学位論文要旨



No 115118
著者(漢字) 佐藤,正博
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,マサヒロ
標題(和) 半導体素子の樹脂封止過程における樹脂流動およびダイパッド挙動計測に関する研究
標題(洋)
報告番号 115118
報告番号 甲15118
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4613号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横井,秀俊
 東京大学 教授 増沢,隆久
 東京大学 教授 須賀,唯知
 東京大学 助教授 高増,潔
 東京大学 助教授 川勝,英樹
内容要旨

 半導体素子の多くは,外部環境からの保護,あるいは搬送や実装時の取り扱いを容易にすることなどを目的として封止が行われる.現在最も一般的に行われている封止の方法は,熱硬化性樹脂を用いたトランスファ成形によるものである.この樹脂封止過程では,金型に投入された固体の樹脂は金型から熱を受けて溶融し,ランナ,ゲートを通過して,半導体素子や細いワイヤのあるキャビティ内へと流れ込み,パッケージとなる.この際,溶融樹脂は金型から熱を受けながら流動するため,流動中にも硬化反応が起こる.その結果,粘度などの特性は流動中において時々刻々変化していく.また成形条件が適切ではない場合,溶融樹脂の流動によってワイヤなどがダメージを受け,不良品となる可能性もある.このように,半導体素子の樹脂封止過程は,いくつもの現象が複雑に絡み合うプロセスとなっている.

 このような封止過程における樹脂流動や不良現象を解明していくためには,実験解析によって個々の現象を捉えることが必要である.しかし半導体素子の封止は約180℃という高温の金型の内部で行われ,さらに研究対象となるパッケージは小型化・薄肉化が進んでいる.そのために,従来の計測・解析手法では現象を捉えることが困難であり,新たな実験解析法の確立が切望されている.

 そこで本論文では,実成形条件下における新たな樹脂流動計測法,および不良の原因となるダイパッド挙動の計測法を確立することを研究目的とした.そして,各種条件における樹脂流動,ダイパッド挙動計測実験を通じてそれぞれの現象を明らかにすると共に,これらの実験解析法の有用性を示した.

 本論文は,序論と総括を含めて3部,全9章より構成されている.第1章では序論として,半導体素子の樹脂封止過程におけるこれまでの研究を概説した.そして,半導体素子の樹脂封止過程の解明のために確立が求められる実験解析法を分析し,本研究の目的を示した.

 第I部では,樹脂流動を横方向から直接観察するための可視化金型の試作と,それを用いたキャビティ内樹脂流動の実験解析を研究課題とした.第2章では,樹脂流動を横方向から観察するために,キャビティの周囲にガラスブロックを配置した可視化金型を提案,試作した.キャビティ内から出てくる光は,ガラスブロックに設けられた抜け勾配で一旦屈折し広がるが,その外側に補正プリズムガラスを置くことで平行光に戻るため,1台の高速ビデオカメラで上下キャビティ内の樹脂流動挙動を同時に観察できることを確認した.

 第3章では上記可視化金型を使い,樹脂流動を側面および正面方向から観察した.図1に,キャビティを側面方向から拡大観察した結果から得られた,メルトフロントの経時変化を示す.このようにしてフロント部表面の樹脂流動を解析した結果,全体的な傾向としてフロント部表面の樹脂はキャビティ面やリードフレーム面に対して滑りながら流動していること,充填の際にフロント部は硬化していることを明らかにした.

 第II部では,実成形条件下においてダイパッド挙動を計測するために,ホール素子と永久磁石を用いた新たなダイパッド挙動計測法を提案した.そして,ダイパッド挙動と各種成形条件やフローパターン,ゲートとの関係について考察した.第4章では,ホール素子と永久磁石を用いたダイパッド挙動計測手法を提案した.計測原理を,図2に示す.リードフレームには半導体素子の代わりに永久磁石を搭載する.そしてダイパッドの移動によって変化する磁束密度をキャビティの周囲に配置したホール素子によって計測することで,ダイパッドの位置,傾きを計測するという手法である.そして同計測法に基づき,ダイパッド挙動計測金型を試作した.

図表図1 側面方向からの拡大観察によって得られたメルトフロント形状(注入時間8s) / 図2 永久磁石とホール素子を用いたダイパッド挙動計測原理

 第5章では上記の計測金型を用いてダイパッド挙動を計測し,ダイパッド挙動と注入時間,注入終了後の型内最大圧力,リードフレームに張られたポリイミドテープ,そして樹脂粘度との関係について考察した.その結果,注入時間が長くなるとダイパッドの移動が大きくなること,注入終了後の型内最大圧力値はダイパッド挙動に影響を及ぼさないこと,リードフレームに張られたポリイミドテープによってダイパッドの厚さ方向の移動は抑制されることを示した.また樹脂粘度が高くなると,注入中の厚さ方向の移動量は大きくなることを確認した.しかし厚さ方向の最終位置については,注入時開が短いときには粘度の影響があまり見られなかった.この原因として,注入時間が短いときには比較的粘度の低いうちに充填が完了するために,弾性変形が回復するためであると推察した.

 第6章では,ダイパッド挙動とフローパターンの関係について考察した.その結果,ダイパッドの移動方向や移動速度の変化などが,メルトフロントの位置と密接に関係していることを明らかにした.また,これまでの実験においては上側キャビティのみにゲートがあるキャビティを利用してきたが,上下キャビティの両方にゲートをもつキャビティを利用してダイパッド挙動の計測を行い,両者の結果を比較した.その結果,後者のキャビティを利用するときのほうが注入中におけるダイパッドの移動量が小さくなることを確認した.この結果は,ゲートやリードフレームの設計によってダイパッドの移動量を減少させることが可能であることを示唆している.

 第III部では,第I部で試作した可視化金型では計測できない,内部樹脂流動計測法の確立を課題とした.そして,内部の樹脂流動を静的に可視化する手法であるゲート着磁法を半導体素子の樹脂封止過程に適用し,内部の樹脂流動を解析すると共に,ボイド分布と内部樹脂流動の相関関係について解析した.まず第7章では,光ファイバセンサによる樹脂検出部,コイルと着磁コアから成る着磁部,そしてコイルに電流を流すための着磁回路などから構成される,ゲート着磁金型を試作した.また,ゲート着磁法で使用する磁粉混入樹脂の成分を調整し,その特性が通常の成形に用いられる樹脂とほぼ一致することを確認した.

 第8章ではゲート着磁金型を用いて,基本的な内部樹脂流動の解析を行った.そして厚さ方向の樹脂流動パターンを計測した結果,中央のダイパッドや半導体素子が流路を狭めるために,注入時間が短いときには樹脂流動の中心がキャビティ面側にずれることを明らかにした.しかし注入時間が長くなるとキャビティ面側に高粘度層が生成し流路を狭めるために.注入時間が短いときよりも樹脂流動の中心はリードフレーム面側へずれることを確認した.また,ゲートを飛び出した樹脂は早い段階で上下キャビティへと分かれ,その後は上下キャビティ間で大きな樹脂移動は起こらずに,充填が進行することを示した.一方,複数の成形品に含まれるボイドを超音波探査映像装置で計測し,それによって得られたボイド分布と内部樹脂流動パターンとの相関について解析した.図3に,内部樹脂流動パターンとボイド分布の計測例を示す.このような結果から,ボイドは樹脂流動の速度が大きい領域に分布しやすいことを実験的に明らかにした.

図3 内部樹脂流動パターンとボイド分布(注入時開8s,上側キャビティ)

 そして第9章の総括では,本研究で得られた結論をまとめ,本研究において確立した実験解析法を従来の手法と比較し,総合的にその評価を行った.更に本研究によって得られた実験解析結果の活用法について述べた後,最後に展望を示した.

審査要旨

 半導体素子は多くの場合,外部環境からの保護などを目的として,熱硬化性樹脂による封止が行われる.この樹脂封止過程では,金型から熱を受けて溶融した樹脂が,硬化反応による粘度変化を伴いながら,半導体素子や細いワイヤのあるキャビティ内へと流れ込み,パッケージが形成される.

 近年の,電子機器の小型化,軽量化の傾向から,半導体自身の高機能化,高密度実装化への要望はますます強くなっている.その結果,半導体素子の面積は増大し,その一方でパッケージの小型化,薄肉化が進んでいる.そのために,以前には問題とならなかったような僅かな不良現象でも大きな問題となり,リードタイムを増大させたり,あるいはさらに進んだ封止技術や実装技術を開発する上での大きな障害となっている.

 このような状況に対処するためには,半導体素子の樹脂封止過程や不良現象の発生メカニズムを系統的に解析していく必要がある.しかし従来の計測,解析手法では現象を詳細に捉えることが困難であり,新たな実験解析法の確立が切望されている.

 そこで本論文では,実成形条件下における新たな樹脂流動計測法,および様々な不良の原因となるダイパッド挙動の計測法の確立を研究目的としている.そして,各種成形条件における樹脂流動,ダイパッド挙動計測実験を通じてこれらの実験解析法の有用性を示すとともに,それぞれの現象を明らかにすることを目指している.以下にその概略を説明する.

 第I部では,樹脂流動を横方向から直接観察するための可視化金型を開発し,それを用いて行ったキャビティ内樹脂流動観察実験の解析結果について述べている.可視化金型では,ガラスブロックに設けられた抜け勾配によって内部から出てくる光は一旦屈折して広がる.しかしその外側に配置した補正プリズムガラスを通過することで一旦広がった光が平行光に戻るため,1台の高速ビデオカメラで上下キャビティ内の樹脂流動挙動を同時に観察できるとしている.また上記の可視化金型を用いて樹脂流動を観察した結果,全体的な傾向としてフロント部表面の樹脂はキャビティ面やリードフレーム面に対して滑りながら充填していることなどを明らかにしている.

 第II部では,ホール素子と永久磁石を用いた新たなダイパッド挙動計測法を取り扱っている.計測原理は,リードフレームには半導体素子の代わりに永久磁石を搭載し,ダイパッドの移動によって変化する磁束密度をキャビティの周囲に配置したホール素子によって計測することで,ダイパッドの位置,傾きを計測するというものである.そして,同計測手法に基づいて開発したダイパッド挙動計測金型を用いて,各種成形条件とダイパッド挙動との関係を解析した.その結果,注入時間が長くなるとダイパッドの移動が大きくなることや,リードフレームに張られたポリイミドテープによってダイパッドの厚さ方向の移動は抑制されることなどを示している.上下キャビティの両方にゲートをもつキャビティを利用してダイパッド挙動の計測を行ったところ,注入中におけるダイパッドの移動量が小さくなることが確認された.この結果は,ゲートやリードフレームの設計によってダイパッドの移動量を減少させることが可能であることを示唆するものである.

 第III部では,第I部で開発した可視化金型では計測が困難な,内部の樹脂流動計測を課題としている.まず,内部の樹脂流動を可視化する手法であるゲート着磁法を半導体素子の樹脂封止過程に適用し,光ファイバセンサによる樹脂検出部,コイルと着磁コアから成る着磁部などで構成されるゲート着磁金型を開発した.そして,同金型を用いて基本的な内部樹脂流動の解析を行った.厚さ方向の樹脂流動パターンを計測した結果,中央部の半導体素子が流路を狭めるために,注入時間が短いときには樹脂流動の中心がキャビティ面側にずれること,ゲートを飛び出した樹脂は早い段階で上下キャビティへと分かれ,その後は上下キャビティ間で大きな樹脂移動は起こらずに充填が進行することなどを示している.また,大きな問題となっているボイドの分布と内部樹脂流動パターンとの相関について解析し,ボイドは樹脂流動の速度が大きい領域に分布しやすいことを実験的に明らかにしている.

 以上のように,本論文で確立された計測手法は,半導体素子の樹脂封止過程および不良現象を解析する上で有用であることが明らかである,そして今後は,これらの実験解析法によって得られた個々の解析結果を統合していくことで,半導体素子の樹脂封止過程を構成する現象の体系化などが期待され,工学的意義は極めて高いものと考えられる.

 よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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