学位論文要旨



No 115076
著者(漢字) 大石,徹
著者(英字)
著者(カナ) オオイシ,トオル
標題(和) 珪化木の分類と成因について
標題(洋) Classification and formation mechanism of silicified woods
報告番号 115076
報告番号 甲15076
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3840号
研究科 理学系研究科
専攻 鉱物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 講師 小澤,徹
 東京大学 助教授 木暮,敏博
 東京大学 教授 宮本,正道
 東京大学 教授 村上,隆
 東京大学 教授 田賀井,篤平
 通産省工業技術院地質調査所 主任研究官 豊,遙秋
内容要旨

 珪化木は鉱物学的に石英、蛋白石の一種として扱われている。しかし、ほとんど有機物の残存しないものから、有機物に富み石炭に近いものまで多様なものがあるにも係わらず、合理的な分類は今まで行なわれていない。本研究では、はじめに「なぜ植物の組織がある場合にのみ珪化して珪化木となり、大部分の場合には炭化して石炭となるのか」という問題について、珪化木と木材・埋もれ木との化学組成の比較、珪酸溶液との反応性等により考察し、次に、多種多様な珪化木について、珪化木中に含まれるの炭素の含有量と、有機物を構成する元素組成に基づく合理的な分類方法の提案を行なった。

 珪化木中に含まれる有機物の化学組成を初めて系統的に分析した結果、原子比O/C、H/Cダイアグラム上で石炭の炭化作用を現すコールバンドとほぼ一致し、珪化木は地層中で石炭生成と同様な炭化作用と続成作用を受けていることが判明した。(図-1)特に若い時代の珪化木中の有機物は、木材から埋もれ木への炭化を示すコールバンドと良く一致しており、珪化木が木材から埋もれ木段階までに珪化してできる可能性を示な。また、実際に約2.5万年前の泥炭層中から産出した埋もれ木の一部分が珪化していることを発見した。

図-1 珪化木、石炭と炭化作用との関係

 次に植物遺体の一部分のみがなぜ選択的に珪化するのかを確認するために、木材と炭化程度の異なる埋もれ木とを使用して珪酸水溶液との反応性を検討した。珪酸源として、テトラエチルシリケートを使用し、常温、常圧下の珪酸水溶液水中に木材片、埋もれ木片を入れ、珪酸水溶液のゲル化時間を測定したところ、ゲル化時間が一番短かったのは木材であり僅か14日で固化した。埋もれ木では有機物中の原子比O/C値が大きく木材に近い物(=泥炭化が低い)ほどゲル化時間が短かった。(図-2)

 実験終了後の木材試験片の一部には非晶質珪酸が析出し、珪化木が形成された。(図-3)

図表図-2 木材・埋もれ木のO/Cと、珪酸溶液のゲル化時間との関係 / 図-3 珪化した木材の内部状態

 埋もれ木は、従来の研究により、古い泥炭化の高いものほどセルロース、ヘミセルロースの減少量が大きく、最終的には完全に分解・消失するが、一方リグニンの含有の減少は緩やかであり、また樹脂成分はほとんど減少しないことが確認されている。

 今回、木材中のどの成分が珪酸水溶液のゲル化時間に影響するのかを確認するため、主成分であるセルロース、リグニン,ヘミセルロースを形成する5種類の糖類と珪酸水溶液との反応性を観察したところ、セルロースは21日でゲル化したが、リグニン、糖類は未反応であった。この実験結果から、木材中のセルロース成分が珪酸水溶液のゲル化を促進することを確認した。

 従来の研究結果では、珪化木の珪化機構は、珪酸を含んだ地下水が埋もれ木に浸透し、材の内部に非晶質珪酸が析出して生しることが説明されている。本研究結果では更に、材の内部に非晶質珪酸が析出して珪化木になるか否かは、材の化学組成によって決定され、材の組織中にセルロース系の成分がまだ多く残存していれば、非晶質珪酸の析出は生じ易く、セルロース系の成分が既に分解、減少していれば、非晶質珪酸は析出しにくいことを確認した。同一材の中でも非晶質珪酸の析出が早く生じ易い部分のみが珪化して材の組織構造が保存され、非晶質珪酸の析出が遅い部分は炭化作用が優先するため材の構造は泥炭化作用のウルミン化により破壊される。

 また、石炭層中に見られる松岩の成因は、泥炭中に取り込まれた樹木のうち、耐久性の強い針葉樹の材部分が選択的に珪化されたと考えられるが、耐久性に富む材はまさしくセルロースの分解速度が遅いことであるので、非晶質珪酸の析出が生じやすいと推定できる。

 泥炭そのものの珪化が起こりにくいのは、材部分よりもセルロースが早く分解、消失するためであると考えられる。

 炭化度からの珪化木の解析と、泥炭中の埋もれ木が珪化している事実、および人工的珪化木生成実験の結果から、珪化木の珪化機構は、珪酸を含んだ地下水が炭化程度の低い状態にある埋もれ木に浸透し、材の内部に非晶質珪酸が析出して生じると推定される。

 一方、埋もれ木が埋設した地層の性質、埋もれ木が珪化して珪化木になる時の環境、そその後に地層中で受けた続成作用等の生成環境に応じて色々な珪化木が出来る。埋もれ木が珪化して珪化木になる時の環境と珪化木が地層中で受けた続成作用は、珪化木に含まれる炭素の含有量と珪化木に含まれる有機物の炭化の程度の形で記録されている。

 珪化木の炭素含有量と炭化度の変化に伴う珪化木の性質の変化で、珪化木の生成環境を推定できる。そのため、珪化木の炭素含有量および炭化度に基づく珪化木の分類方法を提案する。

 珪化木は炭素量含有により、1%未満の低炭素型(木石・木化珪石・木化蛋白石型)と、1%以上の高炭素型(松岩型)とに分類でき、高炭素型は更に、有機物の炭化状態によりO/C=0.3以上の埋もれ木型と、O/C=0.3未満の石炭型の2種類に区分できる。各タイプの特徴は、低炭素型珪化木は一般の堆積岩中に産出し、色調は仄色〜淡褐色と淡く、珪化木の内部または周囲に炭化部分が含まれない。高炭素型珪化木は、石炭層中または一般の堆積岩中に産出し、色調は暗く、珪化木の内部または周囲に炭化部分をしばしば伴う。また、高炭素型珪化木の埋もれ木型と石炭型の外観上の区別は、埋もれ木型のものは褐色を示し多孔質で木材状であり、シリカ鉱物の結晶化度は低いものと高いもの(蛋白石と石英)とが混在する。石炭型のものは黒色〜黒褐色を示し硬く緻密質であり、シリカ鉱物の結晶化度が高く、石英のみとなっている。(図-4)。

図-4 シリカ鉱物の結晶性と炭化作用との関係

 この分類方法によれば、野外で見られる多種、多様の性状をもつ珪化木を、合理的に区分することができる。

審査要旨

 本論文は珪化木の成因と分類について述べている。珪化木は鉱物学的に石英、蛋白石の一種として扱われている。しかし、ほとんど有機物の残存しないものから、有機物に富み石炭に近いものまで多様なものがあるにもかかわらず、その多様性を説明できる成因論は展開されておらず、また合理的な分類も今まで行なわれていなかった。本論文では、はじめに「なぜ植物の組織が、ある場合にのみ珪化して珪化木となり、大部分は炭化して石炭となるのか」という問題について、珪化木と木材・埋もれ木との化学組成の比較、珪酸溶液との反応性等により考察し、次に、多種多様な珪化木について、珪化木中に含まれるの炭素の含有量と、有機物を構成する元素組成に基づく合理的な分類方法の提案を行っている。

 本論文では、珪化木中に含まれる有機物の化学組成を初めて系統的に分析した結果、原子比O/C、H/Cダイアグラム上で石炭の炭化作用を表すコールバンドとほぼ一致し、珪化木は地層中で石炭生成と同様な炭化作用と続成作用を受けていることを示した。特に若い時代の珪化木中の有機物は、木材から埋もれ木への炭化を示すコールバンドと良く一致しており、珪化木が木材から埋もれ木段階までに珪化してできる可能性を示した。

 次に植物遺体の一部分のみがなぜ選択的に珪化するのかを確認するために、木材と炭化程度の異なる埋もれ木とを使用して珪酸水溶液との反応性を検討している。珪酸水溶液中に木材片、埋もれ木片を入れ、珪酸水溶液のゲル化速度を測定したところ、ゲル化速度が一番速かったのは木材であり、埋もれ木では有機物中の原子比O/C値が大きく木材に近い物(=泥炭化が低い)ほどゲル化速度が速かった。実験終了後の木材試験片の一部には非晶質珪酸が析出し、珪化木の形成を確認した。

 従来の研究では、珪化木の珪化機構は、珪酸を含んだ地下水が埋もれ木に浸透し、材の内部に非晶質珪酸が析出して生じることが説明されている。本研究結果では更に、材の内部に非晶質珪酸が析出して珪化木になるか否かは、材の化学組成によって決定され、材の組織中にセルロース系の成分がまだ多く残存していれば、非晶質珪酸の析出は生じ易く、セルロース系の成分が既に分解、減少していれば、非晶質珪酸は析出しにくいことを確認した。同一材の中でも非晶質珪酸の析出が早く生じ易い部分のみが珪化して材の組織構造が保存され、非晶質珪酸の析出が遅い部分は炭化作用が優先するため材の構造は泥炭化作用のウルミン化により破壊される。

 炭化度からの珪化木の解析と、泥炭中の埋もれ木が珪化している事実、および人工的珪化木生成実験の結果から、珪化木の珪化機構は、珪酸を含んだ地下水が炭化程度の低い状態にある埋もれ木に浸透し、材の内部に非晶質珪酸が析出して生じると推定される。そして、後に地層中で受けた続成作用等の生成環境に応じて色々な珪化木が出来る。埋もれ木が珪化して珪化木になる時の環境と珪化木が地層中で受けた続成作用は、珪化木に含まれる炭素の含有量と珪化木に含まれる有機物の炭化の程度の形で記録されている。

 一方、埋もれ木が埋設した地層の性質、埋もれ木が珪化して珪化木になる時の環境、その珪化木の炭素含有量と炭化度の変化に伴う珪化木の性質の変化で、珪化木の生成環境を推定できる。そこで本論文では、珪化木の炭素含有量と炭化度に基づいた珪化木の分類方法を提案している。即ち、低炭素型(木石・木化珪石・木化蛋白石型)と高炭素型(松岩型)で、高炭素型は有機物の炭化状態により更に、埋もれ木型と石炭型の2種類に区分できる。各タイプは、産出する環境、外見(色調、多孔質・緻密質などの組織)、鉱物の結晶化度などを異にする。従ってこの分類方法により、野外で見られる多種多様の性状をもつ珪化木を合理的に区分することができる。

 以上、本研究では、研究対象として珪化度の異なる多様な珪化木の収集が精力的に行われ、その結果多数の珪化木中の有機物の分析を行うことと珪酸溶液との反応実験により、成因について新しい知見を述べている。さらにその知見を基にした分類法を提案している。この提案が受け入れられるか否かは予断を許さないが、今後鉱物学あるいは植物学等の分野での議論への道をひらくものである。更に、本研究者は社会人として企業で研究と開発の指導的立場にある者であり、そもそも本研究を開始したきっかけが地球科学的興味のみからでなく建築材の変質過程の探求の一環であったことも考えれば、本論文の成果の産業界への貢献も予想出来るものである。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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