携帯電話が世に出るころ、従来の電話に対して「パーソナル通信」が大きなキーワードの一つであった。情報通信技術の進歩は目覚ましく、現在ではパーソナル通信という言葉など耳にしなくなるほど「パーソナルな通信」は身近なものとなっている。「いつでもどこでも誰とでも」という「パーソナル通信」のキーワードが実現されつつあるところに加えて、さらに音声のみならず、映像、データ等のあらゆる表現メディアをあらゆる速度で、単一ネットワーク上で統合的にやり取りできる、いわゆるマルチメディア通信・サービスが徐々に実現されようとしている。携帯電話・PHSはもちろん、近年のインターネットの爆発的な普及によって人々は新しいメディア、新しい個人ベースの通信の手段を手にいれたのである。 パーソナル通信、マルチメディア通信・サービス、双方に共通しているのは「個人」が主役であるという点である。パーソナル通信によってそれぞれの通信手段を持ち、そして例えばホームページを作ることによってマスコミなどに頼らずに自分自身で好きなメディアを用いた情報発信が可能となったのである。しかしながら、ユーザの好みは非常に多様化している現在、すべての面で個々の好みや環境を再現、実現することは(特にハードウェアだけでは)大変困難である。多様なユーザの要求に応えていくことは今後ますます重要になるであろう。 そこで筆者らは、多様なユーザの要求に応じた対応を実現する手法の一つとして近年研究が進められているエージェント技術に注目し、多岐にわたるエージェントの用法のうち特にモバイルエージェントに着目した。将来のマルチメディアサービスにおいて、エージェントを用いた個の実現を最終目標とし、モバイルエージェント間通信支援の方式やエージェントの階層化といった、エージェント技術のあり方を探求することが本論文の目的である。具体的には ・複数のモバイルエージェント間のシームレスな通信を支援するための新しい枠組み ・一対多通信での負荷分散を狙った階層的マルチエージェントシステム ・モバイルエージェントを利用しWWW連携検索を示している。以下、本論文の構成に沿いながら各項目を説明する。 第2章では、本論文の対象であるエージュントに関する基礎知識を提供すべく、用途・背景を取り上げ概観している。エージュントという言葉はは実に多様な場面に用いられており、これがつかみどころのない印象を与える原因の一つとなっている。本章ではいくつかの分類法を取り上げ研究分野を整理した上で、本論文で着目している「モバイルエージュント」についてどのようなものであるのかを述べる。端的に言えば、モバイルエージュントはいわばネットワーク上を移動しながら仕事を遂行するプログラムと言うことができるが、プログラミングの立場から言えば、オプジェクト指向をさらに進めた新しいパラダイムであると言うこともできる。 第3章、第4章では、複数のモバイルエージェント間の通信を支援するために提案した新しい枠組みである、トラッキングエージェントについて論じている。モバイルエージェントの応用例としては単独のモバイルエージェントが多くの仕事を行う例が示されることが多い。しかしながら将来のネットワークサビスにおいては、複数のモバイルエージェントが協調しながら仕事を遂行することが予想される。このような場合においてはエージェント間の通信が非常に重要となる。第3章ではこのような場合での、効率の良いモバイルエージェント間の通信を実現するために、トラッキングエージェントを用いる新しい通信の枠組みを提案している。続く第4章ではエージェント言語を用いたトラッキングエージェントの実装例を示している。具体的にはエージェント言語としてAgentTcl,Agletsを用いた。 トラッキングエージェントは複数のモバイルエージェントが対等に通信をすることを前提としていた方で、第5章では多対一のエージェント間の通信が主である環境について検討している。本章では階層化エージェントシステムを提案し、多対一通信によってトラヒックの集中が生じるシステムにおいて効率的な通信の実現を示している。さらに階層化構造自体を動的に再構成することにより、システムの状況の変化に柔軟に対応できることも示している。 近年インターネットの急速な普及にともない、目的とするコンテンツを探し出すためのツールである検索システムが重要な役割を担うものとなってきている。広大なWeb空間ばかりではなくユーザのディスクの中のような場所においても、検索システムが必要になるほど扱うコンテンツは増大している。第6章、第7章ではこのような検索システムを含むWeb空間とエージェントの関係に焦点を当てる。これまでは検索システムを構築するためには、強力なマシンパワーと大きなディスク、それから規模の大きなツールを使う必要があった。ところが最近手軽に使える中小規模向けの検索システムが登場し、ユーザを増やしている。本論文では、検索システムとしては大規模なものではなくユーザが手軽にパーソナル用途で使うような小規模なものに着目している。第6章では、検索システムの要素技術を論じ、効率的な検索を行うための手法や、プロキシのデータペースの利用などについても論じている。続いて第7章では小規模な複数の検索システムがモバイルエージェントを用いて連携することによって、より個々のユーザに応じたグローバルな検索の実現可能性を述べている。 |