学位論文要旨



No 115083
著者(漢字) 貝戸,清之
著者(英字)
著者(カナ) カイト,キヨユキ
標題(和) 不確定性を考慮したレーザー振動計測に基づく構造物の性能評価
標題(洋)
報告番号 115083
報告番号 甲15083
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4578号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 阿部,雅人
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 東原,紘道
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 助教授 舘石,和雄
内容要旨

 本研究は,老朽化する社会基盤施設の維持管理の合理化を視野に入れ,常時微動計測結果に基づく構造物の性能評価手法を構築するものである,具体的な性能評価指標としては,構造物の動特性とその変動に着目する.はじめに,振動計測およびモデル化における不確定性に起因する動特性の変動を定量的に評価することにより,振動計測結果の信頼性を定量化する解析手法を提案する.さらに,本解析法を組み込んだレーザー常時微動計測システムを構築し,その振動計測結果に基づく構造物の性能評価手法を提示する.

 通常,構造物の健全度を対象とした性能評価手法としては,AE法や超音波試験等の非破壊検査が用いられている.しかし,これらの手法は,損傷要因ごとに適用範囲が限定されるだけでなく,実施に際しては多大な労力と高いコストを伴うために,供用中の構造物全体に対しての健全度評価は困難となり,ある程度損傷箇所を絞り込んだ詳細検査で使用されている.そのため,構造物全体を対象とした概略検査では携わる技術者の目視による経験的手段に依存しているのが現状である.維持管理を要する構造物の数が少ない場合には,目視検査が有効であることはこれまでの実績から明らかである.ところが,今後の老朽化構造物の急増や高齢化社会に伴う人手不足を考えると,定量的なデータに基づいて客観的な判断を下すことが可能な手法へと転換する必要がある.

 本研究では,このような見地から,動特性の変動を損傷指標として取り上げ,その性能を定量的に評価する.あらゆる損傷は構造特性の変化をもたらすために,構造特性と直結する動特性の変動に着目することは,損傷要因を問わない構造物全体の性能評価を実現し,手法の合理化に貢献することができる.また,動特性そのものは,解析や設計に反映させることで構造モデルの精緻化や安全率低減に寄与できることから,健全度以外の性能評価指標としても適用できる.

 一方,振動計測に基づいて同定される動特性は,振動計測およびモデル化における不確定性に起因して変動するので,損傷による変動との有意性を明らかにする必要がある.ところが,現状では,変動の定量的な判断は極めて難しい.これに加え,社会基盤施設を対象とした供用中の振動計測では,常時微動計測が余儀なくされる.常時微動は,振幅が極めて小さいために振動計測には困難が伴うだけでなく,加振入力の要因が未知であるので,不確定性に起因する変動が増大することになる.したがって,動特性の高精度な同定手法についても,未だ確立されるに至っていない.

 そこで,はじめに不確定性に起因する動特性の変動の定量化を試みる.とくに,振動計測およびモデル化における不確定性を対象とし,同定される動特性をある確率分布に従う確率変数として捉え,その信頼区間の構成により変動の定量化を行う.信頼区間の算出に際しては,統計的リサンプリング法のひとつであるBootstrap法を適用する.Bootstrap法の利点は,未知母集団分布に対して正規分布を仮定することなく,先験情報である標本分布を直接利用することができることにある,この手法により変動を定量化したうえで,さらに,得られるBootstrap分布を用いて,動特性の変動の有意性を検定する一手法を提案する.

 つぎに,常時微動を対象とした高精度かつ実用的な振動計測システムを構築する.このとき,損傷による微小な動特性の変動を検出するために,振動計測,同定の各段階において不確定性を低減することに留意し,整合性の取れたシステム構築を行う.

 具体的なハードウェアとして,常時微動計測が可能な精度を備えたレーザードップラ速度計を取り上げ,振動計測結果の信頼性の向上を図る.また,社会基盤施設の振動計測では,高所・危険作業が余儀なくされるために,空間的に密な振動計測を行うことは著しい困難を伴う.この点に関しても,レーザードップラ速度計は,非接触かつ遠隔計測が実現でき,さらに,レーザー照射角の自動制御による多点振動計測が可能であるから,作業効率についても大幅な向上が期待できる.その結果,振動の空間情報が得られるので,初期段階の局所的な損傷を検出できるだけでなく,計測点の不足に伴うモデル化における不確定性に起因する変動量を低下することができる.

 一方,常時微動計測では.入力は未知量となる.そこで,同定では,繰り返し計測によるスペクトルの統計的平均化によって,外力の非定常性と不規則成分を取り除き,定常振動成分を抽出することで,振動モード形を同定する手法を提案する.また,振動計測結果の質については,前述のBootstrap法により算出した不確定性に起因する変動の収束性に基づいて判定し,繰り返し計測回数を客観的・定量的に決定する.

 最後に,構造物の損傷による剛性や質量低下量を振動モード形の変動から算出する手法を理論展開する.具体的には,同定される固有振動数と振動モード形のみから直接構築した構造モデルに基づいて損傷を仮想的に付加した新たな構造系の固有値問題を解くことで,損傷後の振動モードを解析的に算出し.質量と剛性の変化量を決定する.本手法は,振動計測結果による物理モデルの構築が不要であり,振動計測結果自体からの損傷同定を実現できる.

 本論文は,全6章で構成されている.各章の概要は以下のとおりである.

 第1章は序論であり,本研究の背景と位置づけを述べ,研究の目的と手法を示す.

 第2章では,振動計測結果に基づく同定問題における不確定性に起因する変動の定量化を行う.具体的にはBootstrap法を援用することで,同定される動特性の変動を定量的に示す方法を提案している.そして,提案した手法を,実地震時の免震橋の振動計測結果,ならびに鉄筋コンクリート構造物の常時微動計測結果に適用して,統計的信頼区間を明示した検定による性能評価を行っている.免震橋の性能評価においては,免震支承の工場出荷時の載荷試験で期待される免震効果が実地震時に発揮されている免震効果と矛盾しないことを,また,鉄筋コンクリート構造物の性能評価においては,震度4程度の地震前後では動特性が変化しておらず,振動計測結果からは損傷が認められないということを,それぞれ信頼区間を用いた検定によって示している.従来,振動計測結果に基づいて熟練者が計測データの質やモデル化の適用性その他を総合的かつ経験的に判断しているものを,本手法の適用によって統計的に定量化した形で示すことを可能としている.

 第3章では,レーザードップラ速度計を用いた空間的な振動計測手法について常時微動を対象とした実験的検討を行う.実験では,一辺固定支持された鋼板を取り上げ,提案する同定手法を適用することで,高次の振動モード成分まで高精度に同定できることを示している.このとき,統計的平均化に必要な計測回数について,Bootstrap法により算出した不確定性に起因する振動モード形の収束性から定量的判断を与えている.さらに,基準点計測用のレーザードップラ速度計を追加して,振動モード形の同定精度の向上と,実橋の強い非定常性を有する走行荷重下における同定を視野に入れた新たなシステム構築を行っている.

 第4章では,振動モード形の変動から構造物の剛性や質量低下を算出する手法を理論展開するとともに,実験的に同定精度について検証を行う.実験においては,質量変化を対象として前章の鋼板に磁石を付加し,その位置と大きさを質量付加前後の振動モード形の変化から同定することを試みている.また,レーリー・リッツ法による一辺固定支持平板の理論振動モード形を用いて,同定精度の比較を行っているが,高精度な振動計測が可能である場合には,理論振動モード形を用いるよりも振動計測結果を用いる方が,質量の位置および大きさともの高精度に同定できることを示している.

 第5章では,構築した空間的な振動計測手法を実橋の振動計測に適用し,非定常性の強い走行荷重作用下における鋼桁とRC床版の振動モード形の同定を行っている.振動計測結果は,構造物全体の振動とノイズが卓越しており,そのなかから部材の固有振動成分を抽出することを余儀なくされる.とくに,コンクリートを対象とした振動計測は,レーザー戻り光量が不足し,光学ノイズが卓越する.そこで,計測点まわりの微小範囲内でレーザー戻り光量が最大となる点を自動探索する機能を追加し,高精度な振動計測結果を得ることで,コンクリート部材に対しても固有の振動モード形を同定することに成功している.

 第6章は,結論である.各章で得られた主要な研究成果を要約し,結論とするとともに,今後の研究の課題について述べている.

審査要旨

 本論文は,老朽化する社会基盤施設の維持管理の合理化を視野に入れ,簡便に計測可能な常時微動計測結果に基づく構造物の性能評価法を構築したものである.具体的には,計測およびモデル化の段階で含まれる不確定性を定量的に評価することによって,計測結果ならびに計測結果に基づいて同定された構造特性推定結果の信頼性を定量化する解析法を提案するとともに,レーザー計測に本手法を組み込みシステム化を行って,実際の振動計測結果に基づいて構造物の性能評価法を具体的に提示している.

 本論文は,全6章で構成されている.各章の概要は以下のとおりである.

 第1章は序論であり,本研究の背景と位置づけを述べ,研究の目的と手法を示している.

 第2章では,振動計測結果に基づく同定問題における不確定性の定量化を行っている.具体的には,Bootstrap法を援用して振動計測結果に基づく同定結果の推定精度を定量的に示す方法を導出している.そして,提案した手法を,実地震時の免震橋の振動計測結果,ならびに鉄筋コンクリート建物の常時微動計測結果に適用して,統計的信頼性区間を明示した検定による性能評価を行っている.免震橋の性能評価においては,免震支承の工場出荷時の載荷試験で期待される免震効果が実地震時に発揮されている免震効果と矛盾しないことを,また,鉄筋コンクリート建物の性能評価においては,震度3程度の地震前後で構造特性が変化しておらず,振動計測結果からは損傷が認められないということを,それぞれ信頼性区間を用いた検定によって示すことに成功している.従来,計測結果に基づいて熟練者が計測データの質やモデル化の適用性その他を総合的かつ経験的に判断しているものを,本手法の適用によってこの判断を統計的に定量化した形で示すことが可能となった.

 第3章では,具体的なハードウェアとして,レーザードップラ速度計を取り上げて,常時微動計測を対象とした実用的な計測手法を構築している.常時微動は,特定の加振源を必要とせず,幅広い帯域の振動成分を持ち局所損傷の影響を受けやすい高次振動モードも励起されやすいなど,社会基盤施設の計測・点検に適した特徴を持っている.しかし,常時微動は,振幅が極めて小さいために,一般には計測が困難であるとされており,また,加振入力の要因が未知であるため振動特性の高精度な同定法は未だ確立されていない.また,社会基盤施設の計測では,そのスケールや形状により高所・危険作業が余儀なくされるため,空間的に密な計測を行うことは著しい困難を伴う.ここで取り上げたレーザードップラ速度計は,常時微動計測が可能な計測精度と,高所作業を不要とする遠隔計測を実現するものである.ここでは,常時微動を対象に外力情報を未知として扱って実験的検討を行っている.常時微動計測においては,繰り返し計測による統計的平均化によって外力の非定常性と不規則成分を取り除き,定常振動成分を抽出することで振動モード形を同定する手法を提案し,その有効性を示した.また,計測結果の質については,前述のBootstrap法により算出した不確定性の収束性に基づいて判定することで,客観的かつ定量的に提示することが可能となった.

 第4章では,振動モード形から,損傷を模擬した構造物の剛性や質量低下を算出する手法を理論展開するとともに実験的に検証している.具体的には,同定された固有振動数と振動モード形のみから直接構築した構造モデルに基づいて損傷を仮想的に付加した新たな構造系の固有値問題を解くことで損傷後の振動モード形を解析的に算出し,質量と剛性の変化量を決定している.本手法は,計測結果による物理モデルの構築が不要であり,計測結果自体からの損傷同定を実現したものである.

 第5章では,構築した空間的な振動計測手法を実橋の振動計測に適用している.3つの高架橋において鋼部材とコンクリート部材を対象とした振動計測を行い,対象部材の振動モード形の同定を行っている.振動計測結果は,構造物全体の振動とノイズが卓越しており,そのなかから部材の固有振動成分を抽出することを余儀なくされるが,提案するレーザー計測システムによって鋼主桁,RC床版について固有の振動モード形を同定することに成功している.

 第6章は,結論である.各章で得られた主要な研究成果を要約し,結論とするとともに,今後の研究の課題について述べている.

 このように,本研究は,従来,経験的に扱われていた計測・モデル化に関わる不確定性を,実計測結果に基づいて定量化する手法を構築することによって,構造物の性能評価の合理化に寄与すると共に,具体的な計測システムを提示することでその実現可能性を示したものであり,学術的成果に加えて高い有用性を有するものであると評価される.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54131