学位論文要旨



No 115111
著者(漢字) 大前,学
著者(英字)
著者(カナ) オオマエ,マナブ
標題(和) プラトゥーン走行の高度化を実現するための制御システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 115111
報告番号 甲15111
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4606号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 藤岡,健彦
 東京大学 教授 吉本,堅一
 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 助教授 堀,洋一
 東京大学 助教授 鎌田,実
内容要旨

 今日の自動車交通には,交通渋滞,エネルギー消費,環境汚染,交通事故等の問題がある.上記問題を道路と自動車の情報化,知能化により解決することを目的として,ITS(Intelligent Transport Systems)の名のもとで,国内外で様々な研究が推進されている.本論文はITSの技術分野の一つである,自動車の自動運転システム(AVCSS,Advanced Vehicle Control and Safety Systems)におけるプラトゥーン(隊列)走行制御に関するものである.プラトゥーン走行とは自動車が高密度な隊列車両群(プラトゥーン)を構成して自動走行を行う自動運転形態であり,高密度走行による交通容量の拡大,空気抵抗の減少によるエネルギー消費および排出ガスの低減等を実現するものである(図1参照),従来の研究成果を鑑みると,プラトゥーン走行における縦方向(加減速)制御としては,車両レベルの制御によって車間距離の維持を実現するものが数多く提案されてきた.また横方向(操舵)制御としては,磁気ネイルや道路白線,先行車に追従する方式が数多く提案されてきた.プラトゥーン走行を実現するためには,プラトゥーンが車間距離の維持以外に合流,分離,交通密度に応じたプラトゥーン長の変更等のタスクの遂行および車線変更や進路変更,インシデントに対する対応が見通しよく実現できることが要求される.しかし,従来の提案されたプラトゥーン走行制御がこれらの要求をみたすものとは言いがたい.この理由として,

 ・車間距離の維持以外に合流,離脱の遂行を視野に入れた制御システムの構築がされていないので,これらのタスクを遂行する見通しが悪い

 ・プラトゥーンは交通状況に応じて車間距離の変更や,制御則の変更などを行う自由度を有しているのにも関わらず,それを最大限に活用できる見通しが悪い

 ・プラトゥーン間の相互作用やプラトゥーン-単体車両間の相互作用が考慮されていない

 ・道路白線や磁気ネイル,先行車等の何らかリファレンスが存在することを前提に横方向制御系が設計されているので,進路変更,車線変更,インシデントへ対応する際の融通性が低い

 を挙げることかできる.本論文ではプラトゥーン走行制御の高度化により,上記問題を解決し,自動車交通のより高い効率性,安全性,快適性の実現を目指している.この目的を実現するための制御システムを提案し,その有効性と技術的妥当性を明らかにすることが本論文の目的である,本論文では,車車間通信技術の進歩や高精度GPS(DGPS)等のセンサ技術の進歩を背景として,「プラトゥーンレベル制御」と「絶対位置情報の利用」を柱とした制御システムを提案し,その有用性と技術的妥当性を明らかにした.具体的には,階層型制御アーキテクチャ(図2参照)を提案し,それを実現するために必要な要素技術の検討を行った.さらに,巨視的なシミュレーションにより提案する制御システムが交通流挙動,燃料消費,加減速,交通容量等に与える影響を評価した.提案する制御システムを実現するために必要な要素技術としては,以下の技術について理論的検討および実験的による確認を行った.

 ・制駆動力特性のモデルマッチング制御

 ・プラトゥーンを一力学系として扱った縦方向制御

 ・DGPSを利用した車両絶対位置情報の獲得手法

 ・車車間通信とDGPSを利用した周囲車両相対位置情報の獲得手法

 ・DGPSを利用した絶対位置情報に基づく横方向制御

 ・路車間通信とDGPSを利用した車両運動制御(障害物回避制御)

 ・プラトゥーンのタスク制御

 上記第1,2項目では,プラトゥーンレベルの運動制御技術として,各車両の動特性を均一化するためのモデルマッチング制御系の構築,プラトゥーンを一力学系として扱った制御系の構築を行った,モデルマッチング制御の目的は,車両の目標加速度に対する車両加速度の応答特性を規範特性に一致させることにより,車両を既知の力学要素として扱うことを可能とすることである(図3参照).これを実現するためには,車両の制駆動システム内の非線形性や不確かさ,質量変動,勾配等の外乱が存在する状況下でも所望の制御性能を発揮する制御系の構築が必要となる.本論文ではロバスト制御理論を応用したモデルマッチング制御系を提案し,これにより目標加速度に対する車両加速度の応答を規範の一次遅れ特性に追従させることができることをシミュレーションおよび実験で明らかにした.図4は実験結果の一例である.1[m/s2]の目標加速度に対する応答が規範応答とよく一致していることがわかる.この制御により各車両を既知の力学要素として扱うことが可能となり,その結果,プラトゥーンを一力学系として扱うことを可能にした.プラトゥーンを一力学系として扱った縦方向制御の目的は,プラトゥーン内の任意の車間距離とプラトゥーン先頭車の速度を独立に制御し,プラトゥーンの挙動制御を可能とすることである.プラトゥーンにおいては,一台の車両の加減速が前方の車間距離だけでなく,後方の車間距離にも影響を及ぼす.このため,車両レベルの制御では,任意の車間距離を独立に制御することは困難である.本論文では,プラトゥーンを一力学系として扱って制御系を構築することにより,この問題を解決している.この制御系では,プラトゥーン内の各車両にモデルマッチング制御が作動していることとプラトゥーン内の各車両が車車間通信により状態量情報を共有していること仮定している.この仮定に基づいて,プラトゥーンを一力学系としてモデル化し,非干渉化制御理論を応用することで,プラトゥーン内の任意の車間距離とプラトゥーン先頭車速度を独立に制御できることをシミュレーションで明らかにした.図5はシミュレーション結果の一例であり,5台の車両から構成されるプラトゥーンで先頭車の速度(v1)と各車間距離(sp1〜sp4)を独立に制御して,変化させることが可能であることを示している.この制御によりプラトゥーンの挙動制御を可能とした.

図表図1 プラトゥーン走行 / 図2 提案する制御アーキテクチャ / 図3 制駆動力特性のモデルマッチング制御 / 図4 モデルマッチング制御実験結果

 上記第3〜6項目では,絶対位置情報の車両運動制御への利用性を検討するために,DGPSを利用した絶対位置情報の推定手法の構築と絶対位置情報に基づく車両運動制御系の構築を行った.DGPSのみによって獲得した絶対位置情報には,精度,遅れ,サンプル周期の問題があり,そのまま車両運動制御に利用することは困難である.本論文では,非定常カルマンフィルタアルゴリズムにより,DGPSからの絶対位置情報と車両運動状態量を情報を統合することで,車両運動制御に利用するために十分な精度とリアルタイム性を有する絶対位置および車両方位角を推定する手法を提案した.この手法により20[Hz]のサンプルレートで遅れのない絶対位置および車両方位角情報が獲得できることをシミュレーションおよび実験で明らかにした.また,獲得した絶対位置情報を車車間通信で送受信し,通信遅れの影響を補償することにより周囲車両の高精度な相対位置情報を獲得する手法を提案し,その有効性を実験で明らかにした.絶対位置情報を利用した車両運動制御として,目標コースに自動追従する操舵制御システムの開発を行った.この制御の特徴は,追従対象の目標コースが書きかえ可能なデジタルデータとして記述されていることである.この特徴により,進路変更や車線変更,障害物回避の要求に応じて自由に目標コースを変更することが可能である.これは,自動運転システムの横方向制御において,進路変更,車線変更,インシデントに対処する際の融通性を向上するものである.実験により15[cm]以下の精度でコース追従ができることを明らかにした.図6に実験システムと実験結果の一例を示す,またインフラからコース上の障害物情報を送信することにより,車両が目標コースを適切に変更して障害物を回避する制御系を構築し.その有効性を実験により明らかにした.

図表図5 プラトゥーンを一力学系として扱った制御系による車間距離および速度制御結果 / 図6 DGPSを利用した絶対位置情報に基づく横方向制御実験システムと実験結果

 上記第7項目では,プラトゥーン挙動の決定および制御を行うためのタスク制御の設計を行った.プラトゥーンが,定常走行,プラトゥーン形成,合流,離脱,インフラとの協調を実現するためのプラトゥーン挙動の決定方法および制御手法を提案し,さらに必要な車車間通信情報と通信手続きのあり方を具体化した.

 以上の要素技術の関係は図7のようになる.

 提案する制御システムの有効性を評価するために,最大5000台の車両挙動を同時に解析するシミュレーションモデルを構築した.交通流を車両単位でモデル化することにより,制御系の影響,車両間の相互作用等を正確に解析することを可能にしている.また,交通容量や平均旅行時間といった巨視的な評価項目のみならず,各車両の加減速度,燃料消費量等の微視的な項目までも評価することが可能となる.このモデルを利用して,定常走行,合流時,離脱時,渋滞発生時における交通挙動を評価し,従来提案されたプラトゥーン走行制御システム,自律走行システム,提案する制御システムを比較した.図8に合流時におけるシミュレーションの様子を示す.シミュレーション結果により,提案する制御システムが,プラトゥーン走行の効率を向上し,かつ交通流の安定化,乗り心地の向上,燃料消費量の低減を同時に実現できることを定量的に明らかにした.すなわち,提案する制御システムの有効性を明らかにした.

図表図7 各要素技術の関係 / 図8 提案する制御システムを評価するためのシミュレーションの様子

 以上をまとめると,本論文では,プラトゥーンレベルの制御と絶対位置情報を活用することにより,自動運転システムの大幅な効率化,安全化,快適化が実現できることを示し,その制御を実現するための具体的手法と妥当性を明らかにした.

審査要旨

 本論文は,「プラトゥーン走行の高度化を実現するための制御システムに関する研究」と題し12章からなっている.

 現在,自動車交通問題を自動車と道路の知能化により解決することが模索されており,その最終的なゴールとして自動運転システムが着目され,自動車交通の効率の飛躍的に向上できるプラトゥーン(隊列)走行の研究が進められている.

 本論文は.すべての車両の加速度応答特性を規範の一次遅れ特性にマッチングさせて統一することにより,プラトゥーンを一力学系として扱うことを可能にしている.まず,「プラトゥーンレベルの制御」と「絶対位置情報の利用」を柱とした階層型制御アーキテクチャを提案し,次にこれを実現する制御・計測アルゴリズムを構築してその有効性と技術的妥当性をシミュレーション実験及び実車実験により確認している.最後に,巨視的なシミュレーション実験により,従来提案されているプラトゥーン制御システムや自律走行システムに比べて.提案している制御システムが優れていることを検証している.

 第1章は「序論」であり.研究の背景,目的,特徴及び産業上の有用性について述べている.

 第2章は「従来の自動運転制御の研列」と題し,研究の技術的背景として,近年の自動運転制御に関する研究成果が概観され,自動運転制御システムに関する技術的知見について述べている.

 第3章は「提案する制御システム」と題し,従来提案されたプラトゥーン走行システムの問題点を指摘し,それを克服するための制御システムとして,プラトゥーンレベルの制御と絶対位置情報の利用を柱とした制御システムを提案している.

 第4章〜第10章においては,提案する制御システムを実現するために必要な要素技術の技術的妥当性を検討することを目的として,制御手法,計測手法の提案を行い,その有効性を確認している.

 第4章は「制駆動力特性のモデルマッチング制御」と題し,自動車の縦方向の動特性を規範の特性に追従させるための制駆動力特性のモデルマッチング制御を提案し,その有効性を確認している.この制御により,各車両の加速度応答特性を規範の一次遅れ特性にマッチングすることが可能となり,プラトゥーンを一力学系として扱うことを可能にしている.

 第5章は「プラトゥーンを一力学系として扱った縦方向制御」と題し,プラトゥーンの挙動制御を実現するための制御として,プラトゥーンを一力学系として扱った縦方向制御を提案し,その有効性を確認している.この縦方向制御により,交通の要求に応じてプラトゥーン内の各車間距離と速度を独立に制御することを可能にしている.

 第6章は「DGPSを利用した絶対位置情報の獲得手法」と題し,自動運転制御で利用するための十分な精度とリアルタイム性を有する車両絶対位置情報の獲得手法として,高精度GPS(DGPS)と車両運動情報を利用したカルマンフィルタによる絶対位置推定手法を提案し,その有効性を確認している.

 第7章は「車車間通信とDGPSを利用した周囲車両相対位置情報の獲得手法」と題し,非隣接かつ全方向の車両の相対位置の検出手法として,DGPSと車車間通信を利用した周囲車両の相対位置計測手法を提案し,その有効性を確認している.

 第8章は「DGPSを利用した絶対位置情報に基づく横方向制御」と題し,DGPSを利用した絶対位置情報の車両運動制御への適用として,目標コースに追従するための横方向制御(操舵制御)を提案し,その有効性を確認している.この制御では目標コースがソフトウェアで記述されており横方向制御における融通性の高いリファレンスへの追従を可能としている.

 第9章は「路車間通信とDGPSを利用した車両運動制御(障害物回避制御)」と題し,絶対位置情報に基づく横方向制御の応用として,路車間通信を利用した目標コースの変更による障害物回避制御を提案し,その有効性を確認している.

 第10章は「プラトゥーンのタスク制御」と題し,交通状況に応じた,プラトゥーンの挙動を決定するためのプラトゥーンのタスク制御の提案とタスク制御時の車車間通信情報,通信手続きの具本化を行っている.

 第11章は,「提案する制御システムの評価」と題し,提案する制御システムの有効性を確認することを目的として,提案する制御システムを運用した場合の効果を巨視的な解析により評価している.この解析により,プラトゥーンのレベルの制御が,プラトゥーン走行の効率を向上し,かつ交通流の安定化,乗り心地の向上,燃料消費量の低減を同時に実現できることを明らかにしている.すなわち,提案する制御システムの有効性を明らかにしている.

 第12章は「結論」であり,本論文で得られた成果をまとめている.

 以上を要約すると,本論文は,各車両の特性をマッチング制御により規範の特性に統一する事によってプラトゥーンを一力学系として扱うことができるプラトゥーンレベルの制御と絶対位置情報を活用することにより,自動車の自動運転システムの大幅な効率化,安全化,快適化が実現できることを示し,その制御を実現する具体的な手法とその妥当性を明らかにしたものであり,産業機械工学及び車両制御工学の発展に寄与するところが少なくない.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54725