学位論文要旨



No 115107
著者(漢字) 遠藤,誉英
著者(英字)
著者(カナ) エンドウ,タカヒデ
標題(和) 変形アクチュエータによる壁乱流のアクティブ・フィードバック制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 115107
報告番号 甲15107
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4602号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 助教授 谷口,伸行
 東京大学 助教授 鈴木,雄二
 東京大学 講師 高木,周
内容要旨 1.概論

 省エネルギや環境負荷軽減などの観点から,摩擦抵抗低減や熱伝達促進を目的とした高効率な乱流制御技術が強く求められでいる.様々な乱流制御手法の中で,アクティブ・フィードバック制御は小さな制御入力によって高い制御効果が得られるため,近年注目が集まっている[1].

 工学上重要な流れの多くは壁面に沿う壁乱流であり,壁面近傍の乱流準秩序構造,特に縦渦構造が摩擦抵抗などの乱流現象に深く関与していることが知られている[2][3].そこで,縦渦構造に制御を施すことが効果的であると考えられるが,縦渦構造は,例えば航空機翼上の境界層内で数十マイクロメータ,数マイクロ秒という時空間スケールを有する微小なものである[4].乱流制御システム要素のセンサやアクチュエータは,縦渦構造とほぼ同程度のスケールを有することが望まれ,従来このような微小なセンサやアクチュエータの製作は困難であったが,近年のマイクロマシン技術の発展により,微小な制御システム要素のプロトタイプが製作されており[5],乱流制御システムの構築が現実味を帯びている.

 様々なアクチュエータの形態の中で,軟らかい膜でできた変形アクチュエータは,動作環境に対して耐久性があり実用化に際して最も有力な候補である.Carlson & Lumly[6]は,乱流の直接数値計算において,流れ場中に正規分布形状のバンプを形成することによって,流れ場が大きく変化することを示した.また,Mito & Kasagi[7]は,流れ方向に一様・スパン方向及び時間的に正弦波状に変形するフレキシブル・チャネル乱流の直接数値計算を行ない,摩擦抵抗低減下では低速ストリークのスパン方向への揺動現象が抑制されていることを示した.また,実験的には,Grosjeanら[8]が空気圧で変形するミリオーダの大きさの変形アクチュエータ群を作成し,制御効果・実用上の耐久性について報告している.以上の研究は変形アクチュエータの有効性を示しているものの,変形アクチュエータの動作モードは予め定められており,正味の制御効率は低くなっている.

 一方,Choiら[9]は,チャネル乱流の直接数値計算において,壁面から局所的な吹き出し・吸い込みを行ない,30%に及ぶ摩擦抵抗低減効果を得た.これは,流れ場中の情報が必要となる仮想的なものであるが,縦渦構造にアクティブに制御を施すことによって効果的な乱流制御が可能であることを示した.Leeら[10]は,ニューラル・ネットワークを用いた制御アルゴリズムによって,流れ場の壁面値情報のみを用いて最適な吹き出し・吸い込み分布が決定できることを示した.しかしながら,無数のセンサとアクチュエータを想定しており,実用化が困難である.

 本研究の目的は,一定のスケールを持つ変形アクチュエータ群を壁面上に規則正しく配置した実用的な制御デバイスであるスマートスキンを想定し,これによる乱流アクティブ・フィードバック制御の摩擦抵抗低減効果を評価することである.さらに,壁面情報のみによって変形アクチュエータの変形モードを決定する簡単なアルゴリズムを構築する.このため本研究では,壁面が任意に変形することが可能なチャネル乱流の直接数値計算を行なった.

2.数値計算手法

 計算領域および座標系を図1に示す.支配方程式は非圧縮ナビエ・ストークス方程式および連続の式である壁面の変形は,移動座標を伴う境界適合座標系によって表現される.流れ方向(x-),スパン方向(z-)には周期境界条件を壁面上で粘着条件を課した.

 時間進行に修正クランク・ニコルソン型フラクショナル・ステップ法[11]を用い,空間離散化には2次精度中心差分を適用した[7].圧力解法には3段階の多重格子法[12]を用い,最密・密格子にはSOR法を,最粗格子にはILUCGS法を用いた.

 計算領域には,チャネル半幅をとして流れ方向,スパン方向にそれぞれ2.5,0.75を取った.計算格子点数は,流れ方向,壁垂直方向,スパン方向にそれぞれ96×97×96点を取った.流れ方向,スパン方向には等間隔格子を用い,壁垂直方向には,壁面近傍に格子点が密集するように,ハイパボリック・タンジェント関数を用いて決定した.また,時間刻み幅は0.33粘性時間とした.数値積分には流量一定条件を課し,バルク平均流速Ubとチャネル輻2で表されるレイノルズ数4600とした.このとき,摩擦速度urで表されるレイノルズ数Rerはおよそ150である.十分発達したチャネル乱流の瞬時場を初期条件として用いた.

3.壁面の連続的変形による乱流制御

 研究の第一段階として,壁面変形による摩擦抵抗低減効果の評価および,変形の特徴的なスケールを見積もるために,簡単なフィードバック制御アルゴリズムを採用した.ここでは,局所的吹き出し・吸い込みを行なったChoiら[9]に習い,壁面変形速度vwは次式のように定められる.

 

 ここでtnは時刻,vsはy+〜15における壁垂直方向速度成分,ywは壁面変形量を表す.また,<<>>は,物理量の各時刻におけるx-z断面内アンサンブル平均を表す.(1)式右辺第2項は過大な変形を抑制するためのダンピング項である.

 図2に,流れ方向平均圧力勾配の時間変化を示す.縦軸は,非制御時の平均圧力勾配によって正規化されており,摩擦抵抗を表す.摩擦抵抗のt+=0〜600の期間における平均減率は約10%である.また,図2に示すように,壁面変形量および変形速度の実効値は非常に小さい.ここで,粗さがy+=5以内の粗面は,水力学的平滑面に分類される[13]ため,変形形状が乱流準秩序構造に大きな影響を及ぼすことはないと考えられる.一方,壁面変形速度の実効値はy+=10における壁垂直方向速度成分の実効値とほぼ等しい.Choiら[9]によれば,y+=10における壁垂直方向速度と逆位相の吹き出し・吸い込みを行なうことによって,顕著な摩擦抵抗低減が得られており,本計算で得られた顕著な摩擦抵抗低減は,壁面変形形状よりもむしろ,壁面が変形速度を持つことによると考えられる.

 図3は,瞬時の壁面変形の状況を示している.このような流れ方向に長い瞬時の壁面変形速度分布の2次元(x-z)スペクトルを計算し,図4に示す.スペクトルは(kx,kz)=(3,3),(5,5)にピークを示しており,算出される特徴的な変形スケールは,流れ方向,スパン方向にそれぞれ()=(200,60),(120,36)である.後述するように,壁面上に分散配置された変形アクチュエータ群の大きさは,ここで評価した壁面変形の特徴的なスケールを用いた.

図表Figure 1.Flow geometry and coordinate system. / Figure 2.Time traces of mean pressure gradient and the rms values of yw and vw. / Figure 3.Instantaneous wall deformation(t+=5).Flow:left to right,White to Gray:=-2to2. / Figure 4.Two-dimensional spectrum of wall velocity.
4.壁面情報による縦渦構造の検知アルゴリズム

 前節より,適切な制御アルゴリズムに従って変形する壁面変形が,摩擦抵抗低減に有効であることが示された.しかしながら,前節で用いたアルゴリズムでは流れ場内にセンサが必要となり,現実的でなはい.本節では,壁面上に配置されたセンサによる壁面情報のみを基に,流れ場中の縦渦構造を検知するアルゴリズムを構築する.

 壁面近傍のストリーク構造は,流れ方向に真直に流下することは稀であり,スパン方向に揺動を起こすことが知られている.Johanssonら[14]は,チャネル乱流の直接数値計算データベースの条件付抽出を行ない,ストリーク構造がスパン方向に揺動している点で乱れの生成が活発であることを示した.Jeong[15]は,低速ストリークのスパン方向揺動に伴って,スパン方向に捻れて存在する縦渦モデルを提案した.

 図5は,ストリークのスパン方向揺動現象の概念図である.2種の速度勾配∂u’/∂xと∂u’/∂zの符号によって,ストリーク端は表1に示す4つのイベントに分類される.

 十分に発達したチャネル乱流のデータベースを用いて,表1に示す速度勾配条件による条件付抽出を行なった結果,イベントE1,E4にはそれぞれ正負の流れ方向渦度を持つ縦渦が伴っており,また,イベントE2,E3には渦度のピークは存在せず,Jeong[15]のモデルと一致する結果となった.すなわち縦渦構造は,ストリークの揺動現象によって検知が可能である.ここには示さないが,ストリークの揺動現象を示す物理量の候補について検討を加え,各イベントから50v/ur上流の壁面剪断応力およびのスパン方向勾配が良い指標となることを示した.各イベントに対応する壁面剪断応力のスパン方向勾配の符号は表2のようになる.

 これらの壁面剪断応力情報によって検知される流れ場の特性を調べるために,チャネル乱流のデータベースを用いて,イベントE1に対応する条件による条件付抽出を行なった.

 図6に,y+=15における条件付平均化された流れ方向速度成分を示す.イベントE1に伴う低速ストリークの揺動現象が,抽出点(x+z+=0)から下流x+≒50に捉えられている.また,図7に示すように,正の流れ方向渦度成分のピークが,同じ地点に捉えられている.ここには示さないが,表2に示したシグナルS4の条件による条件付抽出の結果,イベントE4に伴う負の流れ方向渦度成分のピークが捉えられている.すなわち,壁面上の∂ru/∂zと∂rw/zの正負の組合せによって,流れ場中の縦渦構造の存在と共に,その回転運動の方向をも捉えられることが示された.

 図8に,シグナルSlによって捉えられる,y+=15における条件付平均化された壁垂直方向速度成分を示す.正負一対のピークが,スパン方向に約30/ur離れて並んでいる.そのため,図8に示す壁垂直方向速度成分と逆位相の速度を変形アクチュエータに与えることによって,縦渦の回転運動の効果的な抑制が可能であると考えられる.

5.分散配置された変形アクチュエータ群による壁乱流のアクティブ・フィードバック制御

 図9に,剪断応力センサと変形アクチュエータの配置図を示す.図8に示す壁垂直方向速度成分に対向する速度成分を持たせるように,各アクチュエータはスパン方向に正弦波状に変形するとし,スパン方向の大きさは60/urとした.剪断応力センサは,アクチュエータ最大可動域との距離が50/ur離れるように配置した.

図表Figure 5.Detection of streak meandering. / Table 1.Four events at the edge of meandering streaks. / Table 2.Four signals and corresponding events. / Figure 6.Contours of streamwise velocity at y+=15,given the conditions>0.035 and<-0.005. / Figure 7.Contours of streamwise vorticity at y+=15,given the conditions>0.035 and<-0.005. / Figure 8.Contours of wall-normal velocity at y+=15,given the conditions>0.035 and<-0.005.

 本研究では,チャネル両壁面にそれぞれ36個(流れ方向,スパン方向に6×6個)の変形アクチュエータを等間隔に配置した.

 各センサは,剪断応力のスパン方向勾配∂ru/∂zと∂rw/∂zを毎時刻計測し,センサが負の∂rw/∂zを検知した時に,アクチュエータの最大変形速度vmは以下のように決定される.

 

 ymは,山谷の変形量を表し,,,は後述する制御パラメータである.変形アクチュエータ上の各格子点の変形速度は以下の式で与えられる.

 

 ここで,アクチュエータの流れ方向形状を決定する関数f(x+)は,アクチュエータが滑らかな変形をするよう,以下の式で与えた.

 

 上式中,xcとzcは,アクチュエータ中心座標を示す.制御パラメータは,予備的計算の結果,=2.3,=0.077,=0.3,=6.14,and =22.2と定めた.

 図10に,流れ方向平均圧力勾配の時間変化を示す.図には同時に,第3節で述べた壁面の連続的変形による乱流制御および,Choiら[9]による局所的吹き出し・吸い込みの結果を示す.変形アクチュエータ群によって制御された圧力勾配は,制御効果が現れるまでに時間遅れが生じているものの,t+=800において最大抵抗低減率17%が得られている.

 図11は,ポンプ仕事の利得分と,アクチュエータ変形のための投入仕事の時間変化を示す.ここで,アクチュエータを変形するための投入仕事として,(i)乱れエネルギ移流効果,(ii)圧力押し込み仕事,(iii)粘性応力に対する仕事のみを考慮し,材質を伸縮させるための仕事は無視した[7].

 

 ここで,Q,k,はそれぞれ流量,乱れエネルギ,壁面圧力変動を示している.また添字nは,壁面垂直方向(成分)を表し,(7)式中の積分は変形壁に沿う積分であるとする.アクチュエータを変形させるための投入仕事は,ポンプ仕事の利得に比べ,非常に小さいことが分かる.また,変形アクチュエータ群による平均効率(≡G/Win)は10のオーダであり,分散配置された変形アクチュエータ群による制御効率が良いことを示している.

図表Figure 9.Arrangement of deformable actuators. / Figure 10.Time trace of mean pressure gradient. / Figure 11.Gain in pumping work and power input to deformable actuators.

 図12は,t+=0とt+=604における瞬時流れ場であり,壁垂直方向に可視化した.渦構造は,変形速度勾配テンソルの第二不変量()の負値等値面で示した[16].本制御下では,壁面近傍の縦渦構造が抑制され,低速ストリークの揺動現象が抑制されている.このことは,流れ方向速度の流れ方向2点相関が高くなっていることを示しており,ポリマー添加による摩擦抵抗低減下の乱流場でよく見られる現象である[17].

Figure 12.Top view of instantaneous flow field.Flow:left to right.White:ll’=-0.03,Dark grey:u’=-3.5,Light grey:u’=+3.5.(a)t+=0,(b)t+=604.
6.結論

 壁乱流の壁面近傍の乱流準秩序構造の物理的知見に基づき,乱流制御のための新しいフィードバック制御アルゴリズムを構築した.流れ場中の縦渦構造は,乱流現象に大きな寄与を及ぼし,ストリークのスパン方向揺動現象と密接に関わり合うことから,壁面剪断応力のスパン方向勾配によって検知が可能であることを示した.また,縦渦はセンサから50粘性長さ下流の流れ場中に捉えられた.

 捉えられた縦渦構造の回転運動を抑制する制御アルゴリズムを構築し,それに従って壁面上に分散配置された変形アクチュエータ群を作動させるチャネル乱流の直接数値計算を行なった.摩擦抵抗は平均で10%低減し,変形アクチュエータ群による本制御形態が有効であることを示した.

 さらに,本制御によって縦渦構造および,低速ストリークのスパン方向への揺動現象は効果的に抑制されることを示した.また,アクチュエータを変形させるための投入仕事は,ポンプ仕事の利得分に比べ,1/10のオーダであり,高効率な制御となっている.

参考文献[1]Moin,P.,& Bewley,T.,1994,Appl.Mech.Rev.,Vol.47,S3-S13.[2]Robinson,S.K.,1991,Annu,Rev.Fluid Mech.,Vol.23,pp.601-639.[3]Kasagi,N.,et al.,1995,Int.J.Heat & Fluid Flow,Vol.16,pp.2-10.[4]Gad-el-Hak,M.,1994,AIAA J.,Vol.32,No.9,pp.1753-1765.[5]Ho,C-M.,& Tai,Y-C.,1998,Annu.Rev.Fluid Mech,Vol.30,pp.579-612.[6]Carlson,H.A.,& Lumly,J.L.,1996,J.Fluid Mech.,Vol.329,pp.341-371.[7]Mito,Y.,& and Kasagi,N.,1998,Int.J.Heat & Fluid Flow,Vol 19,pp.470-481.[8]Grosjean,C.,et al.,1998,IEEE 11th MEMS Workshop,pp.166-171.[9]Choi,H.,et al.,1994,J.Fluid Mech.,Vol.262,pp.75-110.[10]Lee,C.,et al.,1997,Phys.Fluids,Vol.9,pp.1740-1747.[11]Choi,H.,& Moin,P.,1994,J.Comput.Phys.,Vol.113,pp.1-4.[12]Demuren,A.O.,& Ibraheem,S.O.,1998,AIAA J.,Vol.36,pp.31-37.[13]Schlichting,H.,1960,"Boundary Layer Theory,"McGraw-Hill,New York.[14]Johanson,A.V.,et al.,1991,J.Fluid Mech.,Vol.224,pp.579-599.[15]Jeong,J.,et al.,1997,J.Fluid Mech.,Vol.332,pp.185-214.[16]Chong,M.S.,et al.,1990,Phys.Fluids A,Vol.2,No.5,pp.765-777.[17]Fortuna,G.,& Hanratty,T.J.,1972,J.Fluids Mech.,Vol.53,part.3,pp.575-586.
審査要旨

 本論文は,「変形アクチュエータによる壁乱流のアクティブ・フィードバック制御に関する研究」と題し,6章より成っている.

 省エネルギーや環境負荷軽減の観点から,摩擦抵抗低減,伝熱促進,騒音低減などを目指した乱流の高効率で自在な制御技術への要請が高まっている.工学上対象となる流れ場の多くは壁面に沿う剪断乱流であり,優れた制御を達成するには,壁面近傍の秩序的な縦渦構造に適切な作用を施すことが有効である.現実に現れる乱流構造は微小であるが,近年発展が著しいマイクロマシン技術によって製作されるマイクロセンサ/アクチュエータの応用によって,高度に知的な乱流制御技術の開発が可能となってきた.本論文は,壁面に設置される変形アクチュエータ群による乱流のアクティブ・フィードバック制御システムの開発に向けて,一連の直接数値シミュレーションを通じて,計算負荷の小さい実用的な制御アルゴリズムの構築とその評価に関する研究を行ったものである.

 第一章は序論であり,乱流輸送機構における乱流準秩序構造の役割,直接数値シミュレーションおよび実験的手法による乱流制御技術の進展を概観し,本研究の目的について述べている.まず,乱流準秩序構造,特に縦渦構造が壁乱流の輸送機構に大きな役割を果たしていることから,効率の良い乱流制御を行うためには,縦渦の検知と縦渦への作用が必要であることを述べている.次に従来の乱流制御研究を,そのアクチュエーションモードによって分類し,それらの実用化への見通しについて触れている.乱流制御デバイスの実用化の上で,種々のアクチュエーション形態の中で,過酷な使用条件下における耐久性に優れた変形アクチュエータが最も有力な候補であり,そのようなアクチュエータ群が近年発達が著しいマイクロマシン技術によって制作が十分可能であることから,変形アクチュエータ群を壁面上に配置したスマート・スキンの概念を提案している.本研究の目的は,壁面変形によるアクティブ・フィードバック制御の有効性の評価,および壁面情報による縦渦構造検知アルゴリズムの構築を通じて,実用性が期待できる変形アクチュエータ群による乱流抵抗低減のためのフィードバック制御法を確立し,その効果と力学機構を明らかにすることであることが述べられている.

 第二章は計算手法である.本研究では,移動境界を伴う境界適合座標系によって壁面の変形を表しており,本章では,移動境界を含む乱流場の直接数値シミュレーションにおける時空間的な離散化に関する詳細が述べられている.具体的には,計算負荷を極力低減するため時間刻み幅を大きく設定するために,すべての項を半陰解法によって離散化するクランク・ニコルソン型のフラクショナル・ステップ法を用いている.また,空間離散化については,時空間的にバランスの取れた離散化を行うことを目的として,二次精度中心差分が用いられている.なお,本計算コードによって計算された,壁面非変形時のチャネル乱流の統計量を,信頼性の高いスペクトル法による計算結果と比較し,本コードの健全性を検証している.さらに,壁面の変形時の力学的なエネルギー・バランスの成立を確認して,変形壁乱流の計算コードとしての健全性を明らかにしている.

 第三章では,連続的な壁面変形によるフィードバック制御の有効性を評価するために,フレキシブルな壁面を有する発達したチャネル乱流の直接数値シミュレーションを行なっている.流れの中の仮想的なセンサによって縦渦構造に伴う壁垂直方向の速度成分を検知し,それと逆位相の壁面変形速度を与える.この時の制御は,センサが体積を有しないと同時に,センサとアクチュエータが無数に設置される,いわば仮想的な制御である.制御開始と共に縦渦構造が消滅し,その結果顕著な摩擦抵抗低減が得られ,変形アクチュエータの有効性が示されている.さらに壁面変形に伴う投入仕事は,ポンプ動力利得と比較して十分に小さく,効率の良い制御が可能であることが示されている.また変形モードは,流れ方向に比較的長く,スパン方向にはストリークの平均間隔程度のスケールを有することが明らかにされている.

 第四章では,実用上開発が予想される,壁面上に配置されたマイクロセンサによって,乱流場中の縦渦構造を検知するためのアルゴリズムを提案している.従来,壁面上の物理量情報のみによって,流れ場中の非定常で3次元性の強い縦渦構造を検出することは困難であると考えられてきたが,チャネル乱流の直接数値シミュレーション・データベースから,壁面近傍の低速ストリークのスパン方向揺動点の下流端に縦渦構造が高い確率で検知されることを確認している.この事実から,ストリークのスパン方向揺動現象に伴う壁面剪断応力のスパン方向勾配値から,乱流中の縦渦構造をその回転方向も含めて検知できることを示している.

 第五章では,前章までの知見を基に,壁面剪断応力センサと有限の大きさを持つ変形アクチュエータによって構成される微少な制御ユニットを壁面上に千鳥状に分散配置したチャネル乱流の直接数値シミュレーションを行なっている.変形アクチュエータの寸法は,連続壁面変形による制御結果や縦渦の平均直径を参考に決定された.本制御法では,各時刻に得られる流れ場の情報は限られたものではあるが,制御開始後摩擦抵抗は10%以上降下し,アクチュエータ投入仕事も小さく,縦渦構造が効果的に抑制されることが示されている.この際,低速ストリークは流れ方向により長くなり,その揺動現象が抑制される結果,縦渦構造の再生成が抑制されていることも明らかにしている.

 第六章は結論であり,本論文で得られた成果をまとめている.

 以上要するに,本論文では,移動境界問題に対しても高精度を実現する直接数値シミュレーション・コードを開発し,それを用いて,実用的な乱流制御デバイスの先導設計及びその評価を行うことを目的として,変形壁面を伴うチャネル乱流の直接数値シミュレーションを行った.さらに壁面上に配置された離散的なセンサ群によって縦渦構造を検知するアルゴリズムを構築した.このアルゴリズムは乱流輸送機構において,力学的に重要な縦渦構造を精度良く検知出来るため,今後の乱流制御研究における高効率な制御アルゴリズム構築に新たな指針を与えるものである.さらに本研究は,分散配置された変形アクチュエータ群による壁乱流制御の実用的な有効性を示したもので,将来の新しい機械システムの設計に有用な指針を与えるものである.従って,本論文は熱流体工学及び乱流工学の上で寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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