トンネルや埋設管のような地下構造物は,地上に突出した構造物と異なり周囲を地盤によって拘束されているため、地震時に地盤の動きにほぼ追随するように変形する。地下の構造物は地盤の重さを支えるようその構造断面が決定されることが多く、そのため地盤の変形が小さい状況では耐震性の高い構造である。しかし、1995年の兵庫県南部地震では地下鉄駅舎が断面方向に大きなせん断変形を受け、中柱が破壊し天井が大きく落ち込み、直上の道路を大きく陥没させる被害が生じた。これは周辺地盤が大きくせん断変形したためと考えられ、このレベルの大地震に対しても効率的に地下構造物の安全性を向上させるためには、地下構造物に適した免震を施すことが有効であると考えられる。 これまでに研究されてきた重要な免震手法は、大きく分けて二種類に分類される。一つは、地下構造物の周囲を柔らかい素材で被覆する方法である。この方法は、地下構造物の周囲に免震材を配置することにより、地盤から地下構造物へ伝達されるせん断力を低減させるものである。いまひとつの手法は、何らかのジョイントを構造物の中に設置して、構造物全体の柔軟性を増し、地盤変形への追従性を高める方法である。後者は、構造物の中に弱点を作ることと等しいので、不安定な変形を防げるための十分な措置を講ずる必要がある。 本研究は、円形断面を有するトンネルやパイプラインのような管状構造物を対象に、周囲を柔らかい素材で被覆する方法、あるいは地盤と構造物の境界面のすべり摩擦を低減する手法とその効果について、これらを記述するパラメータを整理し、地下構造物の免震効果を支配する要因についての検討を行ったものである。 第1章では、本研究の背景に触れるとともに、既往の研究を概観し、この研究の目的を述べている。そのなかで地盤の動きに追随して動く地下構造物の耐震性を評価する上で、構造物の存在の影響を受けない周辺地盤の変位を、地盤バネ(相互作用バネ)を介して地下構造物に加えるいわゆる応答変位法が適切な手法であること、またこの評価を合理的なものにする上で(1)地盤と構造物での境界面でのすべりや剥離、(2)相互作用バネを的確に把握することが重要であることに触れている。 第2章では(1)地盤と構造物での境界面でのすべりを評価するための摩擦係数について一面せん断試験を実施し、その結果をまとめている。摩擦係数の計測にあたっては、異なる土圧、すべり速度効果、粒径、構造物材料の表面粗さの4つを綿密に計測しながらこれを進めている。その結果、(1)表面粗さで卓越する代表波長と粒径の大小関係でピーク強度の発現の仕方、残留強度の現れ方が大きく2分されること、(2)すべり速度の影響は実験で確認した範囲で全体的には強く現れないこと、(3)垂直応力の増加と共に摩擦係数は若干減少すること,(4)粒子が構造物の接触面に食い込むことが摩擦を大きくする一要因であるため、表面の粗さのみならず食い込みを支配する硬度も重要である、などの知見を得ている。また一面せん断試験の限界と課題についても検討を加えている。 第3章では応答変位法に用いる(2)相互作用バネの適切な評価法についての検討と提案を行っている。これまでの地震被害調査や長期間の地震観測事例は、地盤に卓越する変形モードが被害に最も直接的に関連することが示されている。そこで、地下構造物の軸方向と軸直角方向の地盤の変形モードとその卓越振動数を特定して、相互作用バネを評価した。構造物の変形もこの変形モードに従うと仮定するので、相互作用バネは結果として地下構造物に沿って一様なWinkler型の離散バネで表現できる。基盤上に比較的軟弱な表層地盤が存在し、この中を管状構造物が存在する場合の軸方向変形に対する相互作用バネについて詳細な検討を加えている。相互作用バネは、地盤の共振状態を想定していることから、結果として地盤の固有モードを記述するパラメータと無関係になり、管状構造物の半径と表層厚の比、表層厚さに対する構造物の埋設位置、表層地盤と基盤のインピーダンス比という3つの無次元パラメータに支配され、かつ地盤のせん断弾性係数に比例する形で与えられる。 さらに、第2章で得られた(1)地盤と構造物での境界面で考ええるすべり摩擦係数と、(2)相互作用バネの評価値を用いて応答変位法を実施し、地下構造物と地盤の境界で摩擦が発生する限界条件についても検討を加えている。 第4章では地下管状構造物を柔らかい絶縁材で被覆する場合の重要なパラメータを構造物の軸方向、軸直角方向双方について抽出し、それらが免震効果に与える影響を簡明に記述することを試みている。軸方向変形の場合については、構造物の一部のみを被覆する際の最も効果的な配置と有効な免震層の必要長さなどが検討された。従来、地盤条件の急変部分に集中的に免震材での被覆を行う手法についての研究事例が多くみられるが、このような対応が必ずしも最適でなく、むしろ地盤の変形が最大となる所に免震材を集中配置した方が、免震効果が高くなることを指摘している。またその場合の免震効果を評価するための簡略式を提示している。 一方、軸直角方向に対しては、地盤のせん断変形に伴い、管状構造物の横断面が対角方向に交互に楕円状の変形を繰り返すことを想定して免震被覆の効果を検討している。その中でまず地盤との境界面での摩擦を除去するだけでは有効な免震効果が期待できなく、場合によっては逆効果になること、したがってある程度の免震効果を得るためには被覆材料が断面半径方向に伸縮する必要があることを示している。この意味で被覆材料としてはポアソン比が小さくなることが、効果的であるが、同時に土圧に抗して沈下や変形を許容値以内に抑える配慮も重要になる。このような判断を行うためのノモグラフや図表を整理している。 第5章は、以上を概括し本研究の結論を述べるとともに、今後の課題について整理している。 以上,要するに,本論文は,これまでのように個別のケースを想定し有限要素法などによる詳細解析を行なって免震効果を確かめるという方法と異なり、一般的な免震効果の評価基準を打ち立てることにつながるような、支配要因の抽出やその評価を徹底して行ったものである。その成果は、一般に多大な労力を要する免震工法の効果の評価や、免震化区間の適切な配置を考えるための手続きを大幅に簡素化するもので、耐震構造学のさらなる発展に資するものと考えられる.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. |