学位論文要旨



No 115096
著者(漢字) 梅村,恒
著者(英字)
著者(カナ) ウメムラ,ヒサシ
標題(和) 断層運動の不均質性を考慮した震源近傍の設計用地震動
標題(洋)
報告番号 115096
報告番号 甲15096
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4591号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
 東京大学 教授 小谷,俊介
 東京大学 教授 神田,順
 東京大学 助教授 工藤,一嘉
 東京大学 助教授 高田,毅士
内容要旨

 近年、土木、建築構造物に被害をもたらした地震のほとんどが内陸浅発地震であるが、現在の設計用地震荷重では、震源近傍の地震動の効果を設計に考慮する方法はない。本論文は、震源近傍の地震動の基本的性質を一般の建物の設計に反映させる方法について検討を行ったもので、以下の6章で構成される。

 第1章 序

 第2章 地震動スペクトルの性質

 第3章 アスペリティーのモデル化

 第4章 建物の最大応答に着目したモデルの検証

 第5章 設計用基盤地震動

 第6章 結論

 第1章では、まず研究の目的と背景について述べた。震源近傍では、建物の設計用地震動のように短周期領域の評価が重要な場合、断層運動の不均質性、特に大きな滑りの発生する領域-アスペリティー-の存在を無視できない。現在、アスペリティーの強度や、発生する位置を精確に予測する方法がなく、このことが設計用地震動に断層運動の不均質性の効果を考慮するための提案を難しくしている。しかし、設計用地震動にアスペリティーをモデル化して、サイズや位置と発生する地震動を簡単に関係づけることができれば、設計する建物の固有周期周辺に大きな破壊力を持つようなアスペリティーを設定するなど、建物の情報から逆に不均質断層運動を規定して設計用地震動を決めることが可能になる。本論文では、アスペリティーのモデル化について検討し、一つのアスペリティーから放出される地震動の性質について調べる。さらに、構造物の損傷の指標として最大応答値に着目し、構造物の最大応答に影響を及ぼすアスペリティーの性質のうち重要なものを抽出して、簡便に地震動を評価する方法を提案することを目的としている。

 次に、地震動予測に関する既往の研究を整理し、最後に本論文の構成を述べた。

 第2章では、震源近傍地震動のフーリエスペクトルを合成し、一般的な性質について調べた。断層面を分割して各要素が-squareモデルに従うと仮定し、要素のスペクトルを合成して断層全体によるスペクトルを合成する方法を示した。要素のフーリエスペクトルを合成する際、断層破壊が周波数依存のランダムな時間ずれを伴って起こると仮定して、断層面全体によるスペクトルが-squareモデルに従うように高周波側を補正する方法を採用した。滑り量が断層面上に一様に分布していると仮定し、断層近傍の地震基盤上のフーリエスペクトルを対象とした。断層がM7のスケーリング則に従う場合と、他のパラメータを固定して断層のサイズのみを変化させた場合について震源近傍のスペクトルの変化を調べた。その結果、震源近傍では断層のサイズを変化させても、短周期成分の変化は小さいことがわかった。したがって、建物の設計のように限られた周期帯のみが検討の対象となる場合には、断層全体を考慮せずに、観測点近傍の断層切片のみに注目すればよい。また、地震動を近距離の項、中距離の項、遠距離の項に分けて、各項がスペクトル強度の空間分布に及ぼす影響について調べた。断層直上の狭い領域を除いては、遠方の項のみでスペクトル強度分布を見積もれることを示した。

 第3章では、アスペリティーのモデル化を行った。建物が非線形化する場合を考慮できるよう、スペクトルだけでなく時刻歴波形について検討した。設計用地震動では設計時に使える断層の情報が少ないので、パラメータの少ない単純なモデルがよい。本論文では均質無限媒質を仮定し、ダブルカップル点震源による応答を断層面上で積分し、開放地盤の応答を考慮して2を乗じ、地震基盤面の応答値としている。震源時間関数としては、簡便なランプ関数では不十分であることを示し、力学的により妥当な、円形クラックモデルによって導かれた理論式の近似式を採用した。このモデルを用いて過去の地震の観測記録を再現し、アスペリティーのフォワードディレクティビティーによる大振幅のパルスを表現するには十分であることを示した。また、アスペリティー内部の滑り分布形状としては一様分布よりも曲面状分布のモデルが妥当であることを示し、コサイン関数の滑り分布モデルを採用した。さらに、この滑り分布モデルを用いた場合、震源時間関数を決定する各パラメータが合成される地震動に与える影響を調べた。短周期領域が重要な場合は、ストレスドロップが最も影響の大きいパラメータである。

 第4章では、第3章で説明したモデルの検証を行った。本研究のモデルでは、一つのアスペリティーのフォワードディレクティビティーによる大振幅のパルスのみを対象としており、波形は継続時間が短く、非常に単純なものとなる。実際の地震では、複数のアスペリティーの存在や表層地盤の重複反射などによって継続時間が長く、複雑な地震動が発生する。そこで二つのアスペリティーを考慮した場合や後続波形を含む地震動について、建物の地震応答に着目して検討した。震源近傍地震動のように地震波形の冒頭部分に大きな振幅のパルスを含む地震動では、建物の最大地震応答は冒頭のパルスによってほぼ決定されるので、比較的振幅の小さい後続波が大きな影響を及ぼすことは少ない。複数のアスペリティーによって複数の大振幅のパルスが発生する場合、弾性応答は共振によって応答が大きくなる。しかし建物が非線形挙動を示す場合には共振の影響は小さいので、2波のパルス入力に対して、振幅の大きいパルスの影響のみを考慮すれば十分である。以上の考察では建物が弾性、またはTakedaモデルの履歴特性を持つ場合を仮定した。RC造部材では、繰り返し載荷によって耐力が低下することが指摘されており、RC造建物の応答を考えるときには耐力低下を考慮せずに後続波を無視するのは危険である。そこで、既往の研究で得られたRC造柱部材の実験データより、繰り返し載荷による耐力低下を考慮した建物の履歴特性モデルを考案し、耐力低下が地震応答に与える影響を調べた。建物の固有周期に比べて長い周期を持つパルスが多数回入力する場合、耐力低下の影響が大きい。しかし震源近傍地震動では長周期のパルスの繰り返し回数は少ないので、軟弱地盤上など、非常に長周期、大振幅の後続波が発生する場合を除いては、繰り返しの影響を考慮する必要はないことを示した。

 第5章では、第3章で述べた波形合成方法に必要なパラメータの決定方法について述べ、アスペリティーの放出する地震動を計算した。破壊の進行方向に、アスペリティーの法線方向の成分が卓越する大振幅のパルスが放出される。合成される加速度波形はサイン波一波に近い形状となるので、応答スペクトルは明瞭なピークを持つ。地震動の破壊力を表すのに等価なサイン波の周期と振幅を用いる方法を考えた。波形は厳密に一波のサイン波ではないため、加速度波形から直接等価サイン波の周期と振幅を表すことはできないが、加速度応答スペクトルがピーク値から周期と振幅を読みとることが可能である。合成した波形の卓越周期は、フォワードディレクティビティーによって振幅が大きくなる領域ではほぼ一定の値を取る。加速度応答スペクトルのピーク値は、断層の法線方向、深さ方向には早く減衰し、アスペリティーの破壊進行方向に細長い分布となる。次に、一つのアスペリティーによる地震動と等価なサイン波の周期と振幅の定式化を行った。サイン波の周期は、破壊開始、終了点と観測点の位置関係、S波速度と破壊速度から幾何的に求められる波形の継続時間に等しいと考えた。計算した卓越周期の空間分布と、前節で説明した応答スペクトルの卓越周期の空間分布を比較するとよい一致が見られた。サイン波の振幅に関しては、本論文のモデルからそのまま簡単な式に表すことができないので、アスペリティーを中央部に滑りが集中する線震源とし、震源時間関数を等価なランプ関数に置換して速度振幅を見積もり、加速度波形がサイン波になると仮定して加速度振幅を求める式を導いた。計算したサイン波から加速度応答スペクトルのピーク値の空間分布を求め、前節に示した加速度応答スペクトルのピーク値の分布と比較した。大幅に簡略化した計算式ながら、震源が深い場合など加速度波形が一波のサイン波になるという仮定が成り立たない場合を除いて、本論文のモデルによる応答スペクトルをよく再現できる。

 第6章では本論文で得られた成果をまとめるとともに、本論文の方法を設計用地震荷重に結びつけるための課題について述べている。

審査要旨

 本論文は、震源近傍の地震動の基本的性質を一般の建物の設計に反映させる方法について検討を行ったもので、6章で構成される。

 第1章では、研究の目的と背景について述べている。震源近傍では断層運動の不均質性、特にアスペリティーの存在を無視できないが、現在、アスペリティーの強度や、発生する位置を精確に予測する方法がなく、このことが設計用地震動に断層運動の不均質性の効果を考慮するための提案を難しくしている。しかし、設計用地震動にアスペリティーをモデル化して、サイズや位置と発生する地震動を簡単に関係づけることができれば、建物の情報から不均質断層運動を規定して設計用地震動を決めることが可能になる。本論文では、アスペリティーのモデル化について検討し、一つのアスペリティーから放出される地震動の性質について調べている。さらに、構造物の最大応答に影響を及ぼすアスペリティーの性質のうち重要なものを抽出して、簡便に地震動を評価する方法を提案することを目的としている。

 第2章では、震源近傍地震動のフーリエスペクトルを合成し、一般的な性質について調べている。断層面を分割して各要素がw-squareモデルに従うと仮定し、要素のスペクトルを合成して断層全体によるスペクトルを合成する方法を示した。断層がM7のスケーリング則に従う場合と、他のパラメータを固定して断層のサイズのみを変化させた場合について震源近傍のスペクトルの変化を調べた。その結果、震源近傍では断層のサイズを変化させても、短周期成分の変化は小さいことがわかった。したがって、建物の設計のように限られた周期帯のみが検討の対象となる場合には、断層全体を考慮せずに、観測点近傍の断層切片のみに注目すればよい、としている。

 第3章ではアスペリティーのモデル化を行っている。地盤を均質無限媒質とし、ダブルカップル点震源による応答を断層面上で積分して波形を合成する。震源時間関数としてはランプ関数では不十分であることを示し、円形クラックモデルによって導かれた理論式の近似式を採用した。このモデルを用いて過去の地震の観測記録を再現して、破壊の指向性の影響による大振幅のパルスを表現することは可能であることを示し、これを検討対象とした。また、アスペリティー内部の滑り分布形状としては一様分布よりも曲面状分布のモデルが妥当であることを示し、コサイン関数の滑り分布モデルを採用した。

 第4章では、設計用地震動への応用に関する検討を行っている。本研究のモデルでは合成される波形は非常に単純なものとなるが、実際の地震では複雑な地震動が発生する。そこで二つのアスペリティーを考慮した場合や後続波を含む地震動について、建物の地震応答に着目して検討した。震源近傍地震動のように地震波形の冒頭部分に大きな振幅のパルスを含む地震動では、建物の最大地震応答は冒頭のパルスによってほぼ決定されるので、比較的振幅の小さい後続波が大きた影響を及ぼすことは少ない。大振幅のパルスが複数発生する場合には弾性応答は共振によって増大するが、建物が非線形挙動を示す場合には共振の影響は小さいので、冒頭のパルスのみによって地震動の強さを大まかに表現できると考えられる、としている。

 第5章では、波形合成方法に必要なパラメータの決定方法について述べ、アスペリティーの放出する地震動を計算している。合成した波形の卓越周期は、指向性の影響によって振幅が大きくなる領域ではほぼ一定の値を取る。加速度応答スペクトルのピーク値は、断層の法線方向、深さ方向には早く減衰し、アスペリティーの破壊進行方向に細長い分布となる。次に、一つのアスペリティーによる地震動と等価なサイン波の周期と振幅の定式化を行った。サイン波の周期は、破壊開始、終了点と観測点の位置関係、S波速度と破壊速度から幾何的に求められる波形の継続時間に等しいと考えた。計算した卓越周期の空間分布と、前節で説明した応答スペクトルの卓越周期の空間分布を比較するとよい一致が見られた。サイン波の振幅に関しては、本論文のモデルからそのまま簡単な式に表すことができないので、アスペリティーを中央部に滑りが集中する線震源とし、震源時間関数を等価なランプ関数に置換して速度振幅を見積もり、加速度波形がサイン波になると仮定して加速度振幅を求める式を導いた。計算したサイン波から加速度応答スペクトルのピーク値の空間分布を求め、前節に示した加速度応答スペクトルのピーク値の分布と比較した。大幅に簡略化した計算式ながら、震源が深い場合など加速度波形が一波のサイン波になるという仮定が成り立たない場合を除いて、本論文のモデルによる応答スペクトルをよく再現できる、としている。

 第6章では本論文で得られた成果をまとめるとともに、本論文の方法を設計用地震荷重に結びつけるための課題について述べている。

 土木、建築構造物に被害をもたらした近年の地震のほとんどが内陸浅発地震でありながら、現在の設計用地震荷重では、震源近傍の地震動の効果が考慮されていないが、本論文は、震源近傍の断層運動の不均質性を設計用地震荷重に簡便に取り入れるための有効かつ実用的な方法を示している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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