学位論文要旨



No 115126
著者(漢字) 熊澤,寿
著者(英字)
著者(カナ) クマザワ,ヒサシ
標題(和) 極低温推進剤タンク用CFRP積層板の力学的特性および推進剤漏洩
標題(洋)
報告番号 115126
報告番号 甲15126
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4621号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 青木,隆平
 東京大学 教授 近藤,恭平
 東京大学 教授 小野田,淳次郎
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 助教授 藤本,浩司
内容要旨

 宇宙への輸送コストの大幅な削減のためには、再使用型宇宙往還機の実現が不可欠である。そのためには、本体重量の大きな割合を占めている液体水素燃料タンクのCFRP(carbon fiber reinforced plastics)化による重量の軽減が必要となる。しかし、タンクのCFRP複合材料が液体水素燃料の-253℃という極低温にさらされ、大きな熱応力の発生や材料特性の変化などの問題が考えられる。また、再使用型であるために、温度サイクルと荷重サイクルへの耐久性も必要となる。

 本研究は、大きく二つの部分に分けられる。一つは極低温でのCFRP積層板の力学的特性の取得であり、もう一つはマトリックスクラックの存在するCFRP積層板での推進剤漏洩に関する研究である。力学的特性の取得では、極低温でのCFRP積層板の弾性率、破断強度、破壊靭性値、マトリックスクラックや自由縁層間剥離の発生応力を測定し、解析において材料特性の温度による変化を考慮した。この結果より、極低温推進剤タンクにCFRP複合材料を用いる場合、マトリックスクラックの発生が避けられず、それが原因となり推進剤漏洩が問題となると予測される。この推進剤漏洩の研究のため、CFRP積層板を通したヘリウムガスの漏洩実験をおこない、マトリックスクラックを経路とした漏洩を測定した。また、クラックの開口をもとに漏洩をモデル化し、解析と実験との比較をおこなった。

 一つ目の目的である極低温におけるCFRP積層板の力学的特性の取得は、極低温引っ張り試験装置を用いておこなった。クライオスタット内を液体窒素(-196℃)または液体ヘリウム(-269℃)で満たし、試験片をその中に浸すことにより極低温環境での引っ張り試験を実現し、各温度でのCFRP積層板の力学的特性を取得した。エポキシ、ビスマレイミド、PEEKを樹脂とする(45/0/-45/90)2s疑似等方性CFRP積層板の引っ張り破壊試験により、破断強度は常温と比べ2割程度の低下にとどまり、強度の面では大きな問題が無いことを確かめた。

 高靭性エポキシ樹脂CFRP複合材に的を絞り、極低温でのさらに詳しい材料特性や破壊挙動を調べる。一方向材の試験により、一方向材の弾性定数や破断強度の温度依存性を取得した。一方向材の繊維方向強度は温度によらずほぼ一定であった。弾性定数は温度の低下により変化を示し、解析をおこなう上で、この温度依存性を考慮する必要性が明らかになった。

 疑似等方性試験片の引っ張り破壊試験を実施し、変位計やAEにより破壊プロセスの推定をおこなった。しかし、液体ヘリウム温度においてAEの出力に問題がある事が分かり、マトリックスクラックの観察は軟X線写真によりおこなった。引っ張り破壊試験より、極低温における低い応力でのマトリックスクラックの発生が確認された。この結果より、タンクのCFRP複合材料が極低温にさらされた場合、マトリックスクラックの発生は避けられないと考えられる。また、DCB試験を各温度でおこない、モードI破壊靭性値を取得した。クライオスタット内の実験のため、剥離進展の計測にはクラックゲージを用いる。その結果、極低温での靭性値は常温に比べ高い値を示した。各温度でのDCB試験片の破面を電子顕微鏡により観察し、温度による破面の様子の違いを観察した。

 解析においては、実験や参考文献より弾性定数、熱膨張率の温度依存性を推定し、その温度依存性を考慮した。準三次元有限要素法により自由縁層間剥離の解析をおこない、極低温での層間剥離は大きな問題とならないことを確かめた。しかし、極低温では高い熱ひずみのため、マトリックスクラックの発生に伴うエネルギー解放率は上昇し、靭性値の増加に関わらず、マトリックスクラックが発生しやすいことがshear lag解析により明らかになった。

 二つ目の目的は漏洩に関する研究である。極低温で推進剤タンクにマトリックスクラックが発生した場合、燃料漏洩が問題となる。CFRP積層板のマトリックスクラックを経路とする漏洩の研究は、今までされておらず、どの程度の漏洩が発生するかは、不明であった。その漏洩のメカニズムを解明するために、マトリックスクラックを有するCFRP積層板を通した漏洩試験を常温において2軸引っ張り試験機とヘリウムリークデテクタを用いておこなった。試験試験片は(0/0/90/90)sクロスプライ積層板を用いておこない、タンクを想定して平板試験片に2軸荷重を加えながら漏洩を測定した。漏洩試験前に、負荷を加えることによりマトリックスクラックを発生させ、超音波探傷でその存在を確認した。実験の結果、マトリックスクラックを経路とする漏洩は発生し、負荷の増加に伴い漏洩量が増加し、2軸荷重の荷重比も影響することが確かめられた。

 漏洩の解析は、まず2次元shear lag解析により0°層、90°層にクラックが存在するクロスプライ積層板のマトリックスクラックの開口を計算し、クラックの交点でのコンダクタンスをその開口より仮定する。そしてクラックの交点のコンダクタンスから、積層板全体のコンダクタンスを求め、漏洩量を計算した。この解析による漏洩量と常温での実験との比較をおこない、仮定の妥当性を示し、クラックの開口が漏洩量に影響することが明らかになった。また、極低温での漏洩について解析をおこない、常温より低温での漏洩が多くなることが示された。このマトリックスクラックを経路とする漏洩は、タンクの許容漏洩量を上回ると予想される。

 以上のCFRP積層板の極低温における力学的特性の取得および推進剤漏洩の研究より、極低温では高い熱ひずみのためCFRP複合材料にマトリックスクランクが発生しやすく、もし発生した場合、マトリックスクラックを経路とする漏洩は極低温推進剤タンクとしての機能を損なうと考えられる。

 極低温推進剤CFRP複合材タンクを実現するためには、マトリックスクラックを発生させないための断熱方法や、マトリックスクラックが発生しても漏洩を押さえるライナーなどの必要性が明らかになった。

審査要旨

 博士(工学)熊澤寿提出の論文は、「極低温推進剤タンク用CFRP積層板の力学的特性および推進剤漏洩」と題し、7章からなっている。

 宇宙への輸送コストを削減する手段として、再使用型宇宙往還機が有力な候補と考えられている。この往還機を実用化するためには、機体の極限までの重量軽減が不可欠であり、そのために重量の大きな部分を占める液体推進剤タンクをCFRPによって複合材料化することが有効である。液体推進剤として極低温の液体水素・液体酸素を使った場合、それを保持するタンクは厳しい極低温環境に曝され、大きな熱応力の発生や材料特性の変化に起因する性能低下が危惧される。

 本論文は、極低温推進剤タンクの構造材料にCFRPを使うことの妥当性を明らかにするために、まずCFRP積層板の極低温での力学的特性を実験的に把握する一方、これに基いた詳細な数値解析を行って、極低温でのCFRPの応力発生や変形挙動を明らかにしている。さらに、極低温環境下で積層板に発生しやすくなるマトリックスクラックに着目し、これが推進剤の漏洩経路になり得ることを理論的に明らかにし、常温下でのヘリウム漏洩実験によってこれを確かめ、漏洩量の定量的予測法を提案している。

 第1章は「序論」であり、再使用型宇宙往還機への複合材料の適用の必要性を論じ、従来の極低温下での複合材料の研究、および推進剤漏洩の研究を概説し、本論文の目的と意義を明らかにしている。

 第2章は「極低温試験」であり、CFRP積層板の短冊型試験片および破壊靭性試験片を使った、極低温環境槽内での荷重試験方法について詳細に記述している。実験では極低温推進剤を模擬するため、液体窒素および液体ヘリウムを使用し、エポキシ、ビスマレイミド、PEEKを母材樹脂とする炭素繊維強化材料について実験していることが述べられている。

 第3章は「極低温における力学的特性」である。代表的なエポキシ基材料について、詳細な温度依存データを取得した結果、常温から極低温までの幅広い温度環境下では、複合材料の弾性率および熱膨張係数が大きく変化することを明らかにしている。擬似等方性積層板の引張試験では、極低温下での破断強度が常温下に比べ最大2割程度低下し、これが極低温下でより低荷重で発生するマトリックスクラックおよび層間剥離に起因している可能性が高いことを指摘している。さらに最終破断に間接的に影響を与えているこれらの損傷について、AEおよび軟X線写真による詳細な評価を行い、特にマトリックスクラックの発生が極低温下で、より生じゃすくなっていることを明らかにしている。

 第4章は「層間剥離およびマトリックスクラックの解析」であり、準三次元有限要素法による自由縁からの層間剥離の解析、およびシアラグ解析によるマトリックスクラックの解析を行っている。これらの損傷の進展に伴うエネルギー解放率を詳細に比較検討する事で、極低温下での破壊靭性の上昇にもかかわらず、高い熱応力の発生がマトリックスクラックを発生させやすくしている点を明らかにし、実験結果を良く説明している。

 第5章は「漏洩解析」であり、従来から多く扱われている拡散現象ではなく、積層板中に存在するマトリックスクラックが、板厚方向の推進剤の漏洩経路となり得ることを指摘し、漏洩の定量的な推定法を理論的に構築している。まず、クロスプライ積層板を対象として、全部の構成層にマトリックスクラックが存在する場合のシアラグ解析を行って、クラックの最大開口変位を求めている。これに基いて層境界におけるクラック交点でのコンダクタンスを仮定し、積層板全体のコンダクタンスを求め、定常状態での漏洩量を推算する手順を述べている。これによって、損傷の状態を記述するただ一つのパラメータを与えることで、あらゆる二軸荷重下、温度条件下での積層板厚さ方向の漏洩量を推定することを可能にしている。

 第6章は「漏洩試験および結果」であり、二軸引張試験片を使った常温での荷重負荷下の、ヘリウム漏洩試験の方法および結果を示している。まず、予め各層にマトリックスクラックを生じさせた試験片を使い、二軸の荷重組み合わせを変化させて対応する漏洩量を測定し、マトリックスクラックの存在が漏洩を引き起こし、さらにその漏洩量が負荷荷重の影響を受けることを確認している。さらに、前章の理論的予測法に従って漏洩量を解析的に求め、実験結果との良い一致を得ている。また、以上の実験結果に基いて、極低温環境下での漏洩量の理論的予測を行い、温度環境が漏洩に大きく影響する可能性を指摘している。

 第7章は「結論」であり、本論文の研究成果を要約するとともに、今後の研究課題を提示している。

 以上要するに、本論文は極低温環境下でのCFRP積層板の力学的特性を求めて、複合材料の液体推進剤タンクへの適用性を検討するとともに、積層板特有の損傷であるマトリックスクラックに着目して、推進剤漏洩の機構を構造力学的な観点から明らかにしたもので、航空宇宙工学上貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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