博士(工学)熊澤寿提出の論文は、「極低温推進剤タンク用CFRP積層板の力学的特性および推進剤漏洩」と題し、7章からなっている。 宇宙への輸送コストを削減する手段として、再使用型宇宙往還機が有力な候補と考えられている。この往還機を実用化するためには、機体の極限までの重量軽減が不可欠であり、そのために重量の大きな部分を占める液体推進剤タンクをCFRPによって複合材料化することが有効である。液体推進剤として極低温の液体水素・液体酸素を使った場合、それを保持するタンクは厳しい極低温環境に曝され、大きな熱応力の発生や材料特性の変化に起因する性能低下が危惧される。 本論文は、極低温推進剤タンクの構造材料にCFRPを使うことの妥当性を明らかにするために、まずCFRP積層板の極低温での力学的特性を実験的に把握する一方、これに基いた詳細な数値解析を行って、極低温でのCFRPの応力発生や変形挙動を明らかにしている。さらに、極低温環境下で積層板に発生しやすくなるマトリックスクラックに着目し、これが推進剤の漏洩経路になり得ることを理論的に明らかにし、常温下でのヘリウム漏洩実験によってこれを確かめ、漏洩量の定量的予測法を提案している。 第1章は「序論」であり、再使用型宇宙往還機への複合材料の適用の必要性を論じ、従来の極低温下での複合材料の研究、および推進剤漏洩の研究を概説し、本論文の目的と意義を明らかにしている。 第2章は「極低温試験」であり、CFRP積層板の短冊型試験片および破壊靭性試験片を使った、極低温環境槽内での荷重試験方法について詳細に記述している。実験では極低温推進剤を模擬するため、液体窒素および液体ヘリウムを使用し、エポキシ、ビスマレイミド、PEEKを母材樹脂とする炭素繊維強化材料について実験していることが述べられている。 第3章は「極低温における力学的特性」である。代表的なエポキシ基材料について、詳細な温度依存データを取得した結果、常温から極低温までの幅広い温度環境下では、複合材料の弾性率および熱膨張係数が大きく変化することを明らかにしている。擬似等方性積層板の引張試験では、極低温下での破断強度が常温下に比べ最大2割程度低下し、これが極低温下でより低荷重で発生するマトリックスクラックおよび層間剥離に起因している可能性が高いことを指摘している。さらに最終破断に間接的に影響を与えているこれらの損傷について、AEおよび軟X線写真による詳細な評価を行い、特にマトリックスクラックの発生が極低温下で、より生じゃすくなっていることを明らかにしている。 第4章は「層間剥離およびマトリックスクラックの解析」であり、準三次元有限要素法による自由縁からの層間剥離の解析、およびシアラグ解析によるマトリックスクラックの解析を行っている。これらの損傷の進展に伴うエネルギー解放率を詳細に比較検討する事で、極低温下での破壊靭性の上昇にもかかわらず、高い熱応力の発生がマトリックスクラックを発生させやすくしている点を明らかにし、実験結果を良く説明している。 第5章は「漏洩解析」であり、従来から多く扱われている拡散現象ではなく、積層板中に存在するマトリックスクラックが、板厚方向の推進剤の漏洩経路となり得ることを指摘し、漏洩の定量的な推定法を理論的に構築している。まず、クロスプライ積層板を対象として、全部の構成層にマトリックスクラックが存在する場合のシアラグ解析を行って、クラックの最大開口変位を求めている。これに基いて層境界におけるクラック交点でのコンダクタンスを仮定し、積層板全体のコンダクタンスを求め、定常状態での漏洩量を推算する手順を述べている。これによって、損傷の状態を記述するただ一つのパラメータを与えることで、あらゆる二軸荷重下、温度条件下での積層板厚さ方向の漏洩量を推定することを可能にしている。 第6章は「漏洩試験および結果」であり、二軸引張試験片を使った常温での荷重負荷下の、ヘリウム漏洩試験の方法および結果を示している。まず、予め各層にマトリックスクラックを生じさせた試験片を使い、二軸の荷重組み合わせを変化させて対応する漏洩量を測定し、マトリックスクラックの存在が漏洩を引き起こし、さらにその漏洩量が負荷荷重の影響を受けることを確認している。さらに、前章の理論的予測法に従って漏洩量を解析的に求め、実験結果との良い一致を得ている。また、以上の実験結果に基いて、極低温環境下での漏洩量の理論的予測を行い、温度環境が漏洩に大きく影響する可能性を指摘している。 第7章は「結論」であり、本論文の研究成果を要約するとともに、今後の研究課題を提示している。 以上要するに、本論文は極低温環境下でのCFRP積層板の力学的特性を求めて、複合材料の液体推進剤タンクへの適用性を検討するとともに、積層板特有の損傷であるマトリックスクラックに着目して、推進剤漏洩の機構を構造力学的な観点から明らかにしたもので、航空宇宙工学上貢献するところが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |