学位論文要旨



No 115121
著者(漢字) 黄,昶淳
著者(英字)
著者(カナ) ハン,チャンスン
標題(和) 多指ハンドによる操りの運動学シミュレータの開発と動作計画への応用
標題(洋)
報告番号 115121
報告番号 甲15121
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4616号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 佐々木,健
 東京大学 教授 板生,清
 東京大学 教授 保坂,寛
 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 教授 中村,仁彦
内容要旨

 本論文は,人間のように複数の指を持つロボット用多指ハンドの運動学の数値シミュレーションシステムの開発と,そのシミュレータを実際のロボットハンドの動作計画へ応用する手法に関する研究をまとめたものである.

 ロボットの研究開発の目的は,人間が行っている単純作業や危険な作業,あるいは人間の能力を越える作業を代行し,人間をそれらの作業から解放することである.今日,生産工場における単純な繰り返し動作の多くは産業用ロボットによって置き換えることが可能となってきたが,危険物処理をはじめ,今後ロボットの応用範囲として期待されているオフィスや家庭内における作業の多くは人間の手のような器用さが求められる.このような背景のもとで,人間のように複数の指を持つロボット用多指ハンドの研究開発が世界中で進められているが,人間のように器用なロボットハンドの実現にはまだ多くの課題が残されている.

 本論文の第1章「序論」では,このような技術的背景と課題について多くの参考文献をもとに過去の研究を整理・解説し,ロボット工学における本研究の位置づけおよび研究目的,および論文構成について述べた.

 第2章「指の腹による物体の把握と操りの運動学」では,把握と操りの問題を指の関節角からハンドが把握している物体の位置・姿勢を求める「順運動学」と,逆に物体の位置・姿勢から指の関節角を求める「逆運動学」に分類し,指と対象物体の相対接触運動を満たす条件と,その運動を行うために必要な指の数・自由度などを整理した上で運動学の一般式を導いた.それらの結果に基づき,具体的な例として円筒や球などの比較的単純な形状の物体どうしの幾何学的な接触問題を解析した.さらに対象物体の大きな運動を実現するために指の運動に手首の運動を加えた物体操りの運動学を定式化し,冗長性を活用した物体の操り運動の解析手法を示した.

 第3章「指の腹による物体の把握と操りの力学」では,指の腹と物体の接触が多くの場合,曲面どうしの接触なることに着目し,その摩擦特性についてHertzの弾性接触理論を基礎とした理論解析を行い,Hertz接触の摩擦特性を考慮した物体の把握と操りの力学に関する一般式を導いた.さらに線形計画法の適用によって指先の力の配分問題を解く手法を示した.

 第4章「指の腹によるB-スプライン曲面物体の把握と操りの運動学」では,把握と操りのシミュレーションの汎用性を高めるために対象物体をB-スプライン曲面で表示する手法を採用し,円筒と楕円体でモデル化したロボットの指とB-スプライン曲面で記述された対象物体との接触の運動学を解いた.この解析結果に基づき,B-スプライン曲面物体について多指ハンドの指の運動に関する数値シミュレーションを実行するシステムを開発した.具体的な例としてパイプ,花瓶,ボトル等の形状の物体を4本の指で把握して操る際の運動学の解析結果をグラフィックディスプレイに表示した.

 第5章「指の腹による物体操りの運動学に基づく指の関節構造の評価」では,ロボット用多指ハンドの設計に本研究で開発した運動学シミュレータを応用し,指の関節構造の評価を行った.B-スプライン曲面で表現された物体に対して純転がり運動,捻り・転がり運動,滑り・捻り・転がり運動などの接触条件の運動を指定し,その運動を指の操りによって実現する際の関節角変位の大きさを評価関数によって総合的に評価した.その結果,例えば指の軸回りに指が回転するような関節構造によって人間の指の関節構造では実行できない操り運動が容易に実行できる関節構造が存在することを示し,多指ハンドの形態として人間の手以外にも様々な可能性があることを示した.

 第6章「実験装置および実験のための理論解析」では,把握と操り動作の実験のために構成した実験装置について述べた.実験装置はワイヤ駆動の2本指ハンド,指先に装着した力覚センサと滑り・接触を検知する触覚センサ,制御と動作計画を行う計算機,および周辺とのインタフェースから成っている. 個々の構成要素については.その基礎特性を評価し,操り動作の制御における諸問題を考察して解決策を示した.さらに本研究の実験として主として行った鉛直平面内における物体の操りのための運動学と力学を実験装置について解析し,操りのための制御手法を整理した.

 第7章「物体の安定な操りのための動作計画とその実現」では,与えられた対象物体の操りに対して,まず本研究で開発した把握と操りの運動学と力学のシミュレータを活用して全体の動作計画を行い,次に物体の安定な操りを実現する戦略を論じた.また,実環境における誤差要因や不確定要因について分析し,動作計画に従ってオープンループ的に制御できる部分と,センサ情報をフィードバックして適応すべき部分を切り分ける具体的なアルゴリズムを示した.以上の動作計画と制御アルゴリズムを実験装置へ実装し.角柱,円柱等の物体を2本指のロボットハンドで計画通りに卓上で転がしたり滑らせたりする動作を実現し,提案した動作計画と制御手法の有用性を実証した.

 第8章「結論と展望」では,本研究を通して得られた成果を総括し結論としてまとめ.さらに今後の展望について述べた.

審査要旨

 本論文は,人間のように複数の指を持つロボット用多指ハンドの運動学の数値シミュレーションシステムの開発と,そのシミュレータを実際のロボットハンドの動作計画へ応用する手法に関する研究をまとめたものである.

 ロボットの研究開発の目的は,人間が行っている単純作業や危険な作業,あるいは人間の能力を越える作業を代行し,人間をそれらの作業から解放することである.今日,生産工場における単純な繰り返し動作の多くは産業用ロボットによって置き換えることが可能となってきたが,危険物処理をはじめ,今後ロボットの応用範囲として期待されているオフィスや家庭内における作業の多くは人間の手のような器用さが求められる.このような背景のもとで,人間のように複数の指を持つロボット用多指ハンドの研究開発が世界中で進められているが,人間のように器用なロボットハンドの実現にはまだ多くの課題が残されている.

 今日のロボットの制御においては,「物を把持する」というような概略的な作業目標が与えられたとしても,最終的にはアームや指の関節角,関節角速度,関節トルクなどの制御目標値を数値として与えなければならない.したがって対象物体の運動と形状,およびロボットハンドの機構からそれらの目標値を求めなければならない.本論文の第一の目標は,多指ハンドによる操りの運動学の汎用的な解法を求め,それをシミュレータという形で実現し,動作の計画や機構の評価に役立てることである.

 操りの運動学シミュレータの基礎として,本論文では,まずロボットハンドと対象物体の接触によって対象物体が受ける拘束の自由度とハンドの運動の自由度の関係から接触条件を整理し,各接触条件に関する拘束条件式を定式化した.次に球,円柱,楕円体などの単純な立体形状どうしの接触点を求める式を整理し,円柱と楕円体でモデル化した指を持つロボットハンドによる把握において,指の関節角から物体の位置・姿勢を求める「順運動学」と,物体の位置・姿勢から指の関節角を求める「逆運動学」の解法を導いた.多指ハンドの運動学に関してはいくつかの先行研究が存在するが,本論文で導いた手法は,考え得る接触状態をすべて整理し,また,多くの先行研究が微小運動についてのみ扱っているのに対し,大変位に関する数値計算法にまで拡張した点に特色がある.

 多指ハンドによる操りの力学に関しては,指の表面と対象物体表面の摩擦接触をHertzの弾性接触理論を適用することにより滑り摩擦と捻りモーメントの関係を明らかにしている.類似の先行研究との相違は,解析結果をハンド全体の釣り合い方程式に適用して一般性を拡張した点にある.

 次に,より一般的で複雑な形状の対象物体を扱えるようにするために、対象物体をB-スプライン曲面で記述する手法を採用し,B-スプライン曲面どうし,あるいは円柱や球などの単純形状物体との接触による多指ハンドの運動学に関する式を導いた.以上の解析結果をグラフィック表示可能なシミュレータとして計算機上に構築した.例としては花瓶やボトル状の物体の把握と操りの計算例を示し,本手法の有効性を示している.

 さらに本論文では,開発したシミュレータの活用事例として,多指ハンドの機構設計と2本指ハンドの動作計画と制御を扱っている.

 ロボット用多指ハンドの多くは人間の関節構造を模倣したものが多い.一般に生物の形態は進化の産物として最適化されていると解釈されているが,物体を自由に操るための機構として人間の手が最適であるという理論的根拠はない.本論文では開発したシミュレータを駆使し,B-スプライン曲面で表現された物体に対して純転がり運動,捻り・転がり運動,滑り・捻り・転がり運動などの接触条件の運動を指定し,その運動を指の操りによって実現する際の関節角変位の大きさを評価関数によって総合的に評価している.その結果,例えば指の軸回りに指が回転するような関節構造によって人間の指の関節構造では実行できない操り運動が容易に実行できる関節構造が存在することを示している.このように,本論文で開発したシミュレータはロボットハンドの機構設計において客観的な評価を行うための有用なツールである.

 次に,与えられた対象物体に対する動作計画と制御への応用事例として本論文では,まず,開発した把握と操りの運動学と力学のシミュレータを活用して全体の動作計画を行い,次に物体の安定な操りを実現する戦略を位置と力の制御と触寛センサ等を利用したセンサフィードバック制御の観点から論じている.また,実環境における誤差要因や不確定要因について分析し,動作計画に従ってオープンループ的に制御できる部分と,センサフィードバック制御すべき部分を切り分ける具体的なアルゴリズムを示している.以上の動作計画と制御アルゴリズムを実験装置へ実装し,角柱,円柱等の物体を2本指のロボットハンドで計画通りに卓上で転がしたり滑らせたりする動作を実現し,提案した動作計画と制御手法の有用性を実証している.

 以上のように,本論文は人間のように複数の指を持つロボット用多指ハンドに関して,その運動学と力学に関する汎用的なシミュレータを開発し,その活用事例として,多指ハンド設計における機構の評価,および多指ハンドの動作計画と制御への応用手法を示した.これらの研究成果は多指ハンドの設計と制御に大きく貢献するものであり工学的な価値か高い.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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