学位論文要旨



No 115123
著者(漢字) 金,相賢
著者(英字)
著者(カナ) キム,サンヒョン
標題(和) 波浪外乱予測に基づく全没型水中翼船の縦運動制御システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 115123
報告番号 甲15123
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4618号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 教授 浦,環
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 助教授 鈴木,英之
 東京大学 助教授 増田,宏
内容要旨

 全没型水中翼船は波浪の影響を受けにくく、よい乗り心地と高速性を確保している高速船である。しかし、船体運動に対する自已復原力がなく適当な姿勢制御を行うことで安定航走を実現している。実船の制御システムはセンサーからの船体運動をフィードバック信号にする最適フィードバック制御則によって構成されている。また、制御システムの中で操船者によるPlatformモードとContourモードとの制御モード切り換え操作と前翼没水深度の設定操作を用いることで広い範囲の波に対応している。しかし、これらの操作は正確な目視波浪情報が必要なこと、操作のタイミングが微妙で難しいこと、操作の結果が船体運動と制御性能に大きく影響することから熟練した操船者に依存している。また、追い波では制御システムが波浪外乱の影響を打ち消すことができなく、船体と波との相対運動が大きくなり、船首の波への突っ込みや水中翼の水面上への飛び出し等の現象が発生している。このような実船の現状から、操船者による操作を含まない制御システム、波浪外乱の影響を打ち消す制御システムが要求されている。

 最近、センサーとフィルタなどの要素技術の発展により、船体運動と波浪に関する情報が精度よく測定、推定できるようになりつつある。また、制御理論の分野ではサーボ系での目標値と制御対象に対する外乱の現在値だけではなく未来値も用いることで、目標値に対する応答特性の改善と外乱の影響を抑圧する特徴を持つ最適予見サーボ系が提案されている。

 本研究では、遭遇する波浪の現在と未来の波浪情報を推定し制御に用いる全没型水中翼船の縦運動制御システムを提案し、その有効性をシミュレーションと水槽実験を通じて検証することを研究の目的にする。また、提案する制御システムでは未来波浪情報を有効に利用するために、制御則として最適予見サーボ系を用いる。

 提案する制御システムでは以下の3点を提案した。まず、実船での制御モードの切り換え操作が「遭遇する波浪に適応した制御を行なうために、操船者が制御モードを切り換えることで制御システムの目標を変更させること」と解釈できることから、推定有義波高を用いてサーボ系での目標値を調整することで制御モード切り換え操作をなくすことを提案する。また、前翼没水深度の設定操作が「フィードバック制御だけでは不十分な制御性能を向上させるために、操船者がシステムの時定数先に遭遇する未来波浪elevationを予測し、それに適応した前翼没水深度の設定値をフィードフォワード入力として制御システムに追加すること」と解釈できることから、予測波浪elevationを用いて船体高度の制御を行なうことで前翼没水深度の設定操作をなくすことを提案する。更に、観測可能な信号とフィルタなどを用いて波浪外乱を推定し制御に用いることも提案する。

 研究で提案する制御システムの構成を図1に示す。

図1提案する制御システムの構成

 提案する制御システムの各部分の構成について簡単に説明する。

(1)最適予見サーボ系部

 サーボ系での目標値に追従させる信号としては、船体重心でのHeave運動とPitch運動を用いる。最適予見サーボ系の制御入力は式(1)のように船体運動、未来目標値、未来波浪外乱を用いて決定できる。

 

 ここで、制御入力を決定するためには目標値の予見範囲Mrと波浪外乱の予見範囲Mdを決定する必要があるが、本研究では制御システムで用いた目標値と波浪外乱の予見範囲と評価関数の変化との関係を調べ必要な予見範囲を決定する。

(2)カルマンフィルタ部

 波浪外乱を推定するために、式(2)の伝達関数を持つ2次系の波モデルを用いて波浪外乱を状態空間で表現し、船体運動と波浪外乱を状態変数にする式(3)のような拡大システムを構成する。

 

 Kw

 w=Constant discribing the wave intensity

 ただし、=Damping coefficient

 n=Dominant frequency (rad/sec)

 

 ただし、は白色雑音、、sn(t)はセンサーノイズは波浪外乱

 構成された拡大システムに対して離散時間0.1秒で離散化し、カルマンフィルタのフィルタリング部を適用して船体運動と波浪外乱のフィルタリングを行ない、その結果と船首相対水位のセンサー信号を用いて波浪elevationと有義波高を計算する。また、未來目標値と未来波浪外乱の決定に必要な波浪elevationと波浪外乱の予測値は、式(4)のような線形予測モデルを用いて波浪elevationと波浪外乱を表現し、カルマンフィルタの予測部を適用して求める。

 

 用いた線形予測モデルはラグ時間1秒の30次のモデルで、モデルの各係数は線形予測モデルの出力と目標信号との誤差が最小になるように毎時間更新する。

(3)未来目標値と未来波浪外乱の生成部

 予測波浪elevationを用いてサーボ系での未来目標値Heaveと未来目標値Pitchを生成し、予測波浪外乱を用いてサーボ系での未来波浪外乱を生成した。また、推定有義波高に基づくゲイン値を用いて未来目標値を調整し、遭遇する波浪に適応した制御を実現する。

 提案する制御システムのシミュレーションによる検証では、図2の全没型水中翼船を制御対象にし、その縦運動に対するシミュレーションモデルを横成して提案する制御システムを適用した。制御力としては前後翼のフラップ操作による揚力変化を用い、波浪外乱としては波の水粒子運動による前後翼の発生揚力とPitchモーメントの変化を用いた。全没型水中翼船は有義波高2m以下の不規則波ではまっすぐ航走するような操船を、有義波高2mを超える不規則波では波に追従するような操船を行なっている。

図2 全没型水中翼船

 提案する制御システムの船首相対水位の波浪中振幅応答を図3、図4に、再現した実船のPlatformモード制御システムとContourモード制御システムの結果と比較して示す。この結果から、提案する制御システムが実船の制御システムより波に対する追従性が優れていることが分かる。また、実船で見られる追い波、波周期6秒〜9秒での船体と波との大きい相対運動が発生してないことも確認できる。

図表図3 船首相対水位の波浪中振幅応答(向波) / 図4 船首相対水位の波浪中振幅応答(追い波)

 各有義波高の不規則波でのシミュレーション結果の中から、求められた波浪elevationを用いて有義波高を計算した結果を図5に示す。この結果から、遭遇する波浪の有義波高が正確に計算できていることが分かる。また、船首相対水位の変動値の有義値を図6に示す。この結果から、ゲイン値を用いた未来目標値の調整によって遭遇する波浪に適応した制御ができ、有義波高2m以下の不規則波ではまっすぐ航走していることが、有義波高2mを超えるの不規則波では波に追従していることが分かる。特に、追い波の場合は波浪外乱の影響を受けずに船体が波にうまく追従しているが分かる。

図表図5 不規則波の有義波高の計算結果 / 図6 不規則波での船首相対水位変動

 提案する制御システムの水槽実験による検証では、提案する制御システムの中で基本となる拡大システムとカルマンフィルタのフィルタリング部による船体運動と波浪外乱のフィルタリング過程、波浪elevationの計算過程を実波浪・実波浪外乱で水中翼船モデルを使って確認した。実験では制御入力の決定には簡単なレギュレータ制御則を用い、図7のような制御システムを構成した。

図7 実験で用いた制御システムの構成

 追い波での制御実験の結果の中から波浪外乱のフィルタリング結果を図8、図9に示す。実験での波浪外乱disz(k)と波浪外乱dis(k)のフィルタリング結果が実波浪外乱より約0.3秒前後の遅れを取っていることが分かる。この遅れは、カルマンフィルタのサンプル時間分の遅れ、Heave変位の差分値を用いたHeave速度の計算によるサンプリング時間分の遅れ、Low Pass Filterによる遅れに起因するもので、制御システムのサンプリング時間を短くすることで改善できる。

図表図8 波浪外乱disz(k)のフィルタリング結果 / 図9 波浪外乱dis(k)のフィルタリング結果

 本研究では、現在と未来の波浪情報を用いる全没型水中翼船の縦運動制御システムを提案し、その有効性をシミュレーションと水中翼船モデルの水槽実験を通じて確認した。

 本研究の結論としては

 (1)波モデルを用いて波浪外乱の状態空間表現を求め、船体運動と波浪外乱を状態変数にする拡大システムを構成しカルマンフィルタのフィルタリング部を適用することで、波浪外乱のフィルタリングができ、制御に波浪外乱を用いることができた。

 (2)波浪elevationと波浪外乱を30次の線形予測モデルで表現しカルマンフィルタの予測部を適用することで、必要な予測範囲まで精度よく波浪elevationと波浪外乱の予測ができ、制御に未来の波浪elevationと波浪外乱を用いることができた。

 (3)現在と未来の波浪elevationと波浪外乱を制御に用いることで、波に対する追従性が優れた、波浪外乱の影響を打ち消す制御システムが構成できた。特に、実船で見られる追い波で船体と波との大きい相対運動を抑えることができた。

 (4)推定した有義波高から決定したゲイン値を用いて未来目標値を調整することによって、操船者の操作なしに遭遇する波浪に適応した制御が実現できた。

 (5)水中翼船モデルの水槽実験を通じて、提案する制御システムの基本となる拡大システムとカルマンフィルタを用いた船体運動と波浪外乱のフィルタリング過程及び波浪elevationの計算過程を実波浪・波浪外乱の中で確認できた。

審査要旨

 全没型水中翼船は翼で船体を持ち上げる構造で波浪の影響を受けにくく、高速性のみならず乗り心地を確保している。この船の波浪中の運動制御では、操船者による制御モード切り換えと前翼没水深度の設定操作を用いることで広い範囲の波浪に対応している。しかし、これらの手操作は熟練が必要で、また荒天下の運航範囲もそれで制限される。さらに、これとは別に追い波では波浪外乱の影響で船体と波との相対運動が大きくなる問題がある。本論文は、センサーとフィルタなどの要素技術を用いて遭遇する波浪の現在と未来の情報を推定し制御に有効に利用する全没型水中翼船の縦運動制御システムの構成を提案し、その有効性を主にシミュレーションと水槽での基礎的実験を通じて検証している。

 以下に論文の構成と内容を記す。本論文は、8章よりなっている。

 第1章「序論」では、全没型水中翼船の概要、研究の背景と目的について記述している。まだ、高速船の制御システムに関する既存の研究について解説し、本研究の位置づけを行なっている。

 第2章「本研究で提案する制御システム」では、実船の制御システムについて考察を行ない、操船者による制御モード切り換え操作、操船者による前翼没水設定操作、波浪外乱影響、の三つの問題を指摘している。更に、各問題点について制御の観点から解釈を行ない、その結果に基づく提案する制御システムの考え方について解説している。また、制御システムを提案し、その概要を示している。

 第3章「最適予見サーボ系の概要」では、制御での未来情報の有効性と予見制御の概念について解説し、提案する制御システムで用いた制御則である最適予見サーボ系について理論的な考察を行なっている。

 第4章「制御対象と海象状態のモデリング」では、船体の運動特性が公表されておらず、ジェットフォイルを制御対象として取り上げ、その運動特性を推定定義している。また、Pierson-Moskowitzスペクトラムを用いて各有義波高の不規則波を生成し、海象状態のモデリングを行なっている。更に、波の水粒子運動による水中翼の発生揚力の変化を制御対象に対する波浪外乱とし、そのモデリングを行なっている。

 第5章「提案する制御システム構成」では、提案する制御システムの構成を最適予見サーボ系部、カルマンフィルタ部、未来目標値と未来渡浪外乱の生成部の3部分に分けて詳しく解説している。「最適予見サーボ系部」では、サーボ系での目標値として上下揺れと縦揺れを定義し、未来情報量と評価関数値との関係を考察し、未来目標値と未来波浪外乱は3秒先までの予測で十分であることを示している。「カルマンフィルタ部」では、船体運動と波浪外乱を状態変数にする拡大システムを導入し、拡大システムに対してカルマンフィルタを適用して船体運動と波浪外乱の推定を行っている。また、求められた船体運動とヤンサー信号を用いて波浪上昇量と有義波高を計算している。更に、波浪外乱と波浪上昇量を30次の線形予測モデルを用いて表現し、カルマンフィルタを適用して予測を行なっている。「未来目標値と未来波浪外乱の生成部」では、予測波浪上昇量と予測波浪外乱を用いて未来目標値と未来波浪外乱を生成し、有義波高に基づくゲイン値を用いて未来目標値の調整を行なっている。

 第6章「提案する制御システムのシミュレーションによる検証」では、船首相対水位の規則波中振幅応答を通じて提案する制御システムが再現した実船の制御システムより波に対する追従性が優れていること、波浪外乱の影響を打ち消すことを検証している。また、不規則波でのシミュレーションを通じて提案する制御システムによって船体運動と波浪情報が精度よく推定でき、更に操船者の手操作なしに遭遇する波浪に適応した制御が実現できることを明瞭に示している。

 第7章「提案する制御システムの水槽実験による検証」では、水中翼船モデルの水槽実験について述べている。本論文の中核をなす船体運動と波浪外乱のフィルタリング、波浪上昇量の推定手法について確認している。

 第8章「結論」では、全編を通じての取りまとめと結論について記述している。

 以上要するに、本研究は全没型水中翼船の制御システムの問題点に対して考察を行ない、その解決策として現在と未来の波浪情報を有効に用いる制御システムの構成を提案した。更にシミュレーションと水槽実験による検証まで行なっている。高速船の連動制御の発展に寄与するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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