学位論文要旨



No 115139
著者(漢字) 國頭,吾郎
著者(英字)
著者(カナ) クニトウ,ゴロウ
標題(和) 協調エージェント技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 115139
報告番号 甲15139
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4634号
研究科 工学系研究科
専攻 電子情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 相澤,清晴
 東京大学 教授 齋藤,忠夫
 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 西田,豊明
 東京大学 助教授 森川,博之
内容要旨

 携帯電話が世に出るころ、従来の電話に対して「パーソナル通信」が大きなキーワードの一つであった。情報通信技術の進歩は目覚ましく、現在ではパーソナル通信という言葉など耳にしなくなるほど「パーソナルな通信」は身近なものとなっている。「いつでもどこでも誰とでも」という「パーソナル通信」のキーワードが実現されつつあるところに加えて、さらに音声のみならず、映像、データ等のあらゆる表現メディアをあらゆる速度で、単一ネットワーク上で統合的にやり取りできる、いわゆるマルチメディア通信・サービスが徐々に実現されようとしている。携帯電話・PHSはもちろん、近年のインターネットの爆発的な普及によって人々は新しいメディア、新しい個人ベースの通信の手段を手にいれたのである。

 パーソナル通信、マルチメディア通信・サービス、双方に共通しているのは「個人」が主役であるという点である。パーソナル通信によってそれぞれの通信手段を持ち、そして例えばホームページを作ることによってマスコミなどに頼らずに自分自身で好きなメディアを用いた情報発信が可能となったのである。しかしながら、ユーザの好みは非常に多様化している現在、すべての面で個々の好みや環境を再現、実現することは(特にハードウェアだけでは)大変困難である。多様なユーザの要求に応えていくことは今後ますます重要になるであろう。

 そこで筆者らは、多様なユーザの要求に応じた対応を実現する手法の一つとして近年研究が進められているエージェント技術に注目し、多岐にわたるエージェントの用法のうち特にモバイルエージェントに着目した。将来のマルチメディアサービスにおいて、エージェントを用いた個の実現を最終目標とし、モバイルエージェント間通信支援の方式やエージェントの階層化といった、エージェント技術のあり方を探求することが本論文の目的である。具体的には

 ・複数のモバイルエージェント間のシームレスな通信を支援するための新しい枠組み

 ・一対多通信での負荷分散を狙った階層的マルチエージェントシステム

 ・モバイルエージェントを利用しWWW連携検索を示している。以下、本論文の構成に沿いながら各項目を説明する。

 第2章では、本論文の対象であるエージュントに関する基礎知識を提供すべく、用途・背景を取り上げ概観している。エージュントという言葉はは実に多様な場面に用いられており、これがつかみどころのない印象を与える原因の一つとなっている。本章ではいくつかの分類法を取り上げ研究分野を整理した上で、本論文で着目している「モバイルエージュント」についてどのようなものであるのかを述べる。端的に言えば、モバイルエージュントはいわばネットワーク上を移動しながら仕事を遂行するプログラムと言うことができるが、プログラミングの立場から言えば、オプジェクト指向をさらに進めた新しいパラダイムであると言うこともできる。

 第3章、第4章では、複数のモバイルエージェント間の通信を支援するために提案した新しい枠組みである、トラッキングエージェントについて論じている。モバイルエージェントの応用例としては単独のモバイルエージェントが多くの仕事を行う例が示されることが多い。しかしながら将来のネットワークサビスにおいては、複数のモバイルエージェントが協調しながら仕事を遂行することが予想される。このような場合においてはエージェント間の通信が非常に重要となる。第3章ではこのような場合での、効率の良いモバイルエージェント間の通信を実現するために、トラッキングエージェントを用いる新しい通信の枠組みを提案している。続く第4章ではエージェント言語を用いたトラッキングエージェントの実装例を示している。具体的にはエージェント言語としてAgentTcl,Agletsを用いた。

 トラッキングエージェントは複数のモバイルエージェントが対等に通信をすることを前提としていた方で、第5章では多対一のエージェント間の通信が主である環境について検討している。本章では階層化エージェントシステムを提案し、多対一通信によってトラヒックの集中が生じるシステムにおいて効率的な通信の実現を示している。さらに階層化構造自体を動的に再構成することにより、システムの状況の変化に柔軟に対応できることも示している。

 近年インターネットの急速な普及にともない、目的とするコンテンツを探し出すためのツールである検索システムが重要な役割を担うものとなってきている。広大なWeb空間ばかりではなくユーザのディスクの中のような場所においても、検索システムが必要になるほど扱うコンテンツは増大している。第6章、第7章ではこのような検索システムを含むWeb空間とエージェントの関係に焦点を当てる。これまでは検索システムを構築するためには、強力なマシンパワーと大きなディスク、それから規模の大きなツールを使う必要があった。ところが最近手軽に使える中小規模向けの検索システムが登場し、ユーザを増やしている。本論文では、検索システムとしては大規模なものではなくユーザが手軽にパーソナル用途で使うような小規模なものに着目している。第6章では、検索システムの要素技術を論じ、効率的な検索を行うための手法や、プロキシのデータペースの利用などについても論じている。続いて第7章では小規模な複数の検索システムがモバイルエージェントを用いて連携することによって、より個々のユーザに応じたグローバルな検索の実現可能性を述べている。

審査要旨

 本論文は、「協調エージェント技術に関する研究」と題し、8章からなる。ネットワーク上の情報資源は急激に増大しており、今後、個人の特定の情報資源へのアクセスを支援する技術が必要とされている。ユーザの代理人として、自律的に振る舞うモバイルエージェントは、多様なユーザの要求に応じた対応を実現する技術の一つとして期待されている。なかでも、モバイルエージェントは、将来のネットワークサービスにおいて、その複数が協調しながら仕事を遂行することが予想される。このような場合、エージェント間の通信が非常に重要となる。本論文では、モバイルエージェント複数が協調して作業を行う場合に、必要とされる通信の課題を論じ、トラッキングエージェント、階層的マルチエージェントを提案した。また、協調エージェントの応用として分散データベースでの連携検索を論じている。

 第1章は、「序論」であり、本研究の背景と目的、本論文の構成について述べている。

 第2章は、「エージェント技術」と題し、エージェントに関しての既存技術の整理を行っている。エージェントという用語自体が、多様な用途に用いられており、それを分類するとともに研究分野を整理している。さらに、本論文で扱うモバイルエージェントについて定義を行っている。

 第3章は、「協調エージェント間通信のためのトラッキングエージェントの提案」と題し、協調作業を行う複数のモバイルエージェントの間の通信を支援するために、トラッキングエージェントと称する新しい枠組みを提案している。トラッキングエージェントにより、ネットワークを移動するモバイルエージェントは互いの位置、移動の有無を意識せずに通信しあうことが可能になる。トラッキングエージェントは通信を中継しながら、自身も移動することで、モバイルエージェント同士の効率的な通信を実現出来る。シュミレーションにより、送信パケット数、メッセージ遅延、モバイルエージェントの移動に要する時間に関して評価を行い、効率的な通信が可能であることを明らかにした。

 第4章は、「モバイルエージェント言語とトラッキングエージェントの実装」と題し、いくつかのモバイルエージェントを実現するためのプラットホームについてまとめるとともに、トラッキングエージェントをAgent Tclを用いて実装している。トラッキングエージェントの生成、モバイルエージェント間のメッセージ通信を実現した。

 第5章は、「階層的なマルチエージェントによる効率的なエージェント間通信」と題し、多対1のエージェント間の通信が必要とされる状況について検討している。多対1通信によってトラヒックの集中が起こるシステムに対し、階層化エージェントシステムを提案し、効率的なエージェント間通信の実現を示している。セントラルエージェントと名づけなエージェントに対し、多数のスレーブエージェントが双方向の通信を行うにあたり、メッセージの蓄積中継を行うディーラーエージェントをスレーブエージェントのグループに対して設けることにより、通信を階層化し、効率化している。通信を希望するスレーブエージェントの分布に応じ、階層構造自体を動的に再構築する手段も提案している。JavaベースのエージェントプラットホームであるAgletsを用いて、実装を行い、実験を通して、階層的エージェント通信の効果を明らかにしている。

 第6章は、「Webとエージェントー分散データベースー」と題している。インターネットの急速な拡大は、情報資源を急激に増やし、目的とするコンテンツを探し出すための検索システムがますます重要になっている。現状の検索システムの要素技術を論じ、効率的な検索を行うための手法や、ブロキシのデータベースの利用などについて論じている。パーソナルユースを指向した小規模全文検索エンジンをモバイルエージェントで連携させることにより、広く分散する小規模データベースを統合し、グローバルな分散データベースを構築可能であることを指摘している。

 第7章は、「複数モバイルエージェントによるWWW連携検索」と題し、モバイルエージェントを介したデータベースの連携検索によるグローバルな分散データベースの実現について論じている。提案する連携検索では、モバイルエージェントは、それぞれの小規模データベースへの問い合わせを行い返答を集約する。適切なスコア付けのために2パスの問い合わせを行う連携プロトコルを考案した。小規模全文検索エンジンであるNamazuに対して、Agletsの上に構築したモバイルエージェントによる連携検索の実装を行い、その実証を行っている。

 第8章は、「結論」である。

 以上、これを要するに、本論文は、協調モバイルエージェント間の通信を効率的に行うための新しい枠組みを提案した。さらに、モバイルエージェントの応用として小規模データベースの連携検索を提案した。これらの提案を実装を通じ検証しており、将来のネットワークでのユーザの支援、情報資源の活用に向けて、電子情報工学上寄与するところ少なくない。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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