学位論文要旨



No 115131
著者(漢字) 井,通暁
著者(英字)
著者(カナ) イノモト,ミチアキ
標題(和) 磁気リコネクションを用いた高ベータ球状トカマクの生成実験
標題(洋)
報告番号 115131
報告番号 甲15131
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4626号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 小野,靖
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 助教授 大崎,博之
内容要旨

 エネルギー源としての核融合開発研究の歴史は、ほぼ半世紀におよんでおり、JET装置、JT-60U装置といった大型トカマク装置においてはプラズマ加熱のための入力パワーと核融合反応出力とが等しくなる「臨界プラズマ条件」が達成されるに至っている。また、JET装置やTFTR装置においては、重水素と三重水素を用いて実際に核融合反応を発生させる実験も行われている。これら大型装置の成果により、トカマク方式による実験炉や動力炉等の設計を高い確度で行うことができるようになったが、現在のトカマク装置の延長上の核融合炉は、非常に大型かつ高コストなものになってしまい、経済性において望ましくない。

 経済性の観点から核融合炉の成立を考える際には、ベータ値(ベータ=プラズマ熱圧力/磁気圧)の向上が重要となり、優れた閉じ込め性能と高いベータ限界とを兼ね備えた球状トカマク装置は、簡素な炉構成や低コスト等の特徴ともあいまって核融合炉実用化の際の有力な一形態として盛んに研究が行われている。

 高いプラズマ圧力によって駆動される種々の不安定性を抑制して高ベータ球状トカマク配位をを実現するためには、プラズマ断面形状の制御、中性粒子ビーム入射(NBI)や高周波加熱等による局所的なプラズマ加熱、電流分布制御等が必要と考えられているが、本研究ではプラズマ合体(磁気リコネクション)を用いた新手法によって、プラズマの性質をうまく利用して効率的に高ベータ閉じ込め配位の形成を目指す。

 磁気リコネクション現象は、本来は高導電率のプラズマ中で凍結されるべき磁力線が磁気中性点付近の拡散によってつなぎかわる現象であり、局所的な拡散現象であるにも関わらず大域的なプラズマ磁界構造を大きく変化させ、磁気エネルギーの速やかな解放をもたらすという意味で磁化プラズマ全般において重要な役割を果たす基礎物理過程である。磁気リコネクションを介して解放された磁気エネルギーはプラズマの運動エネルギーへと変換され、最終的には主としてイオンの熱エネルギーに転換されることから、磁気リコネクションは、磁気閉じ込めプラズマのベータ値を上昇させるのに非常に都合がよい現象であることがわかる。

 磁気リコネクションは、局所的な磁界の拡散によって引き起こされる現象であるから、本来ならば抵抗減衰による緩和時間程度の時間スケールで進行すると考えられるが、現実のプラズマにおいて観測されている種々の磁気リコネクション現象はこのような抵抗緩和の時定数よりもはるかに短い時間スケールで進行していることが知られている。このような磁気リコネクションの高速化機構については不明な点が数多く残されており、計算機シミュレーションや実験、天体観測等を通じて研究が行われている。

 磁気リコネクション現象を磁気閉じ込め配位形成に利用するためには、抵抗緩和よりもはるかに高速な磁気リコネクションの発生が必須であり、かつプラズマ加熱パワーの観点からも磁気リコネクション速度は高速であることが望ましいことから、このような高速磁気リコネクション機構の解明が必要とされる。

 本研究ではTS-3装置におけるプラズマ合体を用いて、磁気リコネクション高速化の機構を検証している。その結果、イオンの有限ラーマー半径効果および電流シート放出現象の二種類の高速磁気リコネクションが発生することが明らかになった。

 プラズマ合体時のXライン方向磁界を変化させることによりイオンのラーマー半径、無衝突スキン長、平均自由行程と磁気リコネクション速度との関連について検証した。磁気リコネクション中に電流シートが圧縮されてその半幅がイオンのラーマー半径よりも小さくなると、電流シートを形成していイオンのラーマー運動が電流シート内に納まり切れず、外部にはみだすような運動(メアンダリング運動)を行う。電流シートの外部では、内部とは反対方向のトロイダル電流が存在している上に、強いポロイダル磁界も存在しているため、飛び出したイオンはもはやラーマー運動を続けられなくなる。このとき、イオンによって維持される電流分が失われることになるので、電流シートは外部からの圧力に耐えられなくなり、急激に圧縮されて減衰すると考えられる。このようなイオンの有限ラーマー半径効果による電流シートの急激な減衰が、実効抵抗率の急上昇(異常抵抗)として観測されており、高速磁気リコネクションを引き起こしているものと考えられる。図1に、イオンラーマー半径で規格化した電流シートの半幅に対する電流シート実効抵抗率の値を示す。/i1.5の領域では実効抵抗率が急激に増加しており、電流シートの速やかな減衰すなわち高速磁気リコネクションが発生している。

図1:イオンラーマー半径で規格化した電流シート半輻/iに対する電流シート実効抵抗率の値(Xライン方向磁界を6種類変化)

 また、低密度における放電では、上記のイオン粒子運動効果の観点からは磁気リコネクション速度が低下するはずの高いXライン方向磁界領域においても非常に高速な磁気リコネクション現象が発生している。この高速リコネクションは、電流シートのXポイントからの放出によって発生しており、大きなリコネクション電界の過半はこのような電流シートの運動によるローレンツ電界rBzによって担われている。

 磁気リコネクションに伴うイオン加熱効果の検証を行い、小さいXライン方向磁界のもとで発生する高速磁気リコネクションにおいて特に顕著なイオン温度上昇が発生していることを確認した。

 このような高速磁気リコネクションの発生および大きなイオン加熱効果を利用するために、本研究ではスフェロマックプラズマの異極性合体によって高ベータFRCを生成し、その後にトロイダル磁界を急速に印加するという手法での高ベータ球状トカマク生成法を提案している。提案手法によって形成した球状トカマク配位のトロイダル磁界、トロイダル電流密度および熱圧力の径方向分布を図2に示す。この高ベータ球状トカマクは磁気リコネクションに伴うイオン加熱によって生成直後で200eVにまで加熱されており、

 ・反磁性のトロイダル磁界分布

 ・凹型のトロイダル電流密度分布

 ・トロイダル/ポロイダル両磁界が熱圧力を支える方向に力を及ぼすため、常磁性の球状トカマクに比べて高い熱圧力を保持

 ・高い体積平均ベータ値(〜0.7)

 ・プラズマ端部付近の大きな圧力勾配の存在

 等の優れた特徴を有している。特に端部付近において維持されている大きな圧力勾配と磁気シアーの存在は、本研究にて生成した高ベータ球状トカマクがバルーニングモードに関する第二安定化領域内に存在していることを示唆している。

図2:高ベータ球状トカマク配位の、トロイダル磁界、トロイダル電流密度および圧力の径方向分布

 生成した高ベータ球状トカマクはOH電流駆動によって約200sec間維持されており、これはFRCプラズマをOH電流駆動した際の寿命の3倍強にあたることから、外部トロイダル磁界の印加によってプラズマの閉じ込め性能が向上しているものと考えられる。提案手法によって生成した高ベータ球状トカマクの持つ優れた特徴の一つに磁気軸付近での絶対極小磁界配位の形成が挙げられる。これは中心導体付近でのトカマク的性質と、磁気軸付近でのFRC的性質とを併せ持つ反磁性球状トカマクならではの特徴であり、異常拡散の抑制および閉じ込め性能の向上に効果的であると考えられる。

 また、高ベータ球状トカマクの傾斜モードに対する安定性、MHD平衡に関する検討を行っており、本研究にて提案している高ベータ球状トカマク配位が、常磁性のトロイダル磁界分布を持つ通常の球状トヵマク配位とFRC配位の両者の性質を併せ持つ配位であることを確認した。

 現在までの核融合開発研究において、球状トカマクとFRCとの接点、中間領域が扱われることはほとんどなかった。本研究では、磁気リコネクションを用いたイオン加熱/電流分布制御という画期的な手法により、両者の中間的な配位である反磁性トロイダル磁界を有する高ベータ球状トカマクの生成に成功し、通常の球状トカマクとFRCとの間に高性能配位が存在する可能性を示すとともに、双方の物理を包括するような新概念を提案するものである。

審査要旨

 本論文は「磁気リコネクションを用いた高ベータ球状トカマクの生成実験」と題し、高速磁気リコネクション機構を解明すると共に、そのプラズマ加熱効果が超高ベータ球状トカマクの生成に応用できることを初めて立証したものであり、全体で6章から構成されている。

 第1章は、序論であって、核融合磁気閉じ込め研究の現状と経済性の向上を目指した高ベータ配位の追求の必要性やそのために大きな加熱パワーが得られる磁気リコネクションが有用であることが述べられている。本研究の背景、特にプラズマ合体を用いた新手法によって高速磁気リコネクション機構を解明し、その磁気エネルギーから熱エネルギーへのエネルギー解放現象をうまく利用して効率的に高ベータ閉じ込め配位の形成を目指すことが述べられている。

 第2章は「高速磁気リコネクション現象における粒子運動効果の実験的検証」と題され、磁力線が磁気中性点付近に形成される電流シートの抵抗拡散によってつなぎかわる際、その実効抵抗が古典抵抗の最大30倍もあることに注目し、プラズマ合体という新手法を用いてイオンのラーマー半径、無衝突スキン長、平均自由行程の3つの特徴的な長さに対して、電流シートの実効抵抗や磁気リコネクション速度が如何なる関連を持つかについて検証している。その結果、実効抵抗は電流シート幅がイオンラーマ半径以下に圧縮された時に、電流シート部分にイオン粒子運動効果が作用して、実効抵抗が急増するとの新現象を見出している。

 第3章は「電流シート放出による高速磁気リコネクションの検証」と題され、電流シートの異常抵抗を介さず、電流シートの機械的な放出によっても生じることを実験的に見出している。大きなリコネクション電界の過半はこのような電流シート運動によるローレンツ電界によって担われて、異常抵抗による高速化とは異なった異なったエネルギー解放プロセスが存在することが示されている。

 第4章は「磁気リコネクションに伴うイオン加熱効果の検証」と題され、磁気リコネクションに伴う磁気エネルギーの解放がイオンの異常加熱につながることを実験的に明らかにしている。小さいXライン方向磁界のもとで発生する高速磁気リコネクションにおいて特に顕著なイオン温度上昇が発生していることを見出し、そのイオン加熱効果がイオン粘性を通じた磁気リコネクションアウトフローの熱化によって説明できることを論じている。

 第5章は「プラズマ合体の高ベータ閉じ込め配位形成への応用」と題され、高速磁気リコネクションの大きなイオン加熱効果を磁気閉じ込め配位の高ベータ化への応用を提案・実証している。スフェロマックプラズマの異極性合体によって高ベータFRCを生成し、その後にトロイダル磁界を急速に印加するという手法での高ベータ球状トカマク生成法を実験的に初めて立証した。この高ベータ球状トカマクは磁気リコネクションに伴うイオン加熱によって従来の常識を覆す70%を越える超高ベータ状態となり、反磁性のトロイダル磁界分布や凹型のトロイダル電流密度分布を有していることから、トロイダル/ポロイダル両磁界が熱圧力を支える方向に力を及ぼすため、常磁性の球状トカマクに比べて高い熱圧力を保持できることを明らかにした。特に端部付近において維持されている大きな圧力勾配と磁気シアーの存在を立証し、バルーニングモードの第二安定化領域にある超高ベータ球状トカマクをはじめて生成したことを結論している。

 第6章は「高ベータ球状トカマク配位の平衡の検討」と題され、平衡計算コードを用いて、提案手法によって生成した超高ベーダ球状トカマクの持つ優れた特徴の一つの磁気軸付近での絶対極小磁界配位の形成について理論的検討を行うと共に、超高ベータ球状トカマクの傾斜モードに対する安定性、MHD平衡に関する検討を行っている。本研究にて提案している超高ベータ球状トカマク配位が、常磁性のトロイダル磁界分布を持つ通常の球状トカマク配位とFRC配位の両者の性質を併せ持つ配位であることを述べている。

 第7章は「まとめ及び結論」である。

 以上を要するに、本研究は、コンパクトトーラス合体を用いて磁気リコネクションの高速エネルギー解放機構を物理的に解明し、そのイオン異常加熱効果を次世代核融合の課題である磁気閉じ込め配位の高ベータ化に初めて応用して、バルーニングモードの第二安定化領域にある超高ベータ球状トカマクを生成するという画期的な成果をあげたものであり、プラズマ理工学、核融合工学およびプラズマ天文学に貢献するところが少なくない。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1824