学位論文要旨



No 115108
著者(漢字) 杉山,和靖
著者(英字)
著者(カナ) スギヤマ,カズヤス
標題(和) 気泡流乱流の微細流動構造の解明
標題(洋)
報告番号 115108
報告番号 甲15108
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4603号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 助教授 谷口,伸行
 東京大学 講師 高木,周
内容要旨

 気泡流は,多くの自然現象や,工業装置で見受けられ,非常に重要な問題とされている.特に,原子炉の冷却系統では事故を回避することが絶対であり,高度な安全設計の観点から研究が進められている.また,キャビテーション現象は流体機械の壊食をもたらすために注目されており,気泡流としての性質を踏まえて研究が行われている.また,気泡流の性質を応用したものには,上昇気泡の駆動力を利用したエアリフトポンプや,気泡群の生成する乱れによって循環・混合を促進する化学プラント,バイオリアクタが挙げられ,低エネルギーで高効率な機器の研究開発が行われている.また,マイクロバブルを乱流境界層に吹き込むことによってせん断抵抗が低減することが知られており,例えば船舶に対して積極的に応用しようといった研究が行われている.

 以上の問題に対し,流体物理的な観点からは気泡流の持つスケールの多重性が重要であることが知られている.例えば,気泡流に存在する長さスケールには,代表長さが気泡径のミクロスケール,気泡間距離のメゾスケール,全体の流動の代表長さからなるマクロスケールなどが挙げられ,多様である.また,時間スケールについても多様でおり,乱れの渦構造の寿命,並進運動する気泡の緩和時間,気泡群の拡散の積分時間などが挙げられる.このように様々なスケールが混在する気泡流では,それらの大小スケール間の相互作用によって,変動性の強い複雑な流れ場が形成されている.従って,気泡流の現象を解明するには,気泡流におけるスケール間の干渉機構を考慮に入れて解析を行うことが必要である.

 しかしながら,気泡流の分野では既に多くの研究がなされてきているのにも関わらず,現象に関わる要因が多岐にわたり,複雑であるため,気泡流のスケールの多重性についての理解が乏しいのが現状である.このような問題に関し,実験によって気泡流の構造を詳細に捉えることは難しく,数値シミュレーション利用することが有効であると考えられる.

 以上の点を踏まえ,本研究では,微細な気泡径を有する場合の気泡流を対象として,気泡流の多重スケール構造に対する詳細な知見を得ることを目的としている.本論文では,まず,セル流れや等方乱流中の気泡運動を数値シミュレーションによって各種統計量を算出し,気泡と渦の時間スケールの比を用いて整理する.また,多数の上昇気泡群を数値シミュレーションを用いて解析し,気泡間の相互作用によってもたらされる,ミクロ=メゾスケールの現象について解明する.また,この解析結果で得られた知見を基に,気泡流の多重スケール構造が反映された,計算負荷が小さく,信頼性が高い,新たな気泡流予測手法を構築する.

 第2章では「One-way coupling法による気泡・粒子運動解析」と題し,渦により気泡・粒子が受ける運動についての影響を調べている.気泡流は粒子径,重力,密度比,堝の長さスケール,流体の粘性係数など,多くの要因によって現象が支配されており,現象の理解には,単純化された条件下で,様々なパラメタに対する,気泡運動の動的挙動を調べることが有効である.

 まずは,ナビエ=ストークス方程式を満たす渦のうち,単純なセル流れ中での気泡・粒子運動を,粒子緩和時間,密度比,重力をパラメタとして計算した.そして,気泡・粒子速度の時間発展過程について緩和時間を調べ,従来から知られているような粒子緩和時間に比例する影響だけでなく,が小さい場合には1/に比例することがわかった.また,に対する粒子・気泡の平均沈降・上昇速度の振舞いは,粒子・気泡の分布形態に大きく依存することが示された.特に,気泡の場合には,気泡分布の渦構造に対する指向性が強いことが示された.

 次に,直接数値シミュレーションを用いて構築された一様等方性乱流中の気泡・粒子運動について,one-way coupling法によって計算した.計算は,粒子と流体の密度比とストークス数(粒子緩和時間と乱れの積分時間との比)をパラメタとして行った.まず,乱流の特定の構造に対する粒子の集積(preferentialconcentration)について調べ,重い粒子の場合には,高圧力・高ひずみ領域に対し,密度が小さい気泡の場合には低圧力・低ひずみ領域に集積するといった従来から知られている傾向が再現されることを確認した.そして,重い粒子よりも気泡の方が乱流構造に対するpreferential concentrationが強いことがわかった.次に,ストークス数で整理してpreferential concentrationの強さを調べ,気泡の場合は重い粒子の場合と同様に分散体の慣性と抗力の影響が同程度であるときに強いことがわかった.ただし,ストークス数が大きい場合,重い粒子が流体の慣性に対して鈍感になるのに対し,気泡の場合は,敏感に反応するため,preferentialconcentrationが最も強いときのストークス数が重い粒子に比べ大きいことが示された.次に,ストークス数に対する気泡・粒子のrms速度の挙動について調べ,乱れの構造を無視した既存のTchenの理論との比較を行った.その結果,重い粒子の場合はTchenの理論と近いのに対し,気泡の場合はpreferentialconcentrationが強いためにTchenの理論と大きく異なることが示された.また,ストークス数に対する粒子拡散特性は気泡と重い粒子とで逆の傾向を示すことがわかった.

 第2章の解析はone-way coupling法であり,分散相から連続相への作用が考慮されていない.しかし,実際の流れ場では気泡運動によって流れが変調し,その強さがpreferentialconcentrationに大きく依存すると考えられる.特に,気泡の場合には,重い粒子よりもpreferential concentrationが強く,流れの変調を考慮することが重要である.そこで,第3章では,「気泡群の直接シミュレーション」と題し,粒子から流体への作用に着目し,気泡群の並進運動についてDNSを用いた詳細な数値解析を行っている.

 本研究では矩形格子を用いて,有限差分法によって球形気泡を含む流れの直接数値シミュレーションを行っている.その定式化やアルゴリズムは瀧口・梶島らの手法にならっている.本研究では,特に気泡表面上での境界条件(滑べりなし条件)の設定を工夫して,高精度で安定に計算する手法の開発を行った.まず,本研究で開発された計算コードを用いて,円柱や球周りの流れの抗力係数,静止流体中の単一球形気泡・粒子の速度の時間経過を調べた.その結果,従来の実験結果や数値解析結果をよく再現することが示され,計算方法の妥当性を確認した.そして,本計算手法を多数の気泡を含む流れに適用して,抗力係数とレイノルズ数の関係の気相体積率依存性を調べた.その結果,調べた範囲(気相体積率が10%以下,Rep<200)では計算で得られた抗力係数と実験値や理論解とが概ね良く合うことが示された.また,単一気泡(気相体積率が0%)の抗力係数に相対的な抗力係数の増大率はレイノルズ数よりも,気相体積率に強く依存することが示された.次に,気泡群の相互作用によってもたらされる拡散現象を,自己拡散係数によって評価した.その結果,レイノルズ数が高く,ボイド率が高い程,自己拡散係数が大きくなる様子が示された.特に自己拡散係数はボイド率に対する依存性が大きく,本解析結果から高ボイド率域(10%程度)では,自己拡散係数が液体の分子粘性よりも卓越して大きくなる様子が示された.次に球形粒子が誘起する平均的な速度場を,球面調和関数と負次の多項式を用いて展開した.そして,ボイド率が高い程,粒子間が狭くなって相互作用が強くなるために,形成される境界層の厚さが薄くなることがわかった.また,数少ない情報量で再構築される流線のレイノルズ数依存性が物理的に妥当であることが示された.また,気泡流のSub-Grid Scale応力を直接シミュレーションによって計算し,各種SGSモデルとの比較・検討を行った.その結果,気泡流の場合には,気泡近傍の局所的な流れ場の構造が重要であることが示された.

 第4章では,「平均化方程式を用いた分散性混相流モデルの構築」と題し,第3章で得られた結果を踏まえて,計算負荷が小さく,信頼性が高い,新たな気泡流解析手法の開発が行われている.まず,粒子と流体間の運動量相互作用を「ポイントフォース」として扱う従来の数値解析手法について,粒子レイノルズ数がRe=0,もしくは,0<Re<<1で,粒子遠方場での速度の振舞いが正しく算出されることを示すと共に,粒子レイノルズ数が高い場合には粒子前後の速度場の非対称性から,粒子遠方場での速度の振舞いが正しく求まらず,粒子径のサイズの影響について導入することが必要であることを指摘した.次に,現在の気泡流数値シミュレーションで広く使われている「平均化方程式」を用いた解析手法における致命的な問題点が,渦度や圧力の扱いが境界値問題として正しくないことにあることを指摘した.そして,流体の物理に則した数学的議論を行い,各気泡界面上での渦度や圧力の境界条件の影響を,平均化方程式を用いた解析手法に導入する方法を検討した.そして,気泡表面での圧力境界条件に関わる圧力は,調和関数で記述されることを導いた.また,気泡表面での渦度境界条件への寄与は,圧力の境界条件と分離されることを示した,そして,気泡の誘起する圧力,気泡近傍の粘性応力(渦度生成の影響),SGS応力をモデルに採り入れることによって,新しい分散性混相流の解析手法の構築を行った.本計算手法は,気泡周りの速度場や,圧力場について,球面調和関数/多項式展開によって構築されたデータベースを用いることで,少ない情報量によって気泡の後流や境界層厚さのレイノルズ数依存性などが反映されていることに特徴がある.そして,第3章で示された気泡群の直接数値シミュレーションと同じ条件において,平均化方程式を用いた数値シミュレーションを行い,気泡流のエネルギスペクトルを調べた.その結果,従来の平均化方程式を用いた気泡流の計算手法では,気泡流のエネルギスペクトルが極めて過小評価されるのに対し,本計算手法を用いることによって大きく改善されることが示され,本モデルの有効性が示唆された.

 第5章は「結論」であり,本研究によって得られた新しい知見についてまとめられている.

審査要旨

 本論文は,一様に分布する上昇気泡群を対象とし,気泡群の運動と乱れの相互作用について理論解析や数値シミュレーションを行い,気泡流における複雑現象を解明するとともに,その現象を再現できる数値モデルの構築を目的としている.

 気泡流は,多くの工業装置で見受けられ,重要な問題とされている.例えば,上昇気泡の駆動力を利用したエアリフトポンプや,気泡群の生成する乱れを利用し,混合を促進する液相化学反応器では,低エネルギーで高効率な機器の開発に向け研究が進められており,特に,信頼性の高い数値解析手法の確立が要求されている.従来の気泡流の数値シミュレーションでは,大量の気泡を扱うために,場を粗視化する平均化方程式を用いた手法が主流であった.しかし,このような方法では,気泡流における小さなスケールの流れを捉えることができず,スケール間の干渉機構が正しく扱われていなかった.

 本論文では,微細な気泡径を有する場合の気泡流を対象として,気泡流における多重スケール構造に対する詳細な知見を得るために,理論解析やNS方程式の直接数値シミュレーションが行われている.そして,得られた知見から,従来の解析では考慮されていなかった,気泡径に代表されるミクロスケール,気泡間距離に代表されるメゾスケールの流れの相互作用に関するモデル化が行われている.

 本論文は全5章から構成されている.

 第1章は「序論」であり,研究の背景や目的,気泡や粒子を含む流れに関する従来の研究の概要について述べられている.

 第2章は,「One-way coupling法による気泡・粒子運動解析」と題し,流体の渦構造が気泡・粒子の運動に及ぼす影響について論じられている.まず,単純なセル流れや一様等方性乱流の中での気泡・粒子運動について,ストークス数,密度比をパラメタとして計算されている.その結果,特に,重い粒子に比べ気泡は,渦構造に対して指向性が強く分布することが示されている.また,ストークス数に対する気泡・粒子のrms速度の挙動を調べ,乱れの構造を無視した既存の統計的理論との比較が行われている.その結果,重い粒子の場合は理論解と近いのに対し,気泡の場合は乱流の特定の構造に対する集積が強いために,理論解と大きく異なってくることが示されている.

 第3章は「気泡群の直接数値シミュレーション」と題し,気泡群の並進運動によってもたらされる流れの変調に着目し,DNSを用いた詳細な数値解析が行われている.まず,矩形格子を用いて多数の気泡を扱うための計算手法が示されている.特に,気泡表面での境界条件の設定や気泡運動の追跡に関して,高精度で安定に計算する手法が新たに開発されており,その妥当性が示されている.そして,構築された計算手法を用いて,周期領域中の上昇気泡群の運動が計算されている.その結果,気泡群の抗力係数のボイド率依存性は,調べた範囲(ボイド率が10%以下,レイノルズ数が200以下)において,実験値や理論解と整合することが示されている.また,気泡群の相互作用によってもたらされる拡散現象を,自己拡散係数によって評価し,特に,自己拡散係数はボイド率に対する依存性が強いことが示されている.さらに,気泡流のSub-Grid Scale応力をDNSの結果を用いて計算し,気泡流のSGS応力のモデル化に対する,気泡近傍の局所的な流れ場の構造の重要性が示されている.

 第4章は「平均化方程式を用いた分散性混相流モデルの構築」と題し,まず,既存の混相流解析手法の妥当性について検討されている.その結果,既存の気泡流解析では,圧力や渦度の境界値問題として正しく扱われていなかったことが問題であることを示し,その解決手段に関し流体の物理に則した数学的議論が行われている.そして,第3章での結果を踏まえ,気泡表面での圧力分布や気泡の並進運動によって誘起される速度場のデータベースを利用した,新たな気泡流解析手法が構築されている.さらに,第3章と同じ周期領域中の上昇気泡群の運動を計算し,従来の気泡流解析手法に対する有効性が示されている.

 そして第5章が「結論」である.

 気泡流に関する研究は,過去数多く実施されているが,そのほとんどが,気泡流の持つスケールの多重性について十分に考慮されたものではない.本研究では気泡流のスケール間の相互作用が直接,扱われており,詳細な解析により新たな知見が得られている.また,本研究では従来の気泡流解析手法における数学的な問題点を明確にし,その問題を克服する新たな解析手法が提案されている.本研究で新たに構築された解析手法を用いて得られた結果は,従来の手法による結果に比べ,格段に信頼性が高いことが示され,工学的な意義が大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位申請論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54724