学位論文要旨



No 115129
著者(漢字) 土屋,武司
著者(英字)
著者(カナ) ツチヤ,タケシ
標題(和) 機体設計と飛行経路の統合的最適化に関する研究
標題(洋)
報告番号 115129
報告番号 甲15129
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4624号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 教授 河内,啓二
 東京大学 教授 堀,浩一
 東京大学 助教授 中須賀,真一
 東京大学 助教授 川口,淳一郎
内容要旨

 本論文では航空機の機体設計と飛行経路の統合的最適化問題に代表される複合領域最適化問題に対して並列最適化法を提案し,幾つかの問題に適用した.

 複合領域最適化の対象になるシステムは,システムを定義する変数と制約条件が莫大な数になる大規模システムであり,複合領域最適化問題は大規模最適化問題の一種といえる.そこで大規模システムを複数のサブシステムに分割し,各サブシステムから小規模な部分最適化問題を定義する.複数の部分最適化問題はサブシステムレベルで並列的に解かれ,その後,得られた最適解がシステム全体の最適解となるようにシステムレベルで部分問題の設定を変更し,再びサブシステムレベルの計算を繰り返す.このとき各専門領域ごとにサブシステムを分割すると,個々の領域の解析法と最適化手法が使用可能になり望ましい.従来の複合領域最適化法では,元の大規模最適化問題を直接解いて解を得るのと比較して,多くのシステム解析,最適化計算が必要であった.また,問題設定,初期解によらずに確実に解を得ることができるかどうかを意味するロバスト性が悪いという欠点があった.とくに分割されたサブシステムどうしの接続(カップリング)が強いと収束性が悪化することが報告されている.

 工学問題に対する大規模最適化法は,複数の領域にわたる最適化問題の解決と構造設計問題に対する最適化法の研究を中心にして進められている.一方で,並列処理の応用の1つとして,最適化計算を並列的に処理する並列最適化法の研究が進められている.一般に,並列計算は並列化するレベルにより,大きく「問題の並列化」と「解法の並列化」に分けられる.「問題の並列化」はいわゆる複合領域最適化法のように大規模問題を分割して解く分割解法である.一方,「解法の並列化」は問題の解法に含まれる個々の過程を並列化する方法である.後者は元の解決の性質を残したままで優れた並列化効率を得ることができることから,並列計算法の研究の中心となっている.

 本論文では従来の複合領域最適化法に見られる分割解法である「問題の並列化」ではなく,「解法の並列化」による解法に注目した.並列化する解法として,現時点で最も優れた最適化手法といわれている逐次2次計画(SQP)法を考える.SQP法で最も大きな計算時間を要するのが変数の更新量とラグランジュ乗数量を求める大規模線形方程式を解く過程である.この方程式をJacobi法の繰り返し計算で並列的に解くこととし,さらにその収束性をAitkenの加速法で高めることにした.一方で,この並列最適化法に対する見方を変えると,並列に進められる個々の計算はある最適化問題を解く計算に等しいことが分かる.よって,1つの大規模最適化問題を解くために小規模な複数の最適化問題を並列的に解くこととなり,「解法の並列化」に注目して得られたこの並列最適化法は,実は「問題の並列化」による分割解法と等価になる.したがって,こうして得られた並列最適化法は優れた性能をもつSQP法を並列化したことになるため,分割解決でありながらカップリングが強い問題に対しても良好な収束性とロバスト性をもち,さらに並列化効率に優れている.

 本論文において提案された並列最適化法の有効性を確認するために,3題の最適制御問題と2題の機体設計と飛行経路の統合的最適化問題に並列最適化法を適用した.一般に,複雑な最適制御問題の最適解を得ようとする場合,また最適制御問題に対して良い精度の解を得ようとする場合,変数と制約条件の数が非常に多い大規模最適化問題を解くことが必要となる.そこで,制御時間を幾つかの区間に分割し,1つの区間を1つのサブシステムと見なして部分最適化問題を構成することにした.適用された最適制御問題のうち,2題は理論解を求めることができる簡単な問題であり,計算された数値解が理論解と一致し,提案された並列最適化法が優れた並列化効率をもつことを確認した.

 また,機体設計と飛行経路の統合的最適化問題の簡単な例として,紙飛行機のサイズと投げ方の最適化問題を考えた.同問題に対しても並列最適化法は有効に機能し,得られた最適解に妥当性が認められた.

 理論解が不明な大規模最適化問題の例として,スペースプレーンに関する問題を取り上げた.現在,世界中の研究機関から様々な完全再使用型の次世代宇宙輸送システムが提案されている.そのなかで,翼を利用した水平離着陸が可能であり,単段式の宇宙輸送機として構想されているスペースプレーンを本論文では考える.スペースプレーンが従来のロケットと大きく異なる特徴は空気吸い込み式エンジンとロケットエンジンの両者を推進器として使用し,水平離着陸フェーズが存在することである.スペースプレーンの過酷なミッションを成功させるためには,空力,推進,構造,制御等の各技術間のトレードオフが従来の航空機あるいはロケットに比べて非常に重要である.

 以上を踏まえ,まずスペースプレーンの上昇飛行時に消費される推進剤重量を最小とする飛行経路を求める最適制御問題を定義し,並列最適化法を適用して解を得た.従来の研究と比べて,解の精度を上げるためにより多くの変数で最適化することにし,並列最適化法を用いて計算負荷の軽減をはかった.得られた最適な飛行経路は従来求められていた最適解の傾向と一致した.

 また,最適化計算は反復計算により収束した解を最適解と見なすのであるが,並列最適化法によって収束した解は,最適化問題を一括して解く従来の方法で収束した解に比べて優れていることが分かった.その理由として,並列最適化法によれば局所的な最適解に陥る可能性が従来の最適化法に比べて少なくなり,より良い解が得られる可能性が強まったことが挙げられる.これは並列最適化法の特出すべき特徴の1つである.

 最後に,スペースプレーンの機体形状と上昇飛行経路の統合的最適化問題を考えた.従来,スペースプレーンの離陸重量の内訳を考慮して各構成要素の重量を求め,それを合計すると離陸重量を上回るという矛盾が生じることが分かっている.この矛盾が解消されない限りスペースプレーンは実現されない.そこで,現在入手できる最新のデータを使い,どの程度の技術革新がスペースプレーン実現に向けて必要なのか,現在の技術から効率よく実現させるためにはどうすればよいか,その指針を示す.

 最適化問題は機体設計分野,空力解析分野,軌道計画分野の3つの専門領域からなり,それ従って4〜6個の部分最適化問題が構成される.得られた最適解によると,スペースプレーンを実現するためにはその離陸重量に応じて数%から10%以上の重量軽減とエンジン性能の向上をはからなければならない.機体のサイズは推進剤のタンク,ペイロード,必要な機器を包む最小の大きさとし,また抗力を低減するために細長い胴体が良い.翼の大きさは離陸時の状態から決まる最小サイズとし,エンジンの1つであるエアターボラムジェットエンジンも飛行できる最小の大きさにするのが良い.また,極超音速で作動可能な空気吸い込み式エンジンとして現在研究が進められているスクラムジェットエンジンは,エンジン単体が重いこと,もし使用するならば,比推力が小さいため推進剤である液体水素の容量が増加して機体が大きくなることから,その必要性が認められなかった.最適なエンジンの組合せについては今後の検討が必要である.また,この問題でも並列最適化法の上述の特徴が確認された.

 本論文で提案された類の複合領域最適化法は航空機の概念設計に留まらず,今後,実機の開発,設計時に適用可能である.

図表図1 スペースプレーン(300[ton])の最適形状 / 図2 スペースプレーンの最適上昇飛行経路
審査要旨

 博士(工学)土屋武司 提出の論文は「機体設計と飛行経路の統合的最適化に関する研究」と題し、7章と付録からなる。

 与えられた制約条件と評価関数の下で、最適な変数の組み合わせを求める数理的最適化手法は、設計の効率化と最適化を進める上で重要な手法と認識されているが、複数の技術分野が複雑に関連する航空・宇宙機の設計に適用するためには多くの課題が残されている。その一つは、複数の技術分野を統合して数理的最適化を実施する場合、システムを定義する変数と制約が膨大になる点と、複数分野の数学モデルを統合してシステム全体の数学モデルを構築することの複雑さが増大することである。

 本論文は、数理的最適化問題を並列処理するアルゴリズムを提案し、システム全体の最適化問題を複数の部分最適化問題に分割して、各部分問題に個々の技術分野をあてはめることによって、各技術分野の最適化問題を並列的に実行できる方法を開発している。複数の例題により提案する手法の妥当性を確認し、その手法の特性を調査した後、スペースプレーンの上昇飛行経路と機体設計を同時に最適化する問題に提案する手法を適用し、その有効性を実証するとともに、スペースプレーンの技術的課題を検討している。

 第1章は序論で、本研究の背景と目的を明確にし、過去の研究事例を概観している。

 第2章では、最適化手法の並列計算アルゴリズムを導いている。このアルゴリズムの特徴は、逐次2次計画法で導かれる最適性の条件式をJacobi法によって並列処理し、繰り返し計算の収束を.Aitken法によって加速することにある。こうした定式化により、問題を接続条件によって分割し、分割された部分最適化問題を並列的に繰り返し解くことによって最適解を得ることが可能であることが示されている。この方法の利点は、多くの近似解法とは異なり、分割処理を行って得られる最適解が、本来の全体最適解と一致することが数学的に保証されていることにある。

 第3章では、提案された手法をもとに、解析解の得られている軌道最適化問題を並列計算によって解き、その有効性と特性を確認している。軌道最適化問題を数理計画問題に変換するためには、変数となる時間関数を有限要素分割し、選点法によって状態方程式を代数方程式に変換する方法が採用されている。本来一つの軌道最適化問題を分割しても真の最適解が得られることが確認され、分割による計算機の必要なメモリーと、計算時間の変化が調査されている。メモリーは分割数を増すことによって単調に減少するものの、分割数を増すと各部分問題間でデータを交換するための処理が増加するため、計算時間に関しては最適な分割数が存在することが示されている。

 第4章では、機体設計と飛行経路の同時最適化問題の簡単な例として、紙飛行機の機体サイズと投げ出し条件を最適化し、飛距離を最大化する問題が扱われ、提案する並列最適化手法が多分野最適化問題へも適用可能であることが確認されている。

 第5章では、スペースプレーンの上昇軌道の最適化問題を扱っている。地上から宇宙ステーションの地球周回軌道までの上昇軌道をエア・ターボ・ラム・ジェット・エンジン、スクラムジェット・エンジン、ロケットエンジンを順次切り替えて飛行する場合に、エンジンの切り替えタイミングを含め最適な飛行制御方法を消費燃料を最小化するように最適化問題を構成し、それぞれのエンジンの飛行区間を並列化された部分最適化問題として処理することによって効率良く最適解を得ることに成功している。

 第6章では、第5章の飛行軌道設計と、重量推算を含めた機体形状設計、空力特性解析とを統合化し、指定された離陸重量に対してペイロードを最大化する機体設計と軌道設計の統合的最適化問題を取り上げている。飛行経路の並列化に加え、機体設計、空力解析部も並列的に処理することによってこうした複雑な最適化問題に対しても解を得ることが可能であることが示され、しかも全体を分割せずに最適化する場合と比較して効率良く優れた解を導出できることが実証されている。使用された各分野の数学モデルの範囲では正のペロードは得られていないが、計算に用いた初期機体設計に対して、要求される重量軽減量は3分の1以下に改善された設計解が得られており、統合的最適化の有用性・必要性が明らかにされている。また統合的な最適化から、様々な設計要素が最終的なペイロードに及ぼす定量的な影響が求められ、設計上有益なデータが提供されている。

 第7章は結論で、本論文で得られた成果を要約している。

 以上、要するに、本論文は数理的最適化問題の並列解法を提案し、その特性を把握するとともに有効性を実証している。特に、並列化された部分問題に異なる技術分野をあてはめることによって、個々の技術分野を接続条件のもとで並列的に最適化することを可能にし、スペースプレーンの機体設計、空力解析、上昇軌道設計を統合化した設計問題によって、提案する手法の有効性を明らかにしたものであり、航空宇宙工学上貢献するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54730