学位論文要旨



No 115086
著者(漢字) 山口,直也
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,ナオヤ
標題(和) 兵庫県南部地震の建物被害データに基づく地震動分布の推定と被害関数の構築
標題(洋)
報告番号 115086
報告番号 甲15086
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4581号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山崎,文雄
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 助教授 堀,宗朗
 東京大学 助教授 目黒,公郎
内容要旨

 兵庫県南部地震では大きな被害が発生し,それらの被害に関する数多くのデータが収集された.今後各自治体を中心に,地震被害想定の一環として建物被害推定が行われていくものと思われる.本論文では,それらに必要な建物被害関数を構築するために,兵庫県南部地震の建物被害データを用いて地震動分布の推定し,それを基に建物被害関数の構築を行った.図-1に本論文の研究の流れを示す.

図-1 本論文の研究フロー

 まず,兵庫県南部地震の強震観測記録と,被災地域を同一基準で調査した結果の建物被害データを用いて,阪神地域における地震動分布の推定を行った.また,西宮市調査による建物被害データを用いて兵庫県南部地震による建物被害を分析し,建物構造や建築年代によって異なる建物被害の傾向を明らかにした.次に,先に推定した地震動分布を,上記の建物被害データを用いて詳細に再推定し,その結果と西宮市の建物被害データより,構造・建築年代別の建物被害関数を構築した.さらにより汎用性に冨む建物被害関数を構築するために,地震応答解析から被害関数の構築を行った.

 本研究の成果を,以下に要約して示す.

 第1章では,本研究の背景と目的について述べた後,地震動分布の推定,兵庫県南部地震における建物被害分析,建物被害関数,木造建物の地震応答解析といった,本研究に関連した項目に関する既往の研究について概要を示した.最後に論文の全体構成と各章の内容を説明した.

 第2章では,地震による構造物被害を評価するためには被災地域における地震動強さの面的分布の推定が必要であるが,その際強震記録数が不足している場合の推定法として,建物被害率による逆推定法を検討した.兵庫県南部地震について,建設省建築研究所がまとめた被災地域における低層・独立住宅の被害と観測された地表面での地震動の強さの関係を調べて,最大加速度,最大速度,SI値,計測震度のそれぞれについて,全壊率・全半壊率・一部損壊以上の確率についての建物被害関数を構築した.また,兵庫県南部地震に関する他の被害関数と比較を行い,構築に用いる観測地震動と建物被害データの違いがそのまま被害関数にも現れていることを確認した.この被害関数と建物被害データを用いて阪神地域の地震動強さの面的分布の推定を行った.その結果,計測震度の分布は気象庁発表の震度7の帯と比較的よく似た分布の傾向を示し,既往の研究による推定結果ともよく一致するなど,木造建物の被害率に基づく地震動分布の推定は,建物がない地域の扱いや被害率が大きい地域の推定値の取り扱いなど課題とすべき点もあるが,全体的な分布を把握するのに有効であると思われる.推定地震動値と観測記録を比較したところ,かなりの精度で観測値を再現できていることがわかった.また,低層建物全体および中高層建物について同様に建物被害関数を構築し地震動分布の推定を行い,低層・独立住宅での推定値と比較検討した.これより,低層建物全体に被害を用いることで低層・独立住宅だけでは母数が不足して推定できない地域についても同程度の精度で推定でき,低層・独立住宅による推定地震動分布を補足することが可能であることがわかったが,中高層建物については同様の方法での逆推定は困難であった.以上より,建物被害率からの地震動分布の逆推定は,兵庫県南部地震による木造建物被害のように母数が多く被害率が高い場合には有効な方法だと思われる.

 第3章では,西宮市によって行われた課税台帳ベースの建物被災度調査の調査結果を用いて,西宮市の建物被害の分析を行った.その結果,構造別被害率は全壊率および全半壊率とも木造建物が最も高く,鉄骨造,鉄筋コンクリート造建物の順で低くなっていることがわかった.また,町丁目ごとの全壊率分布を数値地図上に表示したところ,どの構造においても被害の集中地域は市の南西部から放射状に広がっており,震度7の帯にあたる地域の全壊率が高くなっていることがわかった.また,同じ地域を見た場合の被害程度には構造間で大きな差があり,全壊率は木造建物が圧倒的に高く,全壊率の高い地域も木造建物が他の構造に比べて一番広範囲に渡っており,その分布は全建物の全壊率分布と似かよっていることを明らかに出来た.西宮市の建物の主要構造について建築年代別の被害率を検討したところ,どの構造も建築年代が古いものほど全壊率および全半壊率が高くなる傾向が見られた.数値地図上に表示して見ても,全壊率の高い地域は各年代で同じような分布であるが,建築年代が古くなるほど,全壊率の高い地域の広がりが大きくなっているのが確認できた.木造建物の屋根種別の被害分析も行ったが,瓦葺きのものの被害が最も大きくなっており,その被害の傾向は,木造建物全体の被害傾向とよく似ていた.また,屋根の単位重量の重い順に被害が大きくなっていることがわかった.以上のことから,木造建物が全般的な被害状況をよく表しているといえ,これらの結果は,自治体の建物被災度調査データを用いて,地震動分布を推定したり建物被害関数を構築したりする際に役に立つものと思われる.

 第4章では,詳細な建物被害関数の構築の際には,第2章で推定した地震動分布に含まれる,建築年代ごとの建物存在率の影響を取り除き,建物数不足のために地震動が推定されていない地域をなくすために,他の建物被害調査結果を用いて地震動分布を再推定することが必要であると考え,西宮市によって行われた建物被災度調査結果を用いて地震動の再推定を行った.第3章での分析結果から,木造建物の被害データを用いることとし,第2章の地震動分布と木造建物被害データから建築年代別被害関数を求め,これを用いて西宮市における地震動分布を再推定した.その結果,地域によって建築年代ごとの建物存在率が異なることの影響を地震動分布から取り除け,建物数不足のために推定できなかった地域の地震動も推定でき,建築研究所データの低層・独立住宅被害を用いて地震動分布を推定した際の課題を解消することが出来た.この地震動分布と詳細な建物被害データを用いることにより,建物の詳細な情報を含む,精度の高い被害関数を構築することが可能であると思われる.

 第5章では,建物被害関数の精度を向上させるためには,兵庫県南部地震の豊富で質のよいデータを盛り込むことが重要であると考え,西宮市が行った固定資産税の減免のための被災度調査結果と,第4章で推定した地震動分布を用いて,建物特性を考慮した建物被害関数の構築を行った.構築した被害関数は,構造別(木造・木質系プレハブ造・鉄筋コンクリート造・鉄骨造・軽量鉄骨プレハブ造),木造屋根種別(瓦・スレート・金属)および建築年代別(木造5区分,鉄筋コンクリート造・鉄骨造3区分,木質系プレハブ造・軽量鉄骨プレハブ造2区分)である.構造別の建物被害関数では,木造建物の被害は小さい地震動から発生し始め,どの地震動値においても被害率が他のどの構造よりも大きくなっていた.また,同じプレハブ造でも木質系の方が被害が大きくなっていた.建築年代別の被害関数を見てみると,木造建物の1952-61年と1962-71年の曲線がほぼ重なってしまい大きな差が見られないといったような点もあるが,全体としては建築年代が古い建物ほど小さい地震動で被害率が上がり始め,どの地震動値においても新しい建物より高い被害率を示していた.これらの傾向は第3章で行った建物被害分析の結果と同様のものであり,それぞれの被害関数が実際の被害状況をよく反映したものであるといえるであろう.また,これまでに提案されている被害関数との比較を行ったが,その結果,構築の際に用いている建物被害データの違いや地震動分布の推定方法の違いなどのために,それぞれの被害関数間でいくつかの違いが見られたが,全体的な傾向はよく似ていると考えられる.

 第6章では,第5章で構築した経験的建物被害関数では表すことが困難な建物特性を考慮することの出来る,より汎用性に冨む被害関数を構築するために,建物をモデル化し兵庫県南部地震で観測された加速度波形を入力して地震応答解析を行い,その結果を用いて建物被害関数の構築を行った.その結果,地震応答解析に基づく被害関数で建物被害データに基づく被害関数を再現することができ,耐震補強の効果など経験式では表すことが困難な建物特性を考慮した被害関数の構築を行うことができた.

 第7章では,本研究の全体内容を統括し,本研究で得られた成果を要約するとともに今後の課題を示した.

 以上,本論文では,兵庫県南部地震で得られた地震動記録と調査基準の異なる2種類の建物被害データを用いて,被災地域における地震動強度分布の推定と建物被害関数の構築を行い,自治体で行われている地震被害想定への利用など,それらの都市地震被害予測への展望を明らかにした.

審査要旨

 本論文では,1995年兵庫県南部地震の被災地域における詳細な建物被害データと建物特性データとを用いて,兵庫県南部地震における地震動強度指標の分布を推定し,西宮市の建物被害状況を分析・評価し,これらの結果に基づいて建物被害関数の構築を行った.さらに,この構築した経験的被害関数の一般化を目指して,地震動と木造建物モデルのパラメータを変化させた応答解析を行い,一般化した被害関数構築に向けての問題点を示した.

 論文は全7章から構成されており,まず第1章では,研究全体の目的を述べるとともに,地震動分布の推定,兵庫県南部地震における建物被害分析,建物被害関数,木造建物の地震応答解析といった項目に関する既往の研究についてサーベイし,本研究の位置づけと論文構成を明確にしている.

 第2章では,兵庫県南部地震の被災地域全域を調査した建物被害調査結果を用いて,この地震における地震動強度分布の推定を行った.地震動強度指標の面的分布推定に際し,強震記録数が不足している場合の推定法として,建物被害率を用いた逆推定を試みた.建設省建築研究所がまとめた被災地域における低層・独立住宅の被害と,観測された自由地盤での地震動強度との関係を調べ,最大加速度,最大速度,SI値,計測震度について,全壊,全半壊,および一部損壊以上の発生確率に関する被害関数を構築した.この被害関数と建築研究所による建物被害データを用いて,阪神地域の地震動強さの面的分布の逆推定を行った.その結果,計測震度分布は気象庁発表の震度7の帯と比較的よく似た分布の傾向を示し,他の研究による推定結果ともよく一致するなど,木造建物の被害率に基づく地震動分布の推定は,兵庫県南部地震による木造建物被害のように母数が多く被害率が高い場合において,マクロな地震動分布を把握するのに有効であることを示した.

 第3章では,西宮市が行った固定資産税台帳ベースの建物被災度調査結果を用いて,西宮市の建物被害分析を行った.その結果,構造別被害率は木造建物が最も高く,鉄骨造,鉄筋コンクリート造建物の順で低くなっており,被害の空間分布はどの構造においても市の南西部から放射状に被害集中地域が広がっており,震度7の帯にあたる地域の全壊率が高くなっていることがわかった.西宮市の建物の主要構造について建築年代別の被害率を検討したところ,どの構造も建築年代が古いものほど全壊率および全半壊率が高くなる傾向が見られ,木造建物については建築年代に加えて屋根の単位重量の重い順に被害が大きくなっていることがわかった.以上のことから,建物被害関数の構築や建物被害率分布に基づく地震動強度の逆推定においては,建物構造,建築年代などが不可欠のパラメータであることを示した.

 以上より,建物被害関数の構築の際には,第2章で推定した地震動分布に含まれる建築年代ごとの建物存在率の影響を取り除くことが必要であると考え,第4章では,西宮市によって行われた建物被災度調査結果を併用して地震動強度分布の再推定を行った.第3章での分析結果から,木造建物の被害データを用いることとし,第2章の地震動分布と木造建物被害データから建築年代別の被害関数を求め,これらを用いて西宮市における地震動分布を再推定した.その結果,地域による建築年代ごとの建物存在率が異なることの影響をほぼ取り除くことができ,建物数不足のために推定できなかった地域の地震動も推定できた.この地震動分布と西宮市が調査した建物被害データと建物属性データを用いることにより,詳細な建物情報を含む,精度の高い被害関数を構築することが可能であると思われる.

 第5章では,西宮市が行った固定資産税減免のための被災度調査結果と,第4章で再推定した地震動強度分布を用いて,建物特性を考慮した建物被害関数の構築を行った.被害関数においては,構造(木造・木質系プレハブ造・鉄筋コンクリート造・鉄骨造・軽量鉄骨プレハブ造),木造屋根種別(瓦・スレート・金属)および建築年代(木造5区分,鉄筋コンクリート造・鉄骨造3区分,木質系プレハブ造・軽量鉄骨プレハブ造2区分)を考慮した.実際の被害発生状況と比較すると,これらの被害関数は,実際の被害発生率の挙動をよく再現したものとなっていた.また,既往の被害関数との比較を行ったが,用いている建物被害データの違いや地震動分布の推定方法の違いなどのため,差異も見られたが,全体的な傾向はよく近似していた.

 第5章で構築した統計的な建物被害関数は,兵庫県南部地震の被害データに基づいたものであるため,兵庫県南部地震の地震動特性および,同地震による被災地域の建物特性の影響を含んだものといえるであろう.そこで第6章では,地震動と木造建物モデルのパラメータを変化させた応答解析を行い,より汎用性に冨む被害関数の構築に向けての問題点を明らかにした.木造建物を2自由度弾塑性質点系でモデル化し,兵庫県南部地震で観測された加速度波形を入力して地震応答解析を行い,その結果を用いて被害関数を構築した.その結果,建物固有周期などが,被害関数に与える影響を評価することができた.また,異なる地震動特性を有する1993年釧路沖地震に基づく応答解析も行い,同じ地震動強度指標値に対しても,被害発生率が異なることが示され,被害関数において地震動のスペクトル特性や継続時間などの影響が無視できないことを指摘した.これらの結果は限定的なものではあるが,被害関数の一般化に向けての課題を示したものといえよう.

 第7章では,本研究の概要をまとめるとともに,得られた成果と今後の課題を示した.

 以上のように,本論文では,建物の地震被害評価に関して,実際の地震被害データに基づいてさまざまな分析を行い,とくに,兵庫県南部地震で得られた地震動記録と調査基準の異なる2種類の建物被害データを用いて,被災地域における地震動強度分布の推定と建物被害関数の構築を行った.また,数値解析によりこのような経験式の課題も示した.このような検討の結果は,今日の都市地震防災において重要な要素である建物被害評価において,きわめて有用かつ実用的な情報を与えている.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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