本論文は、「腹腔鏡下手術支援用内視鏡マニピュレータシステムの開発」と題し、8章からなる。 手術支援ロボットは、その作業の正確・精密性、遠隔操作可能性から多く研究開発されてきているが、いずれも試験的なものに留まり、真に普及しているものがない。本論文はこのような現状を踏まえ、根元的な問題である臨床使用を考慮したロボティックシステムの設計指針を明らかにすることを目的としている。その第一段階として、腹腔鏡マニピュレータシステムを開発し、臨床における評価を行っている。 第1章は序論として、低侵襲手術に対するロボティックシステムの貢献の将来性について,また現在研究されている手術支援ロボットの問題点について述べている。 第2章は本論文の目的で、手術使用に適したロボットの開発を目標に、臨床使用を考慮した設計指針を明らかにすることであり、そのための第一段階として腹腔鏡マニピュレータシステムの開発を行い、臨床における評価を行うことを目的としている。 第3章では、臨床使用を考慮したマニピュレータの設計を実現するために、従来の腹腔鏡下手術についての定性的・定量的調査を行い、これらに基づいた、安全性・清潔の維持・腹腔鏡の機能・手術作業との適合性という4つのカテゴリについての要求仕様を決定している。開発した腹腔鏡マニピュレータシステムは腹腔鏡マニピュレータとマン・マシンインタフェースとで構成される。 第4章で述べられている腹腔鏡マニピュレータは,腹腔鏡の前後動はズームレンズを用い光学的に画面の拡大縮小を実現し、腹腔鏡を挿入孔で機械的に固定し、離れた位置で5節リンク機構により2次元平面上の位置決めを行うことにより角度を制御する。術者の作業領域を侵さない、駆動範囲の機構的限定、腹腔鏡上部空間の確保、滅菌・洗浄が可能といった利点を実現する設計がなされている。機械的位置決め評価実験では、繰り返し精度0.4mmを実現している。 第5章ではマン・マシンインタフェースについて述べている。基本構成は方向指示部とマニピュレータの駆動スイッチ、腹腔鏡画面上で、術者の指示した方向を提示するインジケータから構成される。術者はインジケータを確認後、マニピュレータを駆動するため常に腹腔鏡画面上で入力コマンドを確認でき、誤入力が防げる。よってこれはインタフェースとしての安全性を考慮したシステムであるといえる。さらに操作法としては直接腹腔鏡の3自由度に対応したコマンドにより指示するランダムアクセス(RA)方式とコマンドの入力時間の差により多種の命令を出すシーケンシャルアクセス(SA)方式を考案し、以上の基本構成において,術者の指示に頭部と手を用いる2種のインタフェースを開発している。単純作業による定量的評価実験を行った結果、開発したマン・マシンインタフェースが、既存のインタフェースである音声認識システムに対して時間的優位性を有することが明らかになった。 第6章ではブタによる胆嚢摘出術実験と臨床応用を行っている。動物実験では手術現場に極力近い環境で、臨床使用可能性の検証と、手術作業と並行した操作に適したインタフェースの定量的・定性的評価を行っている。3回の実験では手術時間平均が45分とヒトによるカメラ支援による手術時間平均48分と同等以下であること、ならびにマニピュレータの駆動範囲が実際の動作範囲を充分満たしていることが明らかとなった。臨床応用では、機構部の殆どが滅菌可能であり、駆動範囲や術者との干渉の問題もなく、手術は安全に遂行された。 第7章では,全体の考察を述べている。本論文で示した設計指針は、腹腔鏡などの撮像装置のみならず、実際に処置を施す他の手術支援ロボット開発への応用可能なものである。駆動範囲の制限や術野との分離は、全ての手術支援ロボットに応用することは困難であるが、駆動範囲の制限はある作業単位ごとに駆動範囲を制限しこれを可変とすること、また術野からの分離は作業部位で必要最小限の装置としてモータ等の位置決め部を極力離すといった対策により実現可能であることが述べられている。 第8章は結論であり、本論文は臨床における要求仕様を手術調査により求め、腹腔鏡マニピュレータシステムの開発を行うことにより、術中使用に適した手術支援ロボット開発のための設計指針を明らかにした。滅菌可能であること、機構的安全設計により、臨床のニーズを実現した本マニピュレータは、臨床応用を実現したシステムとして本邦では初めてのものである。本研究により明確化した腹腔鏡マニピュレータの設計指針は、今後発展していくであろう手術支援ロボット開発の設計指針の基礎となるものであり、手術支援ロボットの普及に大きく寄与するといえる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として認められる。 |