学位論文要旨



No 115113
著者(漢字) 中野,公彦
著者(英字)
著者(カナ) ナカノ,キミヒコ
標題(和) 回生された振動エネルギを利用するセルフパワード・アクティブ振動制御
標題(洋)
報告番号 115113
報告番号 甲15113
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4608号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 須田,義大
 東京大学 教授 吉本,堅一
 東京大学 教授 藤田,隆史
 東京大学 助教授 金子,成彦
 東京大学 助教授 鎌田,実
内容要旨 1.緒言

 近年になり,振動を低減する手段としてアクティブ振動制御が用いられるようになってきた.これは,センサによって測定した状態量に基づいてアクチュエータが系に力を作用させることにより,振動抑制効果を得るものである.良好な性能を得ることが可能であるが,アクチュエータの駆動にエネルギが必要となる.ばねやダンパによるパッシブ制御にはエネルギ消費がないことを考えると,これはアクティブ制御の欠点であり,実用化を妨げる一因ともなっている.一方,振動自体は,エネルギを持っている.波動発電などは,振動からエネルギを回生することによって行っている.本研究は,振動を新たなエネルギ源としてとらえ,エネルギ消費のないアクティブ制御の構築を行うことを目的とする.

2.セルフパワード・アクティブ制御の提案

 振動から回生したエネルギのみでアクティブ制御を行うシステムをセルフパワード・アクティブ制御と名付ける.そのコンセプトを図1に示す.パッシブ制御のようにエネルギを消費せずに,アクティブ制御と同等の制振性能を得ることができる.セルフパワード・アクティブ制御では,振動を他のエネルギに変換し,蓄える必要がある.空気圧なども考えられるが,応答性の良さなどを考慮し,電気を使用する.また,モデルの単純化から,アクチュエータは直流モータによって作成するものとした.直流モータによって作られたアクチュエータは,その端子を短絡すると,ストローク速度に比例した抵抗力を出し,ストロークの動きを減速させる.すなわち粘性減衰器(以後,ダンパ)として機能する.この時の減衰係数を等価減衰係数と呼ぶ.モータは加速および強い減速時にはエネルギを消費するが,回路を短絡した時に発生する減速よりもゆるい減速時にはエネルギを回生する.振動制御は振動体の減速が主目的であるため,電動モータをアクチュエータとして使用すると,エネルギ回生を行う時が支配的になる.しかし,従来のシステムでは電源保護の目的から,電力は回生されず,保護回路の抵抗器などによって消費させられていた.このエネルギを回生し,加速や強い減速を必要とした時に使用すれば,セルフパワード・アクティブ制御を行うことができる.

図1 セルフパワード・アクティブ制御のコンセプト
3.エネルギ収支計算

 提案するシステムを成立させるためには,回生エネルギが消費エネルギを上回る必要がある.その収支を求めるために,系の動特性,アクティブ制御器,外乱のパワースペクトル密度(以後,PSD)およびモータの等価減衰係数から回生可能な平均電力と平均消費電力を求める計算式を作成した.2自由度振動系にスカイフック制御を応用した時を例に計算を行うと,アクティブ制御器のフィードバックゲインが小さい時には,回生電力が消費電力を上回ることがわかった.同時に実験も行い,同様の結果を得た.一方,大きいフィードバックゲインの制御を行う時は,アクチュエータの他にエネルギ回生ダンパを取りつけることを提案する.通常,ダンパが吸収したエネルギは廃棄されているが,エネルギ回生ダンパはこれを回生することを目的とした電動モータである.これにより,エネルギ収支を向上させることができる.実験結果からも,その向上を確認することができた.アクチュエータのみでセルフパワード・アクティブ制御を行うシステムを単一型,エネルギ回生ダンパを使用するシステムを複合型と名付けた.単一型は,1つのアクチュエータによってセルフパワード・アクティブ制御を実現することができるが,比較的弱い制御しか行うことが出来ず制御器の設計に制限がある.複合型は,単一型よりも強い制御が可能であり,制御器設計の自由度は高いが,エネルギ回生ダンパを設置する必要があるため,ハード的な構造は複雑になる.

4.セルフパワード・アクティブ制御の手法

 エネルギ収支計算は,理想的なモデルであり,提案するシステムの必要条件を示しているにすぎない.実際にエネルギを回生し蓄え,アクティブ制御を行うシステムを試作した.アクチュエータおよびエネルギ回生ダンパにはリニア直流モータを使用し,エネルギの蓄積はコンデンサに行った.アクチュエータがゆるい減速を行う時,すなわちエネルギ回生が可能な時には,アクチュエータを発電機として作動させコンデンサを充電する.誘導電流を制御することにより,望ましいアクチュエータ出力を得る.それ以外のエネルギ消費が必要な時には,コンデンサから放電する.放電電流を制御することにより,アクティブ制御を行う.なお,電流制御は,リアルタイムに抵抗値を変化させることができる可変抵抗器を使用して行った.複合型では,エネルギ回生ダンパはアクチュエータに接続されているコンデンサと同じコンデンサに接続されている.その誘導電圧がコンデンサの電圧よりも高くなるとコンデンサを充電し,それ以外の時は,短絡回路に接続され,通常のダンパとして機能する.2自由度振動系のスカイフック制御をモデルとした実験装置を作成し,セルフパワード・アクティブ制御を実行した.可変抵抗器による消費電力など,エネルギ収支計算では考慮していなかったエネルギ損失が存在するが,単一型,複合型,どちらの場合も,エネルギ収支計算で回生電力が消費電力を上回る条件では,アクチュエータが目標とする力を出し,アクティブ制御を行うことができた.エネルギ収支計算の結果を参考にシステムを構築すれば,セルフパワード・アクティブ制御を実現することが出来ることを示した.

5.舶用減揺装置への応用

 単一型セルフパワード・アクティブ制御の応用先として,舶用減揺装置を挙げる.舶用減揺装置とは,船舶の横揺れを防ぐことを目的とした動吸振器である.限られたストロークの中で最大限の効果をあげるためにアクティブ制御を行っている.可動マスに内蔵されたモータが駆動することによって,制御入力を得る.始めに,制御の対象とする外乱のPSDを求め,エネルギ収支計算を行う.現実のシステムでは,系の動特性,外乱のPSD,アクティブ制御器,が既に求まっているため,エネルギ収支計算で回生量が大きくなるようにアクチュエータの等価減衰係数を決定した.その後,実機相当の数値を用いて,セルフパワード・アクティブ制御のシミュレーションを行い,通常のアクティブ制御と同等の性能を出していることがわかった.

6.実験による性能の検証(動吸振器への応用)

 シミュレーション結果を確かめるために,基礎的なモデルによる実験も行った.舶用減揺装置を搭載した船舶の力学モデルに類似した,1自由度系に動吸振器を付加した装置で,セルフパワード・アクティブ制御の実験を行った.シミュレーション結果と同様に,外部エネルギを使用せずにアクティブ制御を行うことができ,実現が可能であることを示した.

7.大型車サスペンションへの応用

 大型車には,フレームとタイヤを接続するシャシサスペンションの他に,乗務員の乗るキャビンとフレームを接続するキャブサスペンションがある.このシステムに複合型システムを応用する.キャブサスペンションに配置されたアクチュエータがキャブの制振を行い,シャシサスペンションにあるエネルギ回生ダンパがエネルギ回生を行う.キャブに対してフレームの質量が大きいため,エネルギ回生ダンパが回生できるエネルギは非常に大きくなる.複合型システムの応用先として適している.エネルギ収支計算によってアクチュエータとエネルギ回生ダンパの等価減衰係数を決め,それをもとに定積20tのトラックの数値を使用して,シミュレーションを行った.その結果からセルフパワード・アクティブ制御が実現されていることが示された.

8.実験による複合型システムの性能の検証

 2自由度の振動系を作成し,性能の確認実験を行った.実験装置は,上部質量が下部質量よりも軽くなるように作成した.上部質量はキャブを下部質量はシャシに相当する,実験結果から,セルフパワード・アクティブ制御は,パッシブ制御やセミアクティブ制御よりも良好な制振性能を持っていることがわかり,アクティブ制御に近い性能を持っていることが示された.

9.考察

 エネルギ回生を行わない従来のアクティブ制御の消費電力を計算し,セルフパワード・アクティブ制御により節約可能な電力を求めた.セミアクティブ制御との性能比較も行い,提案するシステムの方が良好であることを示した.最後に,回生したエネルギをアクティブ制御以外のことに使用すること(2次利用)を提案し,数値計算によりそれが可能であることを示した.

10.結言

 セルフパワード・アクティブ制御を提案した.エネルギ収支計算によって提案するシステムが成立可能な条件を求め,セルフパワード・アクティブ制御を行う装置を試作した.実験結果から,提案する制御が実現されていることが確認され,アクティブ制御に近い性能を持つことがわかった.応用先として,舶用減揺装置と大型トラックサスペンションを挙げ,数値シミュレーションと基礎的なモデルによる実験によって性能評価を行い,セルフパワード・アクティブ制御が実機においても実現可能であることを示した.振動エネルギを利用することによって,アクティブ制御のエネルギ消費の問題を解決することができた.

審査要旨

 本論文は、「回生された振動エネルギを利用するセルフパワード・アクティブ振動制御」と題し、10章よりなっている。

 近年、振動を低減する手段としてアクティブ振動制御が実用化してきたが、良好な振動抑制効果と引き換えに、アクチュエータの駆動のためにエネルギ供給が必要となる。ばねやダンパによるパッシブ制御にはエネルギ消費がないことを考えると、これはアクティブ制御の欠点であり、普及を妨げる一因ともなっている。

 本論文はこれに対して、振動自身をエネルギ源としてとらえ、エネルギ消費のないアクティブ制御として「セルフパワード・アクティブ振動制御」を新たに提案し、そのエネルギ収支解析、構成手法、制御手法について理論体系を構築し、適用手法の検討および実験による検証によって、その有用性を明らかにしたものである。

 本論文の第1章は、「緒言」と題し、研究の背景及び本研究の目的を述べている。

 第2章は、「セルフパワード・アクティブ制御の提案」と題し、提案する振動から回生したエネルギのみでアクティブ制御を行うシステムのコンセプトを示している。変換するエネルギは、応答性の良さなどを考慮し、電気を使用するとしている。そのため、アクチュエータに直流モータを用いた場合において、回生電力、消費電力および減衰係数などの基本特性の関係を明らかにしている。

 第3章は、「エネルギ収支計算」と題し、提案するシステムを成立させるための条件を求めている。系の動特性、アクティブ制御器、外乱のパワースペクトル密度およびモータの等価減衰係数から、回生可能な平均電力と平均消費電力を求める計算式を導出し、スカイフック制御を用いた場合のエネルギ収支を求めている。実験による確認も行い、提案するシステムが構築可能なことを示している。アクチュエータのみでセルフパワード・アクティブ制御を行う単一型、エネルギ回生ダンパを併用する複合型の2つの方式を提案し、前者は、1つのアクチュエータにみで構成可能であるが、制御性能や制御器の設計に制限があること、後者は、制御性能や制御器設計の自由度は高いがエネルギ回生ダンパが必要であると述べている。

 第4章は、「セルフパワード・アクティブ制御の手法」と題し、具体的なシステムの構成方法を示している。実際にエネルギを回生し蓄え、アクティブ制御を行うシステムを試作し、実験を通じて構築した理論の検証を行っている。実験装置では、アクチュエータおよびエネルギ回生ダンパにはリニア直流モータを、エネルギの蓄積はコンデンサを用いており、具体的な制御手法も構築している。

 第5章は、「舶用減揺装置への応用」と題し、単一型セルフパワード・アクティブ制御を舶用減揺装置へ適用した結果について述べている。舶用減揺装置とは、船舶の横揺れを防ぐことを目的とした動吸振器であり、限られたストロークの中で最大限の効果をあげるためにアクティブ制御を行っている。想定した船舶の諸元と、波による外乱のパワースクトル密度から、エネルギ収支計算を行い、提案するシステムを構築している。実機相当の数値を用いた計算機シミュレーションを行い、外部からのエネルギ供給なしに、通常のアクティブ制御と同等の性能が得られることを示している。

 第6章は、「実験による性能の検証(動吸振器への応用)」と題し、第5章で得られたシミュレーション結果を検証するために、基礎的なモデルを用いて行った実験の結果について述べている。舶用減揺装置を搭載した船舶の力学モデルに類似した、1自由度系に動吸振器を付加した装置でセルフパワード・アクティブ制御の実験を行い、外部エネルギを使用せずにアクティブ制御が可能であることを実証している。

 第7章は、「大型車サスペンションへの応用」と題し、複合型セルフパワード・アクティブ振動制御の大型トラックに用いられるキャブサスペンションへの適用結果を述べている。大型車はフレームとタイヤを接続するシャシサスペンションの他に、乗務員の乗るキャビンとフレームを接続するキャブサスペンションがある。キャブサスペンションに配置されたアクチュエータがキャブの制振を行い、シャシサスペンションにあるエネルギ回生ダンパでエネルギ回生を行う構成としている。キャブに対してフレームの質量が大きいため、エネルギ回生ダンパが回生できるエネルギは大きくなり、複合型システムの応用先として適している。実際のトラック諸元を用いてシステムを構築し、シミュレーションにより、制御が実現できることを示している。

 第8章は、「実験による複合型システムの性能の検証」と題し、2自由度の振動系の実験装置による性能確認実験の結果について述べている。提案する複合型セルフパフード・アクティブ制御により、パッシブ制御やセミアクティブ制御よりも良好な制振性能が得られることを、実験により示している。

 第9章は、「考察」と題し、提案する方式と従来のアクティブ制御、さらにセミアクティブ制御との性能比較や、節約可能な消費電力を求めている。エネルギ消費、制振性能の観点から、提案するシステムは良好なシステムであることを示している。

 第10章は、「結言」と題し、以上の結果を要約している。

 以上より、本論文は、外部からのエネルギ供給なしに、振動エネルギを回生して利用するセルフパワード・アクティブ制御を提案し、エネルギ収支計算によって提案するシステムが成立可能な条件を求め、実験により検証したものである。応用先についても、舶用減揺装置と大型トラックサスペンションを挙げ、数値シミュレーションと実験によって性能評価を行い、セルフパワード・アクティブ制御が実現可能であることを示しており、機械工学に寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク