学位論文要旨



No 115098
著者(漢字) 陳,少華
著者(英字)
著者(カナ) チン,ショウカ
標題(和) 鉄筋コンクリート建物の構造解析における耐震壁のモデル化に関する研究
標題(洋)
報告番号 115098
報告番号 甲15098
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4593号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 助教授 塩原,等
 東京大学 助教授 中埜,良昭
 東京大学 助教授 野口,貴文
内容要旨

 本研究は、鉄筋コンクリート建物の構造解析のため、軸力とせん断力と曲げモーメントを受ける耐震壁の部材モデルに関する研究である。マトリックス法による鉄筋コンクリート建物の構造解析は、梁、柱及び耐震壁などの部材モデル(材端力-変形関係)を用いて、構造全体の支配方程式を組み立て、それを解くことによって行われる。従って、部材の力学モデルの精度と一般性は、全体構造解析の精度と一般性を決定する。部材モデルの正確性と一般性を追求するために、部材モデルに関する研究の趨勢は、材端変位より部材内部の変位分布またはひずみ分布を考慮し、材料の応力-ひずみ関係から材端の力と変位の関係を定式化する方向にある。例えば、梁、柱などの線材には、材端塑性回転バネモデル、分割梁モデルなどから、MSモデル、そしてファイバーモデルなどが用いられるようになりつつある。

 地震力を受ける耐震壁には軸力、せん断力と曲げモーメントが作用し、壁部分が平面応力状態にある。従来、鉄筋コンクリート建物の構造解析における耐震壁の部材モデルは、地震応答解析や実務では柱、梁部材と同様に簡略な線材モデルが用いられることが多い。例えば、ビームモデル、トラスモデル、3本柱モデル、多数鉛直バネモデル、ファイバーモデルなどがある。ただし、これらの耐震壁の部材モデルでは、平面応力状態にある耐震壁を-軸問題に簡略しているので、軸力とモーメントとせん断力の相互作用は考慮されない。一方、平面応力状態下の鉄筋コンクリート平板の構成則が解明されつつあり、有限要素法を鉄筋コンクリート構造の解析に適用することが可能になり、部材の解析などには用いられている。

 なお、鉄筋コンクリート構造性能保証型設計法が進められ、材料の力学特性に基づき、構造の骨組及び部材の限界変形、限界耐力、ひび割れ幅などが性能の評価指標となる。それに応じて、建物の構造解析は、これらの性能評価指標を直接表現しうる材料の力学特性に基づく部材モデルを用いることが期待される。

 このような背景から、本研究の目的は、鉄筋コンクリート建物の構造解析のため、材料の力学特性に基づき、平面応力状態下のパネル要素を用いて、十分な精度と一般性を持つ耐震壁の部材モデルの開発することである。本論文は6章から構成されており、以下に各章の概要と結論を要約する。

 第1章序論では本研究の目的とその背景について述べ、軸力とせん断力と曲げモーメントの相互作用を考慮できる耐震壁部材モデルの意義を説明するとともに、本論文における研究方針を整理した。

 第2章耐震壁及びパネル要素のモデルでは、研究対象である鉄筋コンクリート耐震壁を側柱及び上下梁の軸バネと平面応力状態下のパネル要素の組み合わせとしてモデル化する手法を示した。このようなモデル化を選択したのは、耐震壁の構造特性、すなわち、側柱の断面幅が耐震壁厚さより大きく、側柱の剛性が壁より高いこと、及び応力伝達特性、すなわち、側柱は曲げモーメントによる大きな圧縮軸力あるいは引張り軸力を負担すること、壁部分は曲げモーメントの一部を負担し、せん断力のほとんどを抵抗すること、上下梁は壁部分の圧縮ストラットによる引張り軸力を受けること、及び変形特性、すなわち、連層壁を片持ち梁として、断面の平面保持仮定が適用できること、壁の横方向膨らみに対する側柱の拘束効果があることなどを考慮することが可能であることである。具体的には、壁部分を代表するパネル要素に用いる有限要素手法、平面応力状態下の鉄筋コンクリート要素の構成則、コンクリート及び鉄筋の応力-ひずみ関係のモデル、変位増分法による解析方法及び節点不釣り合い力の計算について論じている。

 平面応力状態下のパネル要素に用いる4節点アイソパラメトリック要素法と四辺形非適合要素法を論じた。曲げ変形が生じる耐震壁のパネル要素には、より正確に要素内の変形を表わすためには、四辺形非適合要素法を用いることが必要である。

 また、パネル要素に用いるコンクリートの構成則は、圧縮モデルと引張りモデルによる回転ひび割れモデルを用いた。コンクリートの圧縮モデルは、Kent-Parkのモデルに基づき、応力低下直線を具体的な数値で表わした。コンクリートの引張りモデルは、前川・岡村のモデルを用いた。

 さらに、パネル要素に用いる鉄筋のモデルは、鉄筋とコンクリート付着応力-すべり関係をバイリニアーとする解析に基づいて、コンクリートに埋め込まれた鉄筋の平均応力-平均ひずみ関係を表わすバイリニアーモデルを提案した。

 第3章耐震壁周辺部材のモデルでは、耐震壁の側柱軸バネモデル、並列耐震壁境界梁のファイバーモデル及び耐震壁パネル要素の上下剛域などについて論じた。

 3本柱モデルの側柱軸バネモデルの履歴面積が小さく評価することがあり、側柱の軸バネモデルにおける除荷履歴及び再載荷履歴を修正した。境界粱のファイバーモデルは、直線柔性分布を仮定し、梁中央の弾性区間とせん断変形などを考慮してモデル化した。周辺フレームの有る耐震壁のパネル要素モデルについては、梁型を有する上下梁の小さい圧縮ひずみ効果を考慮する剛域長さの算出方法を提案した。それによるパネル要素の局所剛性マトリックスと全体座標における耐震壁の部材剛性マトリックスの関係を示した。

 第4章耐震壁パネル要素のモデルの実験による検証では、提案した耐震壁パネル要素モデルについて、既往の静的曲げせん断実験(15体)の解析により、パネル要素上下梁軸変形の有無の影響、適合要素と非適合要素の解析結果の違い、要素分割数の影響を考察した。

 中間梁の軸方向変形を無視した場合(軸剛性を剛とする)は、ひび割れ点から降伏点までの剛性は実験より高く評価される、曲げ変形成分が過大評価される。また、せん断破壊される試験体の最大耐力が過大評価されるが、曲げ破壊される試験体の降伏耐力には影響しない。

 適合要素と非適合要素による解析結果を比較すると、

 (1)曲げ破壊型試験体に対して、適合要素による解析の降伏耐力は実験値に対して12%程度過大評価する。せん断破壊型試験体の最大耐力は、適合要素と非適合要素の差が小さい。非適合要素による解析結果は実験結果と精度よく一致する。

 (2)曲げ破壊型試験体に対して、適合要素による試験体の降伏変形角は実験結果より27%程度大きく、せん断破壊試験体の最大耐力時の変形角は約20%程度小さく評価される。非適合要素による解析結果は実験結果と精度よく一致する。

 (3)適合要素を用いる場合、ひび割れ点から降伏点までの剛性は、実験と非適合要素より高く評価される。

 (4)要素の大きさによる解析結果への影響は、非適合要素が適合要素より小さい。

 (5)適合要素の下部で大きい上部で小さいせん断ひずみ分布に対して、非適合要素のせん断ひずみ分布は、要素内ほぼ均一的であり、実際のせん断ひずみ分布により近い。

 (6)要素の大きさは、耐震壁が降伏する時における側柱上端の軸力状態によって決定すればよい。

 以上の結論より、中間梁の軸変形を考慮した非適合要素によるパネル要素モデルが最も精度よいモデルであることを検証した。

 第5章多層耐震壁モデルの実験による検証及び動的解析では、2,3層フレーム付耐震壁試験体(3体)、変動軸力を受けるT型耐震壁試験体(3体)と12階立体並列壁試験体を用いて、提案モデルの適合性を検証した。さらに、本研究のパネル要素モデルと3本柱モデルによる12階立体並列壁試験体の静的及び動的解析を行い、解析結果を比較した。以下の結論を得た。

 (1)試験体の荷重-変形関係については、本研究の提案モデルが一般的なフレーム付耐震壁でも、立体耐震壁でも合理的な結果が得られた。

 (2)変動軸力を受ける耐震壁の場合でも、提案モデルが荷重-変形関係、曲げ及びせん断変形成分、中間梁の軸方向伸び変形などについて精度よい解析結果が得られた。

 (3)提案モデルによる解析は、耐震壁が破壊するまで追跡することができる。

 (4)12階立体並列壁の静的実験解析より、提案するモデルが荷重-変形関係、圧縮側壁のせん断力分担率、境界梁の軸力-軸変形関係、高さ方向に沿う水平変形分布及び中間梁の軸方向伸び変形について、ほぼ実験結果を再現した。また、下層圧縮側壁のせん断力分担率については、提案モデルによる解析結果が実験結果と一致し、3本柱モデルによる解析結果が実験結果より過小評価となっている。ただし、全体の荷重-変形関係については、提案モデルと3本柱モデルによる解析結果はほぼ同じであった。

 (5)12階立体並列壁の動的地震応答解析も行い、解析結果を示した。下層圧縮側壁のせん断力分担率については、3本柱モデルによる解析結果が提案モデルの結果より小さい。

 3本柱モデルによる圧縮側壁のせん断力評価が危険側となることを示した。

 以上の試験体の解析より、提案した耐震壁パネル要素モデルの十分な精度と実用性を検証した。

 第6章では、全章の結果をまとめて結論とした。

審査要旨

 本研究は、鉄筋コンクリート建物の構造解析のため、軸力とせん断力と曲げモーメントを受ける耐震壁の部材モデルに関する研究である。マトリックス法による鉄筋コンクリート建物の構造解析は、梁、柱及び耐震壁などの部材モデル(材端力-変形関係)を用いて、構造全体の支配方程式を組み立て、それを解くことによって行われる。従って、部材の力学モデルの精度と一般性は、全体構造解析の精度と一般性を決定する。部材モデルの正確性と一般性を追求するために、部材モデルに関する研究の趨勢は、材端変位より部材内部の変位分布またはひずみ分布を考慮し、材料の応力-ひずみ関係から材端の力と変位の関係を定式化する方向にある。例えば、梁,柱などの線材には、材端塑性回転バネモデル、分割梁モデルなどから、MSモデル、そしてファイバーモデルなどが用いられるようになりつつある。

 地震力を受ける耐震壁には軸力、せん断力と曲げモーメントが作用し、壁部分が平面応力状態にある。従来、鉄筋コンクリート建物の構造解析における耐震壁の部材モデルは、地震応答解析や実務では柱、梁部材と同様に簡略な線材モデルが用いられることが多い。例えば、ビームモデル、トラスモデル、3本柱モデル、多数鉛直バネモデル、ファイバ-モデルなどがある。ただし、これらの耐震壁の部材モデルでは、平面応力状態にある耐震壁を一軸問題に簡略しているので、軸力とモーメントとせん断力の相互作用は考慮されない。一方、平面応力状態下の鉄筋コンクリート平板の構成則が解明されつつあり、有限要素法を鉄筋コンクリート構造の解析に適用することが可能になり、部材の解析などには用いられている。

 このような背景から、本研究の目的は、鉄筋コンクリート建物の構造解析のため、材料の力学特性に基づき、平面応力状態下のパネル要素を用いて、十分な精度と一般性を持つ耐震壁の部材モデルの開発することである。

 本論文は6章から構成されている。

 第1章序論では本研究の目的とその背景について述べ、軸力とせん断力と曲げモーメントの相互作用を考慮できる耐震壁部材モデルの意義を説明するとともに、本論文における研究方針を整理している。

 第2章耐震壁及びパネル要素のモデルでは、研究対象である鉄筋コンクリート耐震壁を側柱及び上下梁の軸バネと平面応力状態下のパネル要素の組み合わせとしてモデル化する手法を示している。具体的には、壁部分を代表するパネル要素に用いる有限要素手法、平面応力状態下の鉄筋コンクリート要素の構成則、コンクリート及び鉄筋の応力-ひずみ関係のモデル、変位増分法による解析方法及び節点不釣り合い力の計算について論じている。

 平面応力状態下のパネル要素に用いる4節点アイソパラメトリック要素法と四辺形非適合要素法を論じた。曲げ変形が生じる耐震壁のパネル要素には、より正確に要素内の変形を表すためには、四辺形非適合要素法を用いることが必要である、としている。

 第3章耐震壁周辺部材のモデルでは、耐震壁の側柱軸バネモデル、並列耐震壁境界梁のファイバーモデル及び耐震壁パネル要素の上下剛域などについて論じている。

 3本柱モデルの側柱軸バネモデルの履歴面積が小さく評価することがあり、側柱の軸バネモデルにおける除荷履歴及び再載荷履歴を修正した。梁部材のファイバーモデルは、直線柔性分布を仮定し、梁中央の弾性区間とせん断変形などを考慮してモデル化した。周辺フレームの有る耐震壁のパネル要素モデルについては、梁型を有する上下梁の小さい圧縮ひずみ効果を考慮する剛域長さの算出方法を提案した。それによるパネル要素の局所剛性マトリックスと全体座標における耐震壁の部材剛性マトリックスの関係を示した。

 第4章耐震壁パネル要素のモデルの実験による検証では、提案した耐震壁パネル要素モデルについて、既往の静的曲げせん断実験(15体)の解析により、パネル要素上下梁軸変形の有無の影響、適合要素と非適合要素の解析結果の違いなどを考察している。

 中間梁の軸方向変形を無視した場合(軸剛性を剛とする)は、ひび割れ点から降伏点までの剛性は実験より高く評価され、曲げ変形成分が過大評価される。また、せん断破壊される試験体の最大耐力が過大評価されるが、曲げ破壊される試験体の降伏耐力には影響しない。中間梁の軸変形を考慮した場合は、精度の良い解析結果が得られる、としている。

 適合要素による解析結果は、曲げ破壊型試験体の降伏耐力が実験結果より12%程度、降伏変形角が実験結果より27%程度大きく評価され、非適合要素による解析結果は、実験結果と精度良く一致し、また、せん断破壊型試験体に対して、非適合要素と適合要素とも精度の良い解析結果が得られる、としている。

 第5章多層耐震壁モデルの実験による検証及び動的解析では、2,3層フレーム付耐震壁試験体(3体)、変動軸力を受けるT型耐震壁試験体(3体)と12階立体並列壁試験体を用いて、提案モデルの適合性を検証している。さらに、本研究のパネル要素モデルと3本柱モデルによる12階立体並列壁試験体の静的及び動的解析を行い、解析結果を比較した。特に、圧縮側壁のせん断力分担率について、3本柱モデルによる解析結果が実験結果より過小評価し、提案したパネル要素モデルが精度良く実験結果を再現した、としている。

 第6章では、全章の結果をまとめて結論としている。

 本研究は、軸力とせん断力と曲げモーメントの相互作用を考慮に入れるなど十分な精度を確保しつつ、実用的な耐震壁の部材モデルを提案しており、耐震壁を含む鉄筋コンクリート造建物のより精確な構造解析、地震応答解析に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク