学位論文要旨



No 115134
著者(漢字) 藤野,純一
著者(英字)
著者(カナ) フジノ,ジュンイチ
標題(和) バイオマス・原子力を中心とした持続可能なエネルギーシステムに関するモデル解析
標題(洋)
報告番号 115134
報告番号 甲15134
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4629号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山地,憲治
 東京大学 教授 曾根,悟
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 助教授 横山,明彦
 東京大学 助教授 藤井,康正
内容要旨

 持続可能なエネルギーシステムの開発には、枯渇性資源である石抽・石炭・天然ガスに依存した現状のエネルギーシステムから、再生利用可能で環境負荷が小さく安定供給可能なエネルギー源を中心としたエネルギーシステムへ移行することが必須である。しかし、非化石エネルギーには上記のような長所がある一方、供給面での信頼性や市場経済性など克服すべき課題も多い。このため、長期世界エネルギーシステムにおける非化石エネルギーの役割は十分には解析されておらず、定量的で明確なエネルギー供給予測は得られていない。

 そこで、本論文では、持続可能なエネルギーシステムの実現に向けて、非化石エネルギーの中でも特に大規模な導入が可能であると期待されているバイオエネルギーと原子力が、長期世界エネルギーシステムの中でどのような役割を果たせるか、一次エネルギー源、CO2削減オプションとしての効果に着目して解析することを目的とする。

 本論文は次の手順に従ってモデルを構築し、各種解析を行っている。

 1)長期世界エネルギーシステム(LDNE21:Linearized Dynamic New Earth 21)の構築

 2)バイオエネルギーモデル(LDNE21-Bio)の構築

 3)核燃料サイクルモデル(LDNE21-Nuc)の構築

 4)バイオマス・原子力モデル(LDNE21・BN(Biomass & Nuclear))の構築

長期世界エネルギーシステム(LDNE21)の構築

 将来あるべきエネルギーシステムの姿を映し出すため、藤井らによって動学的最適化型世界エネルギー需給モデルDynamic New Earth21(DNE21)が開発された。これは、エネルギーシステムによるCO2対策の評価を目的としたモデルで、多様なエネルギー変換技術、CO2処分技術の工学的特性を詳細に表現した世界エネルギーモデルである。2100年までの将来像を予測するこのモデルによって、種々のCO2制約を課したときのエネルギーシステムの採るべき費用を最小とした対策が示される。しかし、DNE21モデルは多様な技術オプションを組み込んでおり、-部非線形関数も扱っているため、簡単な感度解析を行うにも時間を要する欠点があった。そこで、DNE21モデルの非線形関数を線形化したLDNE21モデルを構築した。基本的なモデル構造は変わらないが、DNE21モデルで非線形関数として扱っていた、再生可能エネルギー供給関数、省エネルギー関数をステップ関数として線形近似することで、計算時間の短縮が図れたため、DNE21モデルでは2050年以降時点間隔を25年としていたところをLDNE21モデルでは10年とし、バイオエネルギーや原子力などの次世代を担うエネルギー源を詳細に計価できるようにした。

バイオエネルギーモデル(LDNE21-Bio)の構築

 筆者らが既に開発した、バイオマス需給と土地利用競合を表現した世界土地利用エネルギーモデル(GLUE-11R)から得られる残渣バイオエネルギーの利用可能量、余剰耕地面積を資源とし、これら多岐に亘るバイオエネルギーが種々の転換装置を通して二次エネルギーに変換される様子を詳細に記述したバイオエネルギーモジュールと、余剰耕地におけるエネルギー作物生産、CO2植林の競合を表現した植林モジュールをLDNE21モデルに組み込んだバイオエネルギーモデル(LDNE21-Bio)を開発した(図1)。

図1 バイオエネルギーモデル(LDNE-Bio)の構造

 世界エネルギーシステムにおけるバイオエネルギーの役割を評価した結果、バイオマスを収穫・加工・転換・リサイクルする過程で発生する残渣バイオエネルギーには、紙パルプ産業で発生する黒液のように発生場所と利用地点が同一のものや台所ごみのように社会的な制約から回収・処分が必要なものがあるため、CO2排出量制約を課さない自然体(BAU)ケースでも、その供給量は着実に増加すること、2100年以降の大気中CO2濃度を550ppm以下に抑制する550ppmケースでは、さらにバイオエネルギーの生産量が増加し、余剰耕地を用いたエネルギー植林、CO2植林も行われることが示された。

核燃料サイクルモデル(LDNE-Nuc)の構築

 長期エネルギーシステムにおける原子力の役割を評価するため、軽水炉を中心としたフロントエンド技術だけでなく、高速増殖炉を中心としたバックエシド技術を詳細に検討するため、核燃料サイクルモジュールを構築し(図 2)、LDNE21モデルに組み込んだ核燃料サイクルモデル(LDNE21・Nuc)を開発した。

図2 核燃料サイクルモジュール

 地球温暖化対策としての核燃料サイクルの有用性を評価した結果、BAUケースでは他のエネルギー源とのコスト競争力がないため、21世紀前半でフェーズアウトするが、550ppmケースでは、21世紀中頃から復活、21世紀後期にはFBRが導入され、2100年には総発電量の半分近くを原子力により供給することが示された。また、FBR導入を含む種々の核燃料サイクル戦略の経済的価値を明らかにした。なお、550ppmケースでも2100年までの原子力による総発電量(116万TWh)は、天然ウランの持つ潜在エネルギー量(10億4千万TWh)の1.1%に過ぎず"、2100年以降もFBRによる発電の資源的な余地は大きく残されていることも示された。

バイオマス・原子力モデル(LDNE21・BN(Biomass & Nuclear))の構築

 最後に、バイオエネルギ-モデルと核燃料サイクルモデルを結合した、LDNE21-BN(Bioenergy & Nuclear energy)モデルを構築した。

 バイオエネルギーと原子力がどのように協調・競合して将来のエネルギーシステムを担うかシミュレーション解析した結果、一次エネルギー源、CO2排出削減オプションの両面からバイオエネルギーと原子力は共に重要な役割を演じることが示された。また、CO2排出削減対策として活躍するのは、バイオエネルギーが21世紀中期、原子力が21世紀後期とタイミングがずれており、相補的に貢献していることが示された(図4)。また、両者が導入されないときの経済的損失は、それぞれが導入されないときの経済的損失の和を上回り、両者は競合関係ではなく協調関係にあることが示された。さらに大気中CO2濃度の目標値の変更、モデル対象時点の延長などを行い、エネルギーシステムにおけるバイオエネルギーと原子力の役割を評価した。

図表図3 バイオマス・原子力モデル(LDNE21-BN(Biomass & Nuclear))の構造 / 図4 BAUケースのCO2排出量から550ppmケースのCO2排出量を達成するときの各技術オプションのCO2排出削減効果(550ppmケース)

 本論文では、21世紀の世界エネルギーシステムの将来像について,エネルギーモデルを構築し、バイオエネルギーと原子力を中心とした各種解析を行った。この結果、地球温暖化対策としてのバイオエネルギーと原子力が果たす役割を定量的に明らかにした。しかし、バイオエネルギーと原子力だけで問題の全てが解決できるわけではなく、化石エネルギーの新しい利用技術、その他の非化石エネルギー、CO2回収・処分技術も大きな役割を果たすことが明らかにされている。持続可能なエネルギーシステムの実現には、単独の要素技術の開発も必要だが、複数の要素を有機的に結合させる方策を解析することが重要である。

審査要旨

 本論文は「バイオマス・原子力を中心とした持続可能なエネルギーシステムに関するモデル解析」と題し、持続可能なエネルギーシステムの実現に向けて、非化石エネルギーの中でも特に大規模な導入が可能であると期待されているバイオエネルギーと原子力が、長期世界エネルギーシステムの中でどのような役割を果たせるか、一次エネルギー源、CO2削減オプションとしての効果に着目してモデル解析を行ったもので、6章より構成されている。

 第1章は序論であり、本論文の背景と目的が述べられている。

 第2章では、本研究で用いる長期世界エネルギーシステム(LDNE)の基本構成が述べられている。将来あるべきエネルギーシステムの姿をモデル解析するため、動学的最適化型世界エネルギー需給モデルDynamic New Earth21(DNE21)の線形化を行った。DNE21は、エネルギーシステムによるCO2対策の評価を目的としたモデルで、多様なエネルギー変換技術、CO2処分技術の工学的特性を詳細に表現し、種々のCO2制約を課したときのエネルギーシステムの採るべき費用を最小とした対策が示される。しかし、DNE21モデルは一部非線形関数を扱っているため、簡単な感度解析を行うにも時間を要する欠点があった。そこで、DNE21モデルの非線形関数を線形化したLDNEモデルを構築した。基本的なモデル構造は変わらないが、DNE21モデルで非線形関数として扱っていた再生可能エネルギー供給関数、省エネルギー関数をステップ関数として線形近似することで計算時間の短縮が図れたため、DNE21モデルでは2050年以降時点間隔を25年としていたところをLDNEモデルでは10年とし、バイオエネルギーや原子力などの次世代を担うエネルギー源を詳細に評価できるようにした。

 第3章では、バイオマス需給と土地利用競合を表現した世界土地利用エネルギーモデル(GLUE-11R)から得られる残渣バイオエネルギーの利用可能量、余剰耕地面積を資源とし、多岐に亘るバイオエネルギーが種々の転換装置を通して二次エネルギーに変換される様子を詳細に記述したバイオエネルギーモジュールと、余剰耕地におけるエネルギー作物生産、CO2植林の競合を表現した植林モジュールをLDNEモデルに組み込んで開発したバイオエネルギーモデル(LDNE-Bio)による解析結果がまとめられている。モデル解析の結果、バイオマスを収穫・加工・転換・リサイクルする過程で発生する残渣バイオエネルギーには、紙パルプ産業で発生する黒液のように発生場所と利用地点が同一のものや台所ごみのように社会的な制約から回収・処分が必要なものがあるため、CO2排出量制約を課さない自然体(BAU)ケースでも、その供給量は着実に増加すること、2100年以降の大気中CO2濃度を550ppm以下に抑制する550ppmケースでは、さらにバイオエネルギーの生産量が増加し、余剰耕地を用いたエネルギー植林、CO2植林も行われることが示された。

 第4章では、長期エネルギーシステムにおける原子力の役割を評価するため、軽水炉を中心としたフロントエンド技術だけでなく、高速増殖炉(FBR)を中心としたバックエンド技術を詳細に表現した核燃料サイクルモジュールを構築し、LDNE モデルに組み込んで開発した核燃料サイクルモデル(LDNE-Nuc)による解析結果がまとめられている。モデル解析の結果、BAUケースでは他のエネルギー源とのコスト競争力がないため、21世紀前半で原子力はフェーズアウトするが、550ppmケースでは、21世紀中頃から復活、21世紀後期にはFBRが導入され、2100年には終発電量の半分近くを原子力により供給することが示された。また、FBR導入を含む種々の核燃料サイクル戦略のCO2削減対策としての経済的価値が明らかにされた。なお、550ppmケースでも2100年までの原子力による総発電量は、天然ウランの持つ潜在エネルギー量の約1%に過ぎず、2100年以降もFBRによる発電の資源的な余地は大きく残されていることも示された。

 第5章では、バイオエネルギーモデルと核燃料サイクルモデルを結合した、LDNE-BN(Bioenergy & Nuclear energy)モデルを開発して解析した結果がまとめられている。バイオニネルギーと原子力がどのように協調・競合して将来のエネルギーシステムを担うかについてシミュレーション解析した結果、一次エネルギー源、CO2排出削減オプションの両面からバイオエネルギーと原子力は共に重要な役割を演じることが示された。また、CO2排出削減対策として活躍するのは、バイオエネルギーが21世紀中期、原子力が21世紀後期とタイミングがずれており、相補的に貢献していることが示された。さらに大気中CO2濃度の目標値の変更、モデル対象時点の延長などにより、種々の将来条件下でエネルギーシステムにおけるバイオエネルギーと原子力の役割を評価した。

 第6章は結論であり、本研究で明らかになった事項が取りまとめられている。

 以上これを要するに、本論文は、21世紀の世界エネルギーシステムの将来像について、計算の高速化を図った詳細なエネルギーモデルを独自に構築して各種解析を行ない、地球温暖化対策としてのバイオエネルギーと原子力が果たす役割を定量的に明らかにしたもので、エネルギーシステム工学に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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