学位論文要旨



No 115125
著者(漢字) 原田,賢哉
著者(英字)
著者(カナ) ハラダ,ケンヤ
標題(和) 極低温冷媒を用いた空気熱交換器の着霜に関する研究
標題(洋)
報告番号 115125
報告番号 甲15125
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4620号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 棚次,亘弘
 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 小林,康徳
 東京大学 教授 長島,利夫
 東京大学 教授 藤井,孝藏
内容要旨

 将来の宇宙航空機用推進機関の有力な候補として,空気液化サイクルエンジン(LACE)や予冷却ターボジェット/エア・ターボラムジェット等のエンジンサイクルが注目されてきている。これらのエンジンにおいては,液体水素等の燃料を冷媒として吸入空気を冷却するための高性能な熱交換器(プリクーラ)の開発が重要な技術課題の一つになっている。そして,その開発に際して最も危惧されている問題が,空気中の水分が伝熱面に着霜する現象である。熱交換器伝熱面上に霜層が付着・成長すると,その熱抵抗によって伝熱性能が低下し,また流路が狭まることによって主流空気の圧力損失が増加する。したがって,熱交換器の設計・運転に当たっては,着霜速度と,生成する霜層の物性,そしてその伝熱性能および主流圧力損失に与える影響を把握することが極めて重要である。

 熱交換器における着霜に関する研究はこれまでにも数多く行われているが,そのほとんどは冷凍・空調用熱交換器を対象とするものであり,下表に示すように冷却面温度,主流空気温度,運転時間等が大きく異なる極低温冷媒を用いた空気熱交換器における着霜の研究例は極めて少なく,解明すべき点が多い。

表.着霜条件の比較

 本研究の目的は,極低温冷媒を用いた空気熱交換器(以下,極低温空気熱交換器)における着霜特性を調べ,エアブリージングエンジン用プリクーラの開発に資する知見を得ることにある。

 まず,極低温冷却面における熱・物質輸送特性を明らかにするために,強制対流または自然対流による層流境界層流れを,ミスト生成による過飽和場の緩和過程および生成したミストの輸送機構を考慮したモデルによって数値的に解析した。その結果,冷却面温度が低くなると均一核凝縮によって微細なミストが発生し,これが熱泳動によって冷却面に輸送され着霜すること,かような機構によるミスト輸送速度は,熱伝達とのアナロジから予測される水蒸気の対流拡散による輸送速度に比べて小さいこと,したがって冷却面温度の低下によって着霜速度が減少することを示し,鉛直平板上の自然対流場における従来の実験結果を合理的に説明した。また,主流空気の温度が露点より低く,主流中に水分がミストとして含まれる場合においても,その熱泳動による輸送速度は水蒸気の対流拡散速度に比べて著しく小さいことを示し,主流温度の低下によっても着霜速度が減少することを予測した。

 次に,かような着霜速度に関する解析結果を確認し,加えて極低温冷却面上に成長する霜層の性質と,その熱交換器特性すなわち主流圧力損失や伝熱量に与える影響を明らかにするために,シェル・チューブ型熱交換器の要素を模擬して外径8mmの円管を主流に直交する向きに配した一列管群モデル(一列管群要素熱交換器)における着霜現象を,広範囲の冷却面温度(90〜234K)および主流温度(225〜295K)条件に対して実験的に調べた。冷却面温度の影響を調べるために行った一連の実験によれば,円管前面の層流境界層域における着霜速度は対流拡散がら予測される値に概ね一致し,冷却面温度の影響は殆ど見られないという結果が得られた。これは上述の解析結果または自然対流場における実験結果と相反するものであるが,その主な理由として,対流の効果が大きい熱交換器伝熱面では僅かの着霜に対しても霜層表面温度が急激に上昇するためと考えられる。一方,円管背面の後流領域では冷却面温度が低くなると着霜速度が減少するという結果が得られた。また,冷却面温度が低いほど低密度の霜層が発生し,着霜量が同じであっても霜層厚さが大きくなるために,主流圧力損失の増大と伝熱量の低下がより顕著にあらわれることが明らかになった。一方,主流温度の影響を調べるために行った実験からは,主流温度が低下するに伴って着霜速度が著しく減少するという結果が得られ,前章で行った解析の妥当性が示された。

 以上の結果は,極低温熱交換器上流部分(空気側入口付近,主流がミスト化していない領域)における着霜の影響が,冷凍・空調用熱交換器等に比べてより甚大であるということを意味している。そして更に悪いことには,極低温空気熱交換器をエアーブリージングエンジン用プリクーラに適用する場合,着霜が問題になるのは加速フェーズにある低高度飛行時であり,この間(数十〜数百秒程度)にエンジンの運転を中断することはできないので,冷凍・空調用熱交換器等に対して一般的に行われるような間欠的な除霜運転を行うことができない。そこで,熱交換器の運転を停止することなく着霜による極低温空気熱交換器の性能低下を防止するために,次の3つの方法を提案した。第1の方法は,極低温伝熱面上に生成する霜層は密度が低く構造強度が弱いという性質を利用し,主流によって霜層を剥離しようとするものである。第2の方法は,主流空気に含まれる水蒸気をミスト化することによって着霜量を低減しようとするものである。第3の方法は,凝縮性気体を主流空気に混入し,これを伝熱面上または霜層内部に凝縮・凝固させることによって霜層の性質を改善しようとするものである。この方法の有効性を確認するために,主流に凝縮性気体としてエタノールを混入した場合について,一列管群要素熱交換器における着霜特性を実験的に調べた。その結果,主流に含まれる水蒸気と同量以上のエタノールの混入によって,総着霜量が増えるにもかかわらず,霜層の密度が著しく増大し,着霜に伴う主流圧力損失の増大と伝熱量の低下がともに抑制されることが明らかとなった。

審査要旨

 博士(工学)原田賢哉提出の論文は、「極低温冷媒を用いた空気熱交換器の着霜に関する研究」と題し、5章からなっている。

 将来の宇宙航空機用推進機関の有力な候補として、予冷却ターボジェットや予冷却エア・ターボラムジェット等のエンジンサイクルが注目されている。これらの予冷却ジェットエンジンにおいては、燃料の液体水素を冷媒として吸入空気を冷却することがキーテクノロジーである。その実用化に当たっては、空気を予冷却するための高性能な熱交換器(空気予冷却器)の開発が重要な技術課題の一つになっており、その中で特に危惧されている問題は、空気中の水分が伝熱面に着霜することである。熱交換器伝熱面上に霜層が付着・成長すると、その熱抵抗によって伝熱性能が低下し、また流路の狭窄によって主流空気の圧力損失が増加する。したがって、熱交換器を設計・運転するに当たって、着霜特性(着霜速度や生成する霜層の物性)と、着霜が伝熱性能および空気の圧力損失に与える影響を把握することが極めて重要である。しかし、液体水素のような極低温燃料を冷媒とする熱交換器における着霜の研究例はほとんど無く、解明すべき点が多い。

 本論文では、以上のような背景から、極低温冷却面における着霜現象に関して解析および実験研究によって、極低温冷媒を用いる空気熱交換器に特徴的な着霜特性を明らかにし、さらに着霜による熱交換器性能の低下を抑制するための方法を提案している。

 第1章は序論であり、本研究の背景として着霜に関する従来の研究動向と問題点を総括し、本研究の目的と全体構成を示している。

 第2章は「極低温冷却面における熱・物質輸送特性の解析」と題して、強制対流または自然対流による平板上の層流境界層流れを、ミスト生成による過飽和場の緩和過程および生成したミストの輸送機構を考慮したモデルを用いて数値解析し、極低温冷却面における熱・物質輸送特性を詳細に調査している。その結果、冷却面温度が低くなると均一核凝縮によって微細なミストが生成し、これが熱泳動によって冷却面に輸送され着霜すること、このような機構によるミスト輸送速度は、熱伝達との相似から予測される水蒸気の対流拡散による輸送速度に比べて小さいこと、したがって冷却面温度の低下によって着霜速度が減少することを示し、従来の実験結果を合理的に説明している。また、主流の空気温度が露点より低く、主流中に水分がミストとして含まれる場合においても、その熱泳動による輸送速度は水蒸気の対流拡散速度に比べて著しく小さいことを示し、主流温度の低下によっても着霜速度が減少することを指摘している。

 第3章は「一列管群要素熱交換器の着霜実験」と題して、シェル・チューブ型熱交換器の要素を模擬した一列管群モデルにおける着霜現象を、冷却面温度および主流空気温度を広範囲に変化させて実験的に調べている。その結果、円管前面の層流境界層域における着霜速度は対流拡散から予測される値に概ね一致し、冷却面温度の影響は殆ど見られないこと、また、円管背面の剥離領域では冷却面温度が低くなると着霜速度が減少することを指摘している。また、冷却面温度が低いほど低密度の霜層が発生し、着霜量が同じであっても霜層厚さが大きくなるために、主流空気の圧力損失はより増加し、伝熱量が低下することを明らかにしている。一方、主流の空気温度が低下するに伴って着霜速度が著しく減少することを示し、前章で行った解析の妥当性を明らかにしている。

 第4章は「着霜を伴う極低温空気熱交換器の性能向上方法」と題して、着霜による熱交換器性能の低下を抑制するための3つの方法を提案している。第1の方法は、主流によって霜層を剥離する方法で、極低温伝熱面上に生成する霜層は密度が低く剥離し易いという性質を利用するものである。第2の方法は、解析および実験の結果に基づいて、空気中の水蒸気をミスト化することによって着霜量を低減するものである。第3の方法は、凝縮性気体を主流空気に混入し、これを伝熱面上または霜層内部に凝縮・凝固させることによって霜層の密度および熱伝導率を増加するものである。主流空気中に含まれる水蒸気量と同程度のエタノールを混入することによって、着霜に伴う主流空気の圧力損失の増加や伝熱性能の低下が大幅に抑制されることを、一列管群熱交換器モデルを用いた要素実験によって確認している。

 第5章は結論であり、本研究で得られた知見を要約している。

 以上要するに、本論文では、極低温冷却面における着霜現象について解析的および実験的に調べ、極低温冷媒を用いた空気予冷却器に特徴的な着霜特性を明らかにしている。更に、着霜による熱交換器性能の低下を抑制するための画期的な方法を提案しており、航空宇宙工学上貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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