学位論文要旨



No 115136
著者(漢字) 森本,直行
著者(英字)
著者(カナ) モリモト,ナオユキ
標題(和) 大出力半導体レーザの特性・解析及び衛星間光通信への適用性
標題(洋)
報告番号 115136
報告番号 甲15136
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4631号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高野,忠
 東京大学 教授 廣澤,春任
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 土屋,昌弘
内容要旨

 半導体レーザ(Laser Diode:LD)は小型,軽量,高効率,高信頼性などの特長を有しており.CDのビックアップ用,あるいは光ファイバ通信など.その利用範囲は様々な分野に及んでいる.これらの応用に際しては,LDの光出力が数十mW程度までの低出力のものが用いられている.一方,WクラスのLDの用途としては,医療用,固体レーザ励起,光データ記憶,レーザレーダなどであり,通信分野で用いる試みはなされていない.

 本研究ではWクラスのLDとして.光学端面損傷(COD)を防ぐためにストライブ幅を100m以上にとったブロードエリアLDについて,通信で用いるための基礎研究と,その応用について研究を行った.このLDの構造では大出力が得られる反面,放射されるレーザ光の遠視野像(FFP)がガウシアン分布にならないという問題が生じる.それゆえ,現在のところ通信用としては用いられていない.

 そこで我々は,まず市販の1Wの出力が可能なブロードエリアLDを用い,その特性を実験的に明らかにすることから始めた,用いたのは,バルク構造(LDl),単一量子井戸構造(LD2)の2種類で,材料はAlGaAs,波長0.8mで,ストライブ幅はLDlで200m,LD2で100mである.

 本研究で用いたLDのFFPの測定結果を,図1に示す.

図1:FFP

 LDlについては,低出力時に単峰特性が得られるが,高い注入レベルでは放射パターンが複峰化する.またLD2では,2つのピークの大きさが注入電流レベルにより変化している.FFPがこの様な形状になることが,通信で用いる際に最も問題となる.

 次に,本研究で用いたLDの周波数応答特性について測定を行った.LDlで500MHz,LD2で1.1GHzと得られ,ブロードエリアLDにおいても量子井戸を用いた方の特性が勝っていることがわかった.しかし,低出力LDに比べ,本LDの帯域は低い.これはストライプ幅を広くとったために,寄生容量が大きいと考えられる.応答特性を改善する手法として,ビーキングがあげられる.電源とLDの間にキャパシタCextを付加し,寄生インピーダンス成分を小さくすることで,LDlでCext=4PF時に740MHzまで,LD2で2pF時に1.3GHzまでと,双方とも約1.3倍に拡大することができた.

 また,LD2については,IM/DD方式で空間伝送実験を行った.信号はNRZ方式で,伝送速度は800Mbps〜2Gbpsの範囲とした.その結果,1Gbps時にBER=10-5が得られた.本研究では.Wクラスの出力が可能なブロードエリアLDを,衛星間光通信へ応用することを考えているが,これまでの静特性,動特性の結果から,動特性については衛星間光通信が要求する伝送速度lGbpsを満足する.よって,FFPが複峰化していることが最大の問題といえる.

 衛星間光通信システムにおいて,ブロードエリアLDが適用できる領域や,LDに要求される特性を知るため,通信回線解析を行った.実験を行ったブロードエリアLDを用いた場合を想定した.FFPが単峰ではないため.光出力の最大箇所(メインローブ)をレンズ系で補正し,振幅・位相のそろった円形ビームにできたと仮定して考える必要がある.

 表1に,IdをlpA,APD電流増倍率Mを100とし,符号誤り率10-5が得られる時の通信回線解析の結果を示す.雑音成分は,電力密度ではなく,帯域を考慮した電力値で表す.静止軌道GEO-LEO間,地球一月間についてのみ示す.伝送損失GtLfGrは,GEO-LEO間で75.4dB,地球-月間で94.0dBであるが,光ファイバ通信の場合,ファイバ損失を0.2dB/km(中継距離100km)とすると20dBであるから,伝送距離の長い衛星間光通信で損失が非常に大きくなることがわかる.GEO-LEO間で受信光強度が強いのでショット雑音制限である,それに対し,地球-月間では伝送距離がより長くなるため,ショット雑音が減少し他の雑音成分に近くなっている.伝送速度は,GEO-LEO間で265Mbps,地球-月間で621kbpsと得られる.

表1:通信回線解析(BER=10-5,Id=1pA,M=100)

 ここで,LDのFFPが単峰でIW得られたと仮定し,APDの暗電流の大きさをlpAへ減少させ,増倍率を最適値にとることで,GEO-LEO間で1,076Gbpsに,地球-月間で9.74Mbpsに改善できる.

 地球磁気圏の観測を目的とした衛星GEOTAILをマイクロ波通信の例にとり,地球-月間で光波とマイクロ波を用いた場合の比較も行った.光波を用いた通信では,受光側でフォトダイオードにより光-電気の変換を行うので受信光電力に比例するが,マイクロ波では信号電力ではなく信号電流である.よって,マイクロ波を用いた場合の伝送速度は,自由空間損失Lfの式から伝搬距離の-2乗に,光波の場合は4乗に比例する.よって,地球-月間程度の距離では,光を用いた方が圧倒的に小さな設備で,大容量の通信が可能であるといえる.マイクロ波と光波でどちらが有利かは一概には言えないが.計算より89万km以上では,マイクロ波での通信速度が光波を上回ることがわかる.

 以上の解析からもわかるように,LDのFFPが単峰であることが遠距離空間伝送を行う上で重要な要素であることがわかった.しかし,本研究で扱っているブロードエリアLDは横方向の閉じ込めが無いため.局所的な屈折率の増加が起きる.そして自己集束による非線形効果が,フィラメントと呼ばれる現象を引き起こし,パターンが劣化する.この現象を解析し,抑制できないか,検討を行った.解析は,光電界分布を求めるための波動方程式,キャリア密度分布を求めるための拡散方程式を連立させて解いた.波動方程式はBPM法で,拡散方程式はRunge-Kutta法,あるいは緩和(relaxation)法で解いた.

 本研究で扱う波動方程式を以下に示す.

 

 ここで,k0は真空中の波数で2/0,ne(x,z)は実効屈折率分布である.また,キャリア密度N(x,z)により影響を受ける実効屈折率変化n(x,z)が,フィラメント現象を扱う際に重要な要素となる.n(x,z)は次式で表される.

 

 ここで,は閉じ込め係数,gは局所利得,は線幅増大係数,intは内部損失,n2はカー係数をそれぞれ表す.

 次に,キャリア密度分布Nを求める拡散方程式は,次式で与えられる.

 

 ここで,Dはキャリアの拡散係数.J(x、z)は電流密度,qは素電荷,dは活性層厚,Tnrは非放射再結合寿命,Bは自然放出項係数,は閉じ込め係数,g(N)は局所キャリア依存利得,hはh/2,は光周波数を表す.式(3)の右辺は拡散項.左辺第1項は励起項,第2項は非放射再結合,第3項は自然放出再結合,第4項は誘導放出再結合を表す.

 キャリアの拡散長(〜3m)に比べて活性層厚は十分薄いので,y方向のキャリア密度は一定としている.

 拡散方程式は非斉次で非線形であるため,Runge-Kutta法で解くことができるが,緩和法との計算精度,計算時間の比較検討の結果.緩和法が広いストライプ幅を持つ解析に有効であることがわかった.本稿では,w=100mでの解析は緩和法で行い,その差分方程式は式(4)で与えられる.

 

 共振器長L=240m,は量子井戸(QW)構造で2として解析を行った.

 光電界の初期分布を.対称な分布としてガウシアン分布,スーパーガウシアン分布,更にスーパーガウシアン分布にガウシアン分布を部分的に加えた非対称分布を用意し,解析を行った.ま電流分布は,ストライプ領域で一様な矩形分布とした.初期分布の依存性については,分布が異ると収束する電界分布の形状も変化し,山になっている電界強度の強い部分の個数,間隔,幅にも違いが見られ,カオス的に振る舞う様子が得られた.山の個数は,6〜15とばらつきが見られる.

 フィラメント現象を抑制する手法として,ここでは多電極構造を用い印加電流密度の分布を変化させた.この様に,キャリア密度分布をコントロールすることで,媒質内の屈折率を制御でき,光電界分布を改善できる可能性がある.先程の電流値と等しい電流を,ガウス分布状にして流した時の解析結果を,図2示す.注入電流分布をガウス分布にすることで,光電界分布をある程度改善できることがわかる.しかし,電流を中央に集中させることは,実効的にストライプ幅を狭くしたことになり,CODを引き起こす可能性がある.

 そこで本研究では,位相がフィラメント現象に深く寄与していると考え,LD端面で位相を制御した.図3にFFPを示す.FFPの単峰化が可能であることがわかるが,今後は,この様なデバイスの開発が課題である.

図表図2:注入電流の違いによるNFPの変化 / 図3:端面での位相制御後のFFP
審査要旨

 本論文は、「大出力半導体レーザの特性・解析及び衛星間光通信への適用性」と題し、人工衛星や宇宙探査機の間で光波により通信を行う衛星間光通信システムにおいて、大出力半導体レーザ(LD)を用いて性能向上を計ること、およびLDの特性改善の方法を提案するもので、5章より成る。

 第1章「序論」では、まず大出力LDの現状について分析し、出力、安定性、信頼性の点からブロードエリア形LDが有望であること、しかしフィラメンテーションという特有の現象が有ることについて述べている。次に衛星間光通信について、使用波長と方式構成について比較し、現状では0.8m帯で強度変調/直接検波方式が最も有望であることを説明し、本研究の構成について述べる。

 第2章は「ブロードエリアレーザの静特性・動特性」と題し、既存のブロードエリアLD(バルク型と量子井戸型)についての実験的な検討結果について述べている。LD励振レベルを強めて1W程度の光出力を出すと、遠方界パターン(FFP)が複峰形になってしまうため、主ローブ外に約30%の電力損失が発生し、かつビーム指向・捕捉が難しくなることを指摘する。それでも従来の小電刀LDに較べて、伝送速度の向上が可能である。変調については、lGHz程度までの帯域がとれることが述べられ、伝送速度に電力制限性が強い光波無線通信においてこの帯域は十分と考えられる。変調帯域は寄生容量で制限されていると思われるが、これを回路的に補正すれば30%程度の広帯域化は可能であることを導く。

 第3章は「大出力半導体レーザの衛星間光通信への応用」と題し、ブロードエリアLDを光源として想定し、通信距離、受信APDの特性をパラメータとして、回線性能を解析した結果について論じている。光出力lWの既存のLDを用いる場合、静止衛星(GEO)一低軌道衛星(LEO)間(距離4.5万km)で265Mbpsが、地球-月間(距離38万km)で620kbps(BER=10-5)が、各々伝送可能である。更にLDのFFPが単峰形に改良できれば、GEO-LEO間で1Gbps、地球-月間で5Mbpsが、各々可能であることを示す。また光波伝送におけるS/Nの距離Rへの依存性をマイクロ波伝送と較べると、ショット雑音制限領域においてはR-2で変わらないが熱雑音制限領域においてはとなり異なること、その結果比較的近距離の宇宙で有利な適用領域が存在することを導く。

 第4童は「半導体レーザにおけるフィラメント現象の解析および特性改善法」と題し、LD内の電界とキャリアを連立で記述する波動方程式と拡散方程式を、各々ビーム伝搬法と緩和法により解いて、その結果LDの特性とその改善法について述べている。まず平坦な電極と一様な伝送路を有する従来のブロードエリアLDにおいて、近傍界パターン(NFP)の振幅が多くの鋭いピークを持ち、位相は中央部で周辺部より600度程度進むことが示される。この位相分布がFFPに重要な影響を与えることを確認したのち、位相補正のパラメータを変えることにより、共振電界(NFP)が収束し、かつ単峰性のFFPを有する解が得られることを示す。この様な特性を有するLDが製作できたとすると、最良のサイドローブ抑圧比は-13.4dBであり、主ローブへの電力集中率は91%となる。この値は従来のブロードエリアLDに対し、4.8dBの受信光電力増となり、伝送速度を向上できる。さらに位相補正を行わない場合も、注入電流の分布を矩形から肩を落としたガウス形に変える等の方法により、FFP中のピーク数を減らせることが示される。

 第5章「結論」では、以上の研究成果をまとめている。

 以上これを要するに本論文は、ブロードエリア形半導体レーザを用いて衛星間光通信を高性能化する方法について提案し、LDに関する実験的検討とシステムの数値解析により宇宙通信としての適用領域を明らかにし、さらにLD発光現象の数値解析により特性改善の方法を提案しかつシステムの改善度を示しており、宇宙通信工学、半導体レーザ工学を中心とする電気工学に貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として、合格と認められる。

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