学位論文要旨



No 115120
著者(漢字) 吉見,隆洋
著者(英字)
著者(カナ) ヨシミ,タカヒロ
標題(和) 設計過程において注視点を制御する知識の研究 : 分類子システムの拡張とその応用
標題(洋)
報告番号 115120
報告番号 甲15120
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4615号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 教授 堀,浩一
 東京大学 助教授 湯浅,秀男
 東京大学 助教授 増田,宏
 神戸大学 教授 田浦,俊春
内容要旨

 本論文は,設計過程において注視点を制御する知識の在り方について論じるものである.

 現代の設計は,複数領域の専門家が協力し,生産等の他部門との同時並行的な活動であることが多い.そこでは,複数の人間による様々な設計情報の共有や再利用が求められる.一方で,設計情報の理解や伝達は現在でも困難であり,体系的な支援方法も確立されているとは言えない.この問題の根源的な原因は,設計者の思考過程が十分に理解されていないことにあると思われる.

 設計者の思考過程は,具体的な設計作業を段階的に構成した問題解決過程として,従来表現されてきた.問題解決の枠組に従って判断の根拠を尋ねると,設計者は判断した状況に触れて説明すると予想される,設計者の思考過程が問題解決過程のみから成る従来の枠組では,そもそも設計者の状況に関する情報を明示的に取り扱っていない為に,判断の根拠を十分に表現することができない.しかも,設計者により異なる状況が説明されることを踏まえると,各設計者による状況の捉え方の違いも考慮する必要がある.

 また,設計過程を問題解決過程と見倣した時,判断の材料となる情報の量は膨大であり,一人の設計者が常にその全てを考慮することは困難である.有限時間内で問題を解決していることを鑑みると,設計者は膨大な量の情報の中から状況に基づき,判断に必要とされる適切な情報にのみ特に注目していると考えられる.

 設計者の注目している情報を"注視点"と呼ぶならば,設計過程において注視点を制御する知識といったものを明示的に取り扱うことで,判断に必要とされる適切な情報に注目し,より迅速に設計を行なうことが可能となると考えられる.効率の観点から見た有効性の検証は,計算機シミュレーションを到用すると可能であると考えられるが,これを実現する枠組がない.

 そこで本論文では,設計過程において注視点を制御する知識の仕組みを探り,計算機システムにおいてその知識を取り扱う過程の実現を目的とする.

 ここで本論文は,状況の一部である注視点を客観的に存在するものと考えずに,各設計者が自ら制御するものと見倣し,注視点を制御する知識の存在を仮定し利用する.注視点を制御する知識の存在を仮定することで,設計過程における判断の根拠を明示的に理解することが可能となると考える.また,設計過程において判断の材料となる多くの情報の中から,特定の判断に必要とされる情報に適切に注目することが可能となると考える.各設計者が独自に状況から注視点を切り出し制御するという性質から,この知識を視点形成知識と呼ぶ.

 視点形成知識を利用する過程を観察・分析する為に,設計者の思考過程が,注視点を制御する知識=視点形成知識が利用される過程(視点形成過程)と捉えた状況の下で問題解決に供される知識=問題解決知識が利用される過程(問題解決過程)の二つの過程に分けられると仮定する.この仮定の妥当性を検証する為に問題解決過程と視点形成過程を分けた思考過程のモデルに基づいて設計実験を行ない,視点形成過程に関する思考のパタンを探る.パタンを探ることで,知識の仕組みを探る.

図1 設計実験で観察された視点形成過程における設計者の思考パタン

 また,遺伝に基づく機械学習システム=分類子システムを用いて,視点形成過程を計算機システム上で実現する.分類子システムは,試行錯誤的な挙動から知識を獲得する点で本論文の興味に沿うが,標準的な枠組のままでは視点形成過程の実現が難しい.そこで本論文では,この枠組を拡張した視点形成指向型分類子システム(VFCS)を提案する.この枠組は,設計者の認知機構の代替や支援として用いる場面を想定し定式化して提案する.視点形成知識を計算磯上で取り扱う為に単純化した視点形成規則の存在を仮定する.視点形成規則も問題解決に供される規則とは別個な規則とし,先の仮定を反映させる.

 更に,提案する枠組を計算機システム上に実装し,挙動の理解が容易な経路探索問題を例題として取り上げる.状況に応じて入力情報の適切な部分に注目する=注視点を制御する視点形成過程をシミュレートする.計算機シミュレーションの結果を,定量的及び定性的な観点から分析し,提案する枠組の有効性を示す.

図表図2 視点形成型分類子システムの基本的な枠組 / 図3 経路探索の例題とその結果例

 加えて,設計過程を模した現実的な例題として,製造・組立性に注目した部品の配置設計問題に適用する.例題として,視点形成規則を再利用した結果を定量的および定性的な観点から分析し,注視点を制御する方法を規則として記述する意義について示す.この例題では,再利用性の観点から提案する枠組の有用性を示す.

図表図4 製造・組立性に注目した部品配置設計 / 図3 部品配置設計の結果例

 工学的な研究であることを意識して,提案する枠組の問題点を示し可能性と限界について述べる.

審査要旨

 吉見隆洋(よしみたかひろ)提出の本論文は「設計過程において注視点を制御する知識に関する研究-分類子システムの拡張とその応用」と題し,全7章から成る.

 第1章は序論であり、本論文の背景と目的,論文の構成を述べている。

 設計研究においては,設計過程を段階的な問題解決過程と考え,そのモデルを構築する試みが,これまで多く為されている.設計過程を問題解決過程と見なした時,設計者が各々の問題解決の材料とする情報の量は膨大であり,それゆえ設計者個人が全ての情報を考慮することは困難であると述べている.ここで,本論文では,実際には設計者が限られた時間の中で問題を解決していることを鑑みて,各設計者が膨大な量の情報の中から特定の情報(本論文ではこれを注視点と称している)に注目していると予想し,そこには,経験や設計対象,あるいは,問題解決の進み具合に依存した,各設計者に独特な情報の注目方法の存在が示唆されるとしている.従来の研究では,この方法を明示的に取り扱っておらず,この問題を克服することが,第三者との成果物の共有や再利用に貢献すると予想されるにも関わらず,その性質故に知識としての明示化,さらに,有効性や有用性の検証は困難とされてきた,としている.そこで,問題解決に必要な情報のみを臨機応変に選択する(本論文ではこれを注視点の制御と称している)方法を知識として明示化し,その過程を計算機上で実現可能な枠組の提案,及び,計算機シミュレーションの実現を通して,その知識の有効性・有用性の検証を行った,と述べている.

 第2章では,本論文に関連する従来研究と研究方針が述べられている.

 従来の研究を認知科学的アプローチと計算論的アプローチの二つ観点から概観し,主な従来研究の問題点が述べられている.また,本論文で計算機シミュレーションの実現の枠組みとして取り上げている,遺伝に基づく機械学習システム(分類子システム)の標準的な枠組が,遺伝的アルゴリズムの概要と共に述べられている.さらに従来研究の問題点を整理し,本論文の研究方針が述べられている.

 第3章では、実際の設計者の思考過程を観察する設計実験について述べられ,その結果を反映する形で,計算機シミュレーションの為の枠組である注視点の制御を指向した分類子システムの提案を行っている.

 従来の設計実験で利用される手法は,各設計者独自の注視点制御方法の明示化及び分析には不十分であるとして,説明に基づくプロトコル解析手法を提案している.また,この手法に基づいた設計実験を行い,設計過程のうち注視点を制御する過程にパタンが存在し,注視点の制御方法を知識として明示化して取り扱う意義を述べている.

 さらに,標準的な分類子システムを拡張し,注視点を制御する過程を計算機上でシミュレートする枠組(本論文ではこれを注視点指向型分類子システムと称している)を,特定の計算機言語によらない形式で定式化している.この枠組は,注視点を制御する過程を計算機上で実現する際に障害となる問題点を克服した枠組となっている.また,様々な例題に適用することが可能となる様に,分類子システムに特徴的な多くのパラメータを分類し,その調整方法を述べている.

 第4章では、注視点を制御する過程の計算機シミュレーションを行っている.

 例題として,挙動の理解が容易な経路探索問題を取り上げ,注視点を制御する知識を利用する場合としない場合の比較を行い,この知識の有効性を検証している.結果を定量的及び定性的な観点から分析し,注視点制御指向型分類子システムが,注視点を制御する過程を計算機上で実現する枠組として妥当であることも確認している.

 第5章では、注視点を制御する枠組の工学的応用を図っている.

 例題として,評価項目と部品間の相関表を用いた部品配置設計を取り上げ,再利用性の観点から注視点を制御する知識の有用性を計算機シミュレーションによって検証している.従来,静的で値の定められたものとされている相関表を,注視点を制御する知識を利用することで,実際の設計過程のシミュレーションとして動的に形成させている.相関表のみを再利用する場合,相関表を形成する知識のみを再利用する場合,両方を再利用する場合,等の様々な場合の比較検討を行い,結果の妥当性を高めている.

 第6章では、注視点を制御する知識に関して議論と考察が行なわれている。

 設計過程において注視点を制御する方法を知識として明示化する枠組について,本論文の提案が有する問題点を客観的に指摘し,工学的な立場から,その可能性と限界を見極めている.

 第7章は結論と展望である.

 本論文では,設計過程において注視点を制御する方法が存在すると考える妥当性を設計実験によって検証し,注視点を制御する過程を計算機上で実現する枠組を,注視点制御指向型分類子システムとして提案し,また,この枠組を用いて注視点を制御する知識の有効性・有用性を計算機シミュレーションによって検証した,と結論付けられている.さらに,注視点を制御する知識を計算機上で取り扱う枠組が,データマイニング等の分野に利用可能であるとし,実用面からの期待も示唆している.

 以上を要約するに、本論文は設計過程において設計者が注視点を制御する方法に関する研究を行ない、特に,その方法を明示的な知識として取り扱う観点からの考察を行なうことによって,設計過程において利用される知識の性質についての理解を進めたものである.さらに計算機上で注視点を制御する過程の実現を通して,この知識の有効性・有用性を確認したものである.よって,本論文は工学理論ならびに応用分野に対し、顕著な貢献が認められ,このことにより,精密機械工学のみならず工学全体の発展に寄与するところが大である.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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