学位論文要旨



No 115132
著者(漢字) 小野,亮
著者(英字)
著者(カナ) オノ,リョウ
標題(和) レーザ誘起蛍光法による大気圧放電プラズマ中のOHラジカルの測定
標題(洋)
報告番号 115132
報告番号 甲15132
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4627号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 助教授 小野,靖
 東京大学 助教授 大崎,博之
内容要旨

 近年、大きな社会問題となっているNOx、SOx、揮発性有機物(VOC)、ダイオキシンなどの環境汚染物質を、放電プラズマを用いて分解、除去する研究が進められている。これらの分解、除去の反応過程については、これまで計算機シミュレーションにより調べられてきた。しかし放電プラズマを測定し、それらの反応を直接調べる研究は、まだほとんどなされていない。本研究ではこの点に注目し、分解過程で重要な役割を果たすと考えられているOHラジカルを、レーザ誘起蛍光法(LIF)により測定した。OHの励起には波長可変KrFエキシマレーザを用い、分解除去反応の条件に近い大気放電下で測定した。KrFレーザの波長域には、よく知られたOHや励起酸素以外に、励起NO*も吸収帯をもつことが分かったが、やNO*の干渉を受けずに、大気放電下でOHの測定が可能なことを示した。

 パルスアーク、パルスコロナ、およびパルスバリア放電下でOHを測定した。OHは図1に示すように、アーク放電では放電路に沿ってほぼ均一に生成され、コロナやバリア放電ではストリーマに沿って生成されることが分かった。針-平板電極のコロナ放電では、OHの生成量は極性に依存し、負極性ではOHはほとんど生成されなかった。一方アークやバリア放電では、大きな極性依存は観測されなかった。アーク放電ではOHの生成量は放電電圧に比例して増加した。一方コロナやバリア放電では、OH生成量は電圧に対して指数的に増加した。このように、放電形態や放電電圧によるOH生成の特性を明らかにした。空気中放電では、放電条件の他に、水蒸気濃度と酸素濃度がOH生成に強く影響することが分かった。OHは水蒸気濃度とともに増加することが確認され、OHがH2O分子の解離で生成されるという説を裏付けた。一方酸素は、OH生成量を増やす反面、OHの寿命を短くする効果もあることが分かった(図2)。

 この測定を汚染物質分解除去の研究に応用するには、この測定でOHと汚染物質の反応を検出できる必要がある。本実験ではNOやトリクレン(CHCl=CCl2)を対象として、OHとの反応検出を試みた。図3では、アーク放電後のOHの減衰速度が、雰囲気ガスに含まれるNO濃度が増すと速くなっている。これは、OHとNOが反応していることを示しており、両者の反応定数も計算できる。トリクレンでも同様の実験を行い、OHとの反応の検出に成功した。また、コロナ放電でも同様の結果を得た。このように、この測定でOHと汚染物質の反応を検出できることを示した。

 OHの絶対密度を、測定結果から計算により求めた。その結果、湿空気アーク放電でOH密度は、およそ40ppmと求められた。OHの回転分子温度を求め、アーク放電で2000K、コロナ放電で700kという結果を得た。非熱平衡プラズマであるコロナ放電では、比較的低温でOHが生成されていることが確認された。

図表図1:(a)アーク放電から15s後のOH分布。(b)アーク放電。(c)コロナ放電から3s後のOH分布。(d)コロナ放電。白線は針電極。 / 図2:酸素濃度を変えたときの、空気中アーク放電後のOH密度の時間変化。 / 図3:窒素ベースでNO濃度を変えたときの、アーク放電後のOH密度の時間変化。
審査要旨

 本論文は、「レーザ誘起蛍光法による大気圧放電プラズマ中のOHラジカルの測定」と題し、発振波長可変クリプトンフッ素エキシマーレーザ(KrF)励起でのレーザ誘起蛍光法(Laser Induced Fluorescence)を大気圧力下でのパルス放電によって形成されるプラズマ診断に用いたものであり、全体で6章から構成されている。

 第1章は、序論であって、本研究の背景、特に、大気圧力下でのOHラジカルの役割がどのようなものと考えられるかを示し、そのために有効と考えられる診断技術をまとめてある。光学的測定法がいくつかあるが、本研究で用いた波長でのLIFは絶対値測定にも適した手法であることなどを示している。

 第2章には、本研究で実際に使用した測定装置の概要が示されている。基礎原理、OHラジカルの測定される遷移、エキシマレーザ測定の特徴などが示され、現実の装置の詳細が示されている。特に、提出者自らが開発した装置における各種ラジカル信号の時間変化は、強く環境に依存することなどが示された。また、マイクロ秒単位のOHラジカル2次元分布の測定システムなどが詳細に示されている。

 第3章では、クリプトンフッ素エキシマレーザを用いたOHラジカルの計測をパルス性アーク放電に適用した例について詳細に記述されている。従来から報告されいる火炎でのOH観測結果と比較すると、パルス放電でのOHラジカルの形成量はきわめて少なく、また、時間変化も大きいことから、どの信号がいかなる原因によるものかを同定するために実行された実験結果が中心に記述されている。また、この研究中に、同じ構成のLIF測定によって鉄原子の検出が容易なことがわかった。当初、鉄原子からの信号が強すぎて細かい情報が判別できなかったほど、きわめて高感度であることが判明した経緯なども示されている。

 第4章は、パルスアーク放電によって形成されたOHラジカルの挙動を正確に測定した結果をまとめたものである。まず、放電後、3-40マイクロ秒後にOHラジカルの量は最大となること、2次元分布によると、放電経過後、時間とともに次第にOHラジカルが広がる様子が観測されている。また、ガス条件によって、拡散により広がる場合と、両電極に向かって広がる場合があることが確認されている。また、この間、励起された一酸化窒素によるLIF信号が分離測定され、今後、放電によるNO自身の変化をしることがでるものと期待される。また、湿度、負性ガスの存在などによるOHの発生量、OH濃度が最大となる発生時間の違い、減衰時定数の大幅な違いなど従来知られていない多くの現象が明らかとなった。OH領域の広がり方にも特徴が認められ今後の研究成果が期待できる。更に、様々な有機物による影響なども詳細に検討されており、今後、反応機構の解釈に利用されるものと期待されている。

 第5章は、アーク放電ではなく、非熱平衡プラズマを作り出すストリーマ放電やバリア放電によって形成されたOHラジカルの計測に成功したことが報告されている。この場合、OHの密度が少ないこと、ストリーマの発生は再現性がないことなどからデータ処理に一段と工夫が要求され、SN比の向上に勤めた結果測定可能となった。アークの場合と異なり、放電直後にOHラジカルは最大で時間と共に減衰すること、ストリーマの発生場所とOHラジカルの発生場所がほぼ同期していること極性依存性があることなどが確認されている。特に、後者のためには、それまでの多数回の観測画面を平均化していたのに対して、一回の放電でのきわめてSN比の小さい画面から可視化に成功したものである。

 第6章は、結論でそれまでの成果をまとめたものである。

 以上を要するに、本研究は、KrFエキシマレーザ励起によるレーザ誘起蛍光法を大気圧のもとてサブマイクロ秒パルスにて発生させたプラズマの診断に応用可能なことを実証したもので、プラズマ中のOHラジカルや励起一酸化窒素の二次元分布の時間変化などを定量的に測定できることを明らかにし、放電プラズマ中での各種化学反応機構を解明する上できわめて有効な手法を開発したものであり、放電プラズマ工学上貢献するところが少なくない。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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