学位論文要旨



No 115119
著者(漢字) 宮田,なつき
著者(英字)
著者(カナ) ミヤタ,ナツキ
標題(和) 群ロボットによる異種作業割り付け型協調搬送システム
標題(洋)
報告番号 115119
報告番号 甲15119
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4614号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 教授 木村,文彦
 東京大学 教授 小林,郁太郎
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 助教授 藤井,輝夫
内容要旨

 本論文では,複数台の移動ロボットが,群内で様々な作業を割り付け周辺環境に柔軟に対応する協調搬送システムを構築した.

 昨今,大型機械の組み立てや,建設現場における資材移動,極限環境である原子力プラントにおけるメンテナンス作業など,多種多様な大型物体の搬送作業自動化の需要は大きい.これに対し,小型移動ロボットを複数台投入する事で,物体に応じて柔軟に作業システムの組み変えが可能であることから,作業への応用が期待されている.そのため多くの研究がなされてきたが,対象物のハンドリングにおける目標軌道への追従等の制御問題に焦点が絞られ,環境との関係に基づくロボット群の動的な行動変化を扱ったものは少ない.しかし,作業の実現が求められるのは,作業者や障害物の多い未知動的環境であり,物体のハンドリングだけでなく効率の良い外界のセンシングや作業を妨害する障害物の除去など,相互関係の深い様々な作業を協調して行う必要がある.

 そこで本論文では,複数台の移動ロボットによる異種作業(タスク)割り付け型協調搬送システムの構築を目的とする.このとき,複数ロボットの協調作業システムは,情報・幾何・物理の3層が上から順に並んだ階層構造を成しており,それぞれのレベルでの協調問題を解決する必要がある.情報層とは,各ロボットのタスク決定部,幾何層とは,環境との幾何的な関係に基づきタスクが決定したときのロボットの具体的な動作計画部,物理層とは,走行誤差など実機の性質に起因する問題点の解決部である.ここでは協調搬送システムであることから,幾何層では協調ハンドリング動作計画器を,物理層では協調ハンドリング実現のための実機問題を取り上げる.

 計画手法の構築にあたって,変化を伴う作業環境では,物体の目標コンフィギュレーシヨン達成までの全行程を事前に推測・計画しても意味がない.そこで本研究では,比較的短いサンプリング時間で区切り,各周期において,タスクおよび具体的動作を計画し実行することを繰り返すという枠組みを考える.実現のためには.取得した環境情報に基づく実時間計画器が必要となる.

 2章では,幾何層に対する課題解決として,協調ハンドリングというタスクが決定した時の動作計画手法を構築する.このとき,環境に対する柔軟性を高めるために把持位置を変更する"持ち替え"動作を導入する.

 ロボットのセンシングエリアが限られていることから,対象物周辺の局所的な環境情報に基づき,対象物をいかに動かすか,またそれをロボットがどのように把持しハンドリングするか,という計画を行う必要がある.しかし計画に対する要求は多数あり,要求間のトレードオフや要求対象の混在など相互関係が複雑で,計画問題として一括で扱うのは難しい.そこで本論文では計画問題を"対象物の動作計画"と"それを実現する移動ロボット群の動作計画"の2つに分割し順に行うことで問題の簡単化を図り,実時間計画を可能とした.対象物の動作決定には,局所的な情報を用い実時間で計画可能な仮想インピーダンス法を用い,1サンプリング時間後の位置を得る.したがって移動ロボットの動作計画では,固定把持あるいは持ち替えという把持状態および対象物周縁上での持ち替えロボットの配置を決定する.把持ロボットが決定された時,残りの持ち替えロボットの配置は,速度限界という制約条件つきの最適化問題として定式化され,非線形計画法を用いて計算可能である.そのため,2台以上の把持ロボットの全ての組合せに対し上記最適化間題を解き,これらの比較により最適な結果を選択する.協調ハンドリングシミュレーションにより,障害物付近ではその回避を重視した持ち替え動作を行うなど,状況に応じた柔軟な対象物およびロボットの動作が計画され,これを繰り返すことで目標コンフィギュレーションを達成することが可能であることが示された.

 3章では,物理層に対する課題解決として,持ち替え動作を伴う協調ハンドリング作業実現のために解決すべき"トルク限界による車輪の滑べり","走行誤差による過大な内力","非ホロノミック性"という3つの実機に起因する問題点の解決をめざす.

 まず,移動ロボットの非ホロノミック性による搬送方向の制限に対応し,走行誤差による過大な内力を回避するため,車軸中心からオフセットを持ち全方向に制御可能な位置に,受動コンプライアンスを有する把持機構を設置する.また,トルク限界については,2章で提案したロボットの動作計画器において.把持ロボットの組合せによる計画結果を比較する際に,与えられた対象物の運動実現のために各ロボットが及ぼすべきトルクが各自の限界を満たすかどうかをチェックするという形で考慮する.これらにより協調ハンドリング作業が実現可能である事を示すため,把持機構を試作し4台の実ロボットに搭載して実験を行った.その結果,設計した把持機構が走行誤差の存在する非ホロノミックな移動ロボットによる協調動作実現のために有効に機能すること,また持ち替え動作を伴う協調ハンドリング作業が計画および実行可能であることが示された.

 次に4章では,情報階層に対する課題解決として,複数の移動ロボットが,上記で扱ってきた協調ハンドリングの機能を中心に,未知環境に対応するため様々なタスクを行うシステムのための,タスク割り当て手法を提案する.

 本課題では,作業進行に伴うタスクの種類および質の動的な変化への対応,ロボット群の処理能力を越える大量のタスクからの相互関係を考慮した選択を実現し,さらにロボットの行動を実時間で計画する必要がある.これに対し,短期間に1台のロボットにより実行可能な作業をタスクの単位(これをタスクインスタンスと呼ぶ)と捉えると,あるタスクインスタンスをあるロボットにどの程度優先的に割り当てるべきかという評価(これをタスクの優先度と呼ぶ)は,状況によって不変な要素および変動する要素により決定可能であると考えられる.不変要素とは,あるタスクを行う前に別のタスクを行っておく必要があるといったタスク本来の性質に基づく実行順序であり,変動要素とはロボットの台数との関係およびロボット群のコンフィギュレーションとの関係に基づくものである.これにより各瞬間におけるタスク割り当て問題は,いわゆる"割当問題"として定式化され,分枝限定法等を用いた高速な計画が可能となる.そこで本論文では,2章で提案したような短期間の推定に基づく実時間動作計画器と組合せ,一定時間毎にタスクインスタンスの生成,優先度評価,これに基づくタスク割り当ておよびタスク毎の動作計画を繰り返し行うアーキテクチャを提案した.これにより,タスクの動的な変化に対応し,実行順序など相互関係の深いタスクの割り当て間題が時系列の中で解決可能となる.また動作計画器において適宜ロボット群の移動抑制を行うことで,必要以上のインスタンス生成が抑制される.有効性検証のため,未知障害物の存在する環境における協調搬送シミュレーションを行った.短サンプリング時間での計画及び実行を繰り返し行う枠組により,周辺環境に柔軟に対応し搬送目的を達成する動作が計画可能であることが示された.

 5章では,実際のロボットシステムを用いた設置位置の未知な障害物の存在する環境下における搬送実験により,異種作業割り付け型の作業システムの実現性に関する検証を行う.

 実ロボットシステムとして,2台の全方向移動ロボットおよびホストコンピュータからなる系を構築した.協調ハンドリングのため,3章における走行誤差に関する議論を踏襲した受動コンプライアンスを含む把持機構を用い,さらに対象物からの乖離および合流を容易に実現する脱着機構をその上部に付加した.また環境認識を支援するため,障害物には色情報つきバーコード状2次元マークを貼付した.上記システムを用い,事前に設置位置が未知な障害物存在下で搬送実験を行ったところ,ロボットがセンシングによって得た環境情報に基づき,実際に,物体をハンドリングする行動および搬送経路を塞ぐ物体を除去する行動を得る事が出来,異種作業割り付け型の協調搬送作業が実現可能であることが示された.

 以上より,情報・幾何・物理の各階層に対する課題が解決され,複数台の移動ロボットによる異種作業割り付け型の協調搬送システムを構築することが出来た.

審査要旨

 宮田なつき(みやた なつき)提出の本論文は「群ロボットによる異種作業割り付け型協調搬送システム」と題し,全8章よりなり,未知環境において小型・複数の移動ロボットが大型の対象物を協調して搬送するシステムのための動作計画問題を扱っている.

 第1章では,研究の背景を説明し,研究の目的と論文の構成を述べている.搬送システムを小型・多数化し,その組み合わせによって,多様な対象物の搬送作業を実現しようという試みが産業界においてなされている.動的な変化を伴う上記の未知環境において,複数台の移動ロボットにより協調搬送作業を行うためには,障害物の発見,衝突回避,軌道確保のための障害物の移動など,必要情報の観測過程を含む種々の動作を行う必要がある.しかし従来の協調搬送に関する研究の概観から,制御問題としての側面のみを扱い外部環境との関係に基づくロボット群の動的な行動計画を扱っていないものがほとんどであることが明らかになった.そこで本研究では,ロボットが必要に応じて実行するタスクを切替える「異種作業割り付け型協調搬送システム」を提案した.実現のための具体的な課題として,(1)タスク間の相互関係を考慮した協調作業のための実時間タスク割り当て手法の構築,(2)持ち替えを伴う協調ハンドリング動作計画手法の構築,(3)実機問題の考慮に基づく協調ハンドリング作業実現,の3つを設定し研究を行った.

 第2章では,環境との幾何的な関係に基づく"持ち替えを伴う協調ハンドリング動作計画手法の構築"という課題に対する解決手法を示している.まず,目標コンフィギュレーション達成までの動作を短時間で分断して捉え,周期的に到達可能な範囲内での動作計画を局所情報に基づき行う枠組を考えた.また,各周期の動作計画を実時間で可能とするため,問題を"対象物"および"ロボット"で分離し,局所動作計画器および制約条件付非線形計画手法を適用することを提案した.シミュレーションにより,通過可能な軌道上に小型の未知障害物がある程度離れて存在する単純な環境において,障害物との衝突や対象物の落下を起こさず目標コンフィギュレーションを達成するロボット群の動作が計画可能である事が分かった.すなわち,上記環境における把持位置変更を伴うロボット群協調ハンドリング動作計画手法を構築できた.

 第3章では,"実機問題の考慮に基づく協調ハンドリング作業実現"という課題の解決を図っている.移動機構に起因する問題を,周辺環境との幾何的な関係に基づく上記動作計画問題と分離することを考え,機構設計問題および動作計画結果の採用条件という形で扱った.4台の実ロボットを用いた実験から,ロボットのトルク限界を見積もることで,走行誤差を有する非ホロノミックな移動ロボットによる協調ハンドリング作業が実現可能であることが示された.

 第4章では,"タスク間の相互関係を考慮した協調作業のための実時間タスク割り当て手法の構築"という課題に対する解決手法を示している.まず環境の観測過程を含めた種々のタスクを,1台のロボットにより一定短時間で実行可能な作業という単位(タスクインスタンス)で捉えた.また,あるロボットがあるタスクインスタンスを実行する状態を"優先度"として評価する枠組を準備した.優先度は,タスク同士の先行関係に加え,協調動作を行うのに必要な最低限のロボット台数およびロボット群を含めた作業環境のコンフィギュレーションとの関係に基づき決定される.これにより,一定短時間内のタスク割り当てが実時間で決定可能な形に定式化された.上記タスク割り当て器と,1周期分の動作を計画する動作計画器と組み合わせ周期的に計画を行う行動計画器を提案し,シミュレーションを行った.シミュレーションでは,小型で除去可能な障害物や移動障害物が少数存在する環境を想定した.その結果,対象物周辺の観測を行いながら協調して物体をハンドリングし,発見した障害物を除去あるいは回避することで,軌道を確保し,目標コンフィギュレーションを達成する,という協調搬送動作が計画可能であることが分かった.すなわち,数台の確保を要する協調ハンドリング作業,あるいは協調ハンドリング作業に先行した静止障害物の除去作業といった,相互関係の強く決まったタスクを実行するロボットの行動計画立案の手法を示し,シミュレーションで実証した.

 第5章では,異種作業割り付け型協調搬送作業の実現を目指している.協調ハンドリング動作実現のための機構を備えた全方向移動ロボット2台から成る搬送システムを構築し,存在位置が未知である除去可能な障害物の存在する環境において協調搬送実験を行った.これにより,実ロボットによる実際の観測を元にした異種作業割り付け型協調搬送作業が実時間で実際に可能であることが示された.

 第6章では,結論を述べている.本論文において各課題に対する解決策として提案したものを統合したシステムが全体として調和的に機能し,障害物の存在する未知環境において,協調ハンドリング・障害物の観測・軌道確保のための障害物の移動という行動により,協調搬送作業を実現可能であることが,シミュレーションおよび実機実験によって示された.

 以上を要約するに,本研究により,今後予想される多数台の小型ロボットを用い,一般的な未知環境で多様な物体を搬送するシステムのための基本的な方法論が確立され,その動作計画において大きな貢献をしたと言える.このことにより,精密機械工学のみならず工学全体の発展に寄与するところが大である.

 よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54727