阪神淡路大震災以降、構造物の耐震設計の見直しが行われている。ダムは重要な構造物であり、その耐震安全性を十分に確保すること、あるいは確保されている安全性を明示することは重要な課題である。従来のコンクリートダムの設計においては、引張ひび割れは発生しないことが前提となっている。しかし、阪神淡路大震災のような大きな入力地震動に対しては、引張応力が生じ、ひび割れが発生・進展することが避けられない。ひび割れの発生・進展を前提とした耐震設計手法を構築すること、従来の設計基準を用いて設計された既設コンクリートダムの阪神淡路大震災級の入力地震動に対する耐震安全性を照査することは緊急の課題である。そのためには、ひび割れの発生・進展を考慮した解析手法の確立が不可欠である。 コンクリートに対する破壊力学の適用に関しては、数多くの研究がなされており、コンクリートにおけるクラックの進展は、クラックの開口変位と伝達応力の間に引張軟化則を仮定することによりモデル化されることが明らかにされており、また、コンクリートにおけるクラックの進展に対する解析手法に関する数多くの研究もなされている。 コンクリートダムに対して、そのような解析手法を適用し、地震動に対する動的解析を行うと、ひび割れがかなり広い領域に分散して発生するという解析結果が得られ、イタレーションが収束しなくなるという問題点が存在する。これは、軟化則を導入することにより、問題の楕円性が喪失することに起因している。実際の現象としては、ひび割れが局所化し、局所化したひび割れが進展する。 これは局所化問題の典型的な問題である。即ち、変形やクラックの進展が、分布して生ずるモードから局所化したモードに移る現象であり、さまざまな材料・挙動に共通する根源的な問題である。井上らは、熱力学的定式化に基づき、局所化問題は制限付き最小化問題として定式化されることを示した。粘性を導入する、非局所型構成則を採用する、等の方法により問題の不適切性を避けるという数値解析上の手法が知られている。 本研究では、後者のアプローチを採用し、新しい数値計算アルゴリズムを採用することにより、クラック発生・進展の解析が、弾塑性解析と全く同様に定式化されることを示した。通常はクラックにおける非線形な軟化則を満足するための繰り返し計算と、つりあい方程式を満足するための繰り返し計算を独立に行う。本研究では、両者を同一の繰り返し計算として行うことにより、数値解析の定式化が、よく知られた弾塑性解析のそれと同型になることを示した。これが本研究の最も重要な貢献である。 弾塑性解析に関しては、数値解析に技法が数多く研究されている。本研究で提示したアルゴリズムにより、それらの全てがクラック問題に適用できることになった。そのことにより、クラックにおける軟化則に粘性を導入することが容易にできることになった。 ひび割れの進展解析を実施するために、まず、不連続面を有する有限要素の定式化を実施した。通常は不連続面を有する3角形要素が用いられるが、本研究では精度を向上することを目的に、不連続面を有するQ4CC要素の定式化を行った。一軸引張試験の解析を異なる形状の要素配列に対して行い、メッシュ依存性の無いことを示した。 本解析手法の有効性を示すために、コンクリート梁の4点載荷試験の解析を行った。粘性による正規化を行わない場合、等曲げ区間においてひびわれは分散して発生し、繰り返し計算は収束しなくなる。粘性による正規化を行うことにより、ひび割れは局所化し、ピーク後の挙動も問題なく追跡できることを示した。ひび割れの局所化はひび割れに関する物性を表す引張軟化曲線の勾配に大きく依存する。軟化勾配が緩い場合には、ひび割れは分散し、局所化し難い。正規化するために導入する粘性の程度は緩和時間によって規定される。緩和時間が短い場合、すなわち粘性が極めて少ない場合には、ひび割れの局所化が捉えられず、分布したひび割れ発生の段階で、繰り返し計算が収束しなくなってしまう。緩和時間が長い場合には、得られる挙動が粘性に支配されたものとなり、実際の現象からかけ離れてしまう。どの程度の粘性が最適であるかを決定する方法はなく、本研究ではパラメトリックスタディーから決定している。最適な粘性を決定する方法を見出すことは今後の課題である。 解析手法を動的問題に拡張し、コンクリート梁の動的問題の解析、入力地震動を受けるコンクリート重力ダムの動的解析の結果を示した。動的問題においても、ひび割れの局所化が安定的に解析できることが示された。コンクリート重力ダムの動的解析としては、従来から多くの研究者によって解析されているKoyna Damを取り上げた。このダムは1967年に実際に地震により崩壊したダムであり、その時に計測された地震はを入力地震動として解析に用いた。 本研究では、コンクリートダムの耐震安定性を評価し、またひび割れの発生を考慮した耐震設計法の基となる解析手法の提示を行った。本研究で提案するアルゴリズムによって、ひび割れの進展解析を弾塑性解析と全く同様に行うことが可能となった。これにより、弾塑性解析に対して開発された数多くの数値解析技法がひび割れの進展解析に応用できることとなった。 |