学位論文要旨



No 115112
著者(漢字) 神村,明哉
著者(英字)
著者(カナ) カミムラ,アキヤ
標題(和) 冷却固化式光造形法に関する研究 : ゾル-ゲル変換樹脂と紫外光遮断層を用いた高自由度・高精度造形
標題(洋)
報告番号 115112
報告番号 甲15112
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4607号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 村上,存
 東京大学 教授 中島,尚正
 東京大学 教授 吉本,堅一
 東京大学 助教授 鈴木,宏正
 東京大学 助教授 中尾,政之
内容要旨

 近年,試作を迅速に行なう手段として,3次元CADで設計された立体形状モデルから,比較的短時間で立体模型(モックアップ)や型を製作する,迅速試作(RP&M:Rapid Prototyping and Manufacturing)技術が国内外で注目されている.RP&M手法の中で,ある波長の光に反応して硬化する「光硬化性樹脂」を材料とし,その薄層を形成した後で特定波長光を選択的に照射して硬化させ,積層していくことで3次元形状を得る「光造形法(Stereo Lithography)」が,高加工精度,高加工自由度,造形物の透明性,シンプルな装置構成,金型への転写が可能などの理由から,代表的な手法となっている.しかし,光造形法では,液体の光硬化性樹脂を使用するため,図1に示すように,造形形状において張り出した部分,孤立した部分にはサポートと呼ばれる支持構造を付加して造形しなくてはならず,造形自由度を低下させる主な原因となっているまた,図2に示すように,樹脂液表面張力の影響により,造形形状によっては均一な積層が行なえない問題がある.さらに,光造形法では,原理的に層と層を接着するように積層していくので,上層からの累積透過光により,図3(a)〜(c)のような形状では,高さ方向に余剰な硬化が生じ,造形精度を悪化させる問題がある.現在の光造形システムでは,造形前にあらかじめ.スライスデータから余剰厚分を削除することで対処しているが,厳密に高さ方向の分解能を制御することは困難である.

図表図1:従来光造形法サポート例 / 図2:樹脂液表面張力問題 / 図3:硬化物余剰成長例

 そこで,本研究では,以上の問題点を解決し,高自由度・高精度造形を実現するための手段として,新たに紫外光遮断層を用いた冷却固化式光造形法を提案する.さらに,本手法に適した樹脂の開発,試作システムの設計・製作を行ない,本手法の有効性・有用性を確認すると共に,従来の光造形法に対する優位性を定量的に示すことを目的とする.

 本研究で提案する冷却固化式光造形法では,加温して液体状態になった光硬化性樹脂を平面供給し,その後で冷却して固体状態にする,その状態で,選択的に露光を行ない,そして,エレベータを1層分下げ,また樹脂を供給するといったプロセスを繰り返すことで,立体成型を行なう(図4).そして,造形終了後に,積層された樹脂ブロックを加温して,未硬化樹脂を取り除くことで造形物を得る.

図4:冷却固化式光造形プロセス

 この手法では,造形過程において,積層された樹脂層は常に冷却固化状態あり,硬化した部分を保持しているので、張り出し部分,孤立部分にもサポートを必要としない.サポートが必要ないことで,造形自由度を拡張することが可能になる,また,露光面も常に冷却固化状態にあるので,樹脂液表面張力の影響を受けず,精度の良い均一な積層が行なえる特徴がある.

 冷却固化式光造形法では,使用する光硬化性樹脂の温度による粘性の変化と,紫外光波長の光によって硬化する光重合反応を組み合わせて造形を行なうので,使用する樹脂の温度特性が重要である.そこで,本研究では,従来の光硬化性樹脂の温度特性に関する問題点を抽出し,それらを解決するため,新たに常温でゲル状態,約80℃で低粘性なゾル状態に変化するゾルゲル変換型光硬化性樹脂UV1214-15を,(株)クラレの協力で開発した.この樹脂は,ウレタン・アクリレート系の光硬化性樹脂に,ゾルゲル変化成分を重量比で15%添加したもので,図5に示すように,約80℃を境に急激に粘性が変化する特徴を持つ.つまり,粘度変化に温度しきい値が存在し,造形過程において加温したゾル状態の樹脂を供給する際に,樹脂層の温度が上昇しても,温度しきい値(ゾル化点温度)を越えない限り,樹脂層はゲル状態にあるので,既硬化物が移動したり,変形したりする心配はない.

 次に,前述した光造形法における累積透過光の影響による造形物底面での硬化物余剰成長問題を解決するために,まず,その現象を理論的に解析し,得られた知見をもとに,新たに冷却固化式光造形法に紫外光遮断層を導入することを提案した.具体的には,造形過程において余剰成長が生じる層表面に,上層からの透過光を遮断するマスクを直接描画し,再び樹脂を積層・硬化させることで,上層からの透過光をマスクで遮断し,高さ方向において高精度な造形が行なえる.この手法の有効性を確認するため,図6左に示すような基礎実験を行なった.基礎実験では,樹脂を数層積層した後に,ホワイトマスキングペンを用いて樹脂面に直接,手動でマスクを描画し,その後10層分(1mm)積層・硬化を繰り返した.その結果,図6右に示すように,マスクを描画した部分では,厚さが0.998mmと余剰成長が生じておらず,設計寸法通りに積層が行なえることが分かった.つまり,本手法を用いることで,高さ方向の分解能を積層厚まで向上させることが可能である.

図表図5:ゾルゲル変換型光硬化性樹脂UV1214-15と一般光硬化性樹脂SCR-500 / 図6:紫外光遮断層による硬化基礎実験

 次に,マスクを描画することによる硬化への影響を調べるために,マスク面での鏡面反射,拡散反射を考慮した樹脂層内露光量分布シミュレーションを行なった.図7がシミュレーションによって得られた結果である.図7のシミュレーションは,マスクを描画した場合(右)と,しない場合(左)で,樹脂層内の露光量分布がどのように変化するか計算したものである.図7から分かるように,マスクを描画した場合,マスク面での反射の影響で,横方向に余剰な硬化が生じることが判明した.本研究では,このマスク面での反射による余剰成長のことを,「反射余剰成長」と呼ぶことにする.反射余剰成長は,横方向に生じるため,XY面分解能への影響が考えられるが,さらに計算を行なった結果,反射余剰成長による影響は,造形を行なう際の平均照射量を小さく抑えることで.低減可能なことが分かった.

図7:マスク面での反射を考慮した樹脂層内露光量分布シミュレーション結果

 以上の基礎実験,数値解析によって得られた知見をもとに,ゾルゲル変換樹脂と紫外光遮断層を用いた冷却固化式光造形システムの設計・製作を行なった,図8に,製作した試作システムの概略図を示す.試作システムでは,40mW,He-Cdレーザ(325nm)を使用しており,4つの光学ミラー,レーザビームパワー制御用音響光学変調器(AOM),集光レンズを介して,露光面へとビームを導く.試作システムでは,マスクの描画をインクジェットヘッドを用いて行なう.

図8;紫外光遮断層を用いた冷却固化式光造形システム概略図

 実際に試作システムを用いて,以下に示す内容について検証を行なった

 1.樹脂供給時の供給面,および樹脂層内の温度変化

 2.積層可能な樹脂供給最小厚

 3.反射余剰成長のXY面への影響

 4.微少クリアランスを持つアセンブリ構造の造形実験

 まず,1の樹脂供給時の供給面温度測定では,積層された樹脂表面に微少熱電対を埋め込んで,実際に樹脂供給時の温度変化を測定した.測定した結果,供給面でのピーク温度は約60℃であり,樹脂のゾル化点温度89℃よりも低いことが分かった.つまり,樹脂供給時において,樹脂供給面,および内部の温度がゾル化点温度を超えることがなく,硬化物が移動したり,変形することがないことが確認された.

 次に,図9左に示すような10段のステップ状のサンプルを造形し,各段の底面からの高さを測定することで,実際に積層された層厚を求める実験を行なった.ステップ状サンプルでは,最下層にマスクを描画することで,硬化物余剰成長を抑制し,各段の底面からの高さを精度良く測定することが可能である.図9右に,積層厚を30mとした場合の測定結果を示す.グラフから分かるように,試作システムを用いて30mの均一な積層を実現できた.これは,同時に,従来光造形法の樹脂液表面張力問題を解決し,前層までの硬化形状によらず,提案手法により均一な積層が行なえることを示している.

図9:樹脂積層最小厚測定

 次に,シミュレーションによって得られた反射余剰成長現象のXY面への影響を調べるために,図10のような各段に1.0,0.5,0.3の垂直貫通穴のあいたステップ状サンプルを,最下層にだけマスクを描画し造形した,その結果,0.3の穴は,19層目(1.9mm)の厚さで,反射余剰成長の影響で穴中央部まで完全に硬化してしまい,閉じてしまった.一方,l.0,0.5の穴は,徐々に穴径が小さくなるものの,15層目(厚さ1.5mm)から,ほとんど変化しなくなった.これは反射余剰成長による影響には,限界があることを示している.

図10:反射余剰成長のXY面への影響確認用サンプル

 以上の考察をもとに,反射余剰成長を小さく抑えるための新レーザスキャニング方式を提案し,造形パラメータを抽出した.そして,図11に示すような高さ方向に100mのクリアランスを持つアセンブリ構造を造形した.

 従来の光造形法では,高さ方向に100mの微小なクリアランスがある場合,その部分にはサポートが必要であり,造形後にそれを除去することは不可能である.しかし,紫外光遮断層を用いた冷却固化式光造形システムを用いることで,図11右の寸法測定値から分かるように,高さ方向に100mのクリアランスを持つアセンブリ構造も正確に一体成型でき,造形後に写真のように回転させることができた.このことは,本手法の従来光造形法に対する優位性を示している.

図11:ユニットモデル(左上:CADモデル,左下:得られた造形物写真,右:測定寸法値(括弧内は設計寸法,単位mm))

 結論として,従来の光造形法で原理的な問題であった,サポート問題,樹脂液表面張力問題,硬化物余剰成長問題を,本研究で提案したゾルゲル変換型光硬化性樹脂と紫外光遮断層を用いた冷却固化式光造形法によって解決し,光造形法において,高自由度・高精度造形を実現することに成功した.また,本手法における様々な要素技術,造形過程における現象を明らかにし,今後の研究方向を示した.

審査要旨

 本論文は、「冷却固化式光造形法に関する研究(ゾルゲル変換樹脂と紫外光遮断層を用いた高自由度・高精度造形)」と題し、11章からなっている。

 近年、3次元CADなどの形状データから、自動的、短時間に立体形状を造形するラピッド・プロトタイピング技術が、設計、デザイン、医療など、様々な分野で活用されている。液状の光硬化性樹脂をレーザー光などで硬化させる光造形法は、ラピッド・プロトタイピングの代表的造形手法であるが、造形物を支持するサポート構造、積層方向の解像度を低下させる余剰成長、樹脂液面の表面張力の影響による積層面の平面度低下などの問題が、造形自由度や造形精度を向上させる際の制限となっていた。

 本論文は、ゾルゲル変換樹脂と票外光遮断層を用いることによって上記の問題を解決し、従来よりも造形可能形状の自由度および造形精度に優れた、新たな光造形手法を提案したものである。

 本論文では、まず第1章において、ラピッド・プロトタイピング用光造形法を構成する技術要素を整理し、本論文で目的とする造形可能形状の拡張、および高精度造形を実現するために解決すべき技術課題の抽出を行なっている。

 第2章では、従来の光造形法について、その露光方式、積層方式による分類を行ない、各方式の特徴、問題点について検討している。

 第3章では、従来の光造形法の基本的な問題点のうち、造形自由度を低下させる主原因となっているサポート問題、造形精度を悪化させる原因である樹脂液表面張力問題を解決する手法として、冷却固化式光造形法を提案している。冷却固化式光造形法では、液体の樹脂ではなく、常温で固体状の樹脂を用いて造形を行なうので、造形過程において現れる孤立した部分や、張り出した部分にもサポートをつける必要がなく、また、樹脂面は常に冷却固化状態にあるので、前層の硬化形状によらず均一な積層が行なえる特徴をもつ。

 第4章では、従来の光硬化性樹脂の温度粘度特性を分析し、その問題点を指摘するとともに、冷却固化式光造形法に適した光硬化性樹脂として、ある狭い温度範囲で急激に粘性が変化する特徴をもつゾルゲル変換型光硬化性樹脂の開発を行ない、その硬化物特性について分析している。

 第5章では、光造形法において積層方向の加工分解能を低下させる原因となっている、上層からの累積透過光による硬化物底面での余剰成長現象に関して、理論的解析を行ない、従来の露光量制御では厳密に硬化深さを制御することは不可能であることを述べている。

 第6章では、硬化物余剰成長を積極的に抑え、冷却固化式光造形法において積層方向の分解能を積層厚まで向上させる方法として、紫外光遮断層の導入を提案している。基礎実験により、紫外光遮断層が有効に機能することを確認するとともに、紫外光遮断層表面での反射を考慮した積層樹脂層内の露光量分布シミュレーションから、紫外光遮断層を用いることで、積層方向ではなく、水平方向に生じる新たな硬化現象の可能性を発見し、それを反射余剰成長と名づけている。

 第7章では、ゾルゲル変換型光硬化性樹脂と紫外光遮断層を用いた冷却固化式光造形プロセスを実現するための試作システムの設計・製作に関して、ハードウェアおよびその制御について説明している。

 第8章では、試作システムを用いた提案手法の検証実験について説明している。まず、樹脂供給過程における供給面および樹脂層内での温度変化を測定し、前層の樹脂が加温された供給樹脂によって溶融されることはなく、積層造形が問題なく行なえることを確認している。また、稙層膜厚の測定により、従来の光造形法よりも高解像度、高精度な積層厚を実現できることを示している。さらに、第6章で指摘した反射余剰成長現象の可能性を検証し、反射余剰成長による影響には限界があり、ある積層厚以上では反射余剰成長厚は変化しなくなるという知見を得ている。また、いくつかの立体構造について積層造形を行ない、本論文の造形法により、従来の光造形法では造形困難であった微小クリアランスを持つアセンブリ構造を、高精度に一体成型可能であることを定量的に示し、本研究の有効性を検証している。

 第9章では、固体状の光硬化性樹脂を用いる本手法の特長を活かし、造形面に直接描画した選択的硬化のための紫外光遮断マスクを用いて、レーザーの走査ではなく平行光源による一括露光により露光時間の短縮や層内の均一硬化を可能にする、ダイレクトマスク法を新たに提案し、その有効性、可能性を、理論および基礎実験結果により示している。

 第10章では、光造形法における造形時間、加工分解能、造形物サイズの相関に関して検討を行ない、また本論文で提案した造形法の今後の課題についてまとめている。

 第11章では、本研究で得られた成果を総括している。

 以上、本論文は、ゾルゲル変換樹脂および紫外光遮断層を用いて固体中に固体を造形する新しい光造形法を提案し、それを構成する物理現象について、理論、数値シミュレーション、実験により新しい知見を得ている。そして、造形実験の結果により、従来の光造形法よりも造形可能形状の自由度および精度に優れた造形法であることを、具体的、定量的に検証しており、機械工学に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54726