学位論文要旨



No 115127
著者(漢字) 立花,繁
著者(英字)
著者(カナ) タチバナ,シゲル
標題(和) 渦変数を含んだNavier-Stokes方程式による乱流混合層の解析
標題(洋)
報告番号 115127
報告番号 甲15127
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4622号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 教授 藤井,孝藏
 東京大学 助教授 李家,賢一
 東京大学 助教授 田村,善昭
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
内容要旨

 渦変数を含んだNavier-Stokes方程式は,第一原理から一意的に導き出される乱流ゆらぎの現象論的支配方程式を変数分離して得られる.’第一原理’とは,流体をN個の分子(1molであればアボガド口数個)の連続体とみなし,それら分子のニュートン力学と数学的確率論のみを信頼して,連続体空間での支配方程式を導き出す立場を言う.’一意的’とは,現象論的方程式(例えばNavier-Stokes方程式)と矛盾しなければよいと考えれば,幾通りでもモデル方程式を立てることができるのに対して,この立場では方程式が第一原理から唯一に定められることを指している.第一原理からの方程式系は,N粒子系の力学方程式であることを反映してNコの連立方程式を形成する.したがって,方程式系をどこかで閉じる必要性が生じる.Tsuge(1998)は2点,3点の乱流相関に変数分離を施すことで,ある普遍的な打ち切り条件を導入した.変数分離を採用したことで,Karman-Howarth方程式では扱うことのできなかった剪断乱流にも適用が可能になった.変数分離後の方程式はNavier-Stokes方程式を次元拡張した形となる.そこに新しく登場する3次元の変数sは,乱流渦構造の大きさをあらわすので渦変数と呼ばれている.境界条件から解は渦空間の遠方でゼロに減衰するような’孤立波’として存在することが要求される.

 Reynolds平均方程式と渦変数を含んだNavier-Stokes方程式との連立計算から,平均流速とレイノルズ応力テンソルを決定するのがシナリオである.RANSモデルとの決定的な違いは,方程式が第一原理に基盤を置くこと,及び理論のフォーマリズムに半経験的調整パラメータが一切含まれていないことである.

 本研究では,この方法を空間的に発達する乱流混合層(図1)に適用する.ただし,連立計算へのステップとして平均流速は実験値から与えることで,渦変数を含んだゆらぎ方程式のみを扱う.目的は二つある.一つは,渦変数を含んだゆらぎ方程式に解が孤立波として存在することの検証であり,もう一つは,渦変数を含んだゆらぎ方程式の数値計算によって乱流混合層の物理量を正確に求めることである.

図1:空間的に発達する乱流混合層

 本論文の構成は以下のようになっている.

 第1章では,まず乱流の複雑性を象徴しているフラクタル性について触れ,次に乱流理論の分類を行う.未知の現象の解明を目的とするならば理論は予言的なものでなければならないことをここで述べる.更に乱流混合層に関するこれまでの実験的研究,理論的研究を振り返りながら研究の背景を述べ,その上で本研究の目的を掲げる.

 第2章では,Tsuge(1998)による渦変数を含んだNavier-Stokes方程式の導出過程を追う.第一原理に基盤を置く乱流の現象論的支配方程式がReynolds平均方程式と一般化されたKarman-Howarth方程式に限定されること,変数分離法と打ち切り条件の導入により,一般化されたKarman-Howarth方程式から次元拡張したNavier-Stokes型方程式,すなわち渦変数を含んだNavier-Stokes方程式が導出されることを細かく追う.渦変数という新しい独立変数,解の孤立波としての存在,および位相速度cの解釈もここで述べる.

 第3章では,乱流混合層の支配方程式を自己相似座標で記述する.Reynolds平均方程式と渦変数を含んだNavier-Stokes方程式から,それぞれ乱流混合層の平均流方程式と4次元ゆらぎ方程式が導出される.

 第4章では,4次元ゆらぎ方程式に解が孤立波として存在し得るのか,という根本的な疑問の検証を行う.エネルギースペクトルの-5/3乗則をヒントに,渦空間で孤立波形の重み関数B()を定め,そのまわりで4次元ゆらぎ方程式にモーメント展開を施す.各方向(3方向)の速度ゆらぎ関数(孤立波解)それぞれについて3つのモードで展開すると,9コの未知数(展開係数)に対する9コの代数方程式が得られるが,最終的にそれは展開係数D1を決定する1つの代数方程式に帰着する.この方程式に実数解が求まり,4次元ゆらぎ方程式に(モデル)孤立波解が存在することが証明される.

図2:-1面の孤立波解q1

 第5章では,4次元ゆらぎ方程式の数値計算を行い,流れの構造を解析する.計算から求められた乱流強度,レイノルズ応力,3重相関を実験値と比較する(図3,4).また,2点相関を用いて乱流混合層の渦構造を解析する(図5,6).

図表図3:レイノルズ応力-:present,■:実験値 / 図4:3重相関-:図表図5:2点相関-:Ruu / 図6:2点相関-:Rvv

 第6章では,結論として,乱流混合層のゆらぎ方程式に解が孤立波として存在すること,数値計算結果は十分に発達した乱流混合層の性質をよく捉えていることを改めて述べる.

審査要旨

 博士(工学)立花繁提出の論文は「渦変数を含んだNavier-Stokes方程式による乱流混合層の解析」と題し、本文6章および付録5項から成っている。

 流体力学における乱流のメカニズムに関しては多くの研究が行われているにもかかわらず、いまだに完全な解明に至っておらず、実用的な立場からは半経験的なパラメータを含む乱流モデルが用いられている。しかし、未知の現象を解明するためには、そのようなパラメータを含まない「予言的な(predictive)」アプローチが必要であり、この条件を満たすのは直接シミュレーションと乱流統計理論であるといえる。直接シミュレーションはNavier-Stokes方程式(以下、N-S方程式と略記)が乱流の瞬時値をあらわすと考えて、それを数値的に解くものであり、計算精度も高く、信頼し得る方法であるが、計算時間や計算容量の面から現実問題への適用に限度があり、かつ、空間的に発達する流れへの適用は困難とされている。一方、乱流統計理論はレイノルズ平均方程式とレイノルズ応力テンソルの支配方程式を連立して解く方法であり、もともと無限に連立している方程式系を、打ち切り条件の導入によって閉じるものである。この方法はTaylorによって一様等方性乱流について提唱され、KarmanとHowarthによって定式化されたが、打ち切り条件の選び方によって、十分「予言的」になり得るものである。しかし、一様等方性乱流という仮定が普遍的でなく、適当な打ち切り条件の設定が困難であったため、実問題への適用に限界があった。

 このような観点から、著者は、乱流統計理論の立場から、流体を構成する分子についてのニュートン力学と数学的確率論のみから連続体空間での支配方程式を定式化するという「非平衡統計力学の第一原理」に立脚することとし、そこから一義的に導かれる乱流ゆらぎの支配方程式に変数分離を施すことによって、新しい変数(渦変数)を含むゆらぎ方程式を導き、そこに普遍的な打ち切り条件を導入する方法を提案し、乱流混合層の解析に適用することによって、従来からの問題点を解決することに成功した。

 第1章は序論で、乱流理論と乱流混合層に関する従来の研究状況を概観し、本論文の目的と意義を明確にしている。

 第2章では、先に述べた「非平衡統計力学の第一原理」から渦変数を含んだN-S方程式が導出される過程が解説されている。乱流渦構造の大きさをあらわす渦変数という新しい独立変数を導入することにより、それから構成されるゆらぎ方程式は6次元(3次元物理空間および3次元渦空間)となり、その解が渦空間で孤立波として存在することが示されている。

 第3章では、乱流混合層の支配方程式を自己相似座標で記述し、平均流を支配する方程式と渦変数を含んだゆらぎ方程式を導出している。この際、乱流混合層では物理空間は1変数であらわされるため、ゆらぎ方程式は4次元となる。

 第4章では、4次元ゆらぎ方程式に孤立波解が存在することを、モデル方程式を用いて検証している。

 第5章では、4次元ゆらぎ方程式の数値計算を行い、乱流混合層の構造を解析している。すなわち、4次元ゆらぎ方程式の孤立波解を用いて、乱流強度、レイノルズ応力、三重相関等を計算し、実験値や他の文献値と比較することにより、本方法による結果が他の解析値より流れの現象をよく把握し得ることを示すとともに、本解析の適用範囲を考察している。

 第6章は結論で、上記各章における考察の総括を行い、著者の提案する乱流解析法は、十分に発達した乱流混合層に対して妥当な結果を与えることを示しており、他の乱流場に対しても適用可能性を有することを示唆している。

 付録Aには空間/時間発展の乱流混合層の相似と相違、付録Bには変数分離の計算の詳細、付録Cには自己相似座標の導入、付録Dにはモデル方程式の具体形、付録Eには圧縮性流れのゆらぎ方程式を記述している。

 以上要するに、本論文は非平衡統計力学の第一原理に立脚し、乱流ゆらぎの支配方程式を変数分離して、普遍的な打ち切り条件を導入することにより、渦変数を含むN-S方程式を得て、その孤立波解を用いて乱流の諸量を計算する新しい方法を提案し、乱流混合層解析に適用したものであり、その成果は流体力学に新しい知見をもたらすとともに、今後の乱流解析に重要な指針を与えるもので、航空宇宙工学に貢献するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54728