本論文は、「RT-PCR法による水中RNAウイルスの損傷の検出」と題し、水の微生物学的安全性を確保するため、水中病原ウイルスの監視に、分子生物学的手法のひとつであるPCR(Polymerase Chain Reaction)法およびその新しい改良法の開発および適用を目的とした研究である。同手法を用いて、消毒による水中RNAウイルスの損傷機構も明らかにしている。本研究で得られたおもな知見は以下の通りである。 第1章は、「序論」であり、本研究の必要性の背景と論文の構成を示している。 第2章は、「既存の研究」であり、既存の知見を整理して示している。 第3章は、「研究に用いた基礎的な実験手法」であり、本研究に用いた大腸菌RNAファージQおよびポリオウイルスI型弱毒株について、ウイルス培養法、各種ウイルス検出法などを取りまとめて示している。 第4章は、「ゲルろ過法によるウイルス原液の精製手法の開発」に関する結果である。大腸菌RNAファージQ高濃度液、ポリオウイルス高濃度液、およびポリオウイルス部分精製液を、それぞれゲル担体を用いた精製法を検討し、実験に差し支えない程度まで十分に塩素消費物質を除去することができること、また、73〜89%と高いウイルス回収率を得ることができることを示している。 第5章は、「消毒におけるウイルスの不活化と核酸の損傷の測定」に関する成果である。Qおよびポリオウイルスを対象ウイルスとして、塩素消毒実験を行い、生残ウイルス濃度をプラック法で、RNA濃度をRT-PCR法で測定している。測定結果から、遊離塩素はQおよびポリオウイルスを不活化し、RNAも分解することを明らかにしている。結合塩素はQを不活化するが、RNAの分解の程度は、逆転写領域の長いRT-PCR法を用いても検出できないほど小さいことを遊離塩素との比較から明らかにしている。低圧紫外線ランプを光源とした、二酸化チタン光触媒による消毒実験についても検討を行い、光触媒を加えない紫外線のみによる消毒では、RNAの分解を認めることはできないが、光触媒を加えると、RNAが分解されることを明らかにしている。以上より、RT-PCR法は、ウイルスのRNAを検出するだけではなく、RNAの損傷の種類や程度を調べる手法としても有効であることを示している。 第6章は、「塩素消毒におけるウイルスタンパクの損傷の検出」についてである。Qの塩素消毒実験を行い、Qを構成するタンパク分子をSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動法で解析している。その結果、Qのタンパク分子の一次構造は遊離塩素で分解するが、結合塩素では分解しにくいことを示している。 第7章は、「RNase処理RT-PCR法の開発」に関する章である。ウイルスのRNAの損傷だけでなく、外套の損傷も同時に検出できる「RNase処理RT-PCR法」を開発している。RNase処理RT-PCR法は、ウイルス試料にRNaseを添加して接触させたあと、ウイルスからRNAを抽出してRT-PCR法を行う方法である。ウイルスの外套に亀裂があればRNaseがRNAを分解し、その結果はRT-PCR法の測定値の低下として観測される。本章の成果として得られた、RNase処理RT-PCR法のプロトコールは次の通りである。[ウイルス試料100lにRNase Aを10ng/mlになるように加え、37℃で60〜90分接触]→[RNase Inhibitor 120UおよびDTT1mMを添加]→[ウイルスからRNAを加熱抽出し、75℃以上で保持]→[試料を氷冷により急冷、15℃以下で保持]→[RT-PCR法でRNAを検出]。 第8章は、「RNaseを用いたウイルスの損傷の検出」に関する成果である。RNase処理RT-PCR法およびRNase処理プラック法(プラック形成能力はあるが外套に亀裂のあるウイルスを検出する手法)を用いて、加熱消毒および塩素消毒におけるQの損傷の検出を試みている。加熱消毒後もプラック形成能力を有しているウイルスでも、外套に亀裂があるものが存在していることを明らかにしている。 第9章は、「RT-PCR法およびRNase処理RT-PCR法の手法適用範囲と課題」と題し、ウイルスの消毒効果モニタリング手法としての、RT-PCR法の有効性とその課題について考察している。通常のRT-PCR法を消毒効果のモニタリング手法として適用できる可能性があるのは、ウイルスのRNAが分解される消毒方法に限られるとしており、例えば、遊離塩素消毒と光触媒消毒のモニタリングには、RT-PCR法を適用できる可能性があると結論している。一方、結合塩素消毒や紫外線消毒、および加熱消毒については適用が難しいとしている。加えて、RNase処理RT-PCR法の外套の損傷(亀裂)を検出する感度は、RNaseによるRNAの分解効率に依存すること、そのRNAの分解効率は、Broth溶液中では高いが、リン酸緩衝水溶液中では低いことを示している。RNase処理RT-PCR法の今後の課題は、どのような溶媒においても、外套の損傷を十分な感度で検出できるようにすることであると指摘している。 第10章は、「本研究のまとめ」である。 以上のように、本研究は、水中ウイルスの検出法と消毒による損傷機構解明について新しい試みの提案とその成果を示したものであり、水環境工学の進展に大きく貢献するものである。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |