致を示す。さらに構築した定量モデルと微量元素濃度による制約を用いることにより、沓形溶岩流の本源マグマ組成の推定を行った。推定されたマグマ組成は、これまで広く用いられていた手法で得られた組成と大きく異なってしまうことが明らかになり、火山岩から本源マグマ組成を推定するにあたっては、そのマグマが経た分化プロセスの特定が非常に重要であることを示した。沓形溶岩流のマグマ溜まり停留時の温度は、溶岩流内の組成変化に対応して推定されているが、その推定温度と熱対流の強度を変数とした計算結果を比較した結果、マグマはほぼ熱伝導で冷却していることが明らかになり、熱対流はマグマの冷却に重要な役割を果たしていないことが分かった。この結果はマグマ溜まりの大きさやVex12等のパラメータに依存しない。沓形溶岩流は玄武岩質でかつ水やアルカリ成分に富むために粘性が低く、通常のマグマに比べて対流しやすいと考えられるが、沓形溶岩流において大規模な対流による冷却が進行していなかったとすると、地殻下でのマグマ溜まり内ではマグマの対流強度は一般に弱い可能性が高い。

審査要旨

 本論文は6章からなり、第1章はイントロダクション、第2章は沓形溶岩流の岩石学的研究から得られたマグマ溜まりの物理化学条件およびその進化に関する制約、第3章は種富溶岩流から得られたマグマ溜まりの物理化学条件およびその進化に関する制約、第4章はマグマ溜まりの進化に関するモデリング、第5章は議論、第6章は結論である。

 第2章と第3章においては天然の岩石を岩石学的に検討することで、そのマグマの形成された条件を推定し、物理化学的制約を与えることが行われた。溶岩中のある種の斑晶鉱物とそれを取り囲むマグマが化学平衡的に共存しえないことから、熱力学的な検討によりその斑晶の形成のために必要な条件を推定した。その結果、マグマ溜まり周辺の低温で水に富む環境(固液境界層)でその斑晶が形成され、異なる化学的性質をもつ斑晶は噴火直前に火道を上昇中に形成されたものであることを示した。この結果、溶岩の示す化学変化が、固液境界層における結晶化作用の分化液と主要マグマ溜まりのマグマとの混合で示されることが明らかとなった。ここで明らかにした固液境界層の存在は玄武岩質マグマ溜まりについては世界ではじめてのものである。

 第4章においては、これらを定量的に説明するマグマ分化に関する定量的モデルを開発した。モデルはマグマ溜まりの熱的進化と流体運動、さらに物質化学的進化をすべて取り込み、熱対流強度と固液境界層の結晶量をパラメータとしている。第2章、3章により求めた制約条件をもっともよくフィットするパラメータが決定され、それらが化学的制約から推定した結晶度などとよく一致することが明らかとなった。このモデルは旧来多数存在したマグマ溜まりのモデルのもっていた欠点をすべて克服したもので、この分野の研究に新しい道を開いたものといえる。

 固液境界層によるマグマの分化の概念が定量的に導入されたことで、これらのマグマの基となったマグマを推定することが可能となった。その結果は旧来単純な仮定でおこなわれてきた本源マグマの推定方法が誤りであることを明確に示した。また、微量元素、同位体組成を用いて固液境界層における微量の水溶液またはメルトの混入を明らかとし、地殻物質の混入程度を定量的にみつもった。これらの結果、地球におけるもっとも主要な火成活動の場である中央海嶺と島弧における火成活動の特性が明確となり、中央海嶺のマグマ溜まり進化にかんする予測が可能となりつつある。

 本論文の最大の特徴は、岩石学的、地球物理的、地球化学的手法のすべてを縦横無尽に駆使して、天然から最大限の情報を引き出し、理論的考察とつきあわせることで、地球の進化に重要なマグマおよびマグマ溜まりの進化を定量的に解明したことにある。その結果、具体的に観察をおこなっていないテクトニクス下の火成活動に関しての予測性を持つに至った。

 本論文第2章はJournal of Petrology Vol.39(1998)、Journal of Volcanology and Geothermal Research Vol.88(1999)に、第4章はJournal of Geophysical Research Vol104(1999)、Geophysical Research Letters26(1999)に印刷されている。また第3章はJournal of Volcanology,第5章はEarth and Planetary Scienceにすでに投稿されている。これらの論文はすべて論文提出者の単著であり、これらの雑誌が当該分野の世界的な最高レベルのものであることを考慮するなら、論文提出者の研究能力は傑出したものといえる。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54779