本論文は、主に6章からなり、実験によるアプローチと天然岩石の観察によるアプローチから、大気中の二酸化炭素及び酸素の進化と水-岩石-大気反応との関連を調べ、先カンブリア時代の酸素レベル、二酸化炭素レベルの変化を論じている。具体的には、(1)高二酸化炭素分圧下における鉱物の風化プロセスの実験的解明、(2)始生代の岩石の微細観察、熱力学計算による鉱物安定条件の解明、鉱物生成時の二酸化炭素レベルの推定、(3)先カンブリア時代の風化帯の分析による当時の酸素レベルの推定、を対象とした構成になっている。 第1章では、CO2分圧を1.2気圧と0.6気圧と現在のレベル10-3.5気圧にして、大陸地殻の主要成分である長石の一種anorthiteの溶解実験を行った。0.6気圧と1.2気圧のとき溶解速度はそれぞれ3倍、4倍程度、現在レベルより速くなった。現在レベルでは、溶液中Ca/Si比が0.5になるが、1.2気圧下では0.2程度に減少する。この結果は、高CO2分圧下におけるanorthiteの風化の際、溶脱したカルシウムは二次鉱物として母岩付近に沈積し、水圏へのカルシウムの流出量が減少するということを示している。 第2章では、始生代の海洋面積が現在より広かったため、海水による海洋底の主構成物のbasaltic glassの変質は、当時の大気中二酸化炭素濃度の変化に大きな影響をあたえたと考えられるので、basaltic glassの溶解実験を行った。CO2分圧は10-3.5(PAL)、2.0気圧で実験した。実験の結果、溶解速度はPALと2気圧においてほぼ同じ速度であった。熱力学的検討から、高CO2分圧下では反応が進行すると、beidellite等が沈殿するようになり、炭酸塩も沈殿する可能性があることがわかった。この結果、始生代における海洋底basaltic glassの変質では、炭酸塩が直接沈殿することが示唆された。 第3章では30-32億年前に形成された、西オーストラリア、Cleavervilleの縞状鉄鉱床(BIF)を観察した。透過型電顕、分析電顕によって数十nmのchamositeの存在を確認し、熱力学的検討から、chamositeの安定領域は低酸素濃度かつpHは6.0-6.5で安定であることが示され、30-32億年前の海洋も類似の環境であったことが示唆された。 第4章では、35億年前に形成された、西オーストラリア、North Pole地域における緑色岩を分析した。この岩石は当時の中央海嶺付近で熱水変質をうけたbasaltと考えられている。緑泥石の化学組成温度計により、変質温度は240度から330度程度と推定された。各サンプルの変質温度と炭酸塩の安定領域の関係から、熱水中の二酸化炭素濃度が、0.20〜1.6(mol/kg)と計算された。海水の二酸化炭素濃度も同様であったと考えられる。海洋の二酸化炭素濃度を均質と仮定して、この二酸化炭素濃度の海水と大気との平衡から、大気中のCO2分圧が算出できる。地球表層の温度を25度にすると、CO2分圧は0.6〜12気圧と推定された。この値は103.3〜104.7PALに相当し、Kasting(1993)のモデルから推定された値、102〜104PALに近かった。 第5章、第6章では先カンブリア時代における花崗岩に発達した風化岩帯(パレオソル)を調べている。5章は13.4億年前のEnterpriseパレオソル、6章は24.5億年前形成されたProntoパレオソルを扱っている。Prontoパレオソルでは、母岩から最上部の方へ、(セリサイト)、緑泥石に富むゾーン、セリサイトに富むゾーンが存在した。全岩中の鉄含有量は最上部で減少し、低酸素濃度の大気下での風化があったことを示した。鉄の保持率から、風化時、24.5億年前の大気中における酸素濃度を算出し、約0.01気圧以下という値を得た。Enterpriseパレオソルでも鉄三価の保持量から風化時(1.34億年前)の大気中の酸素濃度を算出し、約0.03気圧以上という値を得た。 本学位論文は、水-岩石-大気の相互反応により、岩石・鉱物に記録される先カンブリア時代の大気の進化を理解する実験的・観察的手法をみいだし、実際の相互反応と大気組成を推定した点で、今後の関連分野の研究に寄与するところが大であると認められる。この点において、本論文は高く評価され、審査委員全員で、博士(理学)の学位を授与するにふさわしいと判断された。 なお本論文の内容の一部は、共著論文として印刷公表済みであるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与は十分であると判断する。 |