本論文は、震源近傍の地震動の基本的性質を一般の建物の設計に反映させる方法について検討を行ったもので、6章で構成される。 第1章では、研究の目的と背景について述べている。震源近傍では断層運動の不均質性、特にアスペリティーの存在を無視できないが、現在、アスペリティーの強度や、発生する位置を精確に予測する方法がなく、このことが設計用地震動に断層運動の不均質性の効果を考慮するための提案を難しくしている。しかし、設計用地震動にアスペリティーをモデル化して、サイズや位置と発生する地震動を簡単に関係づけることができれば、建物の情報から不均質断層運動を規定して設計用地震動を決めることが可能になる。本論文では、アスペリティーのモデル化について検討し、一つのアスペリティーから放出される地震動の性質について調べている。さらに、構造物の最大応答に影響を及ぼすアスペリティーの性質のうち重要なものを抽出して、簡便に地震動を評価する方法を提案することを目的としている。 第2章では、震源近傍地震動のフーリエスペクトルを合成し、一般的な性質について調べている。断層面を分割して各要素がw-squareモデルに従うと仮定し、要素のスペクトルを合成して断層全体によるスペクトルを合成する方法を示した。断層がM7のスケーリング則に従う場合と、他のパラメータを固定して断層のサイズのみを変化させた場合について震源近傍のスペクトルの変化を調べた。その結果、震源近傍では断層のサイズを変化させても、短周期成分の変化は小さいことがわかった。したがって、建物の設計のように限られた周期帯のみが検討の対象となる場合には、断層全体を考慮せずに、観測点近傍の断層切片のみに注目すればよい、としている。 第3章ではアスペリティーのモデル化を行っている。地盤を均質無限媒質とし、ダブルカップル点震源による応答を断層面上で積分して波形を合成する。震源時間関数としてはランプ関数では不十分であることを示し、円形クラックモデルによって導かれた理論式の近似式を採用した。このモデルを用いて過去の地震の観測記録を再現して、破壊の指向性の影響による大振幅のパルスを表現することは可能であることを示し、これを検討対象とした。また、アスペリティー内部の滑り分布形状としては一様分布よりも曲面状分布のモデルが妥当であることを示し、コサイン関数の滑り分布モデルを採用した。 第4章では、設計用地震動への応用に関する検討を行っている。本研究のモデルでは合成される波形は非常に単純なものとなるが、実際の地震では複雑な地震動が発生する。そこで二つのアスペリティーを考慮した場合や後続波を含む地震動について、建物の地震応答に着目して検討した。震源近傍地震動のように地震波形の冒頭部分に大きな振幅のパルスを含む地震動では、建物の最大地震応答は冒頭のパルスによってほぼ決定されるので、比較的振幅の小さい後続波が大きた影響を及ぼすことは少ない。大振幅のパルスが複数発生する場合には弾性応答は共振によって増大するが、建物が非線形挙動を示す場合には共振の影響は小さいので、冒頭のパルスのみによって地震動の強さを大まかに表現できると考えられる、としている。 第5章では、波形合成方法に必要なパラメータの決定方法について述べ、アスペリティーの放出する地震動を計算している。合成した波形の卓越周期は、指向性の影響によって振幅が大きくなる領域ではほぼ一定の値を取る。加速度応答スペクトルのピーク値は、断層の法線方向、深さ方向には早く減衰し、アスペリティーの破壊進行方向に細長い分布となる。次に、一つのアスペリティーによる地震動と等価なサイン波の周期と振幅の定式化を行った。サイン波の周期は、破壊開始、終了点と観測点の位置関係、S波速度と破壊速度から幾何的に求められる波形の継続時間に等しいと考えた。計算した卓越周期の空間分布と、前節で説明した応答スペクトルの卓越周期の空間分布を比較するとよい一致が見られた。サイン波の振幅に関しては、本論文のモデルからそのまま簡単な式に表すことができないので、アスペリティーを中央部に滑りが集中する線震源とし、震源時間関数を等価なランプ関数に置換して速度振幅を見積もり、加速度波形がサイン波になると仮定して加速度振幅を求める式を導いた。計算したサイン波から加速度応答スペクトルのピーク値の空間分布を求め、前節に示した加速度応答スペクトルのピーク値の分布と比較した。大幅に簡略化した計算式ながら、震源が深い場合など加速度波形が一波のサイン波になるという仮定が成り立たない場合を除いて、本論文のモデルによる応答スペクトルをよく再現できる、としている。 第6章では本論文で得られた成果をまとめるとともに、本論文の方法を設計用地震荷重に結びつけるための課題について述べている。 土木、建築構造物に被害をもたらした近年の地震のほとんどが内陸浅発地震でありながら、現在の設計用地震荷重では、震源近傍の地震動の効果が考慮されていないが、本論文は、震源近傍の断層運動の不均質性を設計用地震荷重に簡便に取り入れるための有効かつ実用的な方法を示している。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |