学位論文要旨



No 115085
著者(漢字) 水谷,崇亮
著者(英字)
著者(カナ) ミズタニ,タカアキ
標題(和) 液状化に起因する盛土基礎の側方流動の矢板による軽減
標題(洋)
報告番号 115085
報告番号 甲15085
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4580号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 助教授 古関,潤一
 東京大学 助教授 目黒,公郎
内容要旨

 河川堤防・鉄道盛土・道路盛土などの土構造物は,古くから地震による被害を受けてきた.しかしながら,これらの土構造物は被災後の復旧が容易であり,例えば河川堤防が地震で被災しても,復旧が早ければ河川氾濫などの二次災害は発生しにくいという考えから,従来,設計段階における耐震性の検討は比較的簡単に行われることが多かった.しかしながら近年の釧路沖地震(1993)・北海道南西沖地震(1993)・兵庫県南部地震(1995)などの地震で河川堤防に大規模な被害が相次いで発生した.幸いにもこれらの地震の際には浸水被害が発生するような事態には至らなかったちのの,河川堤防が地震によって崩壊し,河川氾濫・浸水被害が生じうることが改めて認識された.そのため,現在,河川堤防の耐震性に関する研究が非常に重要性を増してきている.

 河川堤防の大規模な崩壊の一因として考えられているのが,堤防基礎地盤の液状化現象である.基礎地盤が液状化し強度を失うことによって堤体や堤防基礎地盤のすべり破壊・堤防の沈下などが発生するのである.これらの破壊形態のうち,堤体や基礎地盤のすべり破壊に関しては,従来からの円弧すべり面法の応用や液状化地盤の残留強度を用いたすべり解析など多くの研究事例があり,一定の研究成果をあげている.しかしながら,堤防の沈下現象に関しては,液状化した地盤の挙動が複雑であることもあり,未だ研究途上である.例えば,堤防沈下が堤防基礎地盤の圧縮沈下だけではなく,液状化した基礎地盤の側方への流動現象によっても引き起こされることがわかっている.しかしながら,どのようなパラメータ(地盤の密度・液状化層厚・地震により発生する地盤の最大加速度など)が地盤の流動挙動に影響を与えるかについては,まだ十分なデータが収集されているとは言い難い.また,沈下対策工法についての研究も行われているものの,実験結果に基づいた設計手法を示すにとどまっており,堤防の沈下挙動・対策工の挙動やそれらに影響を与える要因については未解明な部分も多く残されている.

 そこで,本研究では盛土の沈下挙動・対策工の挙動及びそれに対する各パラメータの影響について研究するため,振動台模型実験を行った.実験は主に幅2m,奥行き0.4m,深さ0.6mの土槽を用いて行った.土槽の側壁面は透明アクリル板で作製されており,実験中に模型地盤の様子を観察できるようになっている.本研究では染色した砂を用いて模型地盤に格子模様を描いておき,その模様の変化から盛土支持地盤の流動の様子を観察できるように工夫した.その他に,地盤内の加速度・過剰間隙水圧・盛土の沈下量などを各種センサで計測した.

 堤防の沈下対策工法にはいろいろなものがあるが,本研究では矢板締切工法に着目して研究を進めた.矢板締切工法とは,盛土法尻部分の地盤内に矢板壁を設置することにより液状化した堤防支持地盤の側方への流動を抑制し,堤防の沈下を軽減しようという工法である.この工法では堤防の沈下を完全に食い止めることは出来ない.しかしながら,既設の堤防にも簡単に適用できるという利点があり,また,工事が容易で工費も比較的安価なので,河川堤防のように延長の長い盛土構造物には非常に有効な沈下対策工法であると考えられる.

 本研究では実験条件として液状化層の相対密度20%,層厚40cm,入力波形は周波数10Hzの正弦波で最大加速度0.25gを基準とし,実験毎に各パラメータを変化させながら実験を進めた.また,各実験条件について,矢板締切対策が有る場合と無い場合についての実験を行い,これらの実験結果を比較することにより,矢板締切工法の効果の有無や各パラメータの影響などを検討した.さらに,矢板締切工法の派生的な工法として,矢板締切に押え盛土を併用した場合や法尻ではなく法肩で矢板締切を行った場合,締切矢板に排水機能付の矢板を用いた場合についても実験を行い,それぞれの効果を確認した.

 無対策の場合の実験結果からは次のようなことがわかった.

 1.盛土の沈下量は液状化層の相対密度にそれほど影響されない.しかしながら,液状化層の相対密度が小さい場合,盛土の沈下のうち支持地盤の圧縮変形に起因する沈下量の割合が増加し,支持地盤の側方流動に起因する沈下量の占める割合は小さくなる.

 2.盛土の沈下量に対する入力加速度の周波数の影響は確認されなかった.

 3.入力加速度が小さい場合,盛土の沈下量は小さくなる.これは,盛土支持地盤内で液状化現象が短時間しか継続しないためである.

 4.液状化層の層厚が小さい場合も盛土の沈下量は小さくなる.液状化層厚が小さい場合,盛土が同じだけ沈下するのに液状化層が厚い場合よりも盛土支持地盤の側方流動・せん断変形が大きくなる必要があり,それに伴って正のダイレタンシーが発生して過剰間隙水圧を下げてしまう.そのため,盛土支持地盤内で液状化状態が継続せず,盛土沈下量が小さくなる.

 また,既存のエネルギー原理に基づく液状化地盤の流動量解析手法を応用して,実験における盛土の沈下量Hを予測する次のような式を導いた.

 

 ここで,N1は盛土の天端幅の1/2,N2は盛土底面の幅の1/2,Lは実験に使用した土槽の幅,P0は盛土中心部での単位面積あたりの盛土荷重,は液状化層の単位体積重量である.この式から計算された盛土の沈下量Hは,実験結果で計測された沈下量よりも大きい.しかしながら,盛土に生じうる最大沈下量を求める目的には有効に利用できると考えられる.

 矢板締切を行った実験では次のようなことがわかった.

 1.矢板締切を施した場合,盛土の沈下要因として基礎地盤の側方流動・圧縮沈下に加えて,矢板と盛土法尻からの砂の噴き出しが観察された.

 2.入力波の周波数によっては矢板・周辺地盤の共振が発生し,盛土法尻からの噴き出しで締切矢板の側方流動抑止による盛土沈下量軽減効果がほとんど相殺されてしまう場合がある.このことから,矢板締切を行った場合に盛土法尻部分の補強を考慮する必要があることがわった.

 3.液状化層の相対密度が小さい場合,矢板締切の効果はやや小さくなる.これは無対策の場合の結果で述べたように,液状化層の相対密度が小さい場合,盛土の沈下に対して盛土基礎地盤の圧縮沈下の影響が大きくなることが原因である.矢板締切工法は地盤の側方流動を抑止することにより間接的に盛土の沈下を軽減する工法であるから,このような条件の下では効果が発揮されにくくなるのであろう.

 4.盛土の法尻補強として,矢板締切と押え盛土を併用した工法について実験を行った.実験の結果,押え盛土によって法尻からの砂の噴出を抑制することができ,この工法が盛土の沈下軽減工法として有効であることが確認された.

 5.盛土の法尻での砂の噴き出しを発生させない工法として,盛土法肩剖分での締切工法についても実験を行った.この工法では盛土天端部分の沈下量は軽減することはできたが,盛土の法部分は矢板壁に乱されることによって無対策の場合以上に大きく崩壊するため,被災後の復旧作業等をあらかじめ検討する必要がある.

 6.矢板締切工法で排水機能付矢板を用いた実験では,矢板の近傍での水圧上昇の抑制は見られたものの,その範囲は狭く模型全体の挙動に大きな影響を与えるほどではなかった.実際に排水機能付矢板を使用する際は,排水機能による間隙水圧の上昇抑制が可能な範囲についてよく検討する必要がある.

 7.盛土の沈下量と矢板杭頭変位との間には相関関係がある.この相関関係は盛土の沈下量全体に占める地盤の側方流動に起因する沈下量の割合に依存しており,工法の種類や実験条件などによって関係が変化する.

 矢板締切対策を行った場合についても,最小エネルギー原理に基づく解析手法を用いて盛土の沈下量Hと矢板に作用する土圧を次式のように導いた.

 

 ここで,EpIpは矢板の曲げ剛性を表す.盛土の沈下量,矢板に作用する土圧のいずれも計算結果は実験結果よりも大きな値を示すが,無対策の場合と同様,盛土に生じうる最大沈下量・矢板に作用しうる最大の土圧を求める手法として有効に利用できることがわかった.

審査要旨

 地盤の耐震問題の中でも重要視されているものに、ゆる詰め砂地盤の液状化の問題がある。従来液状化対策として努力されてきた手法では、着目されている地点の液状化危険度を何らかの方法で予測し、もし液状化の危険がある、と判定された場合には、地盤を改良して危険を除去することが目指されてきた。すなわち、液状化の発生を防止することが、最大の関心事であった。ところが近年社会のありようが変化し、従来は液状化問題の範疇外であったような施設に、液状化対策が求められるようになってきた。その最たる例が、ガス、水道、通信などのライフライン埋設管であるが、本論文の対象とした盛土、特に河川堤防にも、同様の状況がある。これらの線状構造物は、延長が長い故に、液状化の恐れのある軟弱砂地盤上に位置していることも、珍しくない。当然、何らかの対策が求められるのだが、地盤締め固めなどの改良を全延長にわたって実施することは、費用および土地の管理管轄の事情により、実現されない。代わって、液状化の発生を許容しつつ、被害を軽減することを目標に種々の対策が考えられてきた。

 河川や海岸の堤防では従来、地震で被災した堤防は、2週間ほどですみやかに復旧できれば十分である、という考え方が続いてきた。その裏には地震と洪水とが短日をおいて相次いで来襲する確率は、無視できるほど小さい、という経験的知識があった。しかし1990年代に入って北海道の釧路川や十勝川,あるいは大阪の淀川堤防などで、復旧に何カ月もかかるような大きな被害が発生したこと、さらに大阪のように背後地が海抜ゼロメートル地帯である場合、堤防の崩壊が直ちに浸水につながりかねないことが認識され、堤防の耐震問題が議論されるようになった。本論文では堤防の法先あるいは堤体天端から基礎へ向かって矢板壁による補強を施し、基礎の液状化層の変形を抑制することによって堤体の大変形を防止する工法を研究した。浸水につながらないような小規模な変形は、従来のように復旧により対処すればよい、と考えており、地震時でもびくともしない頑丈な堤防は不要である。以下に論文内容を紹介する。

 第一章は従来の研究の概括である。液状化に起因する盛土の変形の事例を紹介し、被害予測と対策例を記述している。

 本研究では、盛土模型の振動実験を行なった。その方法を説明しているのが第二章である。矢板模型の検定や測定計測器の説明に加えて、模型地盤そのものの作り方が重要である。従来の振動台模型実験では、砂の密度を現場の値に一致させることが一般的であった。たとえば現場の砂の相対密度が40%であったなら、模型のそれも40%とするのである。しかし本研究で対象としているような液状化砂の大変形問題では、この考え方は不適当である。砂の非排水せん断変形は、拘束圧と密度の双方に影響される。最も危険と考えられているピーク強度後の軟化挙動は、相対密度40%の砂なら現場の応力下で発生しうる。しかしそれよりはるかに低圧の振動台上では、これよりかなりゆる詰めにしなければ、軟化挙動を再現することはできない。本研究では20〜30%の相対密度の砂地盤を中心として実験を行なったが、このようなゆる詰め地盤を造成するには、湿潤堆積法、すなわち湿らせた砂を土槽中に徐々に堆積させていく手間のかかる方法を採らなければならなかった。

 実験は、まず2m×2mの平面形状を持つ大型土槽を用いて開始された。この実験によって、模型矢板の変形に及ぼされる土槽壁の拘束の影響や、矢板下端の固定条件に関して方針が定まった。また堤防下部の液状化層の変形を視覚化するための色砂格子の作り方も定まった。さらに、矢板の変形と堤防模型の沈下との間に関係があることも判明した。

 第四章では、長さ1mの最も小さな土槽による模型実験結果をまとめている。この実験は、加振波形をさまざまに変化させて盛土の沈下性状に及ぼされる影響を調べたもので、実験回数を増やすために、手間の少ない小型土槽実験を行なった。その結果、加振加速度が強まるほど沈下量も増大し、液状化砂の変形や体積収縮が大きくなっていることがうかがわれた。しかし加振がある限度以上に強まっても、沈下がもはや増大しない上限があることも示された。沈下した盛土の自重と周辺液状化地盤から及ぼされる浮力とが釣り合うような位置があり、それが沈下の上限を規定しているものと考えられる。

 本研究の中心は、長さ2mの中型土槽を用いた実験である。その結果を第五章で説明した。10ヘルツ加振の実験結果によれば、法尻に矢板を設置すると盛土の沈下を軽減することが可能である。これは矢板壁が基礎液状化地盤の側方流動と大変形を妨げたからである。しかし法尻の矢板近傍からは液状化砂が噴出しており、その分盛土の沈下は上積みされた。この現象は3ヘルツ加振において深刻となり、大量の砂が噴出した結果、矢板の沈下軽減効果が全く失われてしまった。その対策として、法尻部分に余分の盛土を設置して噴出を妨げることが発案され、再実験の結果、効果のあることがわかった。これ以外にも、液状化層厚や加振加速度、矢板剛性の大小が盛土沈下に及ぼす影響が、実験的に調べられた。また、盛土天端から矢板壁を設置する方法にも沈下軽減の効果が認められたが、防護されていない法面部の変状が著しく、矢板壁と天端沈下を増大させることも示された。

 矢板に発生する曲げモーメントや作用する土圧については、第六章で検討した。矢板下端を固定した場合の方が、軟弱層へ貫入されたときのように回転を許容した場合よりも、土圧は大きかった。矢板の変位の大小が作用土圧に影響しているのである。

 一定の効果のあることが判明した矢板締め切り壁ではあるが、実用設計のためには、盛土沈下量の予測と矢板に発生する曲げモーメントの評価方法が必要である。そこで第七、第八章において、従来から提唱されてきたエネルギー原理に基づく液状化地盤流動解析法を,この問題に適用してみた。その結果、沈下とモーメントは、よく予測されることがわかった。

 第九章はまとめと結論である。なお本研究では排水機能つき矢板も試用し、過剰間隙水圧消散を速めることによって盛土変状を軽減することができるかどうか、検討した。しかし実地盤に比べると小型の実験では、排水機能効果が明確には発揮されず、はっきりした知見は得られなかった。模型地盤自体の透水現象を遅らせつつ、排水機能の効果だけを際だたせる工夫が、今後必要である。この際、一部で間隙水の代わりに使われている粘性流体は、飽和度の確保及び地盤変形を粘性で抑制する悪影響のため、不適当である。

 以上を要するに本研究は、地震時の砂地盤の液状化が発生したときに、地表に築かれた盛土、特に河川堤防の機能を守るための手法について、実験的に検討したものである。基礎の液状化に際しても変形さえ許容限度内であれば、堤防の機能は十分維持できることに着目し、地中の矢板璧を利用して変形と沈下を抑制することを目指した。その過程において、矢板頭部付近から大量の噴砂が生ずると盛土は大幅に沈下してしまうことを観察し、対策として腹付け盛土という現実的な手法を提案、実験的に効果を確認した。本研究はこのように、模型実験という立場から地盤耐震工学の進歩に貢献することろが大きい。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54781