学位論文要旨



No 115094
著者(漢字) 飯塚,悟
著者(英字)
著者(カナ) イイヅカ,サトル
標題(和) 建物周辺気流解析のための高精度LES適用技術の開発
標題(洋)
報告番号 115094
報告番号 甲15094
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4589号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,周三
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 伊香賀,俊治
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 神田,順
内容要旨

 本研究は、Large Eddy Simulation(LES)と呼ばれる数値解析手法を用いて建物周辺気流を対象とした解析を行い、高精度な予測が可能となるLES解析手法を検討するとともに、この手法を実用問題に適用するための技術を確立することを目的としたものである。このような建物周辺気流の解析技術は、高層建物周辺で発生するビル風、建物の換気・通風、汚染物の拡散等の建築・都市環境工学に関わる諸問題から、建物に作用する風荷重や構造物の風振動等の建築構造工学に関わる問題まで、多くの問題解明の基礎となるものであり、その有用性は極めて大きいものとなる。

 本研究で用いるLESを始めとして数値解析を行う場合、その予測精度は様々な計算条件に影響される。従って高精度な予測を可能とする数値解析手法を確立するためには、各計算条件が予測精度に及ぼす影響を系統的に検討していくことが重要となる。そこで本研究では、LESのsub-gird scale(SGS)モデル、計算格子、グリッドシステムの計算条件を系統的に変化させた建物周辺気流のLES解析を行い、各計算条件が予測精度に及ぼす影響を詳しく調べ、建物周辺気流解析のための高精度LES解析手法の検討を行った。SGSモデルの予測精度の検証においては、高精度SGSモデルとして近年最も注目を集めているdynamic SGSモデルを導入し、従来のLESで一般的に用いられてきたSmagorinskyモデルに比べて予測精度が大幅に改善されることを明らかにした。しかしdynamic SGSモデルを建物周辺気流のLES解析に適用した場合、計算不安定、それに伴う計算負荷の増大という問題が生じた。この対策としてLagrangian型安定化手法と呼ばれるdynamic SGSモデルの計算安定化手法を導入し、予測精度・計算安定性の両面から建物周辺気流のLES解析に極めて有効であることを確認した。計算格子に関する検討においては、2種類の格子を用いて解析を行い、それらが予測精度に及ぼす影響を示した。また、隣り合う格子の拡大率(grid stretching ratio)の変化が及ぼす影響についても検討した。さらに、グリッドシステムについてはコロケーショングリッドとスタガードグリッドの2種類について検討を行った。最後に上記の検討を踏まえて最も高精度な予測が期待されるLES解析手法を確立し、これを用いて建物周辺気流のLES解析を行い、極めて精度の高い予測が実行されることを示した。

 また、このような高精度LES解析手法を実用問題に適用するために大きな課題とされるのが、流入境界条件としての風速変勤(流入変動風)の生成方法の開発である。本研究ではこれについても検討を行った。流入変動風の生成方法に関しては近年多くの研究事例が報告されているが、これらを大別すると次の2つに分けられる。

 (1)別途の流体計算、或いは流入境界前方にドライバ部を設けてこれを本計算領域と同時に計算することにより変動風を生成する方法

 (2)目標とする乱流統計量を満足するスペクトルを規定し、規定されたスペクトルのフーリエ逆変換により人工的に変動風を生成する方法

 (2)の方法はさらに、波数空間の3次元エネルギースペクトルをターゲットとする方法と、周波数空間のパワースペクトル・クロススペクトルをターゲットとする方法の2つに分かれる。本研究では、(2)の方法のうち波数空間の3次元エネルギースペクトルをターゲットとする方法を用いて人工的に変動風を生成し、これを流入境界条件として建物周辺気流のLES解析を行い、流入変動風が流れ場に及ぼす影響を詳細に検討した。ここで用いる人工的な変動風は様々な流入風性状を模擬することができ、この技術を用いた高精度LES解析手法は実用問題への幅広い適用が可能となると考えられる。

 本論文は以下に示す6つの章より構成されている。

 第1章では、序論として本研究の目的と概要が述べられる。

 第2章では、本研究で用いられるLESの基礎方程式を始めとして、LESで導入されるSGSモデルの概要が説明される。SGSモデルに関しては代表的なモデルを取りあげて、導出方法からそのモデルの持つ利点・欠点まで、筆者の解釈を交えながら詳しく述べられる。ここに示されるSGSモデルは第4章において建物周辺気流のLES解析に適用され、予測精度の検証が行われる。

 第3章では、第2章で説明を行ったLESの基礎方程式およびSGSモデルを用いて実際に建物周辺気流を解析するために必要な数値計算方法が説明される。計算アルゴリズム、離散スキーム、境界条件について、本研究で用いられる方法が詳しく述べられる。

 第4章では、第2章、第3章で述べられるLES解析手法を用いて、一様流中に置かれた単体建物モデル(2次元角柱)の周辺流れを対象としたLES解析が行われる。本章での目的は建物周辺気流解析のための高精度LES解析手法を確立することにある。このために、LESのSGSモデル、計算格子、グリッドシステムの計算条件を系統的に変化させた2次元角柱周辺気流のLES解析を行い、各計算条件が予測精度に及ぼす影響が詳しく検討される。最後にこれらの総合的な判断に基づき、2次元角柱周辺気流を高精度に予測することが可能となるLES解析手法が確立される。

 第5章では、第4章で確立される高精度LES解析手法を実用問題に適用するために最大の課題の1つとされる流入境界条件の風速変動(流入変動風)の取り扱いに関する検討が行われる。流入変動風を人工的に生成する技術を導入し、これを流入境界条件として第4章と同じ2次元角柱周辺気流のLES解析を行い、流入変動風が流れ場に及ぼす影響について実験結果との比較から詳しく検討される。

 第6章では、本論文全体のまとめとして、本研究で得られた成果と今後の課題が総括される。

 尚、Appendixに示す項目は本論文の本筋からは多少逸れるものであるが、本研究の遂行上、問題とされたことをまとめたものである。

審査要旨

 本論文は、「建物周辺気流解析のための高精度LES適用技術の開発」と題し、Large Eddy Simulation(LES)と呼ばれる数値解析手法を用いて建物周辺気流を対象とした解析を行い、高精度な予測が可能となるLES解折手法を検討するとともに、この手法を実用問題に適用するための技術を確立することを目的としたものである。このような建物周辺気流の解析技術は、高層建物周辺で発生するビル風、建物の換気・通風、汚染物の拡散等の建築・都市環境工学に関わる諸問題から、建物に作用する風荷重や構造物の風振動等の建築構造工学に関わる問題まで、多くの問題解明の基礎となるものであり、その技術開発は極めて重要なテーマである。

 本論文は、前半において本研究で用いるLES解析手法について詳しく解説している。後半では、LES解析手法を用いて実際に建物周辺気流の解析を行っている。まず始めに、LES解析で用いられる様々な計算条件を系統的に変化させ、それぞれが予測精度に及ぼす影響を詳しく調べ、建物周辺気流解析のための高精度LES解析手法の検討を行っている。次に、このような高精度LES解析手法を実用問題に適用するための最大の課題の1つである流入境界条件の風速変動(流入変動風)の取り扱いに関する検討を行っている。流入変動風を人工的に生成する方法を建物周辺気流のLES解析に導入し、流入変動風が流れ場に及ぼす影響を詳しく検討している。

 本論文の構成は以下の6章により構成されている。

 第1章「序論」では、本研究の背景と目的を述べている。

 第2章「LESの基礎方程式とSGSモデルの概要」では、本研究で用いるLESの基礎方程式およびLESで導入されるsub-grid scale(SGS)モデルについて説明している。SGSモデルに関しては代表的なモデルを取り上げて、導出過程からそのモデルの持つ利点・欠点まで詳しく解説している。

 第3章「建物周辺気流解析のための数値計算方法」では、第2章で述べられたLESの基礎方程式およびSGSモデルを用いて実際に建物周辺気流を解析するために必要な数値計算方法を説明している。計算アルゴリズム、離散スキーム、境界条件について、本研究で用いている方法を詳しく述べている。

 第4章「建物周辺気流の高精度LES解析手法の適用」では、第2章、第3章で述べられたLES解析手法を用いて、乱れのない一様流中に置かれた単体建物モデル(2次元角柱)の周辺気流を対象としたLES解析を行っている。本研究では、(1)LESのSGSモデル、(2)計算格子、(3)グリッドシステムの計算条件を基本的に1パラメータずつ系統的に変化させた2次元角柱周辺気流のLES解析を行い、各計算条件が予測精度に及ぼす影響を詳しく検討している。(1)のSGSモデルの予測精度の検証においては5つのSGSモデルの比較を行い、(1)dynamic SGSモデルと呼ばれるSGSモデルが従来のLESで一般的に用いられてきたSmagorinskyモデルに比べて予測精度を大幅に改善すること、(2)dynamic SGSモデルは高精度な予測を可能とする一方で、計算安定性・計算負荷増大に問題があること、(3)(2)の対策としてLagrangian型安定化手法と呼ばれるdynamic SGSモデルの計算安定化手法を導入し、同手法が予測精度・計算安定化の両面から建物周辺気流のLES解析に極めて有効であること、を明らかにしている。(2)の計算格子に関する検討においては、2種類の計算格子を用いて解析を行い、それらが予測精度に及ぼす影響を示している。また、隣り合う計算格子の拡大率(grid stretching ratio)に着目し、grid stretching ratioの変化が予測精度に及ぼす影響についても検討を行っている。grid stretching ratioが大きい場合、激しい数値振動が引き起こされ予測結果に悪影響を及ぼすことを確認している。(3)のグリッドシステムについては、コロケーショングリッドとスタガードグリッドの2種類について検討を行っている。最後に以上の検討を踏まえて、最も高精度の予測が期待されるLES解析手法を確立し、これを用いて2次元角柱周辺気流のLES解析を行い、極めて精度の高い予測が実行されることを示している。

 第5章「人工的に生成された流入変動風に基づく建物周辺気流解析」では、第4意で確立した高精度LES解析手法を実用問題に適用するために最大の課題の1つとされる流入境界条件の風速変動(流入変動風)の取り扱いに関する検討を行っている。流入変動風を生成する方法としては、波数空間の3次元エネルギースペクトルをターゲットとし、ターゲットスペクトルのフーリエ逆変換から人工的に変動風を生成する方法を用いている。この方法に基づいて乱れ強さが2%と6%の2種類の変動風を人工的に生成し、これを流入境界条件として第4章と同じ2次元角柱周辺気流のLES解析を行い、流入変動風が流れ場に及ぼす影響について実験結果との比較から詳しく検討している。

 第6章「結論」では、全体のまとめを行うと共に、本研究の成果と今後の課題を総括している。

 以上を要約するに、本論文は、建物周辺気流の予測・解析手法としてLESと呼ばれる数値解析手法を導入し、建物周辺気流を高精度に予測できるLES解析手法を検討するとともに、その解析手法を実用問題に適用するために最も必要な技術の1つである流入変動風の生成を組み込んだLES解析技術を確立し、その有用性を示したものである。本論文は建物周辺気流の数値解析において新たな分野を開拓するとともに、極めて重要かつ有益な知見を数多く示しており、建築・都市環境工学分野および建築構造工学分野に寄与するところは大であると考えられる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54784