内容要旨 | | 本研究は,マイクロアクチュエータとセンサ,プロセッサをコンパクトに集積化したシステムを作製することで,高度な情報処理能力を持ち,拡張性に富んだMEMS(Micro Electro Mechanical System)ができることを示すことを目的としている.アクチュエータ近傍の情報と,プロセサ間通信で得られるある程度広域の情報とを処理して,それをアクチュエータにフィードバックするシステムができるようになれば,MEMSの社会応用への新しい可能性が開ける. 半導体作製技術を応用して,主にシリコンを加工し,選択性の高いエッチングによって特定の薄膜層を除去することによって,機械的に可動な構造を持ったシステムができることが示されてから,十数年が経過した. これをマイクロマシンもしくはMEMS,microsystemと呼んで,日米欧を始めとして各国で精力的に研究が進められている. 加速度センサやインクジェットプリンタのヘッド,DMDプロジエクタなど,既に市販品もいくつか登場しており,今後ますます発展が期待できる分野である. MEMSがこのように成功を収めている理由は,本質的に3つの特性を持っているからだと考えられる.それは,1.小さく 2.集積化可能な,3.機械部品であるということである.さらにIC作製技術を応用することによって,大量生産可能であるという特性が生まれる.しかしながら,これまでの研究では,以上に示した3つの特性のうち一部分しか利用していないシステムのみ実現されている.本研究の意義はここにあり,すなわちMEMSの3つの特長を全て利用できるようなシステムを,実現することによって,新たな応用分野を開くことである. 本研究は,以上に述べたような構想にもとづいて,分散型マイクロプロセッサをマイクロアクチュエータ,センサと集積化したシステムを作製し,デモンストレーションを通じてその有効性を示した.研究の手順は以下のとおりである.1.機能決定,2.アルゴリズムの決定,3.マイクロプロセッサならびにセンサの開発,4.アクチュエータの開発そして5.集積化技術の開発ならびに 6.インテグレーション.アルゴリズムとマイクロプロセッサは,システムの情報処理面の研究であり,本研究ではこの大方針のもとに,必要とされる広範囲にわたる技術を調査もしくは考案し,実現を行った.その結果マイクロアクチュエータと,分散型プロセッサを実際に作製し,三次元的に集積した本論文での実験によって,集積化MEMSの新しい応用可能性が示されたといえる. また本研究の過程において,新型マイクロアクチュエータが開発され,マイクロアクチュエータと一体化するためのプロセッサの一構成法や設計指針が明らかになり,プロセッサの処理能力とその大きさに関する知見,万人が利用可能なMEMS向け高電圧スイッチICとそのデザイン,多数の機能素子をmの精度で三次元的に集積するハイブリッド実装法と光MEMSへの応用に関する幅広い知見が得られた. 1.機能決定 センサ,アクチュエータ,プロセッサを集積化したシステムが一般のシステムと大きく異る点は,ローカルな情報とグローバルな情報とを処理して,マイクロアクチュエータにフィードバックできるシステムを,コンパクトに実現できるという点にあると考えられる. この特性を良く示すことのできる検討例として,物体の形状を判別して,選別搬送する機能を実行する機能をとりあげることとした. 2.アルゴリズムの決定 本システムで利用するアクチュエータは,マイクロアクチュエータという名の示すごとく,アクチュエータ単体の大きさは数mから数百mである.プロセッサを集積化し,これらアクチュエータを多数敷き詰めた大規模なシステムを作ることで,きめの細かな応答を大面積にわたって返す賢い素子を実現できるわけであるが,その際システムが同一の部品の繰り返しによって作られており,拡張可能性,可換性を持っているようなものが望ましい. こういったシステムは一般に,massively parallel systemと呼ばれ,単純な構造のプロセシングエレメント(PE)に,単数もしくは複数のマイクロアクチュエータやセンサを集積化した,セルという単位の平面的な繰り返し構造で形成することができる. このシステムで実現できるアルゴリズムは必然的に自律分散型と呼ばれるアルゴリズムとなる.この大前提と,1つのPEの大きさを最小限度に止めるために,使用するビット数をできるだけ減らさなくてはいけないという制限を同時に満足するアルゴリズムとして,物体の特徴的な点を抽出し,その情報を物体毎に集積して判断する手法を採用し,高レベル言語のエミュレーションシステムによってその手法が有効であることを示した. 3.マイクロプロセッサならびにセンサの開発 考案したアルゴリズムの持つ大きな特長は,一つのPEが同一クロックサイクルにおいて,同一のオペレーションをPE特有のデータにおこなう,Single Instruction Multiple Dataタイプの演算に加えて,PE毎にデータもオペレーションも異なる,Multiple Instruction Multiple Dataというタイプの演算を行う必要が生ずることである.これは一般の分散プロセッサよりも高レベルな要求である.さらに,マイクロアクチュエータと集積化するためには,一つのPEは数百ゲートレベルの大きさでなくてはならない. これら相反する要求を満足するために,本研究では, 「プロセッサの内部状態によってマスキングを行うことのできる,擬似MIMDプロセッサアーキテクチャ」を提案し,programmable Logic Deviceによるプロトタイピングの後,Austria Mikro Systems社のテクノロジを用いて7.2mm角の7×7セルプロセッサを開発した. プロセッサには,1062mの定ピッチでフォトダイオードによる光学ヤンサを組み込んでおり,それによって,チップ上に置いた物体の形状を得ることに成功した. 4.アクチュエータの開発 物体の認識機能を持つ集積化されたマイクロシステムを作製するという目的にはだかる問題は,どのマイクロアクチュエータをどのように実現するかという問題である. 集積化可能性や,大規模システム作製可能性を満たすためには,低消費電力で,電磁力以外を利用しないアクチュエータを実現することが望ましい. 以上の理由から,反転型スクラッチドライブアクチュエータを開発し,基礎実験に成功した. 5.集積化技術の開発 プロセッサ,センサ,アクチュエータが単体でできたとしても,それらを集積化できなくてはコンパクトなシステムを作製できたとはいえない.ICをフレキシブル基板の上にボンディングする,フリップチップボンディング技術,チップサイズのパッケージを作製する技術などが実用化されているが,これらを本研究にそのまま用いることはできなかった. 最大の理由は,チップを垂直方向に,マイクロアクチュエータとセンサとの位置合わせ(コロケーション)を考えて集積化することが必須だったためである.本研究では,この高度な要求を満すために,シリコン基板の高異方性エッチング技術を用いてマイクロマザーボードなる,位置合わせと配線のための基板を作製する技術を開発し,利用した. さらに,この技術は光MEMSの集積化技術として応用できることも示した. 以上に述べたとおり,集積化された高機能なMEMSを示すために,必要な要素技術を開発し,物体の認識搬送という具体的な実現例でシステムの有効性を示したというのが本論文の要旨である. |