学位論文要旨



No 115100
著者(漢字) 亜力坤,玉素甫
著者(英字)
著者(カナ) ヤルコン,ユスフ
標題(和) 防災計画策定支援システムの開発 : 地震被害想定と計画づくりを結びつける
標題(洋)
報告番号 115100
報告番号 甲15100
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4595号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小出,治
 東京大学 教授 大方,潤一郎
 東京大学 助教授 山崎,文雄
 東京大学 助教授 目黒,公郎
 東京大学 助教授 貞廣,幸雄
内容要旨

 本研究は,地震被害想定と地域防災計画を結びつけることによって,地域防災計画の実効性を高めることを目的に,地域防災計画の策定を支援するシステムを開発し,その有効性を実証した.

 本論文では,まず,既存の地震被害予測システムと地域防災計画の現状課題を把握し,課題解決の方向性を明確にしている.課題解決の方法として,地震被害想定と地域防災計画を結びつける「防災計画策定支援システム」の概念を提案している.「防災計画策定支援システム」は,既存の地震被害予測システムが目的としている「情報の空白期」の解消するという視点からではなく,地域防災計画の策定支援という視点から設計した新しい概念の地震被害想定システムである.

 全国的に見ると、都道府県レベルでは,被害想定は比較的実施されているのであるが,地震被害想定を行うためには多種多様なデータが必要とされ,コスト的な問題から多くの地方自治体ではその実施が困難状況であるため,市区町村では被害想定を行うことはまた少ないのは現状である.都道府県レベルで被害想定した結果の多くは市区町村レベルで活用するには粗すぎる,また,市区町村での被害想定実施率は低いため,地域防災計画には,当該地域においては想定される被害程度が明示されていない.また,地震被害想定を行っているほとんどの自治体でも,想定の結果が報告書形式で提出されており,そのため,市街地の変遷に伴う見直しがほとんどできない.その結果,災害予防計画や災害応急対策計画とリンクした計画は少ない.具体性がない地域防災計画が多く見られるのは現状である.

 地域安全を向上するために,災害予防対策で行われた種々事業に対して,現在の到達点を正しく把握.評価する必要がある.しかし,これを評価・分析する手段がない.防災ビジョンを示す地域防災計画は少ないのは現状である.

 市区町村では,防災課や一部の課を除いて,平常時にはほとんど地域防災計画を使用していないのは現状である.防災計画と関連がある例えば都市計画課など部署との連携性が低い.

 平常時の住民の防災意識を高めるのためには,防災教育,防災訓練などはとても重要である.したがって,災害予防計画中では防災教育や防災訓練が重要であることは記載されているが,具体性が見られない.

 一方で,阪神淡路大震災で,発災直後に何が起きているか全く情報が収集できない状況,いわゆる「情報の空白期」の解消が問題となったが,これに対応して「情報の空白期」を埋めるための地震被害予測システムが開発されるようになった.しかし,このようなシステムは,大量の地震計を設置することにより高い精度の被害予測を目指したシステムであるが,それゆえ,システムを設置するために必要なコストは高く,導入できる自治体は全国的に見てきわめて限定されている.またすべての自治体で利用できるような簡便なシステムも開発されているが,精度の点で問題がある.既存の地震被害想定システムいずれにしても,被害状況の推定或いは想定が主眼であり,地域防災計画の策定との連動を積極的に位置づけたシステムではない.

 上述した課題を解決するために,本論文では,支援型の地震被害想定システムの概念を提出し,支援型の地震被害想定システムを開発した.以下では,支援型の地震被害想定システムに必要とされる機能およびシステム基本設定を述べる.

図1 支援型の地震被害想定システムの機能フロー(1)汎用性の高いシステムである

 地震被害想定は,専門知識や,市街地状況及び地盤関連の数値化されたデータが必要なため,一般に,業務委託による数年間にわたる調査が必要とされる.そのため,財政規模が小さい自治体では,地震被害想定を行うことは困難な傾向にある.したがって,被害想定システムを構築する場合,汎用性の高く,どのような財政規模の自治体でにおいても導入しやすいシステムとする必要がある.

 そのためには,本システムはパソコン上で稼動できるように開発した.

(2)多様な災害像が描出できるシステムである

 現状の地域防災計画づくりでは,ひとつの想定地震による被害を前提に計画が作成される.しかし,実際の被害では,震源位置の違いなどにより,被害の地域分布が異なることが予想される.被害の地域分布が異なれば,災害対応の体制や方法は異なるものとなろう.現在の地域防災計画が想定地震とは異なる地震が発生したときに十分対応できるかどうか,検証は行われていない.想定地震はもちろんのこと,タイプが異なる被害に対しても対応可能であることが望ましい.そのためには,多様な被害状況に対し,現在の計画が対応しうるかどうか,事前に検証しておくことは重要である.

 本システムでは,多様な被害状況をリアルタイムに描くことにより,被害状況の違いを見ながら計画検討ができる環境を提供した.

(3)データの更新が容易なシステムである

 市街地の更新に伴い,地震被害想定も見直しが必要である.しかし,地震被害想定では非常に大量の市街地データとデータ入力に専門知識が必要な地盤関連のデータが用いられるため,頻繁にデータを更新して被害想定を見直すことは財政的な負担から困難である.

 本システムでは,データの更新を容易にするためにわかりやすいインターフェースを備えることとした.

(4)地震被害想定を計画策定の支援情報として積極的に活用する必要がある

 地震被害想定の第一義的な目的は,地域防災計画の前提条件づくりであり,地域防災計画のフレームを決定することが地震被害想定の最低限の役割である.前述したとおり,被害想定調査は財政的にも時間的にも多大なコストが必要とされる.にもかかわらず,現状の計画の現場においては,地域防災計画のフレームと地域の防災環境の理解に利用されることが一般的と思われる.

 本システムでは,個別の計画内容の検討を行う際に必要とされる支援を行う機能を持つこととする.具体的には,計画検討の際に必要な情報提供,また計画の代替案の自動生成,代替案の評価などの機能を持たせることとした.

(5)情報の共有に配慮する必要がある

 災害対応においては,情報収集とともに異なる担当班間での情報の共有が重要である.理想的には常に同じ情報をすべての部局が有していることが望まれる.

 この視点にたって,本システムでは,被災後の活用も念頭におき,情報を共有することに配慮したシステムづくりを目指すこととした.

(6)災害対応業務の効率化

 平常時では,地震被害想定結果や地域情報などデータの提出,報告書などの作成するとき,データがあまりも多いため,たくさんの人力,時間をかかってしまう.災害対応では,日常的に扱わない数多くの書類,たとえば災害救助法に必要な書類が必要とされる.災害対応業務の効率化は,被災者に最前の対応するという意味でも重要である.このような災害対応業務の効率化のために,書類作成などの汎用ソフトと連動するなど,災害対応業務の省力化を図る機能を付加することとした.

 本システムは,地域データベース構築システム,地域情報管理・分析システム,地震被害算定システム,及び防災計画支援と計画最適化システムの4つのサブシステムから構成される.論文中ではこの四つのサブシステムの構成と特徴などを詳細的に記述した.

 計画支援機能の有効性の実証では,避難所計画の策定及び防災都市づくり計画の策定を取り上げた.避難所計画では,被災後の避難者分布に応じた最適な計画を提案することができる.避難者の地域分布は,時系列で変化するため,それに応じて計画を見直す必要がある.自治体にとっては膨大な災害対応業務を限られた人力で行わなければならないので,重要である.地域防災計画の避難所計画ではすべての公共施設が避難所として指定されることがほとんどであるが,システムを使って策定した計画では,少ない避難所で対応が可能であることが示された.

 防災都市づくり計画では,防災性を向上させるために,市街地整備や道路整備,オープンススペースの整備など様々な事業が行われる.本システムで,このような事業に対して代替案を評価できることにした.

 本研究で開発した地震被害想定システムは,地域防災計画の策定現場での問題点を意識し,計画策定支援を主眼としたシステムである点が特徴である.また市町村で導入できるように汎用性を高くしたこと,データの更新に配慮していること,被災後の災害対応における情報管理機能をもつことも特徴ともいえる.更に計画策定支援システムと連動させることによって,被害想定とインターラクティブに計画づくりができる環境をつくることによって,地域の被害状況の詳細かつ具体的な理解を促進し,被害状況により即した計画づくりを実現することができる.

 本研究で提出した新しい支援型の地震被害想定システムは,地震被害想定システムと地域防災計画の関係を明確にし,中小規模の地方自治体にとって,これから地震被害想定システムを構築する時の一つの方向性を示した.

 今後は,計画策定の現場における計画課題をさらに抽出し,より広い範囲の計画項目を支援できるようなシステムに発展させていく.

審査要旨

 本研究は,被災者に対する直接の対応主体である市町村の地域防災計画を改善することを目的とした地域防災計画の策定支援システムの開発を目的とし,具体的な都市を対象に実際のデータを用いて,実際に稼働するシステムを構築し,システムの有効性を実証している.対象都市は千葉県市川市としている.

 本論文は以下の7章と付録2章構成である.

 第1章では,本研究の背景と目的,研究の手法と論文構成,及び既存関連研究に対する本研究の位置づけを記述している.

 第2章では,既存の地震被害予測システムと地域防災計画の現状を検討して,その課題と問題点を分析し,本研究が提案する地域防災計画策定支援システムの必要性を導いている.まず,地域防災計画については詳細な文献及び計画書のレビューを行い,多様な問題点を指摘している.その中で,市町村においても独自の地震被害想定を行う必要があること,地震被害想定の結果が報告書形式であるため計画策定において活用しにくいこと,計画の代替案の効果が評価されておらず,総合的,体系的な対策になっていないこと,等を抽出し,地域防災計画を改善するためにはこれらの問題を解決することが不可欠であると指摘し,問題解決の手段の一つとしてGISを用いた支援システムの開発を導いている.次に既存の地震被害予測システムを詳細に調査し,市町村が導入可能かどうか,また地域防災計画の改善につながるかどうか,という視点から分析を行い,市町村が導入可能な新たなシステム開発の必要性を論じている.

 第3章では,第2章で整理された課題をふまえて,防災計画策定支援システムの概念を提示し,基本設計を行い,システムの機能とシステム構成を説明している.システムの機能として,地震被害予測・想定機能,計画策定支援機能,情報管理機能,事務手続きを円滑に進めるための機能を有している.従来の地震被害予測システムの機能を含んだシステムとなっている.最大の特徴は計画支援機能を中心にシステムが構築されていることであるが,地域防災計画に関わる他の諸問題に対しても配慮されている.また,市町村における導入を意識し,財政的な負担を軽くするためにシステムはパソコンで稼働するものとしている.本研究の中心である計画支援機能として,事前計画の代替案評価機能,被災時の災害対応計画を最適化する機能を提示している.

 第4章では,システムを詳細に説明し,2章で抽出した現在対応すべき課題に対しシステムがどのように解決したか,詳細に説明している.

 第5章では,計画支援機能の有効性を計画づくりのケーススタディを通して実証している.各計画支援として,事前計画については防災都市づくり計画の策定,及び延焼被害低減対策支援機能を,また被災時の災害対応計画については,避難所開設・閉鎖計画を例として取り上げている.防災都市づくり計画では,多様な計画の代替案が延焼被害の低減効果と政策コストの観点からインターラクティブに比較検討できる環境を提供することにより,各計画の費用対効果を見ながら計画の検討を行うことができる.また,延焼被害低減対策支援では,延焼被害の低減という目標に対し,一般住宅の耐震助成,出火環境の改善策,市街地整備などによる延焼防止,消防力の整備といった多様な対策の効果を担当部局の枠を越えて総合的に評価することによって,より適切な政策決定が実現することを実証している.

 最後の第6章では,本論文のまとめと今後の研究の方向性について述べている.

 上記のように本論文は,地域防災計画に関わる既存のシステムが有していない「計画策定支援機能」を新しく提案し,これを稼働するシステムとして開発し,その有効性を実証している.本研究で提案された計画策定支援システムは,第1に,既存システムにない新しい概念であることが評価できる.また,計画の策定過程の観点からは,従来は基準によって計画内容が決定されていたのに対し,このシステムを使うことによって被害状況の改善という定量的かつ具体的な効果を見ながら計画内容の検討を可能にしていること,また,縦割り的な政策検討が行われるのが一般的であるが,このシステムでは,被害状況という一つの軸で被害に関連する多様な政策を総合的に検討できる環境を実現しているという点で優れている.また,本論文で提示されたシステムは普及させることに配慮しており,全国の大半を占める財政規模が大きくない市町村でも導入可能と考えられることから,実用性の観点から評価できる.今後,本論文が提示しているシステムが本格的に開発され,普及した場合,高い社会貢献となると考えられる.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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