学位論文要旨



No 115128
著者(漢字) 伊藤,優
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ユタカ
標題(和) サブクール極低温流体のキャビテーション遷移を伴うノズル流れに関する研究
標題(洋)
報告番号 115128
報告番号 甲15128
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4623号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長島,利夫
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 小林,康徳
 東京大学 助教授 田村,善昭
 東京大学 助教授 渡辺,紀徳
内容要旨 1.研究の目的と特徴

 極低温流体を取り扱う機会は確実に増加している.特に航空宇宙分野では,LH2/LOxロケットエンジンターボポンプの例に代表されるように,高速流動を伴う極低温流を扱う機会が多い.その管理や制御は必要不可欠な技術である.

 一般に流動を伴う極低温流体の利用に際しては,極低温流体の性質上,キャビテーションによる蒸気気泡が発生する気液二相状態を考慮しなければならない.特に高速流動を伴う場合,流動様式が気泡含有率(以下ボイド率)に大きく依存するため,局所的な流動制御が非常に困難となる.ターボポンプの例を挙げれば,キャビテーンヨン気泡によりボイド率の大きい領域が出現するとチョークや衝撃波,旋回失速やサージングの原因となる.すなわち,ボイド率の大きい領域はシステム全体の性能を低下させる要因となる.そこでキャビテーション気泡の発生点と,流れ場に与える影響をある程度正確に予測できる手法の確立が強く求められている.キャビテーション気泡の発生点と流れ場に与えろ影響とを予測することで流動制御が可能になるためである.

 現在,キャビテーションを伴う流動解析の主流は均質流モデルや二流体モテルを用いたものである.このモデルの利点は通常の流体解析コードを改造して計算できるため,計算機の負担が軽く複雑な流れ場の計算が可能な点である.しかし,分散しているキャビテーション気泡を連続体と仮定して計算するため,その分布を精度良く捕捉できないという欠点と,気泡の発生,消滅が取り扱いにくいという欠点がある.キャビテーション気泡の発生点の予測や気泡分布の正確な見積りといった問題の解決が求められている.

 他方で,液体中に分布する気泡の挙動についての解析も行われている.この解析は直接法と呼ばれ,気液界面を捕捉して解析する.そのため気泡の変形の効果が良く捉えられ精度が良いという利点がある.欠点としては計算機の負担が非常に大きく,現状のワークステーションレベルでは扱える気泡の数が限られ,複雑な流れ場について計算できる状態ではなく,工業的な応用が困難な点である.

 そこで,本研究では以下に示す特徴を持ったモデルの構築を行い,複雑形状内の流動におけるキャビテーション遷移を,従来の手法に比べ精度良く予測できる手法の確立を目的とし,効率的な数値シミュレーションコードを開発した.

 1.キャビテーション気泡の計算は後者の解析で用いられるラグランジェ的手法を用い,個々の気泡を識別,追迹することにより精度の向上をはかるとともに,発生,消滅を扱えるようにする.

 2.液相領域の計算は前者の解析で用いられるオイラー的手法を用い気泡を含んだ連続体として,計算機の負担を軽くする.

 高速流動によって発生するサブクール流体のキャビテーション遷移における2相化は,インデューサに発生するキャビテーションに関する研究結果が示すように非常に複雑な現象であり非定常性も強いため,検証することが困難である.気相部分が液体中に存在することの影響に加え,新たに気相部分が発生する影響が加わり複雑な現象となるためである.

 そこで,単純な流れ場に発生するキャビテーション遷移現象を観察し基礎的なデータを蓄積することによって,キャビテーション遷移現象の特徴を把握することが非常に重要となる.本研究では,単純な先細末広ノズルで発生するキャビテーション遷移に着目し,可視化による観測と,圧力,温度の計測とを体系的に行った.さらに,モデルが有効に気泡流を表現しているかを評価するために,前述の実験と同境界条件のノズル流れの数値シミュレーションを行い,結果を比較した.

2.主な変数

 R:気泡半径 Vol:領域体積 B:気泡内密度 L:液相密度 PB:気泡内圧力 PL:液相圧力 VB:気泡速度 VL:液相速度 TB:気泡内温度 TL:液相温度 B:気相ボイド率 L:液相ボイド率 :回転角速度 L:液相粘性係数 r:回転軸からの距離 8:気泡への相変化量 QB:気泡への熱流速 L:液相への相変化量 QL:液相への熱流速 eB:気泡全エネルギー eL:液相全エネルギー hB:気泡全エンタルピー hL:液相全エンタルピー h’B:気泡静エンタルピー h’L:液相静エンタルピー

3.モデル3-1.解析目的とする流れ場

 図1は水を用いたLE5ロケットエンジン用ターボポンプインデューサのキャビテーション可視化実験の写真である.入口全圧を設計点圧力よりも低くした状態である.ブレイドチップキャビテーションと呼ばれるキャビテーションが観察された.図2は,図1の状態をインデューサ流路にそって展開したものを模式的に示したものである.流入は旋回を伴っている.インデューサ直前には吸込みによる減圧で生じた微細な気泡が見られ,インデューサの負圧面には前縁に翼端より生じたキャビテーション気泡が集合している.翼間干渉により負圧面の気泡は徐々に崩壊し,後縁付近ではほぼ完全に消滅する.

図表Fig.1 A Photo of the Inducer for the LE5 Engine / Fig.2 A Spreded illustration of Inducer(the view from the outer side)

 本研究では上述した様なキャビテーション気泡が発生して集積し,流れ場に影響が生じ性能が低下しはじめる程度のボイド率を持ったキャビテーション現象を取り扱う.キャビテーションを制御して性能低下を食い止めるニーズが最も高い流れ場であるからである.これは,キャビテーション現象の中でも比較的ボイド率の小さい領域であり,一般に気泡流と呼ばれている領域である.

3-2.響気泡のモデル化

 キャビテーションが発生する原因については様々な研究が行われているが完全には明らかになっていない.その中でも現在有力視されているものは,液体分子の欠損,不純物,あるいは溶け込んでいる気体の気泡核などが原因であるという説である.この説によると境界層内の渦中心などで液相の圧力が飽和蒸気圧力より大きく低下した所に,前述の不純物が存在していると,それらに向かって液体の蒸発が集中し気泡が発生する.通常,水のキャビテーションでは溶解している空気が気泡核の主成分と考えられるが,極低温流体では空気の溶解は少ないと考えられる.そこで.本モデルでは,気泡は液相が蒸発した蒸気が主成分であるとし,非凝縮ガスの効果は無視した.したがって気泡内部は熱力学的飽和状態になっていると仮定した.

 気相はすべて分散した気泡により構成される.そこで本モデルでは個々の気泡を識別し,その運動を追跡するラグランジェ的手法を用いる.この方法は均質流や二流体モデルに比ベボイド率を正確に見積れる点に優れる.加えて,熱が重要なパラメーターとなる極低温流動において,相変化などの熱的影響を精度良く計算できるというメリットがある.

 本節冒頭で述べたようにキャビテーション気泡は不純物が存在する点で気泡の発生条件を満たした時に発生するという考えが主流である.そこで本モデルでは,あらかじめ流れ場内に気泡発生条件をチェックする点(以下気泡のタネ)を十分な数分布させておく.この気泡のタネは液相内に存在する不純物(前述した気相の発生原因となるもの)に相当し,液相と全く同様の速度で液相内を運動する.気泡のタネが存在する地点では,毎時刻,気泡の発生条件をチェックしており,気泡の発生条件が成立した点において気泡が発生する.これは,不純物が存在する点において気泡発生条件が満たされたときに気泡が発生することをモデル化したものである.この際,発生した気泡の大きさは,気泡の質量と界面の運動量の両保存式から計算される.

 逆に,気泡が消滅条件を満たしたときには気泡は崩壊したとみなし気泡のタネに戻るとする.

 本研究で対象としている気泡流では気泡半径が一般にmm未満のオーダーなので,気泡形状はほぼ球形である.そこでモデルでは計算機負担の軽減のため完全球形であると仮定した.気泡は,圧力変化に対する体積変化が液相に比べて非常に敏感であるため圧縮性流体として扱う.

3-3.気泡の基礎式

 以上の仮定よりある1個の気泡の質量保存式は次のようになる.

 

 気泡の密度は液相に比べて非常に小さいため気泡の慣性力と粘性力は無視し非粘性流体とする.気泡が液相と速度差を持って運動することにより発生する抵抗力は次式であらわせる.

 

 抗力係数:CDは直接法の解析の結果より気泡レイノルズ数:を用いて次式であらわせることが知られている.

 

 気泡周辺の液相は,気泡の運動とともに引きずられる.この気泡とともに運動する液相の質量が気泡の運動に無視できないほどの影響を与える.これは付加慣性力と呼ばれ以下の式であらわせる.

 

 ここで,=0.5(球形気泡の一般的な値)

 気泡が圧力勾配中に存在すると加速力が作用する.

 

 流れ場が回転機械内部に存在するとコリオリ力と遠心力が気泡に外力として働く.

 

 (ここで,rは回転軸からの距離ベクトル)

 式(2)〜式(6)より,ある1個の気泡の運動方程式は(左辺)=FD+FA+FP+FRとなるが,一般に,(左辺)<<(右辺)が成立する.つまり,FA-FD-FP-FRと近似できる.よって,

 

 気泡内部は飽和状態であるため,

 

 飽和状態であることより勘案して,モデルでは気泡内平均温度:THと気泡界面温度:T1の差は微小であると仮定した.

 

 気泡界面の運動は一般に亜音速であると仮定し,モデルでは気泡内平均圧力:PHと気泡界面での気相圧力:P1は等しいとした.

 気泡界面では液相温度と気泡界面温度の差に比例した熱の移動が起こる.気泡を連続流体と仮定する従来のモデルでは,この熱の移動量と,それに伴う相変化量について近似式を用いるため精度が悪かった.精度を向上させるため,本モデルでは気泡と液相との間の熱と質量の移動を表す解析解を用いた.

 

 熱の移動により相変化(気泡界面での質量移動)が起こる.

 

 この相変化により潜熱分のエンタルピーも液相部と気泡との間でやり取りされる.

 これらにより,ある1個の気泡のエネルギー保存式は次式となる.

 

 気液界面の運動にはレイリー・プレセットの式を採用した.気泡半径が変化するときの液相の粘性力,気泡が液相を排出する力,表面張力の各釣合いによって導かれたある1個の気泡の界面での運動方程式は次式にてあらわせる.

 

 気泡は液相から受け取る熱により相変化した蒸気によって主成分が構成されている.そのため,気泡が発生する為には,相変化した蒸気が気泡体積に相当する量の液体を押し除けなければならない.そこで,相変化した蒸気が液体を押し除ける運動量を持っている時に気泡が発生できると考えた.そこで,モデルでは本節で求めた質量保存式(1)と界面の運動量保存式(13)をともに満足した時に気泡が発生すると仮定した.

3-4.液相のモデル化

 液相は気泡を含んだ連続流体として扱う.気泡を含んだ液体は圧縮性流体のような性質を示す.しかし,一般に液相は非圧縮性流体であるため数値シミュレーションにおいて気泡の影響による圧縮性の度合いはモデルによって評価する必要がある.まず,液相を物性的には(温度依存性を持った)完全非圧縮性流体であるとする.ある領域を考えたとき液相の内部には微小な気相部分(完全気体)が存在し圧縮性の性質はその微小な気相がすべて受け持つとする.つまり,ある領域に圧力が加えられたとき,液相は全く変化せず,微小な気相部分のみが圧縮されることをあらわす.この領域の平均密度vLL+BB,静的気相質量比(以下クオリティ):,および,平均比熱Cv=(1-XB)CL+XBCBを用いると,気泡を含んだ液体の音速:cは,

 

 と導かれる.

 だだし.全く気相を含まない液相部分ではボイド率が0であるため,局所的に音速が無限大となる.これは,液相に圧縮性が全く無いという仮定に問題がある.このモデルでは,液相の圧縮率に対して,気泡の圧縮率が大きい場合は現実を十分再現できる(実験とも結構合うことが報告されている)が,液相の圧縮率が気相の圧縮率に対して無視できない領域(ボイド率B0)では物理的に適合しなくなる.そこで,純液体の音速:cLより逆算したボイド率

 

 をボイド率の最小値とする.すなわち,実際のボイド率:Bが,BMINより小さな値を取ったときBBMINとして音速を計算する.これによりモデルによって導かれた圧縮率が,実際の液相の圧縮率より小さくなる状態は回避され,物理的にも適合したモデルになる.

3-5.液相の基礎式

 以上の仮定より液相の質量保存則は

 

 エネルギー保存式は

 

 となる.

4.計算結果

 3章で考案したモデルを用いて,数値シミュレーションコードを作成した.有限体積法により離散化を行いすべての物性値は計算領域の中心で評価した.液相の移流計算には完全気体の状態方程式を取り除いた風上TVDスキームを使用した.これにより,完全気体だけでなく,液体の計算も可能となった.時間進行は4段階ルンゲクッタ法による陽解法を用いた.粘性項はソースタームとして評価しているが,壁面は非粘着条件を採用した.なぜなら,離散化した計算領域は気泡よりも大きい必要があるためである.すなわち,壁面付近に計算領域を集中させることができないからである.このコードを用いて図3に示す形状の先細末広ノズルのキャビテーション現象について3次元シミュレーションを行った.境界条件を表1に示す.

 各断面により気泡位置が異なるため各物性値の分布に多少の違いが見られる.しかし,大局的な特性に違いは見られないため,図4に流路中心断面の計算結果のみを示す.

図表Fig.3 Grid for the Nozzle / Fig.4 The results calculated for the Nozzle / Table 1 The boundary condition

 ボイド率の図より,キャビテーション気泡はスロートの中の壁面近傍で生成されていることがわかる.境界条件を変えて計算を行った結果,気泡発生には壁面からの熱流入が非常に大きな役割を果たしていることがわかった.両壁面から生成された気泡は次第に流路全体に広がる.スロート後流部分で気泡は一番成長し径も大きくなるため,断面積に対するボイド率は最も大きくなる.さらに後流の出口付近では,再びボイド率が小さくなる様子も観察された.

 次に静圧の図より,縮小部では流速の高まりとともに(動圧の効果によって),静圧が大きく低下することがわかる.スロート部においても粘性や気泡存在の効果によって抵抗力を受けるため静圧は低下する.これらの静圧低下によって液体の物性値がキャビテーション気泡発生条件を満たすと,気泡が発生する.気泡が発生すると気泡周辺の液体の状態が飽和状態に近づくため,発生した気泡周辺の液相圧力の変化を観察した.

 密度のグラフよりスロート入口に弱い膨張が発生していることがわかる.ここは気泡の発生点と一致することから気泡の発生による影響と考えられる.

5.可視化実験

 図5に示す装置を用いて先細末広ノズルの可視化実験を行った.クライオスタット内に据え付けたノズル内にピストンで圧縮した液体窒素を流入させる.ノズルの形状は4章の数値計算と同様の形状である.実験条件を表2に示す.写真はデジタルビデオカメラで撮影した画像をコンピュータで処理したものである.ライティングはバックライトを採用したため,キャビテーション気泡発生領域は暗い領域となる.図6に結果を示す.ピストンを動かし流体が流れはじめるとスロート部の壁面付近からの気泡の発生が観察できる.気泡の存在領域はスロート付近から流路全体に広がってゆくことが観察された.流速が速くなると下側の壁面からもキャビテーション気泡が発生し,流速の高まりとともに,気泡発生点がスロートの上流方向へ遷移してゆく傾向が見られた.

Fig.5.Experimental apparatus

 図7は実験条件(ケース3)の静圧測定結果と,同条件で行った数値シミュレーションによって得られた静圧を比較したものである.全体的に良く一致しているといえる.実験においてもキャビテーション気泡群が発生している条件ではスロート静圧と出口背圧の圧力差が小さくなる現象を確認した.

図表Fig.6 Photos of experimental results / Table 2 Experimental conditions and results / Fig.7.Experimental & Calculated results
6.結論

 サブクール極低温流体のキャビテーション遷移現象を解明する基礎として,先細末広ノズル流れを対象とする数値流体シミュレーションならびに液体窒素を用いた可視化実験を行った.

 従来,キャビテーションの解析に用いられてきた均質流や2流本モデルは,気相部分の分散効果が表現できないことや交換する熱や質量の見積もりに近似式を用いなければならないという欠点があった。そこで,本研究では気相部分を分散した気泡として扱い,1個1個の気泡を認識・追跡する解析モデルを工夫した.そのため,気相の分散効果が表現できるだけでなく気液間の熱や質量の輸送を見積もることが可能となり精度が向上した.本解析モデルでは,気泡の運動を直接解析することにより計算機負荷が大きくなることを克服するため液相部分に連続体仮定を用いることで簡略化した.この結果,扱える気泡数万個程度,複雑流路内解析も可能となった.気泡を1個1個認識する方法により,気泡の発生と消滅についても取り扱えるようになった.

 構築した数値シミュレーションコードは移流計算にTVDスキーム,時間積分に4段階Runge-Kutta法を用いた3次元流動用コードである.このコードを用いてNASAによる実験結果が存在する先細末広ノズル流れの3次元シミュレーションを行った.

 NASAの実験ではノズル壁面の静圧分布のみが計測されているため,キャビテーション現象などの内部流動との関連は不明のままであった.そこで新たに液体窒素を作動流体とする同様な先細末広ノズルの可視化実験を行った.

 以上の数値シミュレーションならびに可視化実験を行った結果,ノズル壁面静圧分布に良好な一致を確認するとともに,

 (1)ノズルスロート部における加速による静圧低下のために気泡数密度が増加しキャビテーション遷移にいたること.

 (2)ノズル壁面の境界条件,特に,壁面からの熱流入が気泡発生に大きな影響を与えること.

 など現象を理解する上で重要な知見を得ることができた.

 今後取り組むべき課題としては,本モデルをさらに進化させ精度を向上させ,壁面の粘着効果や気泡周辺の液体の飽和度に関して,さらに改良・発展させる点が挙げられる.そして,最終的には,インデューサなどの実際の流体機械の計算を行い,そこで発生するキャビテーションの解析に役立てることが期待されよう.

審査要旨

 博士(工学)伊藤優の提出論文は,「サブクール極低温流体のキャビテーション遷移を伴うノズル流れに関する研究」と題し,本文6章から構成される.

 極低温流体は蒸発潜熱が小さく飽和蒸気圧の温度依存性が強いなどの物性のため,液相から気相へと容易に変化する.液体中の気泡発生という相変化形態の場合,気泡の成長とその空間密度の増加に伴い,いわゆるキャビテーションと呼ばれる現象が観察される.水など常温流体では、こうした気泡は,空気などの非凝縮ガスを核とするが,一方,極低温流体では、非凝縮ガスの溶存は考えにくく、純粋に液体-蒸気系の相変化に起因する.従って,極低温流体のキャビテーション解析の際には,気泡の発生・消滅を考慮できる理論モデルを構築することが必須となる.

 従来,気液2相流を取り扱う解析手法としては,液相,気相が同一速度で運動し均質な混合状態にあると仮定する均質流モデルや、液相・気相の各々を連続体と仮定し,接触境界における構成方程式を通じ相互の関連付けを行なう2流体モデルが発展してきた.しかし,そうした方法は,液相中に気相が分散する効果を表現できず,また,気泡の発生・消滅に経験的な近似式を必要とするなどの点で合理性に欠ける.

 著者は,本論文において,上記欠点を克服するため,新たに気相部分を分散した気泡として扱い,個々の気泡を識別・追跡する解析手法を工夫している.この方法は気泡流の解析では直接法として知られ精度の点で定評のあるところだが,計算機負荷が大きく,取り扱える気泡の数は極めて限られる.そこで著者は,液相部分について,これを連続体と仮定する簡略化を図り,現状のワークステーションでも,数万個程度の気泡を取り扱えるように応用拡張を行なった.提案された手法は,分散相として存在する気泡の運動をラグランジェ的に記述するところから,これを包む液相との速度スリップや界面を通じての相変化を合理的に組み込める一方で,連続体の液相は圧縮性ガス流れに実績のある離散化スキームに基づき効率的かつ精度良く安定にその時間展開を進めることが出来る利点を有し優れている.本論文では,この手法に基づく3次元数値流体解析コードを開発した上で,過去にNASAで実験された先細末広ノズルを流れる液体窒素にこれを適用し,数値計算と実験との比較を行い,良好な一致を見出した.本論文では,同時に、可視化実験による上記ノズルのキャビテーション画像も取得し,現象の定性的考察に役立てている.本論文の手法を発展させれば,流体機械や熱交換器など広く極低温流体を取扱う分野でキャビテーション現象の分析と制御に応用出来ることが期待される.

 本論文は第1章から第6章までの構成となっている.

 第1章では,本研究の目的と特色を明確にし,従来研究との関連について述べている.特に,極低温流体の物性から派生するキャビテーションの特質について詳述している。

 第2章は,理論解析モデルの定式化について述べている.すなわち,対象とする気泡の流動様式を明確にし,連続体の液相中に分散する気泡の運動に関する基礎方程式ならびに気泡を含む液相に対する質量・運動量・エネルギー保存則を記述している.気泡を識別するタネを流れ場に統計的に分散させ,これを追跡し発泡条件に照らして気泡の発生と消滅を判断する方法を導入し,かつ,気泡と液相との界面における相変化質量とエネルギー交換を組み込む定式化が示されている.

 第3章は,前章の理論解析モデルを数値計算する上での技法について述べている.連続体としての液相に対して,圧縮性ガス流れと同様に,TVDスキームに基づく離散化処理が講じられるとともに,各時間ステップにおいて気泡の運動が連結され,4段階Runge-Kutta法による陽的時間積分により進展求解してゆくという効率的な計算コードが説明されている.

 第4章は,液体窒素を用いた先細末広ノズル流れの可視化実験の内容である.ノズル幾何形状はNASAで実施された同様な実験仕様に合致する.大規模な極低温流体設備を擁したNASA実験に比較して,クライオスタットにピストン押出し流れ機構を組み込んだ実験設備はコンパクトであり,かつ,テストセクション部を可視化可能である.この装置により,初めて、供試ノズルにおける液体窒素のキャビテーション遷移を観察できたことが報告されている.

 第5章は,上記実験に対応する数値解析の結果について述べている.理論モデルに関連して,気泡のタネの数密度や計算グリッドの影響などを吟味した上で,実験条件に合致する流動状態での解析が行なわれている.その結果,NASA実験の壁面静圧分布と良好な一致を得るとともに,ノズルスロート近傍で発生するキャビテーション気泡が徐々に下流流路中に広がる様子など,実験と計算の間の定性的な相関が結論づけられている.

 最後の第6章は結論であり,本論文で得られた知見をまとめている.

 以上要するに,本論文は,極低温流体の流動に伴うキャビテーション現象を解明するのに,気泡個々の運動の追跡とそれらが分散する液相の運動を効率よく安定に解析する手法を確立し,先細末広ノズル流れに適用し,その有効性を検証したものであり,その結果は航空宇宙工学上貢献するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54729