内容要旨 | | 半導体レーザ(Laser Diode:LD)は小型,軽量,高効率,高信頼性などの特長を有しており.CDのビックアップ用,あるいは光ファイバ通信など.その利用範囲は様々な分野に及んでいる.これらの応用に際しては,LDの光出力が数十mW程度までの低出力のものが用いられている.一方,WクラスのLDの用途としては,医療用,固体レーザ励起,光データ記憶,レーザレーダなどであり,通信分野で用いる試みはなされていない. 本研究ではWクラスのLDとして.光学端面損傷(COD)を防ぐためにストライブ幅を100m以上にとったブロードエリアLDについて,通信で用いるための基礎研究と,その応用について研究を行った.このLDの構造では大出力が得られる反面,放射されるレーザ光の遠視野像(FFP)がガウシアン分布にならないという問題が生じる.それゆえ,現在のところ通信用としては用いられていない. そこで我々は,まず市販の1Wの出力が可能なブロードエリアLDを用い,その特性を実験的に明らかにすることから始めた,用いたのは,バルク構造(LDl),単一量子井戸構造(LD2)の2種類で,材料はAlGaAs,波長0.8mで,ストライブ幅はLDlで200m,LD2で100mである. 本研究で用いたLDのFFPの測定結果を,図1に示す. 図1:FFP LDlについては,低出力時に単峰特性が得られるが,高い注入レベルでは放射パターンが複峰化する.またLD2では,2つのピークの大きさが注入電流レベルにより変化している.FFPがこの様な形状になることが,通信で用いる際に最も問題となる. 次に,本研究で用いたLDの周波数応答特性について測定を行った.LDlで500MHz,LD2で1.1GHzと得られ,ブロードエリアLDにおいても量子井戸を用いた方の特性が勝っていることがわかった.しかし,低出力LDに比べ,本LDの帯域は低い.これはストライプ幅を広くとったために,寄生容量が大きいと考えられる.応答特性を改善する手法として,ビーキングがあげられる.電源とLDの間にキャパシタCextを付加し,寄生インピーダンス成分を小さくすることで,LDlでCext=4PF時に740MHzまで,LD2で2pF時に1.3GHzまでと,双方とも約1.3倍に拡大することができた. また,LD2については,IM/DD方式で空間伝送実験を行った.信号はNRZ方式で,伝送速度は800Mbps〜2Gbpsの範囲とした.その結果,1Gbps時にBER=10-5が得られた.本研究では.Wクラスの出力が可能なブロードエリアLDを,衛星間光通信へ応用することを考えているが,これまでの静特性,動特性の結果から,動特性については衛星間光通信が要求する伝送速度lGbpsを満足する.よって,FFPが複峰化していることが最大の問題といえる. 衛星間光通信システムにおいて,ブロードエリアLDが適用できる領域や,LDに要求される特性を知るため,通信回線解析を行った.実験を行ったブロードエリアLDを用いた場合を想定した.FFPが単峰ではないため.光出力の最大箇所(メインローブ)をレンズ系で補正し,振幅・位相のそろった円形ビームにできたと仮定して考える必要がある. 表1に,IdをlpA,APD電流増倍率Mを100とし,符号誤り率10-5が得られる時の通信回線解析の結果を示す.雑音成分は,電力密度ではなく,帯域を考慮した電力値で表す.静止軌道GEO-LEO間,地球一月間についてのみ示す.伝送損失GtLfGrは,GEO-LEO間で75.4dB,地球-月間で94.0dBであるが,光ファイバ通信の場合,ファイバ損失を0.2dB/km(中継距離100km)とすると20dBであるから,伝送距離の長い衛星間光通信で損失が非常に大きくなることがわかる.GEO-LEO間で受信光強度が強いのでショット雑音制限である,それに対し,地球-月間では伝送距離がより長くなるため,ショット雑音が減少し他の雑音成分に近くなっている.伝送速度は,GEO-LEO間で265Mbps,地球-月間で621kbpsと得られる. 表1:通信回線解析(BER=10-5,Id=1pA,M=100) ここで,LDのFFPが単峰でIW得られたと仮定し,APDの暗電流の大きさをlpAへ減少させ,増倍率を最適値にとることで,GEO-LEO間で1,076Gbpsに,地球-月間で9.74Mbpsに改善できる. 地球磁気圏の観測を目的とした衛星GEOTAILをマイクロ波通信の例にとり,地球-月間で光波とマイクロ波を用いた場合の比較も行った.光波を用いた通信では,受光側でフォトダイオードにより光-電気の変換を行うので受信光電力に比例するが,マイクロ波では信号電力ではなく信号電流である.よって,マイクロ波を用いた場合の伝送速度は,自由空間損失Lfの式から伝搬距離の-2乗に,光波の場合は4乗に比例する.よって,地球-月間程度の距離では,光を用いた方が圧倒的に小さな設備で,大容量の通信が可能であるといえる.マイクロ波と光波でどちらが有利かは一概には言えないが.計算より89万km以上では,マイクロ波での通信速度が光波を上回ることがわかる. 以上の解析からもわかるように,LDのFFPが単峰であることが遠距離空間伝送を行う上で重要な要素であることがわかった.しかし,本研究で扱っているブロードエリアLDは横方向の閉じ込めが無いため.局所的な屈折率の増加が起きる.そして自己集束による非線形効果が,フィラメントと呼ばれる現象を引き起こし,パターンが劣化する.この現象を解析し,抑制できないか,検討を行った.解析は,光電界分布を求めるための波動方程式,キャリア密度分布を求めるための拡散方程式を連立させて解いた.波動方程式はBPM法で,拡散方程式はRunge-Kutta法,あるいは緩和(relaxation)法で解いた. 本研究で扱う波動方程式を以下に示す. ここで,k0は真空中の波数で2/0,ne(x,z)は実効屈折率分布である.また,キャリア密度N(x,z)により影響を受ける実効屈折率変化n(x,z)が,フィラメント現象を扱う際に重要な要素となる.n(x,z)は次式で表される. ここで,は閉じ込め係数,gは局所利得,は線幅増大係数,intは内部損失,n2はカー係数をそれぞれ表す. 次に,キャリア密度分布Nを求める拡散方程式は,次式で与えられる. ここで,Dはキャリアの拡散係数.J(x、z)は電流密度,qは素電荷,dは活性層厚,Tnrは非放射再結合寿命,Bは自然放出項係数,は閉じ込め係数,g(N)は局所キャリア依存利得,hはh/2,は光周波数を表す.式(3)の右辺は拡散項.左辺第1項は励起項,第2項は非放射再結合,第3項は自然放出再結合,第4項は誘導放出再結合を表す. キャリアの拡散長(〜3m)に比べて活性層厚は十分薄いので,y方向のキャリア密度は一定としている. 拡散方程式は非斉次で非線形であるため,Runge-Kutta法で解くことができるが,緩和法との計算精度,計算時間の比較検討の結果.緩和法が広いストライプ幅を持つ解析に有効であることがわかった.本稿では,w=100mでの解析は緩和法で行い,その差分方程式は式(4)で与えられる. 共振器長L=240m,は量子井戸(QW)構造で2として解析を行った. 光電界の初期分布を.対称な分布としてガウシアン分布,スーパーガウシアン分布,更にスーパーガウシアン分布にガウシアン分布を部分的に加えた非対称分布を用意し,解析を行った.ま電流分布は,ストライプ領域で一様な矩形分布とした.初期分布の依存性については,分布が異ると収束する電界分布の形状も変化し,山になっている電界強度の強い部分の個数,間隔,幅にも違いが見られ,カオス的に振る舞う様子が得られた.山の個数は,6〜15とばらつきが見られる. フィラメント現象を抑制する手法として,ここでは多電極構造を用い印加電流密度の分布を変化させた.この様に,キャリア密度分布をコントロールすることで,媒質内の屈折率を制御でき,光電界分布を改善できる可能性がある.先程の電流値と等しい電流を,ガウス分布状にして流した時の解析結果を,図2示す.注入電流分布をガウス分布にすることで,光電界分布をある程度改善できることがわかる.しかし,電流を中央に集中させることは,実効的にストライプ幅を狭くしたことになり,CODを引き起こす可能性がある. そこで本研究では,位相がフィラメント現象に深く寄与していると考え,LD端面で位相を制御した.図3にFFPを示す.FFPの単峰化が可能であることがわかるが,今後は,この様なデバイスの開発が課題である. 図表図2:注入電流の違いによるNFPの変化 / 図3:端面での位相制御後のFFP |