学位論文要旨



No 115077
著者(漢字) 宇都宮,聡
著者(英字)
著者(カナ) ウツノミヤ,サトシ
標題(和) 始生代における地球表層の条件 : 水-岩石-大気反応による推定
標題(洋) Conditions of the Archean Earth’s surfaces : Estimation by water-rock-atmosphere interactions
報告番号 115077
報告番号 甲15077
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3841号
研究科 理学系研究科
専攻 鉱物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,隆
 東京大学 助教授 木暮,敏博
 東京大学 教授 宮本,正道
 東京大学 講師 小澤,徹
 東京大学 教授 田賀井,篤平
内容要旨

 始生代(地球形成〜25億年前)の地球表層は、大陸面積が非常に小さく、大気中には酸素が無く、二酸化炭素が数十気圧存在し、現在と全く異なる環境条件であったと考えられている。当時、大気組成の進化にもっとも影響を与えたのは、水-岩石間の無機的な反応である。特に二酸化炭素はカルシウム、マグネシウムを含む珪酸塩の変質によって大気中から除去され、その後の炭酸塩の形成という過程で固定化された。高二酸化炭素分圧下における岩石の変質過程を解明することは、始生代の大気中二酸化炭素の減少過程を推定するために重要な基礎である。この目的のために、CO2分圧を(〜数気圧)調節、加圧しながら鉱物溶解をおこなう装置を開発した(図1)。この装置を用いて高CO2分圧下におけるanorthiteの風化過程、basaltic glassの風化過程を調べた。

Anorthiteの風化

 大陸地殻表層の46%を占める長石の中でカルシウムを含むanorthiteの溶解実験を行った。緩衝溶液を用いてpHを4.56に固定、CO2分圧を1.2気圧と0.6気圧と現在のレベル10-3.5気圧、反応期間を〜89日、温度を150度の条件で行った。0.6気圧と1.2気圧のとき溶解速度はそれぞれ3.42×10-11、4.42×10-11(mol/m2sec)となり、それぞれ3倍、4倍程度速くなった。現在のCO2分圧下(PAL)での実験と高CO2分圧での実験の相違点は、高CO2分圧下の方が溶液中のH2CO3とHCO3-の濃度が多いという点のみである。ゆえにこれらの化学種が溶解反応を促進にする効果があると考えられる。PALにおける実験では、溶液中Ca/Si比がすべての期間で0.5になるが、1.2気圧下、50日以上反応させた溶液中のCa/Si比は0.2程度に減少する。この結果は、高CO2分圧下におけるanorthiteの風化の際、溶脱したカルシウムは二次鉱物として母岩付近に沈積し、水圏へのカルシウムの流出量が減少するということを示している。すなわち、始生代の地球表層では、風化による水圏へのカルシウムの供給は現在の供給量と比較して少なかったといえる。

Basaltic glassの風化

 海洋底の主構成物であるbasaltic glassはカルシウム、マグネシウムを多量に含む(10〜20wt%程度)。始生代の海洋面積が現在より広かったため、海水によるbasaltic glassの変質は、当時の大気中二酸化炭素濃度の変化に大きな影響をあたえたと考えられる。高CO2分圧下におけるその風化過程を解明するために、図1の装置を用いて溶解実験をおこなった。出発物質は、三宅島のバサルトを溶融、急冷して人工的にガラスを作成した。溶液は緩衝溶液を用いてpHを5.00に固定し、温度を50,80,100度、CO2分圧は10-3.5(PAL)、2.0気圧で実験した。実験の結果、溶解速度はPALと2気圧においてほぼ同じ速度であった。(例えば50度では、3.9×10-6(PAL)と3.7×10-6(2気圧)mol/m2/secであった。)アレニウスプロットから算出された活性化エネルギーは83.8(PAL)と79.9(2気圧)kJ/molとなり、溶解のメカニズムは同じであると考えられる。100度における二次鉱物の生成過程は、微小なアモルファス物質の析出と平行して、アルミニウム水酸化物からカオリナイトの析出という変化がみられ、この過程もPALと2気圧において同じであった。しかし、100度、2気圧におけるactivity-activity diagram(図2)から、反応が進行してbeidellite等が沈殿するようになると、calciteも沈殿する可能性があることがわかった。以上のことから、始生代における海洋底basaltic glassの変質は、現在における変質と比較して速度もプロセスも同じであるが、始生代においては風化生成物としてcalciteが直接沈殿することが示唆された。

図1図2 CO2分圧2気圧、100度における実験系の鉱物相安定図。X印が溶液データ。破線はCalciteの安定境界
天然岩石からの推定

 大気組成の進化を構築する際、二酸化炭素濃度は、氷河の存在や、太陽光度と温室効果のバランスから進化モデルが作られてきたが、酸素濃度は地質学的証拠から上限、下限を推定する方法で作られてきた。これまでに推定されてきた大気組成は、広い範囲をもっていることから、天然の岩石を用いて新しいアプローチでCO2分圧、pHを推定し、パレオソル(古土壌)を用いてO2分圧の制限を新しく示す。

 30-32億年前に形成された、西オーストラリア、Cleavervi11eの縞状鉄鉱床(BIF)の一部を観察した。偏光顕微鏡、走査型電子顕微鏡、X線による観察では、石英といくつかの水酸化(酸化)鉄しか見つからなかったが、透過型電顕、分析電顕によって数十nmのchamositeの存在を確認した。単純なFe-Si-(Mg-Al-)O系において相図を計算すると、chamositeの安定領域は低酸素濃度かつpH6付近で安定であることが示された。このことから、30-32億年前の海洋はpHがやや酸性側であったということがわかる。

 35億年前に形成された、西オーストラリア、North Pole地域における緑色岩は当時の中央海嶺付近で熱水変質をうけたバサルトといわれている。典型的な鉱物組み合わせは緑泥石、石英、白雲母(またはphengite)、calcite、不透明鉱物(TiO2)であり、calciteのないものも存在した。熱水変質の温度を求めるために、緑泥石の化学組成温度計を用いた。この温度計を適用する際、緑泥石にサブミクロンオーダーで混合層が存在しないことを透過型電顕で確認した。算出された変質温度は240度から330度程度になった。各サンプルの変質温度を炭酸塩の安定境界図(図3)にプロットすると、炭酸塩の有無から流体中の二酸化炭素濃度が求められ、0.20〜1.6(mol/kg)となった。変質帯を循環している海水を熱水変質の流体と考えると、海水の二酸化炭素濃度も同様と考えられる。当時の海洋が現在よりも浅かったといわれていることから、海洋の二酸化炭素濃度を均質と仮定して、この二酸化炭素濃度の海水と大気との平衡から、大気中のCO2分圧が算出できる。地球表層の温度は35億年前にはすでに現在の温度に近い状態であったであろうといわれていることから、温度を25度とすると、CO2分圧は0.6〜12気圧と推定される。この値は103.3〜104.7PALに相当し、これまでにモデルから推定された値、102〜104PALに近いといえる。

図3 炭酸塩の安定境界。白丸は炭酸塩がない、黒丸は炭酸塩があるサンプル。灰色の矢印は推定される二酸化炭素濃度の範囲。
パレオソルをもちいた酸素分圧の推定

 大気中のO2分圧はおよそ20億年前に急激に増加したといわれているため、カナダの調査を行い、24.5億年前形成されたProntoパレオソルと13.4億年前のEnterpriseパレオソルを調べた。

 2つのパレオソルとも花崗岩に発達したパレオソルである。Prontoパレオソルでは、母岩から最上部の方へ、(セリサイト)、緑泥石に富むゾーン、セリサイトに富むゾーンが存在した。風化プロファイルはわずかに熱水変質をうけ、K-metasomatismの影響が大きかった。全岩中の鉄含有量は最上部で減少し(図4a)、低酸素濃度の大気下での風化があったことを示した。鉄の保持率から、風化時、24.5億年前の大気中における酸素濃度を算出したところ、約0.01気圧以下になり、これまでに見積もられた値、0.002気圧以下よりも高い値となった。Enterpriseパレオソルはプロファイル全体が熱水変質の影響をうけていた。しかし、全岩中の鉄三価の含有量はプロファイル上部まで増加し、鉄の二価が減少していることから、風化による鉄の分配に熱水の影響はないと考えられる。鉄三価の保持量から風化時(1.34億年前)の大気中の酸素濃度を算出すると、約0.03気圧以上となり、これまでに報告された値とほぼ等しい値であった。

図4 全岩中のFe/Ti含有比(a)Prontoパレオソル、(b)Enterpriseパレオソル
審査要旨

 本論文は、主に6章からなり、実験によるアプローチと天然岩石の観察によるアプローチから、大気中の二酸化炭素及び酸素の進化と水-岩石-大気反応との関連を調べ、先カンブリア時代の酸素レベル、二酸化炭素レベルの変化を論じている。具体的には、(1)高二酸化炭素分圧下における鉱物の風化プロセスの実験的解明、(2)始生代の岩石の微細観察、熱力学計算による鉱物安定条件の解明、鉱物生成時の二酸化炭素レベルの推定、(3)先カンブリア時代の風化帯の分析による当時の酸素レベルの推定、を対象とした構成になっている。

 第1章では、CO2分圧を1.2気圧と0.6気圧と現在のレベル10-3.5気圧にして、大陸地殻の主要成分である長石の一種anorthiteの溶解実験を行った。0.6気圧と1.2気圧のとき溶解速度はそれぞれ3倍、4倍程度、現在レベルより速くなった。現在レベルでは、溶液中Ca/Si比が0.5になるが、1.2気圧下では0.2程度に減少する。この結果は、高CO2分圧下におけるanorthiteの風化の際、溶脱したカルシウムは二次鉱物として母岩付近に沈積し、水圏へのカルシウムの流出量が減少するということを示している。

 第2章では、始生代の海洋面積が現在より広かったため、海水による海洋底の主構成物のbasaltic glassの変質は、当時の大気中二酸化炭素濃度の変化に大きな影響をあたえたと考えられるので、basaltic glassの溶解実験を行った。CO2分圧は10-3.5(PAL)、2.0気圧で実験した。実験の結果、溶解速度はPALと2気圧においてほぼ同じ速度であった。熱力学的検討から、高CO2分圧下では反応が進行すると、beidellite等が沈殿するようになり、炭酸塩も沈殿する可能性があることがわかった。この結果、始生代における海洋底basaltic glassの変質では、炭酸塩が直接沈殿することが示唆された。

 第3章では30-32億年前に形成された、西オーストラリア、Cleavervilleの縞状鉄鉱床(BIF)を観察した。透過型電顕、分析電顕によって数十nmのchamositeの存在を確認し、熱力学的検討から、chamositeの安定領域は低酸素濃度かつpHは6.0-6.5で安定であることが示され、30-32億年前の海洋も類似の環境であったことが示唆された。

 第4章では、35億年前に形成された、西オーストラリア、North Pole地域における緑色岩を分析した。この岩石は当時の中央海嶺付近で熱水変質をうけたbasaltと考えられている。緑泥石の化学組成温度計により、変質温度は240度から330度程度と推定された。各サンプルの変質温度と炭酸塩の安定領域の関係から、熱水中の二酸化炭素濃度が、0.20〜1.6(mol/kg)と計算された。海水の二酸化炭素濃度も同様であったと考えられる。海洋の二酸化炭素濃度を均質と仮定して、この二酸化炭素濃度の海水と大気との平衡から、大気中のCO2分圧が算出できる。地球表層の温度を25度にすると、CO2分圧は0.6〜12気圧と推定された。この値は103.3〜104.7PALに相当し、Kasting(1993)のモデルから推定された値、102〜104PALに近かった。

 第5章、第6章では先カンブリア時代における花崗岩に発達した風化岩帯(パレオソル)を調べている。5章は13.4億年前のEnterpriseパレオソル、6章は24.5億年前形成されたProntoパレオソルを扱っている。Prontoパレオソルでは、母岩から最上部の方へ、(セリサイト)、緑泥石に富むゾーン、セリサイトに富むゾーンが存在した。全岩中の鉄含有量は最上部で減少し、低酸素濃度の大気下での風化があったことを示した。鉄の保持率から、風化時、24.5億年前の大気中における酸素濃度を算出し、約0.01気圧以下という値を得た。Enterpriseパレオソルでも鉄三価の保持量から風化時(1.34億年前)の大気中の酸素濃度を算出し、約0.03気圧以上という値を得た。

 本学位論文は、水-岩石-大気の相互反応により、岩石・鉱物に記録される先カンブリア時代の大気の進化を理解する実験的・観察的手法をみいだし、実際の相互反応と大気組成を推定した点で、今後の関連分野の研究に寄与するところが大であると認められる。この点において、本論文は高く評価され、審査委員全員で、博士(理学)の学位を授与するにふさわしいと判断された。

 なお本論文の内容の一部は、共著論文として印刷公表済みであるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与は十分であると判断する。

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