学位論文要旨



No 115081
著者(漢字) 阿部,哲子
著者(英字)
著者(カナ) アベ,サトコ
標題(和) 1995年兵庫県南部地震における高架道路橋被害の分析と応答予測手法の構築
標題(洋)
報告番号 115081
報告番号 甲15081
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4576号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 東原,紘道
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 助教授 舘石,和雄
 東京大学 助教授 阿部,雅人
内容要旨

 1995年1月に発生した兵庫県南部地震では,高架道路橋にも膨大かつ甚大な被害が発生した.今回の地震による被害は,量が膨大であり,かつパターンが多岐にわたることから全体像を的確に捉えることが難しい.まず重要なのは,倒壊・落橋などの特殊な被害事例だけに視点を集中させることなく,被災データを体系的に整理して後世に残すことであり,その上で,現段階の技術レベルで可能な限りの分析を行い,最大限の教訓を引き出すことが今回の地震を経験した世代の責任と言える.

 現在までに行われてきた道路橋の被災に関する既往の研究は大別して2パターンに分けられる.一つは被災した限定区間を対象として,その被災メカニズムを詳細に推定しようとするものであり,ここでは,周辺における被災していない高架橋と比較して,なぜ対象区間のみが被災したのかという点については言及していない.もう一方は広範囲を対象として.被災状況の整理.力学的指標と実被害の対応関係の検討等を行ったもので,対象範囲が広い反面,分析はマクロ的であり,一橋一橋の被災状況を逐一説明するという視点からの検討は行われていない

 道路橋は桁・支承・橋脚・基礎で構成されるシステムであるにもかかわらず,現在までに行われている分析はそのほとんどが各部位別を対象としたものとなっている.この背景には,被災データの収集・整理が部位別に行われておりまとまった形でのデータベースが存在しないこと,また,高架橋システムの動的挙動を追跡するための力学モデルが構築されていないことが挙げられる.

 第1章では,序論として,上述の背景・既往の研究について整理するとともに,これらを踏まえ,本研究の目的として,高架橋システムの被災に関するデータベースを構築すること,被害の特性を力学的な立場から説明する,すなわち,一見,無秩序にみえる各橋における被災レベル・パターンの違いを力学的に説明する,あるいは,理解するための視点を見出すこと,被害分析の過程において高架橋システムの動的挙動を追跡可能な力学モデルを構築することを掲げた.

 第2章では,阪神高速3号神戸線の西宮-月見山間(延長約25km,橋脚番号:神P1〜P718,桁番号:神S1〜S717の717径間)を対象として行った被災データの収集について示し,収集したデータを基に,対象区間における高架橋の各構成要素(桁・支承・橋脚・基礎)の構造特性とその被害,周辺の地盤条件等について整理した.また,その結果として,外観から判断された高架橋構成要素(桁・支承・橋脚)の損傷度は,空間的に大きくばらついており,場所的な特徴を読みとることはできないこと,また,多くのRC単柱において大きな残留傾斜が発生しており,これらの中には,外観から判断された橋脚損傷度は軽微なものも含まれていたことを,注目すべき点として抽出した.さらに,残留傾斜に着目した統計的な分析を行い,傾斜量が全般的に大きかったP50〜P300においては傾斜の主方向が地震動の卓越方向にほぼ一致していること,偏心橋脚や地盤の柔らかいところで残留傾斜が概して大きいことを明らかにした.

 第3章では,対象を西宮-摩耶間(約14km区間,橋脚番号神P1-P350)のRC単柱に支持された構造に限定した分析を行った.2章において整理した結果から,阪神高速神戸線では多様な構造形式が用いられていたことが明らかとなり,全体を一つの母集団として扱うことは難しいと考えたためである.はじめに,この区間におけるRC単柱のみをとりだして損傷度分布を改めて整理し,RC単柱という同一構造の橋脚間でも,外観から判断された損傷度は空間的に大きくばらついており,場所的な特徴を読みとることはできないことを示した.次に,各橋脚の静的な耐震性能を評価し,損傷度のばらつきが橋脚の耐震性能のばらつきによっていた可能性を検討したが,外観から判断された損傷度と耐震性能に有意な相関は見られなかった.そこで,2章において示した.多くの橋脚で大きな残留傾斜が発生したという状況を鑑み,0.5度以上の残留傾斜の発生した橋脚に関しては,外観上の損傷は軽微であってもBレベル以上の損傷度と等価であると捉えることを提案した.この手法を用いて,西宮-摩耶間におけるRC単柱の被害レベルを評価したところ,P34以東では概して被害が小さいのに対し,P35以西ではほぼ一貫して被害が大きいという傾向が明らかとなった.この結果は建物被害率から推定される地動速度の分布ともほぼ整合的である.また,P35以西において例外的に被害の小さかったものに関しては,その原因を考察し,支承の損傷がヒューズ的な効果をもたらしたと考えられるケースが多いことを示した.

 第4章では,3章同様,西宮-摩耶間のRC単柱に着目し,損傷モード(曲げ・せん断)について理論上の予測と実被害の対応を検討した.RC単柱の損傷モードは,大きく分けると曲げタイプとせん断タイプの2種類に分けられ,これらのうちどちらのモードが卓越するかについては,ある断面に発生する曲げモーメントが曲げ耐力に到達する時のせん断力Vmuとせん断耐力Vyを比較し,せん断曲げ耐力比r≡Vy/Vmuが1.0以上ならば曲げモード,1.0以下ならばせん断モードと予測することができる.ここでは,せん断曲げ耐力比rの算出において橋脚質量の影響をも考慮し,損傷度の高いRC単柱のみに着目することで,実際の損傷モードが,せん断曲げ耐力比r=1.0を境にほぼ曲げ損傷とせん断損傷に分かれていることを確認した.

 第5章では,外観上の損傷が軽微な橋脚における残留傾斜がどのようなメカニズムでもたらされたのかを明らかにすることを目的とした検討を行った.これは,2章において示した多くの橋脚で大きな残留傾斜が発生したという事実,また,3章で示した橋脚の被害レベルが「外観上の損傷」と「残留傾斜」の両指標で評価すると統一的な解釈が可能であることをうけた分析である.はじめに,外観上の損傷度がC,Dでありながら1度以上の残留傾斜の発生した橋脚に関して地中部橋脚の損傷状況を調べ,その多くにおいて,地中部橋脚に主鉄筋の座屈などの甚大な損傷がかくれていたことを明らかにした.次に,地中部橋脚の損傷をも加味した評価による損傷度がC1以下と軽微でありながら0.5度をこえる残留傾斜の発生した橋脚を対象として動的応答解析を行った.その結果,残留傾斜の要因は橋脚の曲げ塑性変形ではなく,ひきぬけによってもたらされた可能性が高いことを示し,ひきぬけは最大変形量によって決定されることから,その評価にあったて橋軸・橋軸直角の2方向同時入力が不可欠であることを示した.また,耐震設計への提言として,塑性率が大きな領域ではひきぬけによって大きな残留変形が発生する可能性が高いことから,残留変形の予測において曲げ塑性変形による残留値にひきぬけもプラスして考える必要があること.また,ひきぬけを防止する新構造の開発が望まれることを指摘した.

 第6章では,被害状況から支承の損傷がヒューズ的に働いたと考えられる橋脚に着目し,現象の再現を目指すとともに,その過程において支承の損傷を考慮可能な橋梁システムモデルを構築した.これは,3章において示した,P35以西におけるRC単柱の中で例外的に被害の小さいものに関しては,支承の損傷がヒューズ的な効果をもたらしたと考えられるケースが多かったことをうけた分析である.具体的には,まず,実験結果を参考に支承部の破壊モデルを提案し,既往の構造解析ツールCOM3に組み込んだ.また,同時に桁要素も導入し,橋梁構造の扱いを可能にした.次に,構築されたモデルを用いて応答解析を行い,P268-271ユニットにおいて支承の損傷がヒューズ的に働いた可能性が高いことを示した.また,同じ連続桁構造部の固定支承下の橋脚でありながらせん断破壊をしたP238-241ユニットを対象に同様の解析を行い,支承の破壊がおこる以前に大きなせん断力が橋脚に作用した現象を再現した.支承の損傷がもたらすヒューズ的な効果については,地震後の統計的な分析から否定的な見解が示されているが,ここでの検討から,支承の損傷がヒューズ的に作用した例を解析的に裏付けることができた.支承の損傷によるヒューズ効果を有効に活用することで,システムとして合理的な高架橋の耐震設計が実現される可能性は十分にあると考えられる.

審査要旨

 1995年1月兵庫県南部地震では,高架道路橋には広汎かつ甚大な被害が発生した.これまでの被害分析はその大半が構造のある特定の部位にのみ着目したもの,また個別的な被害分析にとどまっているものが多い.構造物をシステムとしてとらえた被害分析,被害の全体像を捉えるための研究はほとんど行われていないのが現状である.本研究は,阪神高速道路・神戸線の高架橋に対象を絞り,構造システムとしての被害の分析,神戸線全体の被害からの体系的分析を試みている.

 第1章では,まず研究の背景・既往の研究を述べている.これらを踏まえ,本研究の目的として,高架橋システムの被災に関するデータベースを構築すること,一見,無秩序にみえる各橋における被災レベル・パターンの違いを力学的に説明する.あるいは,理解するための視点を見出すこと,被害分析の過程において高架橋システムの動的挙動を追跡可能な力学モデルを構築することを掲げている

 第2章では,阪神高速3号神戸線の西宮-月見山間(延長約25km)を対象として行った被災データを示し,対象区間における高架橋の各構成要素(桁・支承・橋脚・基礎)の構造特性とその被害,周辺の地盤条件等について整理している.また,高架橋構成要素の損傷度が空間的に大きくばらついており,場所的な特徴を読みとることはできないこと.また,多くのRC単柱において大きな残留傾斜が発生しており,これらの中には,外観から判断された橋脚損傷度は軽微なものも含まれていたことを指摘している.

 第3章では,対象を西宮-摩耶間(約 14km)のRC単柱のみをとりだし,RC単柱という同一構造の橋脚間でも,外観から判断された損傷度は空間的に大きくばらついていることを指摘した.そこで,多くの橋脚で大きな残留傾斜が発生したという状況を鑑み,0.5度以上の残留傾斜の発生した橋脚に関しては,外観上の損傷は軽微であってもBレベル以上の損傷度と等価であると捉えることを提案した.この手法を用いて,西宮-摩耶間におけるRC単柱の被害レベルを評価し,P34以東では概して被害が小さいのに対し,P35以西ではほぼ一貫して被害が大きいという傾向が明らかとなった.この結果は建物被害率から推定される地動速度の分布ともほぼ整合的であるも示している.また,P35以西において例外的に被害の小さかったものの原因を考察し,支承の損傷がヒューズ的な効果をもたらしたと考えられるケースが多いことを指摘した.

 第4章では,西宮-摩耶間のRC単柱の損傷モード(曲げ・せん断)について理論上の予測と実被害の対応を検討した.RC単柱の断面に発生する曲げモーメントが曲げ耐力に到達する時のせん断力Vmuとせん断耐力Vyを橋脚質量を考慮して設計図面より求めた.損傷度の高いRC単柱のみに着目し,実際の損傷モードが,せん断曲げ耐力比r=1.0を境にほぼ曲げ損傷とせん断損傷に分かれていることを明らかにした.

 第5章では,外観上の損傷が軽微な橋脚における残留傾斜のメカニズムの解明を目的とした検討を行っている,はじめに,外観上の損傷度がC,Dでありながら1度以上の残留傾斜の発生した橋脚に関して地中部橋脚の損傷状況を調べ,その多くにおいて,地中部橋脚に主鉄筋の座屈などの甚大な損傷がかくれていたことを明らかにした.次に,地中部橋脚の損傷をも加味した評価による損傷度がC1以下と軽微でありながら0.5度をこえる残留傾斜の発生した橋脚を対象として動的応答解析を行った.その結果,残留傾斜の要因は橋脚の曲げ塑性変形ではなく,ひきぬけによってもたらされた可能性が高いことを示し,ひきぬけは最大変形量によって決定されることから,その評価にあったて橋軸・橋軸直角の2方向同時入力が不可欠であることを示した.また,塑性率が大きな領域ではひきぬけによって大きな残留変形が発生する可能性が高いことから,残留変形の予測において曲げ塑性変形による残留値にひきぬけもプラスして考える必要があること,また,ひきぬけを防止する新構造の開発が望まれることを指摘した.

 第6章では,被害状況から支承の損傷がヒューズ的に働いたと考えられる橋脚に着目し,現象の再現を目指すとともに,その過程において支承の損傷を考慮可能な橋梁システムモデルを構築した.これは,3章において示した,P35以西におけるRC単柱の中で例外的に被害の小さいものに関しては,支承の損傷がヒューズ的な効果をもたらしたと考えられるケースが多かったことをうけた分析である.具体的には,まず,実験結果を参考に支承部の破壊モデルを提案し,既往の構造解析ツールCOM3に組み込んだ.また,同時に桁要素も導入し,橋梁構造の扱いを可能にした.次に,構築されたモデルを用いてP268-271で構成される3径間連続部を対象とした応答解析を行い,入力によって支承の損傷がヒューズ的に作用する場合のあることを示した.

 以上のように,本論文は1995年兵庫県南部地震における阪神高速道路神戸線高架橋の被害状況を収集し,それをデータベース化するとともに,被害原因を多角的に分析している.ここで得られた知見は,今後の耐震設計を考える上で貴重であり,示唆に富むものが多い.よって,博士(工学)請求論文として合格と判断する

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